■オープニングパフォーマンス
五社対抗グランドデュープバトル。広い会場にいくつものフィールドがあり、どこも熱気に包まれていた。
舞台裏でFatimaは俯いた。本来はショータイムに出場予定が企業から戦力外通告された。先日親しいデュープの死を看取ったショックを引きずり調子が出ない。
「Fatima。もうすぐ出番ですよ」
Sol=Fが声をかけても心ここに在らずといった風情。少々荒療治が必要かもしれないと考えて、Fatimaの手の甲へお呪いを施す。
「これは元気が出るお呪いです」
「Sol=F!」
Fatimaは驚きすぎて元気がないのも飛んで行った。
「貴方には笑顔の方が似合います」
「そうね、元気のない私なんてらしくないわ!」
二人は手を繋いで舞台へ向かう。Fatimaの顔が赤いのを見て想う。
――これは嫉妬じゃない。
「はァい! ボクは『NO_NAME』! 呼び方はお好きにどうぞ!」
スクリーンに素顔のわからぬ誰かが映る。
「さてそんなボクがここで何するかって? そりゃーもう司会進行に決まってるじゃン☆」
デュープバトルの実況動画の実績を運営に買われ司会役を任された。
(ボクの戦いはお子様には魅せられないからネ?)
「実況はこの二人だよ」
「Fatimaです、みんなで一緒に盛り上がりましょうね!」
「V.C所属Sol=Fです。ここまで弊社は一位を保持してきました。勝ち抜きたいと思います」
「うちも負けてないからネ。じゃあオープニング行ってみよー!」
ノネムの合図で画面は切り替わる。
顔のない異形の頭部リムが特徴のV.C社が生み出したGLRIAシリーズ。GLRIA0450-宙縫(馬籠・無魚)とGLRIA0262-FOO-BOO(化良・応介)はステージを彩るDJブースに立った。銀の蝶ネクタイをつけたFBを宙縫は呆れた目で見る。
「何だ、その格好」
「オシャレだヨネ。宙縫チャンの分もあるんだぜ」
ぐいぐいと蝶ネクタイを押し付けられ宙縫は鬱陶しそうにはたく。
「いらない」
「兄妹お揃いで似合うヨ!」
「妹は違うぞ」
兄妹は認めなかったが不本意そうに蝶ネクタイをつけた。
「オープニングパフォーマンスだぜ。スマートにね、FB?」
「楽しませてヤろうぜ、宙縫チャン!」
宙縫が宙に手を滑らせるとタッチパネルを操作したように天井の色が濃紺の深海に変わった。FBは妹の隣で浮遊し、ビートを刻み音楽を鳴らす。星が煌めくSEと共に宙に銀色の流星群が降り注ぐ。
二人の演出で華々しく始まった。
Eulalia;12(エウラ・アルセイス)は他企業への諜報活動や地道な布教活動が主な仕事で、華やかな舞台から縁遠いデュープだ。だが企業への忠誠心と向上心からパフォーマンスを行うのは布教にいいと考えた。思い切って慣れない事に挑むのもありかもしれない。
期待の新人ジャンシーンは好奇心旺盛に他社のデュープを観察する。Eulalia;12と目があった。
「あなたはどんなパフォーマンスをするのかな?」
「まだ迷ってるんだ。きみはそのリムかい?」
足のリムを指差すとジャンシーンは硬い表情のまま目だけ輝かせて頷いた。くるりとターンしてみせる。
「僕は踊るんだよ」
「よかったら一緒にやらないかい? わたしは歌おう」
「いいのかな?」
V.Cと翡翠企業の垣根の前で躊躇うジャンシーンへEulalia;12は手を伸ばす。
「これはお祭りだよ」
近くでジャンシーンを観察すれば、敵陣営の情報収集になると考えたのはおくびにも出さず。
DJブースに浮かんだFBが荘厳な曲をかけると、宙縫がスポットライトを生み出す。GLRIAシリーズ達が演者毎に変化をつけながら舞台を彩る。
Eulalia;12は曲に合わせて歌いながら一般人のV.C社好感度上昇を狙って布教する。
歌に合わせてジャンシーンは滑るように駆け抜ける。地面を蹴って跳ね上がり、指先から流れるワイヤーが円を描く。ジャンシーンの幻想的な踊りは観客を魅了した。
「ありがとう」
ジャンシーンが丁寧にお辞儀して舞台を降りるのと入れ違いに、マルグリットが登場すると歓声が上がった。美しく魅せるのに特化した人気デュープに期待が集まる。マルグリットが小さく頷くと観客は静かに始まりを待った。
マルグリットは片足を上げて扇をあおぐ。静かなバラードが流れた。腕を振ると袖が揺れ、ひらりひらりと舞う。花びらが舞うような光の演出を浴びて、無表情に舞い続けた。
妹の艶姿をサーシャは見守っていた。狙撃手用に調整された瞳のリムを生かし遥か遠くからの観察にとどめる。会場全体がマルグリットの舞に魅せられてるのに満更でもない表情で頷いた。
マルグリットとサーシャは、V.C社によって兄妹デュープとして売り出されている。ビジネス兄妹のはずが、いつしか独特の繋がりを築き始めていた。
マルグリットを見つめる眼差しは恍惚として、何も知らない者には恋する青年に見えただろう。そこへマイクを持ったカメラマンがやってくる。
「サーシャさん。妹さんへ一言コメントお願いします」
「ひゃ、はい!」
誰かに見られるとは思わなかったサーシャは、慌てて顔を繕った。
舞を終えたマルグリットは耳のリムで周囲の音を聞く。カメラ越しに兄の居場所を確認。
「……お兄ちゃん」
「マルグリットさん、インタビューを……」
追いかけてきたマスコミへ首を横に振って断り、兄の元へと歩き始める。理由など必要なく兄の側に向かうのは当然だから。
「みんな素晴らしいパフォーマンスだったわ」
「エキジビションならではの、企業を跨いだ競演ですね」
Fatimaには人の心を明るくする華があるから、Sol=Fはわかりやすくフォローを心がける。
「なかよし兄妹がよかったね。ボクもなかよししたいなー」
ノネムは茶々を入れつつ進行する。
「次はCMを挟んでビジュアルバトルだネ」
「チャンネルはそのままで」
Fatimaのウィンクと共に画面に映像が流れる。
事前撮影ではなく生CM。なんとかなるだろうとMr. Rosemaryは鏡を見た。Mrs. Rosemaryは機嫌よく髪を撫でる。
「数ヶ月前に比べたら、だいぶ生えてきましたね」
「あの時君は泣いていたな……」
恋と毛に悩む人を救う使命を心に抱いて、回復用の育毛剤『-G』と攻撃用の脱毛剤『+G』を駆使してMrsは戦う。
けれど不幸なことに彼女はノーコンだった。
相方のMrにうっかり間違えて+Gをかけてしまった。毎日せっせと-Gでケアし続けたがまだハゲが目立つ。-Gの効果は薄いのに、+Gの効果が高いのは何故だとMrは弊社に問いただしたい。
でも平気さっ! なぜなら……彼女の愛情があるのだから。
「君の翡翠大草原があれば俺は蘇る!」
「今日のCMできっと貴方の頭もふさふさです」
本当はマッチングアプリのCMに出たかった本音は飲み込んでMrsは本番へ向かった。
観客が見守るステージに立ったMrsとMrをカメラが追う。
「さあ見てくれオーディエンス! 毎日愛する彼女に大切にされ続けた髪を」
Mrがサラリと髪をかき上げると10円ハゲが目立つ。Mrsはスプレー缶を片手にカメラに向かってパチンとウィンクを決めた。
「髪の薄さにお悩みの皆様。翡翠大草原で貴方の頭も大草原。ふふっ今日も愛する貴方に1プッシュ……ってあああいけませんこれは+G!!」
「って、アァァ君また間違えたな!」
哀れMrのハゲは拡大し観客達はざわめく。
「アァァまた俺の頭にさら地が! ……でもそんな君が好きだ!」
「諸事情によりCMを中断致します」
放送事故にノネムが笑いを堪える横で、Sol=Fは淡々とアナウンス。Fatimaが空気を変えるように明るい声を上げた。
「次は対バンライブです! 楽しみだわ」
「オープニングでバンド? もちろん、やるわ! ……え? ワタシだけのステージじゃないの!?」
コープスメイクのスネークチャーマーは黒い唇を不満げに尖らせた。一人で十分だが仕事は仕事。会場に向かうとM&Mが待っていた。
「今日は企業対抗ッス、協力してほしいッス」
「M君に言われたくないわね」
「オネエサンはオレと組むのが嫌かもしれないッスけど、それはお互い様ッス」
スネークチャーマーが不機嫌そうに睨むと、Mも苛立たしげに顔を顰める。二人の視線に火花が散った。
「エキジビションとはいえ対バン。オレはバトルのつもりでやるッス」
