電脳潜戦プロローグ
 ヒトは環境に順応する。

 度重なる戦乱により人類の生活圏が著しく縮小してはや数十年。ドーム都市や地下都市に押し込められていても、ヒトは貪欲に娯楽を見出すものである。
 娯楽の最たるものこそ、デュープバトルだ。
 ファイブ・シスターズ間の利権争いに端を発する“ルールのある戦争”は、今では人類生活圏全土に配信される人気コンテンツだ。各社所属の中でも上位デュープにはファンクラブまであり、バトルの結果に対して合法な賭けも行われる。
 それは狭い世界にかろうじてしがみつくしかない人類にとって、唯一の息抜きといえるのかもしれなかった。



 丸みを帯びたコーポレートロゴが見下ろすウェイティングゾーンにて。
 ここに集った五名のデュープは、みな服装や機械化部位(リム)を含めた装備品を白をベースにしたスタイルで統一していた。

「今日のバトルリーダーを務めるナギ・ヒビヤです。よろしくお願いしますね!」
 口を開いたのは、どことなくあどけない雰囲気のある青年だ。
 皆さん、いいですか、と彼は続ける。
「もちろん勝つことは大前提です。ですけど重要なのは、弊社のスタイルをアピールすること!」
 ぐっ、と拳を握ってみせる。
 そこで自分に集まる四対の視線に気づき、照れくさそうな笑みをこぼした。
「なーんて、今日はベテランさんも多いので、余計なお世話でしたね。全ネットワークに配信されるって聞いて、ちょっと舞い上がっちゃって」
 ヒビヤは頭をかくと、ウェイティングゾーンの壁の一面を占めるモニタを示す。
「今日勝てば、我がシュヴァーン社は新たに発見されたレアメタル地下鉱山の採掘権が得られるそうですよ。我が社が発展すれば私たちの待遇もますますアップ! 張り切ってボーナスゲットしていきましょう!」
 おう、と四人のデュープから声が上がり、ヒビヤは嬉しげにうなずく。

 作戦はどうする? メンバーから声が上がった。ヒビヤは背後に照射されたフィールドマップに目を向ける。
「正面から行きましょう」
 本日のバトルリーダーの案は、極めてシンプル。
「積極的にバトルして敵を潰してからゆっくりフラッグを確保したほうが、安全性が高いですからね。アルセドは新人が多いらしいので、正々堂々と真っ向勝負しても充分勝てると思います」
 要は力押しってことじゃない。一人が混ぜっ返す。
「ええ、そうですよ。皆さんもご存知でしょ?」
 ヒビヤはにっこり笑った。

「それこそが、シュヴァーンらしさというものです」

 余裕たっぷりの表情は、彼が間違いなくシュヴァーン・エレクトロニクス所属のデュープの中核を担う存在であることを示していた。



 バトルフィールドを挟んで反対側のウェイティングゾーンでも、同じく五名のデュープたちが参戦を待っていた。“ルールのある戦争”たるデュープバトルでは、チーム戦は基本的に同数のデュープによって戦われる。

「今日はスクランブルですね! へへへ、得意なやつ! 頑張るぞー!」
 えいえいおー! と虚空に向かって少女が拳を突き上げる。

 ブルーを基調としたシャープな印象の装備は、彼女がアルセドの所属デュープであることを示していた。メタリックなラインが光る脚の機械化部位(リム)が、特に目を引く。
 幼く見えても侮るべきではない。デュープの姿は、本人にとって最も戦いに適した年ごろをとるものなのだ。その証拠に、今日は彼女――期待の新人デュープであるre:Naが、アルセドのバトルリーダーである。

 そのとき、あのう、と小さな声が上がる。スクランブルは初めてで、とひとりのデュープが言った。
「新人さんなんですね。私もまだまだなので、一緒に頑張りましょうねっ!」
 re:Naはとびきりの笑顔で言ってから、自分の役割を思い出したらしい。発破をかけるのも大切な仕事ではあるけれど。
「ええっと、スクランブルのルールは簡単なので、安心してくださいね。敵陣にあるフラッグを確保すれば勝ち!」
 シュヴァーンのウェイティングゾーンとまったく同じ仕様の壁面モニタとフィールドマップを指して、re:Naは説明する。
「もちろん敵は妨害してくるし、こっちのフラッグも狙われるので、バトルは発生するんですけど……うまくやれば、ほとんど戦わずに勝つこともできますよっ! 私、フラッグ確保(CTF)には自信があるんです!」
 お任せくださいっ、と元気よくre:Naは言う。

 新人デュープの表情は少し和らいだものの、まだ不安の色が残っているようだった。re:Naは少し考えて、新人の顔を覗き込む。
「自信ないな―ってときは、勝った後のことをイメージするといいですよっ! 勝てばコーポレートAIが願い事を叶えてくれるのは知ってるでしょう? 何がしたいですか? 何でもできますよ! 声に出すとやる気が出るかも!」