「心配しなくても、ステージではちゃんとするわ。アナタもそうしてね?」
「それはオレの台詞ッス」
こうして『M&M ft.ヘルセイレーン』は結成された。
対バン相手のコルデラは気合を入れて舞台へ向かう。CMのイメージガールから歌手まで幅広い活躍をするアイドルだが、今回は路線変更してロックな衣装に身を包む。
ロックとメタルがぶつかりあう。熱いライブの始まりをFBと宙縫の演出が盛り上げる。
「ヒヒ! イかれた騒ぎだナ! 宙縫チャン!」
「FB。情熱のように燃える感じかい?」
ヒールにはカッコよくダーティーなサウンドを。FBの選曲に合わせ宙縫はステージに炎を生み出す。暗いステージ上でスポットライトと炎が演者を彩った。
先手を取ったのはM&M ft.ヘルセイレーン。ヘッドホンを抑え歌姫は地の底から湧き出たようなグロウルを放つ。畳み掛けるようにM&Mの高速ラップが威嚇する。喧嘩をするように二人が掛け合い会場のボルテージをあげていく。最高に盛り上げた所でシャウトから一転、サビは歌姫のメロディアスな曲へと変化する。
ついてこれるの? と視線を送れば、当たり前だとM&Mがラップで返す。フードに隠れて顔が見えなくても、声は楽しげに弾む。
最後まで過激にM&M ft.ヘルセイレーンが歌い切ると、会場から悲鳴が聞こえた。
その空気に負けじと後手のコルデラは叫ぶ。
「私の歌を、聞けぇぇぇ!!」
激しいハードロックに乗って吠えるように歌う。コルデラの武器は歌だけではない。アイドルとして培ったステージパフォーマンスだ。二本の角で脳波を分析して最適な動きを導き出す。
「ハイ! 声あげて!」
コルデラが煽れば観客も叫ぶ。コール&レスポンスで盛り上げ、表情・仕草、ポーズで客の視線を惹きつける。
たとえ一人でも引かない。負けない。対バン相手を睨みつけ最後まで声を張り上げる。
「――勝者は……」
「すっごい盛り上がりでしたね」
「まさに興奮冷めやらぬという空気ですが、次はエキジビションバトルが始まります」
FatimaとSol=Fからバトンを受け取りノネムが繋ぐ。
「バトルの始まりだー!」
「よい子のみんなも悪い子のみんなも元気~?」
棘雷が明るい笑顔で観客に呼びかけると、バックスクリーンにはおもちゃ屋チェーン『ポップ☆スター』のロゴが映った。棘雷の周りを多数のぬいが愛らしく踊る。創龍――綾小路創龍がゆめかわ玩具のぬいを操っている。
ぬいと戯れながら棘雷は踊り、ポップ☆スターの宣伝を終えて舞台を降りる。
入れ替わりに舞台へ遥奈が颯爽と飛び出した。黒い猫面をつけて猫のようにしなやかにくるんと一回転。猫のポーズを決めたり、バトル前のストレッチ。しばらく遥奈の撮影会が行われた。
「ふにゃー、ねこをあがめよー」
最後に舞台に立ったのはcarol arise(羽柴 有住)とLai:*STArrY*CHeeR(神楽坂 礼華)。アイドルユニットTwin+crew.Fだ。
アリスがリム脚でステップを踏むと舞台は花畑に変わった。ストレリチアがぴょんっと跳ねて明るい笑顔で観客に手を振る。
「「未来にー、羽ばたけー!」」
コール&レスポンスから始まり、バトルの幕開けを告げるように歌う。画面がバトルフィールドに切り替わった。
アッシュとフローリアが目線を合わせて頷き合う。アッシュの肩にフローリアが乗る瞬間耳元で囁いた。
「フローリア。俺達で勝とう」
頭上の花の色は気づかないまま。
ジャッジのカウントが始まる。
「3、2、1、ゼロ!」
バトル開始直後、歌に合わせてフローリアはド派手な花火を打ち上げた。
その瞬間である。ヤコブ13が野太い声をあげてフィールドに突撃。
「ウォォォォォオオオオ!」
ヤコブの中でも賢いから先手必勝のルールを理解しているのだ。ハイヒールで華麗に舞い……フローリアのスナイパーライフルに吹き飛ばされた。
「なぜデス!」
「まず私の視界に入ることが不敬」
「話す時間も無駄だろう、さっさと終わらせよう」
フローリアを担いだままアッシュは戦場を駆け抜ける。二人を応援するようにTwin+crew.Fの歌が響き渡る。
ストレリチアの頬が自然と緩む。今まで戦闘は妹に代わってもらっていたから、戦場に立つのは今日が初めて。こんなにも楽しいのは、きっと相棒と妹とアッシュのおかげだ。
四人の前に蛇腹剣を手にした棘雷と鉄扇を構えた遥奈が立ちはだかる。フローリアのノータイム狙撃を遥奈は鉄扇で受け止めた。カウンターで飛んだ針をすんでの所でフローリアは躱す。
棘雷はアッシュへ蛇腹剣で攻撃しつつ、招き寄せるように後ろへ下がる。
「レイ!」
右目のリムでフィールドを観察していたストレリチアが真っ先に気づいて叫ぶ。アッシュが即座に後方へ跳ねると同時にゆめかわ玩具が牙を剥く。アリスがエフェクトで目眩しをかけると、万力のような拘束力の熊腕は脚を掴み損ねて宙をかく。
「よかった……アッシュお兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ。……っ!」
罠を抜けた先で棘雷が蛇腹剣で薙ぎ払う。その攻撃をレイは狙撃で撃ち落とす。
「一旦下がるよ」
「ですね」
棘雷が笑いながら告げると創龍と共に仕切り直すように後方へ下がった。アッシュ達の周囲には罠が配置済み。そう簡単に近づかれるはずが……。
不意にデパートの化粧品売り場の匂いが鼻についた。
いつの間にか復活したヤコブがファンデの粉を撒き散らし戦場を駆け抜ける。次々と罠が発動し玩具の兎斬と犬噛の斬撃がヤコブの美髪を切り裂いた。
「ノォォぉぉ!」
アイツは何をやってるんだ? 周囲が困惑する間に創龍は寂蝶で通信阻害を行い、前衛と後衛の分断を狙う。
「させない」
アッシュは手甲天狼で寂蝶を叩き落とす。
フローリアを落とさないよう、アイドル達が輝けるよう。隅々まで気を配って戦線を支えることは大変だ。けれどフローリアと共に生きるようになって自分の機能は安定した。大切な者達と共に戦うアッシュはこんなにも心が軽い。
そんな兄の姿にアリスは安堵する。アッシュは塵ではない。
「『安心する』って意味もあるもんね」
兄が支えてくれるから安心して歌い続けられる。相棒が微笑んだ。
「アリス、今日の私、今までで一番調子が良いみたい! あなたは?」
「私もよ、チア! 今までで一番楽しいの!」
「いっくよー!」
二人の歌声は軽やかに戦場を駆け抜けてバトルを彩る。ヴァイオレット四人の結束に翡翠の三人が押され始めた。徐々に追い詰められながらも棘雷と創龍は泥臭く足掻く。
「棘雷! 右斜め後ろに移動してください」
創龍の指示で棘雷が動くと、棘雷を狙った弾丸がヤコブに命中した。
「なんでェ!?」
「匂いでバレてんだよね」
ヤコブは潜んだつもりでも化粧品の匂いで居場所がバレる。肉壁で攻撃をいなしつつ、蛇腹剣を伸ばして逆転を狙う。
それでもヤコブは諦めなかった。なんとか一矢報いようと遥奈の前に飛び出す。
「ビュゥゥゥーティィィー」
叫びながらメイクセットを取り出して、遥奈にメイクを仕掛けようとして――鉄扇で横っ面を叩かれた。
「猫にキツい匂いは厳禁だよ」
踏み台を蹴って飛び上がり、袖から投擲用の針をフローリアへ投げる。アッシュが横に飛んで避けた。
創龍が設置した罠の位置をストレリチアが特定し、アリスが歌とダンスで注意喚起。アッシュが罠を避けながら叩き潰す。
大好きな姉、アッシュ、アリスの役に立ちたい。フローリアがチラリと下を見るとアッシュが頷いた。
「ここで撃てばおにいさんは絶対負けない」
フローリアの主砲が火を噴いた。フィールドを派手に吹っ飛ばす。
「行きましょう」
創龍と棘雷は阿吽の呼吸で突撃し、アッシュに格闘戦を仕掛ける。棘雷が蹴りを繰り出しアッシュを足止めすると、その隙に創龍の刺突暗器爪竜を放つ。天狼とぶつかり合い火花を散らす。
アッシュが動けない隙を狙って、遥奈がフローリアへ襲い掛かる。いつもはやる気がないこともあるが、本物の猫と暮らすため今日の遥奈は勝利にこだわる。
「ここで決着をつけるよ」
「望む所だ。仲間の邪魔をするものは全て撃ち落とす」
フローリアがライフルを放つのと同時に針が投擲された。弾丸と針。先に敵に到達するのは……。
白熱のエキジビションバトル。どちらが勝ったのか――観客だけが知っている。
【執筆:雪芽泉琉】
●アルセド+?
アルセドのパフォーマンスステージ上。巨大モニターの映像が切り替わる。
『こんにちは、²o₂εだょ。みんな、楽しんでる?』
『誰とも戦わず、誰をも戦わせない』信条を貫く、²o₂εだ。和やかな笑みを浮かべ、水色のマニキュア輝く手を振っている。
「ヤバかわいい……」
ロビン・テクノロジーズのCSBNT-7 "タチバナ"は²o₂εへの正直な感想を叫びながら、青のサイリウムを両手で振る。
対戦相手を研究した結果デュープ情報オタクになってしまった彼にとって、このイベントは僥倖であった。自社のステージ規模が小さめなのは悲しかったが、おかげで他社ステージを回りやすくもあり……。
『これからアルセドのみんなが登場するょ。BGMはわたしの独唱。聴いてね』
²o₂εはすぅっと息を吸ってからテクノ調の曲を歌い出す。
「尊い……」
CSBNT-7 "タチバナ"は隣とガッチリ肩を組んで左右に揺れ始めた。首から提げた各企業の応援タオルも揺れる。
「みんな! ボクのことは知ってるかな~?」
ステージ裾から登場したLava=Zが大きく手を振る。
「「「Lava=Z~!」」」
「大正解! まだ新人なのに知っててくれて嬉しいよ、ありがとう!」
Lava=Zは大きく両手を広げ上半身をぐるりと回し、観客一人一人に焦香と群青色の瞳を向けた。何名かが視線の光線に撃ち抜かれ、胸をぐっと押さえる。これが恋?
「改めて、デュープのLava=Zです。ボクも一緒に歌っちゃうよ」
²o₂εの歌声にそよ風のような歌声を重ねる。それからスピーカーに干渉し、二つの音を美しく響かせた。²o₂εも藍紫色の瞳を細め、より歌声に力を入れる。
やがて二人の歌声が止み、スピーカーから別のイントロが流れた。音に乗るように反重力ボードで現れたのは。
「それじゃあいくよ! 今月発売のデビューシングルから『アプリェーリ』!」
アイドル的新人デュープ、E1ze`rio。通称エルゼリオ。桃色の髪を靡かせて、可愛らしい歌声をお披露目する。
声援に満面の笑みで対応しながらも歌は絶やさず。――どころかリズムに合わせてチックタックや高めのオーリーを繰り出している!
(やっぱ楽しい!)
見事歌い終えたエルゼリオに、観客の拍手が殺到した。
「ボクはスクランブルに参加するつもりだよ。誰よりも先にフラッグを取る瞬間がもう最高! この時の為に生きてる、……って思えるんだよね」
エルゼリオが語った『誰よりも先に』。この言葉に反応するが如く、ステージ袖から蒼い影が走り抜けた。
「アルセドの!! ワ……!」
そして反対側へ消えようとして盛大にずっこける。
通常運転(物理)に観客席から失笑が漏れた。Yだ。
「最速の私はァ……バトル開始直後にイニシアチブを狙うゥ!!!」
それでも元気に自己アピールを続ける。やがて全ての音が止んだかと思うと、あの男が観客席からステージ上へと飛び込んだ。
「僕はそんなお前を狙う」
実に低いトーン。それからハンマーがYの胴体を打つ鈍い音。
ドルヲタだ。華麗なる宴に水を差され、目が血走っている。
Yはというとすぐさま立ち上がり、全身をぷるぷる震わせながらもYのポーズを披露した。アイデンティティに関わる問題なので必死だ。
そんなYにCSBNT-7 "タチバナ"が再びハンマーを構える。
『ゃめ……!』
戦いを制止しようとする²o₂εの前で、新展開が発生する。
「アルセド V.Sea デリバービッグウェーブ!!」
キラッキラと飛び散る光に黄色い歓声が上がった。女児に大人気の変身ヒロインV.Seaの登場だ!
「ロビンの刺客だね! Yの仇はボクがとるよ!」
V.Seaは人差し指をピッと向けると人魚の足を流麗に動かしすいすいと移動する。それだけでCSBNT-7 "タチバナ"は崩れ落ちた。Yは健在です。
V.Seaは困惑した。何が起こったの?
どうあれロビンの人は武器を落とした。勝ちでいいかな?
「電子の波間にきらめくフィッシュテール! プリテック☆マリン!!」
目をぱちくりさせる²o₂εに視線を向け、V.Seaはにっこりと笑う。
「一緒に歌おうよ!」
V.Seaが流すアップテンポのポップな曲に合わせて、二人の声が元気に響く。
V.Seaは海中を巡るようにひらりと舞い、くるりと自在に回転した。時折頭上で両手をたたき合わせて、手拍子を促す。
「そ~れ!」「いくよ!」
Lava=Zが走り回って花吹雪をまき散らす。エルゼリオは花吹雪の中を反重力ボードで駆け抜け、風を起こした。
●アルセドステージ!
一時間ほど前のこと。LYSはアイスティー片手に会場を彷徨っていた。
(キラファさんはどこでしょうか)
飲み物を確保すべく人波に揉まれていたら、はぐれてしまった。
(それにしても……色々な方がいらっしゃいますね)
一般客に交じってデュープも様々に存在する。LYSは露草色 の瞳で彼らをまじまじと観察した。
一方、キラファはアルセドの観客席でクリームソーダを飲みながら、空のステージを眺めていた。
(LYSちゃんまだかな)
ステージ裏から気合いの入った掛け声が漏れ聞こえる。多分、そろそろ始まる。
「キラファさん、見つかって良かったです」
ギリギリでキラファを見つけ出したLYSは、キラファが確保していた隣の席に腰を落ち着けた。
そして現在。流れるように進む音楽パフォーマンスに、キラファは胡桃色の瞳を輝かせる。
「皆すっごい気合入ってるねぇ……。今日は頑張ろうね」
負けないという思いを掌に握りしめて。キラファはLYSに笑いかける。
「そうですね」
LYSはふんわりとした笑みのまま、彼らを分析していた。変化に富んだパフォーマンスは楽しい。それはそれとして、味方の情報が役立つこともある。
「そういえばこれ! すごくおすすめなんだけど、炭酸って大丈夫?」
「……ええ、平気ですよ」
キラファとLYSが見つめ合い、笑みを深める。
「スムージーもあるし、後で一緒に行こうよ!」
「お勧めとあれば試さない訳にはいきませんね、楽しみです」
美味しいものを一緒に楽しむ喜びは、何事にも代えがたく。
ステージ裏ではカメリアが焦りを滲ませていた。
(ここでもまた負けるなんて嫌だわ)
カメリアにリムはなく、武器も強力とは言い難い。
対して何なのだ。他社デュープたちの「強いです」と言わんばかりの装備の数々。自社でだって自分は見劣りするのに、このままじゃ……。
(誰かと協力しなきゃ。誰か……)
白銅色の視線を巡らす。と、天色の瞳がカメリアを見ていた。
Wings in the darkだ。はにかみを浮かべて、ぺこりと頭をさげてくる。
「ねえアヤちゃん。わたしと一緒に戦わない?」
先輩なのだし縋る気持ちを見せてはいけない。カメリアは胸を張ってWings in the darkに歩み寄る。
「カメリア先輩と、ですか……?」
Wings in the darkとしては断る理由がなかった。カメリアには親切にしてもらっているし、感謝している。
少しでも彼女の力になれるなら、願ったり叶ったりなのだ。
「よろしくお願いします、カメリア先輩。私がサポートしますからね!」
喜色の滲む声に、カメリアも歓迎の笑みを浮かべる。
「ありがとアヤちゃん! よろしくね」
右手を差し出す。
カメリアにとってWings in the darkは強力な武器でもある。両腕でジャミングを行う、協力することで真価を発揮するタイプだからだ。
(先輩とアルセドのために頑張ります……!)