 新人はわずかな戸惑いを見せてから、自分の”願い事”を口にする。
 ――そのとき初めて、re:Naの表情が曇った。

「……そと、に、でる?」

 re:Naは眉根を寄せ、難しい課題を一生懸命考えているみたいな顔をする。けれどもやがて、困ったように言った。
「ごめんなさい、言語解釈がうまくできなくて……たぶん禁則事項なのかな?」
 こてんと首を傾げた彼女は、妙な空気を振り払おうとするように両拳を握って身を乗り出した。
「でもでも、いくつか無理なものはありますけど、だいたいのお願いは叶いますよ! 箱いっぱいのシュークリームでも、ホールケーキでも、パフェでも! セントラルタワー最上階のレストランのディナーコースだっていけちゃいます! すごいでしょ?」

 そのとき、アナウンスが流れた。
『間もなく開廷します。参戦するデュープは、バトルフィールドの所定の位置についてください。繰り返します、間もなく開廷です……』

「ほら、始まりますよっ」
 re:Naがチームメンバーの先頭に立つ。彼女の顔に浮かぶのは、わくわくした期待。戦いへの恐れは、そこには存在しないようだった。
「いっくぞー!」



 デュープバトルの実質は一部をエキジビションマッチを除き、ファイブ・シスターズ間の利権争いである。ゆえに行われるのが、バトル前の宣誓だ。

『これは真実の法廷である』
 ジャッジAIの機械化音声が宣言する。

 シュヴァーン・エレクトロニクスのフラッグを囲むようにして、白い装備の五名のデュープが待機している。その中央、きりりと表情を改めたナギ・ヒビヤが進み出た。
『法廷においては、戦いで勝ち取ったものこそが真実』
 ヒビヤが告げる。

 アルセドのフラッグを囲むのは、青い装備の五名のデュープだ。
『それが真実以外の何物でもないことを、我々は全ての証人の前に宣言するっ!』
 re:Naが明瞭に言った。

『参加者は肉体と精神の一切を賭け、真実を明らかにせよ』
 再びジャッジの声。
 バトルフィールドの描画システムが作動して、フィールドグリッドに地形描画を開始する。本日のバトルルールはスクランブル。市街地を模した広大なARが現出していく。その様子を、随所に仕込まれた配信カメラが捉えてネットワークへ乗せた。

 そうして、ジャッジの声が響き渡る。
『セッション・スタート!』



 バトル開始直後はシュヴァーンが優勢だった。
 ベテラン中心のシュヴァーンは地力の高さを活かし、積極的に交戦する方針でアルセドを押していく。
 アルセドの新人デュープに複数の銃口が向けられ、VRの弾丸が突き立った。フィールド壁面に表示されたHPリストが減算される。
 よろめいた新人に刃が襲いかかる。デュープバトル用の武器は生命を奪わないよう調整されているが、食らえばそれなりに痛い。狙われた新人デュープは今度はぎりぎりで避け、そのままバック転を繰り返して距離を確保した。
 アルセドの被ったダメージは大きかったが、早々に一人脱落という事態だけは免れたようだ。

(やはり経験の差は大きいわね)
 イエローグリーンのバイザーをかけた女が、ミックスゾーンの大きな窓からフィールドを見下ろしていた。
 この場所はデュープたちがバトル前後に報道の取材を受ける際に使用されるが、バトルに参加していないデュープも各人のIDで入室が可能だ。注目度の高いバトルの場合、他社所属のデュープたちが観戦している姿を見かけることも多い。

(……あら?)
 バイザーの陰の女の目が、フィールドのささやかな異変を捉えた。
 激しいバトルが行われている一角を避け、描画された建物の上を駆け抜ける小さな影がある。恐るべき速度で移動しているせいで、ほとんど青い残像しか見えないほどだ。

「シュヴァーンのほうは、気付いてないわね。あのアルセド所属デュープ……」
 女は手元のタブレットに視線を落とし、参戦デュープの情報を呼び出した。
「なるほど、あれがre:Naですか。憶えておきましょう」
 小さくつぶやいた彼女に、背後から声がかかる。

「翡翠のじゃねえか」
 低く渋みのある声は、壮年の外見の男のものだ。
 オレンジ色のジャケットをまとう彼が動くたび、かすかに機械の駆動音が聞こえた。かなり高度な機械化を施しているのだろう。
 彼の隣で「情報収集か」と尋ねた人物は、さらに特異な外観をしていた。
 獣のような頭部。全身を黒のマントで覆っており体つきはよくわからないが、相当な長身だ。マントの紫色をした裏地が、ちらちら覗く。