右手に右手で応える。Wings in the darkは何も疑わず純真を燃やしていた。
「ネロ、あたしたちの幸せを皆にもいっぱい見せてあげましょ」
「そうだな、ビアンセ」
同じブランドに所属するbian6とnero9。新婚さんが腕を組んでステージに登場だ。
nero9は紺のタキシード、bian6は蒼のドレスを纏ったまま互いの瞳を見つめた。
腕を解いたかと思うと、nero9がbian6のチョーカーに指を引っかけ、口づける。
観客席がどよめき、魅了された。唇を離したnero9はbian6の手を取り、もう片方を腰に添える。
「一緒に生きてもらえるか?」
「ええ、もちろんよ」
言わずともわかっている。とはいえこれはパフォーマンスでもあるのだ。
優雅な足運び。互いの呼吸を知る故に、視線を合わせずとも相手の体勢をごく自然に理解できる。
bian6が手にしたままのブーケからは、ひとひらの花弁も落ちることはなかった。
「少しだけ待っていてくれ」
観客に断ると二人は数秒はけて、すぐに戻ってきた。今度は二人の黒髪がよく映える和装だ。
「次はあなたたちが幸せになるのよ……!」
bian6は肉球を操り、ブーケを観客席へと大きく投げる。
「みんな、幸せに向かって歩いて行けるんだから」
nero9は観客席へと飛ばした肉球のホログラムを、思いを込めた桜吹雪へと変化させた。
ぽすん。大きく伸ばされた手の中に、ブーケが落ちる。彼女は一人でやってきたのだが、もしかしたら、近いうちに――。
●繋ぐもの
所属は他社でも仲は良い。そういったことは多々ある。
「あれ? シュヴァーンの『ff』?」
SOU#007655、通称SOU。オープニング直後のエキシビションマッチに呼ばれてはいるが、オープニング自体への登場予定は無く。
Randgrid、愛称ランディ。Vt-Li2、愛称Li2。二人と会場をうろついていたところ、待機中のアイドル系デュープ『ff』――響、Pearlと鉢合わせた。
「今日はよろしく! っと、Pearlとは初めましてだな」
「みなさんはじめまして、ffのPearlです。宜しくお願いします」
SOUが右手を差し出すと、Pearlは曖昧に微笑んでから頭を下げた。――響がムッとしていて、その原因がおそらく視線の先にあると気付いたからだ。
「初めまして、だな。私のことはランディと呼んでくれ」
SOUと同じくエキシビションマッチに参加予定のランディは、お辞儀をしてから優しい笑顔でffを見つめる。
「わたしはVt-Li2。Li2でいいよ! こっちはコメット。よろしくね」
球形自律機械獣『コメット』を引き連れたLi2は、満面の笑みで握手を求めた。
その手に、響が両手で応じる。
「わたしはffの響だよ! 二人は初めましてだよね? よろしくね! ……コメットちゃんも!」
小さな嫉妬も可愛いコメットによってすぐに溶かされた。続いてランディとも握手をする。SOUとはしない。この間偶然会ったし。
「コメットちゃんもよろしくお願いします」
Pearlがコメットに柔らかな笑顔を向け、そのボディを撫でる。
「おともだちが増えて良かったね、こめちゃん!」
コメットは嬉しそうに身体を上下させた。
ステージ袖。ffは手を重ねていた。
「がんばろうね響ちゃん」
緊張をはらんだPearlの笑顔が、響の明るい笑顔に向く。
「うん、盛り上げようね! パール!」
歓声はここまで届いている。これを更に大きなものにしてみせる!
(響ちゃんの声、いつもより遠くまで響いている気がする)
丁寧に歌い上げる最中。チラリと響を盗み見る。
ほんのりと頬が染まっている。視線の先には想像通りの人物がいた。
(負けないよ)
並び立つ者として歌では負けない。Pearlは繊細な歌声に力を吹き込む。
一方、客席ではLi2が握った両手を膝の上に乗せ、そわそわと身体を揺らしていた。
「一緒に歌いたいなぁ……!」
「おいでよLi2! 一緒に歌おう!」
ぽつりと溢した呟きは、響によって拾い上げられた。響が手を差し出しているのは間違いなくLi2で。
「行っておいでよ」
ランディがLi2の背に柔らかく触れると、Li2は弾かれたように満面の笑みでステージに登った。三人で微笑み合うと、一際大きな歓声が上がる。
大きく手を広げるLi2に応えるように、カメラやライトがくるくる回る。
(みんなが全力で良い試合をできますように)
Pearlが伸ばした指の先の光が様々に色を変え、観客の目に祈りを届けた。
SOUとランディは顔を見合わせ、相好を崩す。戦いの前ではあるが、和やかな光景が適度に緊張を解いてくれた。
「ああ、やっぱいいな、ff」
思ったことがそのままSOUの口から飛び出る。
「君はああいう可愛い子が好みなんだ?」
からかうように、ランディがイタズラっぽく笑った。
「ん? 可愛い子はみんな好きだし、ランディみたいな美人も好きだぜ?」
何でもないって笑顔を見せる。ランディは瞬きを一つしたかと思うと、遠慮なくSOUの背を叩いた。
「やだなあ美人なんて照れるじゃない。君もとっても美人だよ」
美人は返しも一流である。SOUは背中をさすりながらもハハッと笑ってffに視線を向けた。
(エキシビションの相手があの二人じゃなくて良かった)
響の精一杯のウィンクがSOUに飛ぶ。ランディの含み笑いを感じながら、SOUは構わずウィンクを返した。
●自由なるシュヴァーン
遡ること一時間。GLxlus*とHL/thus*の兄妹はシュヴァーン特製小さなブーケを売っていた。
「あなたの好きを詰め込んで、今日の試合を楽しんでね!」
GLxlus*は花の形の可愛いアイスをコーンに乗せて、洒落たブーケをサクサクと作る。その手元に見入る客もいた。
「GLxlus*ちゃんイメージでお願いします」
小さなファンが一所懸命背伸びして、GLxlus*本人にお願いをする。
(私のイメージ? シュヴァーンの白と、髪の赤と、目の……)
ここまで考えて思う。これはHL/thus*と一緒だ。
そして肝心のHL/thus*はというと。
「爽やかな甘味と冷たさが夏の暑さにぴったり! お花のアイスクリームは如何ですか?」
宣伝の傍ら、アイスをぱくついていた。
「って、お兄ちゃん! またつまみ食いしてる!」
ファンにアイスを手渡してから、GLxlus*はHL/thus*にビシッと人差し指を立てた。
「んむ。……これはお仕事であってつまみ食いじゃないもんね」
HL/thus*は言い訳を挟みながら、心地よい冷たさを喉の奥へと落とす。
「美味しく食べることでお客さんにも美味しそうって思ってもらう。そういう作戦だから」
どこ吹く風、といった風情の兄に、妹は唇を尖らせた。
「もぉ……怒られちゃうよ」
「食べた以上に売ればいいんだから大丈夫!」
美と味を両立したアイスもだが、二人の微笑ましいやりとりが周囲の目を引いているのは事実だ。
「そこの人、一つどう?」
こちらを向く視線に、HL/thus*は笑顔で語りかけた。
現在に戻る。シュヴァーンのステージ上には異様な熱気が漂っていた。
「シュヴァーンといえばヒビヤくん」
ゆったりとした喋りだが、聞く側にそこはかとない圧を感じさせる。√SoniAの語りは十分にも及んだ。
「その優しい眼差しと裏腹に繰り出される技は敵を圧倒するだけじゃなくてファンの心まで魅了するんだから!」
√SoniAは手に持った公式ナギ・ヒビヤタオルを見せつけた。腕には綺麗に整えた髪が清潔感を印象づける手作りのヒビヤぬいを抱えている。
(ヒビヤくんの良さ、少しは伝わったよね?)
続いてIR/G2、通称アイルが歩み出た。
「推しは一択! ナギ・ヒビヤ!」
こちらも手作りぬいを所持している。目は愛らしい楕円形で、頬はうっすらと染まっている。手足の長さも見せつけることができる、自慢の一品だ。
「推し不在なら一緒にどうだい? 歓迎するよぉ!!」
広報活動メインのデュープらしく、堂々と勧誘する。自分の宣伝をする気などない。
(活躍に貢献できればいいなぁ)
ヒビヤの女の選択肢は一つ。ヒビヤを愛で、その素晴らしさを喧伝する。
しかし見返りは求めない。ヒビヤが幸せであればそれで良い。
最後にカイリも俯きながら前に出た。
「ひ、ヒビヤさんのPRになるのなら……!」
遠慮はあるが、その手には紛れもなく手作りぬいが。こちらは穏やかに細められた瞳が安心感を与える優しい一品だ。
「ヒビヤさんはとっっっても! 素敵なんですっ。皆さんもヒビヤさんのご活躍、是非ご覧になって下さい……!」
言い切ったカイリは逃げ出したくなる衝動を、推しうちわで顔を隠すことでなんとか押しとどめた。
(こ、こんなに沢山の人の前でヒビヤさんのお話をすることになるなんて……!)
なお地紙の上にでかでかと刻まれた『ヒビヤさんがんばって!』のおかげで、本心は全く隠せていない。
そも三人がステージに上がることになったのは、大量に持ったナギのグッズが偉い人の目についたからなのだ。あらかじめ決まっていたわけではない。
「私たちもヒビヤくんを通じて仲良くなったの! だからみんなも、ナギ・ヒビヤをよろしくね☆」
それでもやり遂げてしまうのが、ヒビヤの女たちの強さなのだが。
●シュヴァーンステージ!
推しにときめく者がいれば、推しを志す者もいる。
「みんな元気ですか? 『トライ・クリーチャー』のエレウテリアなんです」
緩い雰囲気を漂わせながらも、エレウテリアがフードのアンテナをひょこひょこと動かし先陣を切る。
「みんなに会えてうれしいよ! 俺はアンタレス。今日も張り切っていくからね!」
元気を漲らせたアンタレスが呼びかける。さらっと繰り出された指ハートに観客の鼓動が自然、高鳴る。
「シリウス。今日もいつも通り頑張っ……冷静にいくとしよう」
シリウスが早速通常運転。客席から「今日もkawaii!」と声援が飛ぶ。
間もなくスピーカーから『トライ・クリーチャー』の人気曲のイントロが流れた。三人の間に、ほんの一瞬の緊張が走る。
(今日こそクールにカッコよくだ! ファンも『kawaii』って言ってくれてるもんな、うん!)
(俺とエレウテリアは大丈夫だと思うけど、シリウスはフォローしてやらないとだよな)
(二人とも大丈夫なんです。僕についてきてください)
歌い出しはエレウテリアからだ。完璧に歌いこなしながら、その大きなリムを観客に振る。
「きゃんわいい~♡」「ちっちゃい身体におっきなおてて、もはや反則級だよね~!」
この身体はファンのハートを勝手に掴んでしまうとエレウテリア自身、よく理解している。握りつぶさないように注意しないと。
続いてアンタレスがぴょいっと前に飛び出す。ウィンクを飛ばし、甘く中性的な歌声を披露する。自分のパートの終わりには観客席へとキッスを投げた。
「アンタレスのキッスもらっちゃった♡」「いーや私のだし!」
闘争の始まりだ。
シリウスのパートが来る。元々の長身を見せつけるような大きな動き。両腕が光を反射し、彼のパフォーマンスをより輝かしく見せた。
「シリウスってばkawaiiが過ぎるわ~!?」「本場のkawaiiだもの!」
歌声はあぶなっかしい――というか二人のように甘い声を出そうとするが、すぐに地が出てしまう。そこも愛されポイントだが。
やがてサビが来る。三人の一糸乱れぬ、それでいて個性を最大に発揮したパフォーマンスに観客は目と心を奪われ続けた。
「私はLuxっていうの。ルーって呼んでね」
ニンジン型ギターを携えた細身の少女が、ステージ上に一人立っている。
「今日はヴィジュアルバトルにも参加するんだよ。でも、その前に……」
控えめな笑みを浮かべたルーがギターをかき鳴らすと、背後のうさぎ型アンプが音と一緒に音符のエフェクトを飛ばした。
「観客のみなさんを応援するね」
ルーはリズムに合わせて身体をゆらし、ストレートな歌詞の応援ソングを観客へと捧げる。
(喜んでくれるといいなぁ)
控えめな視線を送ると、満面の笑みに声援、暖かな感情がルーを包んだ。
けれど何やら、気になる表情が一人。
SEαc401.6Hzは全員のパフォーマンスを記録していた。
(なんでミンナ騒ぐ? 音楽は静かに聴くものでは?)
シュヴァーンに情報を送る者として各社のステージを見て回っているSEαc401.6Hzであるが、そのどれにも情動を感じない。そう設計されているからだ。
(そろそろこのステージも最後か?)
眉一つ動かさずにルーを注視し、耳を傾ける。
感謝とお辞儀をし、彼女は跳ねるようにステージからはけた。沢山の感謝に背を押されながら。
(何なのだろう、この空間は)
わからない。ただ、考えてはいけないと何かが警鐘を鳴らすのみで。
芽生えた疑問に蓋をして、本社に情報を送信する。警鐘は止まない。
心の警鐘に包まれたまま、SEαc401.6Hzはバトルに備え眠りに落ちた。
【執筆:眞石ユキヒロ】
「これは、真実の決闘である!」
ロビン所属、ディアンの宣誓がスタジアムに響き渡る。
「決闘においては、闘技場に刻まれた血と肉こそが真実! それが――」
だが刹那。
翡翠の制服を纏ったミコト(影巻 御言)のケーブル型リムが、彼のアームに突き刺さった。
「てめ何しやがる!?」
「こんな美味しいとこ、ロビンに独り占めなんてさせないよ?」
ふふんと笑って、ミコトは吸い取ったばかりの情報をスクリーンに映して読み上げる。
「それが真実以外の何物でもないことを――」
「あたし! この邪蛇姫が! 全ての民の前に宣言するよ!」
ヴァイオレットの邪蛇姫(マッジ・ルー・エルバ)が、背中のBOXから生える8本の蛇腹刀O-Ro/chiを蜘蛛のように広げてスクリーンを覆い隠し、己の姿をこれでもかと見せ付けながら続けた。
が、その天下は2秒と続かない。
「だから独り占めはダメだってー」
気になるあの子と一緒に居たくて電撃移籍をキメちゃったc.Lock/10ct(クロト クロフォード)が強制カットイン!
「みんな、血肉と魂の一切を賭けて、勝利を手にしようね!」
「それじゃ始めましょ! セッション・スタートよ!」
最後にシュヴァーンのMr.ピンク(ピンカッソン・フロイド)が、風圧を感じるばっちんウィンクとキスを投げた。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦! さぁて今回のバトルの行方は……」
ヴァイオレットのU-Vin(ユーヴィン・ヤサン)は、占いパフォーマンスに特化している。
その的中率は神がかって、寧ろ占いと言うより予言、ブックメーカーからは死神と呼ばれ畏怖されているという。
その彼女をして、今回のバトルは斯くも言わしめたのだ。
「……波乱も波乱、皆様の運命がしっちゃかめっちゃかでわけわかりませんわ!!」
しかし、だからといって彼女の価値が下がりはしない。
寧ろ彼女さえ見通し得ない結末に、観客の期待は最高潮。
「結末がまったく読めないデュープバトル、こんなの初めてですけれど判らないからこそ面白い! 是非ともこのバトルをお楽しみくださいませ、ですわ!!」
開幕直後、ヴァイオレットのPhantom(幻)がマンドラゴラの断末魔の如き怪音波を響かせる。
耳を塞いでも容赦なく精神をかき乱すその声に、正気度を削られたデュープ達の阿鼻叫喚。
弱き者よ去れ、ここは強者のみが集う神聖なる空間。
それは観客とて例外ではないが、わざわざ闘技場まで足を運ぶようなファン達は、元から正気を失っ――もとい覚悟と面構えが違う。
その中でも特に、Phantomのファンは性根が据わっていた。
ナイスバディと髪で隠れた美しい素顔、そこに纏った陰鬱な空気、更に圧倒的な歌声は彼等を魅了して止まず――つまり、鍛えられているのだ。
その意味では、初見のデュープ達の方が深刻なダメージを受けただろう。
彼女の歌で、デュープ達はふるいにかけられた。
精神攻撃効かない系強メンタルデュープ達の戦いが今、始まる。
ロビンのedge:9(来瞳 諄)とヴァイオレットのS6-Å(長谷部 勉)は先を争ってフィールドに飛び出した。
edge:9の獣じみた咆哮、それに応えるS6-Åの拳。
激昂したedge:9に、もはやヒトの意識はない。
沸々と沸き立つ抑えられない衝動、秘めたるは怒り。
これは報復、倍返しなどでは済まされない。
だが普段のedge:9は人間嫌いで愛想なし、ファンサ皆無ではあるが、煽り敬語のワーカホリックとして、刺さる層にはがっつり刺さるデュープだ。
それがこの豹変、果たして二人の間に何があったのか。
それは開幕前、待機中の廊下で始まった。
たまたま出会って0.5秒でバトルが理想、壊したくて堪らないのに我慢を強いられる状況がS6-Åの精神を逆なでする。
「なんだガラクタ、お前も出るのか」
拳の代わりに仕方なく放った言葉の先制攻撃に、edge:9は冷ややかな視線を返した。
それが彼の怒りと苛立ちに燃料を注いだ。
「壊すことも満足に出来ない欠陥品が、遊んでやると言ってるんだ」
「弱い犬ほどよく吠えるとは、よく言ったものですね」
無駄口を吠える猟犬を、edge:9はしっしと手で払う。
「待てもできないほど飢えてるんです? ならば猟犬ではなく、ただの駄犬ですね」
暴言と煽りの応酬に、沸騰する怒りが出口を求めて猛り狂っていた。
そして今、壊し愛という名のデートが始まる。
「動かなくなるのはつまらん、一生俺に壊されろ」
「見てるかぁお前ら! ロビン・テクノロジーズ所属、"剛腕"のディアン、参戦だぁ!!」
アームを高々と掲げ、剣舞ならぬチェーンソー舞で魅せながら、ディアンは名乗りを上げる。
「今回は大規模な集団戦だろうが……ッハ、関係ねぇな! 今宵も、ロビンが勝つ!」
それに応えて、ロビンのデュープ達が次々に名乗りを上げた。
「それなら、私達がお役に立てそうです……ね、ケオケオ」
BrassScorpia(コピアナ・ブレイズンハンド)が、肩に乗せた相棒、猿型の小型ユニット K0x2に話しかける。
腰ほどまでの長い真鍮色の髪を太い三つ編みおさげにした彼女は、見た目通りに戦闘向きではない。
だがその能力は、戦闘型デュープの数体分にも匹敵すると言われていた。
指示を受けたK0x2はB.Sの肩から身軽に飛び降り、デュープ達の間を縫って縦横無尽にフィールドを駆ける。
K0x2がそうして集めたデータを解析する事で、B.Sはチームのブレインとして精度の高い索敵や陽動、オペレーティングを行う事が出来るのだ。
B.Sはロビン有利の地形と状況を割り出し、仲間達に伝達する。
これで勝利は盤石のものとなる筈だ――ロビンの辞書に協調性という言葉があるならば。
「グランドデュープバトル、派手に盛り上げますよっ!」
(Luu)^2(リュリュ=ソレイユ)のヘメロカリスが、その照準を真上に向けた。
「戦場に咲いて舞い散る、デュープ達の咲かせる花……とくとご覧あれ!」
戦場の花火師の二つ名に違わず、その砲口から咲き乱れる光の乱舞。
「良い花道が出来たね」
「ピピッ」
巨大砲の花火の下、肩にお友達を留まらせたアルセドのCM担当tunagu.(由春 紬)が歩く。
「今日は、いつもより人がいっぱい……。緊張、するね」
「ピピッ」
最初は固くなっていたtunaguも、一歩踏み出してしまえば宣伝担当の顔になる。
表情に柔らかい微笑みを貼り付け、ランウェイを歩くモデルのように歩を進めた。
その胸に抱くのは人気商品、青い鳥のぬいぐるみ。
tunaguはただ、会場に流れるアナウンスを聞きながら歩くだけでいい。
お話するのもお友達とだけ、勿論バトルに絡む事もなく、そのまま退場する予定だった。
しかし頭上を彩る花火は、ただ華やかに美しいだけのものではなかったのだ。
「綺麗な花火には棘があるんですよ、刺さらないように気を付けて!」
リュリュの言う棘とは、即ち実弾。
光の花びらに紛れて雨の如く無差別に降り注ぐ拡散弾、だがそれ以上に危険なものが今、DH11(エズミ=ゼクマン)によって生み出されようとしていた。
全身を覆うパワードスーツ、その肩口に備えられたランチャー群から乱射されるのは焼夷弾。
そのひとつがtunaguの頭上に飛来する!