 女――翡翠電脳公社に所属するデュープ、月鈴は「ええ」と頷いた。
「さすが、アルセドの最新リムは速いですね。データを修正する必要がありそうです」
「仕事熱心だな」
 獣面の人物が生真面目なトーンで言う。アナンディーンと呼ばれる彼もまた、ヴァイオレット・コンピューティングに所属するデュープである。
「敵情視察は基本中の基本ですから」
「でもってまたパクろうってのかい、御社は」
 月鈴の返答を唇を歪めるような笑みで受け止めた壮年の男は、ロビン・テクノロジーズのデュープ、o2-1-seとして知られている。

 偶然この場に集った三人は、いずれもベテランクラスのデュープ。
 各社のトップ経験を持つ彼らが観戦していることからも、今日のバトルの注目度の高さが窺えるというものだ。

 月鈴が形のいい眉をひそめる。
「人聞きの悪い言い方はご容赦願います。私たちは伝統に則っているだけのことですよ。模倣こそ、人類の創造性の源泉ですもの」
「なるほど、一理ある」
 アナンディーンが重々しく頷いた。本心で月鈴の言葉に同調しているのか皮肉なのかわからないが、いつもこんな調子だ。
 彼はそのまま、フィールドへ視線を転じる。
「……あれは速いだけではないな」
 ヴァイオレットのベテランデュープもまた、月鈴と同じ人物に注目したらしい。
「ええ。バトルフィールドの地形が頭に入っているからこその動きでしょうね」
「フィールドは毎回変わるじゃねえか」
 割り込んだのはo2-1-seだ。
「AI生成のパターン知識に基づいて瞬時に推測しているのでしょう。ひょっとすると、思考速度向上のリムも装備しているのかしら?」

「たぶん違うな」
 o2-1-seが言って、にやりと笑った。
「どうしてそう思われるんです?」
 月鈴の問いかけの半ばでロビンのベテランデュープは彼女に背を向ける。立ち去りざま、彼は自分の側頭部を指先でとんとんと叩いた。
「勘だよ」

「勘」
 口の中で繰り返す月鈴に一礼して、アナンディーンもその場をあとにする。



 関係者以外立入禁止の廊下を歩きながら、o2-1-seが独り言のように口にした。
「あんたなら知ってるんじゃねえか? 噂をさ」
「何のことだ」
 アナンディーンも、o2-1-seの顔を見ずに問い返す。

「シャングリラ移住計画」

 獣の耳を模した集音機械化部位(リム)が、ぴくりと動く。
 アナンディーンは目だけを動かし周囲を窺った。彼ら二人以外の姿はない。けれどもこの廊下にも、監視装置がいたるところに仕掛けられているはずだ。
 それを意識しているのかいないのか、o2-1-seは飄々と続けるのだ。
「ファイブ・シスターズのうち最も優れた一社が、”新天地”の開発権を得る……とか。ま、聞いた話だがね」

「……貴方としたことが、迂闊だな」
 ほとんど口を動かさずにアナンディーンは言った。
「多くを語る者ほど、早く去る。貴方はよく知っていると思うが……鬼のイチノセ」
「そりゃ、お互い様じゃあねえか? アナンディーンよ」
 o2-1-seの声に動揺は感じられない。
「妙なもんでなァ。最近、気になってるのさ。俺たちがこうやって日々戦いに精を出してるのが何のためか、とかがな」

 アナンディーンは口を噤んだ。o2-1-seも、答えは求めていないのだろう。沈黙したまま、ふたりのデュープが廊下を歩く。
 やがて各社別の居住地区へ続く廊下の分かれ道に至った。

「――運命だよ」

 静かに目を閉じ、アナンディーンは言った。
「私たちが戦うのは、そう運命づけられているからだ」
 o2-1-seが「はっ」と乾いた笑いを漏らす。
「何も抗おうってんじゃあねえよ。どのみち俺もあと、そうだなァ……三年も生きりゃいいほうだろ。戦える期間となると、残り一年もなさそうだ」
 だから気になるんだな、そう続けたo2-1-seの気分を、アナンディーンも理解できないわけではない。理解できるからこそ。

「私たちは一瞬の光芒。星のようなものだ。運がよければ、消えたあとにも記録と記憶が残る。それでいい」
 獣形のデュープは冷ややかに言った。
 あるいは、自分に言い聞かせていたのかもしれないが。

「さすが、悟ってるねェ。そいつも【黄昏の曙光】とやらの教えかい」
 茶化すような言い方は敢えてのものだろう。同じ時期にデュープバトルに参戦し再三対戦してきた男から、アナンディーンは顔を背ける。
「……話しすぎたようだ」
 o2-1-seはそれ以上は問うてこなかった。代わりに、立ち去るアナンディーンの背後でカチリと音がする。
「ここは禁煙だぞ」
「堅ぇこと言うなよ。老い先短いんだからよ」
 重たい足音が遠ざかっていく。

 廊下には独特の香りのする煙がしばらくの間わだかまっていたが、それもやがて高性能の空調に吸い込まれて、跡形もなく消えた。
執筆:狸穴醒