籠の鳥は動けない。
炸裂する閃光、ド派手な爆発音!
しかし!
「トロくせぇ嬢ちゃんがァ! ワタシの前を思いっきり塞いでるじゃありませんかァァ!」
tunaguの前に立ち塞がった、炎燻るその背に輝く金文字は!
「ククッ、『夜虎武毘璃之神』を知らねェンデスかァ?」
何故か各社に一体ずつ存在する「ヤコブシリーズ」の一体、翡翠のヤコブだ!
「ここは嬢ちゃんみてぇな子猫が来るとこじゃねェでございますよォ! さっさとおうちに帰ってネンネしやがれでございますだオラァ!」
ガンッと音がして、殺意高めの釘バットが床に物理でメンチを切った。
それをそのまま引きずって、夜虎武毘璃之神は去って行く。
不器用な優しさに全ヤコブが泣いた。
これで翡翠の人気も竜の如く鰻登り、バトル優勝も間違いなしだ!
それを見ていたシュヴァーンの「- 極(KIWAMI) -ヤコブ・ヴィリアン」は思わず膝を折った。
我こそが最優と自認する彼にとって、それは有り得べからざるバグであった。
「ワタシが、このワタシこそが全デュープ最優なのですよォォ!」
最優、それは最も優秀――ではない。
最も優しい(自称)、それが彼。
夜虎武毘璃之神にお株を奪われた極は、だがしかし勇を奮って立ち上がった。
「イヤッフゥゥゥゥゥ!」
狙うは開幕直後の大成果、そうだ彼はシリーズ中で最もバランスの良いデュープ、如何なる状況にも臨機応変に、その目から迸るビームで全てを薙ぎ払い――
しかし、出来なかった。
ルールよりも大事なものがある……そのように、彼は思うのだ。
「ロビンのDAIFUKU(大福)とCHIMAKIなのだ~!」
「アルセドのSTΛR+(モカラ・ファミーユ)、よろしくね!」
「アルセドードー君(アルフラミンゴ君)だDo!」
ゆるかわ三人を前に、最優はただ一人の観客となった。
「5社対抗グランドデュープバトル開幕! なのだ~! 応援よろしくなのだ~!!」
狼型騎乗型ウォーカーCHIMAKIに乗って、DAIFUKUは観客席の目の前を駆け回っていた。
CHIMAKIの目から放たれるオレンジ色のレーザービームとロビンのロゴが跳ね回る!
「可愛い……!」
その姿に、STΛR+は思わずキュンとなった。
けれど見惚れている場合ではない、
「可愛さでは私だって負けないよ! 見かけは大柄だけど、テンポ良く踊れるんだから!」
音楽に合わせて軽快に踊る、うさぎの着ぐるみ型マスコット。
「ボクの戦いとは荒っぽい殴り合い撃ち合いではない!」
非暴力の戦いこそが、アルセドードー君の美学である。
「カワイイマスコットに片っ端からビジュアルケンカを売り、可愛さでのし上がる……!」
多くのデュープが集まるこの場で愛らしさで頂点に立つ、それは即ちマスコット界の頂点。
ここにマスコットバトルが――始まらなかった。
(二人が見えないからどけって言われたんだドー!)
ファンサ頑張ってたのに、酷い。
だが観客の心証が悪いのは致命傷だ。
(こうなったら、愛らしさは互角という事で……!)
「スペシャルコラボDo~!」
「え? 一緒に? 楽しそうなのだ! やるのだ~!!」
「こ、コラボ? …………うん!」
そして今、アルセドードー君は観客席の上を飛び回っていた。
STΛR+を腕に抱え、DAIFUKUを背に乗せて。
「高いのだ! 飛んでるのだー! 鳥さん凄いのだー!」
「ひゃああああっ、飛んでる飛んでるー!」
皆の注目を集める中、STΛR+は上空から光の玉を降らせた。
「みんなを笑顔にするのが私の役目なんだから! Joyeux confeito!」
観客席に流れ星が降り注ぐ。
「ほあぁぁぁーっ」
観客以上に感動したDAIFUKUは、相手構わず応援したくなった。
「よーーっし! もう、みんな頑張っちゃえなのだーー!!」
五色の花火と各社ロゴが咲き乱れる中、アルセドードー君が飛び回る。
地上ではCHIMAKIがどこかご機嫌な様子で走り回っていた。
もう一方の花火師リュリュは、自らの放った貫通弾で更地となったフィールドの中心で固定砲台と化していた。
「私は逃げも隠れもしません!」
信じてるよ、ロビンの皆!
そこに颯爽と現れたのはロビンのマイティ・ヤコブ!
正式名は長すぎる故か、公式により随分と略されてしまった。おのれ。
「おやァ! これはまた良い具合に開けた場所が出来てるじゃァありませんかァァ!」
整地の手間が省けたと、マイティはそこに腕相撲台を作り上げる。
彼の夢は、腕相撲バトルをデュープバトルの一大分野まで流行させること。
ここが夢への第一歩とばかりに挑戦者を募る。
「ワタシはこの左腕一本でデュープバトルの頂点にのし上がるのですよォォ!!」
CSBNT-7 "タチバナ"(紙屋 橘)もまた、リム化した左腕一本でデュープバトルを生き抜いてきたパワー担当である。
本人は身軽なパルクール挙動が売りのデュープ情報オタクだが、本日は推しアイドル達を眼前に拝んでハイになった勢いで、ロビン・パワー部同士の熱いバトルに突入する!
「あんたは"筋力ニ狂イシ堕チタ天使ィィィ! マイティ・ヤコブ・ザ・レフトハンド"! あの左腕特化で得意なバトルは腕相撲とデコピン、鬼のイチノセに憧れるも、それだけではデュープバトルを盛り上げられないデュープの、一筋の光になr」
ピチュン。
早口解説は、マイティの渾身のデコピンにより封じられた。
唯一の挑戦者を場外まで弾き飛ばした彼は、腕相撲バトルの未来を自らの指で閉ざしたのだった。
「あら、百神ちゃん!」
Mr.ピンクはロビンの百神(M・R・2)の姿を見付け、いそいそと近寄って行く。
以前、二人はストレートバトルで戦った事がある。
その後Mr.ピンクは百神と顔を合わせる度に言って来るのだ。
「あなたって本当に素敵ね」
その同じ台詞を、今日もまた彼は舌に乗せる。
(本当に変わった人だ。こんなリムだらけの僕を「美しい」なんて)
全く、調子が狂う。
「百神ちゃんは参戦しないの?」
「先ずは様子を見ようと思いまして」
そう答えると、顔のパーツが大きい迫力美人は子供のように頬を膨らませた。
「もう、早くあなたの活躍を見せてよね」
「……貴方は、僕とは敵陣営では?」
「何言ってるのよ!」
今度はツバメを思わせるアイメイクが大きく翼を広げるように、目尻が吊り上がった。
「あなたの1番のファンは私だって、毎回言ってるでしょ」
「……全く。いつもそれですね」
「そうよ! わたしあなたの格好いいところ、見に来たんだから!」
左右で色の違うキラキラの瞳で見つめられ、百神は何かが吹っ切れたように顔を上げた。
「では、今日はご期待に応えなければいけませんね……!」
「そう来なくちゃ!」
所属企業には勝って欲しいが、それはそれ。
「楽しみにしてるわ」
本命の奮起に気を良くして、気のいいオネエは満面の笑みを浮かべるのだった。
翡翠のミリヤム"リトル・ユンファ"ミリア(ミリア・クロステル・ヴァリス)は、シュヴァーンのホワイトダイヤモンド(ミニー クーパー)が嫌いだ。
初めてのストレートバトルで対戦して以来、その想いはますます強くなっている。
何故か。
無口で無表情で不愛想なくせに、白いユリとダイヤモンドの頭飾りで可愛く見せようとするあざとさが気に入らない――と、本人は思っているようだが、恐らく理由などない。
反りが合わないとは、そういう事だ。
ならばなるべく顔を合わせないようにすれば良いのだが、何故かやたらと遭遇するのはよくある事。
「アンタ!」
この日もホワイトダイヤモンドの姿を見付けたミリヤムは、問答無用で突っかかって行った。
「ミリヤムさん、こんにちは」
「フツーに挨拶してんじゃねぇッつーの!
普通に挨拶しただけなのに、なぜキレるのか。
寧ろ挨拶もない相手に自分がキレても許されるのでは……と思ったが、ホワイトダイヤモンドは顔にも出さない。
そこがまた、ミリヤムには気に障るようだ。
「今日は絶対負けないからね!」
「望むところです」
「相変わらずナマイキー!」
そんな事を言われてもと思いつつ、ホワイトダイヤモンドは彼女なりの親切心を発揮して話題を提供してみた。
「もう『みんなの妹』はやめたんですか?」
「やめるわけないじゃん! バトルの時は本当の自分でいく事にしただけ。だから今は超イイ感じ!」
兄などいない『兄を探す健気な女の子』は、設定を捨てて「キャハハ」と笑う。
大抵はドン引きされるが、その二面性が良いと言うコアなファンも多いのだとか。
「ユーリちゃん、はろはろ〜」
クロトに声をかけられ、Ulysses(李 詩雨)は思わず目を丸くした。
以前のバトルで敵として戦って以来、叶わないと知りつつも時折ふと考えていたのだ――同じチームとして一緒に戦えたらいいな、と。
その彼が今、目の前にいる。
「え、クロトさん……?」
「あっ、覚えててくれたんだ!」
嬉しそうにニコニコしながら、クロトは蒼い制服を見せびらかす。
「じゃじゃーん! ほら見て、アルセドの制服ー! どう? ビックリした?」
「はい、びっくりしました……」
びっくりしすぎて、幻かと思う程に。
「これからは対戦相手じゃなく、味方として一緒に戦えるなんてサイコーじゃん?」
「……はい。わたしもそうなればいいなって、思っていました」
「ほんと? やったー、相思相愛!」
ユリシスの心臓が跳ね上がる。
けれど続く言葉で鼓動はすっと落ち着いた。
「僕と君となら超ド派手な連携ができると思うんだよねー!」
バディ的な意味だと腑に落ちて、同時にこれは現実だと確信した。
(言うわけがないもの。わたしが作り出した幻のクロトさんが……)
相思相愛、なんて。
「ふふ。クロトさんと一緒なら楽しめる気がします。よろしくお願いします」
「じゃ、まずは――」
あの派手に爆発してるとこに行ってみよっか!
ファラーシャ(狩野崎・千夏子)、美亜(霧ヶ原 美亜)、440-Hϟ(十六島・甘美)のアルセド三人組もまた、派手な爆発の中心に飛び込んで行く。
フ「今日はスペシャル生配信! 美亜ちんとヘルちゃんと一緒に体当たり実況するよ!」
美「配信担当だけど配信だけじゃない!」
ヘ「デュープ目線のバトルをリアルタイムでお届け!」
要は戦いながら現地の状況や歓声、盛り上がりを解説する、ちょっとしたウォッチパーティである。
フ「ところでヘルちゃん充電は?」
ヘ「大丈夫、フル充電したばっかだよ!」
美「知らない人の為に言っておくと、ヘルツちゃんは充電MAXの時はつよつよヘルツちゃんなんだよ!」
フ「でも減ってくるとよわよわヘルちゃんになっちゃう」
というわけで、つよつよのうちに進撃だ!
ヘ「で、どこ行く?」
フ「みんな気合い入ってる……」
美「あそこ、すごい映えそうだよ!」
連携技をかっこよく決められそうな意味で!
美「いざれっつごー!」
DH11は自らの焼夷弾が作り出した火の海にひとり佇立していた。
そのスーツは超厚装甲の超高耐火性、ただし機動力は無に等しい。
(こんな大乱戦で最後まで残るのは、どうやっても運任せで非現実的だ)
よって不動、無駄な回避運動など一切せずに、一発でも多く撃って焼き払うのだ。
自分らしいやり方で魅せる、それさえ出来れば悔いはない。
接近する配信チームさえ敵と見なし、DH11はランチャーを自動モードにセットした。
その時、邪蛇姫もまたカメラの接近に気付いていた。
「出オチ枠だと思ったでしょ! 残念!」
機関砲の迎撃をO-Ro/chiで弾き返し、邪蛇姫はDH11に突っ込んで行く。
「カメラさんここ! ここ撮って!」
爆裂する弾幕を背景にピースサイン、だがその姿は一瞬のうちにフレームアウトした。
邪蛇姫を追い越し、配信チームは爆炎に紛れてDH11に接近して行く。
ヘ「美亜ちゃんファラーシャちゃん、行くよ! 反応速度三倍ブースト!」
この時の為に調整した440-Hϟの電撃で、全員の神経反射を強化する。
フ「ジェット気流的なコンビネーションアタックだね!」
美「なにそれ聞いてない!」
フ「今思い付いた!」
わーきゃー言いながら突っ込んで行く三人、義足のジェットブースターを全開にしてファラーシャが飛ぶ。
フ「稼働時間、残り5秒!」
美「充分!」
美亜は反重力発生装置で空間を蹴った。
ヘ「ごめんね、蛇さん借りるよ!」
440-Hϟは邪蛇姫のO-Ro/chiを駆け上がり、その頭を蹴って大ジャンプ!
「あたし踏み台にされた!?」
フ「最後はウルトラな合体必殺技で決めるよ!」
ヘ「そんなのあったっけ!?」
美「これから考える!」
へ「ええい、もうどうにでもなれー!」
ともかく全放出のオーバードライブ!
「「「いっけぇぇぇー!」」」
迎え撃つDH11の機関砲と、O-Ro/chiの反撃!
そこに現れた蒼い影、あれは誰だ、そう、アルセドの新星クロトだ!
「なになに、みんなで楽しそうな事してるじゃなーい! 僕も混ぜてー!」
ユリシスの制止は一歩及ばず、クロトは混乱の渦中に飛び込んで行く。
直後、巨大な花火が打ち上がった。
ヘ@充電切れでよわよわ「……あ、あの、、現場からは以上です……」
美@頭ぼさぼさ「みんな楽しんでくれたかな?」
フ@プロの意地「ご視聴ありがとうございましたー!」
ぷしゅう。
三人は燃え尽きた。
「安心して、配信のお仕事はあたしが引き継ぐから!」
ミコトはケーブルの先端をカメラ等の機器にぷすっと刺して、映像や音声などのデータを抜き取った。
これは後日、翡翠から発売される総集編で使わせて頂きます。
ついでに皆の戦闘履歴やリムの性能データなども吸い取って、解説のネタにさせて貰おう。
「それじゃ今度は、あっちのビジュアルバトルを見てみようか!」
(わ、あそこにお師匠様がいますね)
観客席を見上げ、翡翠の九十九(矢頭 九十九)は思わず破顔する。
通常のバトルであれば、何をヘラヘラしているかと観客からの罵倒を受けかねない。
だがこれはビジュアルバトルだ。
「今回は武力による勝敗ではありません。故にこそ自身の持つ底力が試されます」
そこで勝ち上がる為に、師匠L-ucifer(ヴィニエラ)はメイクアップ担当として全力で挑んだ。
衣装は演舞を妨げず、且つ動きに合わせて彩りを加えるように。
メイクは程よく、彼の魅力を存分に引き出すように。
全ては彼の売りである「少年のような純粋さと迸る元気、弾ける笑顔」を最大限に引き立てるべく計算され尽くしていた。
「存在するだけで醸すプレッシャーで相手の精神を挫く。そういった強さもあるという事です」
いつも通りの厳しい言葉を、九十九は背筋を伸ばして聞いていた。
(お師匠様から教わったこと、出し切りますよ!)
リム化された両腕を起動すると、その掌が舞台装置の破片や割れた床材から他のデュープが持つ武器や小道具まで、触れるもの全てを溶かして行く。
更に大ジャンプで天井まで飛び上がり、照明器具に魔の手を伸ばした。
闇に包まれる闘技場に、飛び交うレーザーや打ち上がる花火、観客席のケミカルライトが映える。
(やはりうちのガーオが一番かわいいのです(キリッ)
裏ではガーオ強火担の師匠は「ガーオさいかわ」と書かれた心の団扇を高速で振りまくるのだった。
【執筆:STANZA】
■ショウタイム!
数多のデュープが入り乱れる中、SA2-821は歌い踊る。バトルフィールドはステージのようなもの、拡声器を介した声帯で戦う彼女にとって、まさに今はオンステージ。
ゆえに敵を射程に収めて歌いながら、SA2-821は笑顔を見せる。
「大舞台、ド派手に行きましょうね! SUI様!」
「今日も無駄にキラキラしてんなァ、サニー?」
その相棒たるSUIはといえば、対照的な表情で巨大銃剣を構えつつ、唇の端をひょいと上げた。ド派手だろうと何だろうとやる事は変わらないと、SA2-821の歌にバランスを崩したデュープに狙いを定め、まずは遠距離から一発ぶっ放し、同時に地を蹴り肉薄した。
自身を援護すべく追ってくる、SA2-821の気配を確かに感じながら銃剣を薙ぎ払い、避けようとした相手の胴に回し蹴り。それを隙と見た周囲がSUIに狙いを定めるのを、SA2-821は広範囲口撃で牽制し。
キラキラ笑顔で振り返る。
「やりましたわね、SUIさ……!?」
「――ん。今日も甘ぇわ、ご馳走さん」
その甘味を補給すべく、ひょいと口づけするSUIに刹那、SA2-821がポン! と真っ赤になった。「今滅茶苦茶色んな方々に見られてますわよね!?」と文句を言うも、当のSUIからすればただの甘味補給に過ぎず、何が問題なのか意味不明。
結果として見せつけている【S2】の2人に、見せつけられた【月蓮】のUL1が対抗意識を燃やす。ゆえにUL1は最愛の恋人をガバッと振り返り、
「これは負けてられないね! 僕らの愛の力を見せつけようじゃないか、マイハニー」
「落ち着け、アレは味方だ」
ぐっと拳を握りしてめて高らかに叫んだUL1に、叫ばれた蓮はと言えば淡々と指摘するのみ。だがもちろんUL1は聞いちゃいない――むしろこれもまた魅せプレイの1つである。
それもまた解っているので、蓮は吐息1つで受け流した。そうして「行くぞUL1」と走り出した、蓮を追って走るUL1の死角から2人の足元へと、LUN.cdmは攻撃を打ち付ける。
「ハーイ、足止めさせてもらいまーす」
「……蓮に手出しするとは、どういう了見だ」
その射線を正確に振り返り、UL1が「あぁン?」とでも言わんばかりにブチ切れた。が、今はデュープバトルの真っ最中、こちらとて試合なのだから、怒られるのは非常に理不尽である。
ゆえに「試合は試合ですー」と言い返しながら、LUN.cdmは上に言われるがまま、再び【月蓮】達へと照準を合わせる。そんなLUN.cdmの居る高所へと、即座にでも飛び出して行きそうな相棒に蓮が「私は大丈夫だ。落ち着けUL1」と息を吐き。
ひた、と狙いを定めた。
「いつも通りだ」
「任せて! 俺達の愛を」
「それはもういい……」
「ハーイ、次、行っきまーす!」
そんな【月蓮】達を待つはずもなく、LUN.cdmは不敵に笑って次の一撃を放つ。そのセリフ回しも戦い方も、ファンへ魅せる事を意識したもの。
それを一切意に介せず、【月蓮】は左右に分かれて避けると同時に、距離を詰めながらコンビ技を放つ!
「比翼蓮理!」「兎起鳧挙!」
「えっ、何?」
2人の息もぴったり合った、だが一言一句バラバラの叫びに、LUN.cdmが目を剥きながら本能のまま地を蹴って距離を取る。それからはっと気が付いて、【月蓮】への警戒は怠らぬまま、今日はあの双子は居ないよね? と辺りを見回した。
あの双子――LUN.cdmと因縁のあるアルセド所属の双子デュープ。いつも見つからないよう逃げ回っているあの双子に、この乱戦でうっかり近付かれでもしたらことである。
ゆえに辺りを警戒する、LUN.cdmの援護をするように動くのは、ジェイムズとヤーナのペアである。ヤーナの渡したジャミング弾で、ジェイムズが狙いを定めるその息はぴったりと合っていて。
「わりぃな、給料分働かなきゃいけねんだ」
そう嘯いた口調はだが、少しも悪いとは思っていないのがよく解る。とはいえ、そのセリフは彼我の距離がなくとも、このお祭り騒ぎの中では観客とヤーナにしか聞こえなかったろう。
そんな事を思いながら傍らを振り返れば、ヤーナがスコープで弾丸の先を見届けている所だった。どうやらうまくいったらしく、「リムへの着弾とジャミング発動を確認」と呟くと、ジェイムズを振り返る。
「移動しよう」
「だな」
そうして告げられた言葉に、ジェイムズももちろん異論はない。幾ら遠距離攻撃といえども、同じ場所から攻撃を続ければ、自身の居場所を喧伝しているのと同じだ。
ゆえに適時場所を変えて、ヤーナが観測手として落とすべき相手を探し、ジェイムズが撃つ。けれどもそんな動きすら、やつらを惹きつける為の疑似餌である。
ならばそれらしく振舞おうと、次なるターゲットを探すヤーナを見つめながら、ジェイムズは自身の首筋を撫でた。
「これも使うことになるかね」
「必要になれば」
ほんの僅か視線を伏せ、ヤーナもまた首筋を撫でる。――此処には、追い詰められた時には2人繋がり自爆するための装置がある。
とまれ今は眼前のバトルだと、次のターゲットを探す【狙撃】の2人の視線のはるか先で、シスタークラッドは祝詞を上げた。
「この大神事、盛り上げて見せましょう!」
これが引退試合となるシスタークラッドにとって、このデュープバトルは文字通り、一世一代の見せ場である。ならば持てる力の限りを尽くさんと、踊りかかるは眼前のヴァイオレット。
「我らが白の姉妹に勝利を!」
「うわわっ!?」
そうして思い切り振り被った両手剣型デバイスを、力の限り振り下ろしたシスタークラッドの眼差しの先で、D3-VITが驚きに目を見開いた。奇跡的に初撃は避けるも、力任せに薙ぎ払ったシスタークラッドの次撃は、まともに横腹に食らってしまう。
「ぐぅ……ッ」
さすがのビットおじさんでもカメラ目線を忘れるその衝撃は、やすやすとD3-VITの身体を吹っ飛ばした。当然来るだろう衝撃に備えるも、何かに堅柔らかく受け止められて「?」となる。
無意識に瞑っていた目を開けて、うわっ、とD3-vitは驚きの声を上げた。
「ラースくん!? ごめん! 痛くない!?」
「いや。――アンタと一緒に戦ってみたい。協力しないか」
そうして慌てて跳ね起きようとした、D3-vitに彼を受け止めた主LA-7-sは、首を振りつつ囁きかける。それはライバル企業としてはあり得ないだろう共闘で――だがこれはチーム戦ではない。
元より勝率の低いD3-vitは、この調子ではまた早々に敗退する事が目に見えている。今はつい目について助けられたが、次もこう上手くいくとは限らない。
ならば、と提案するLA-7-sに、提案されたD3-vitは難しい顔で少し考え――頷く。
「バレちゃったら、一緒に怒られようね」
「バレなきゃいいだけだ」
「懺悔は終わりましたか?」
そうして2人が頷き合ったのと、シスタークラッドがデバイスをゆらりともたげて問いかけたのは、同時。ああ、と頷きLA-7-sは眼光鋭く睨み据える。
だが、シスタークラッドは赤い紅を刷いた口の端を上げるのみ。間に挟まれたD3-vitの方が、なぜか居心地悪い気分で両者を見比べる。
つまんねぇなぁ、とその光景にGarbageは嘲笑を漏らした。デュープバトルに必死になるなんて馬鹿らしい、との笑みが語っていて――だがGarbageもまたそのデュープバトルに勝利すべく、無様な踊りを晒している。
(『ひとつでも多く勝利を得られたなら褒美をやろう』たぁ、言ってくれる)
これが最後の機会だと、蔑む様に言っていた目を思い出した。引退後の楽なご隠居暮らしをデュープとしての原動力とするGarbageにとって、この大規模イベントはそれを得る為の手段に過ぎず。
手っ取り早い勝利を挙げてみせようと、三つ巴の混戦の行方に薄ら笑いを浮かべる。あの狐面を叩き割ってやったら痛快だろうが、残念ながら同じシュヴァーンだ。
その様子を、遥か高みからNJ-Zedirも眺めている。ある程度数が減るまではここで様子見だと、高みの見物を決め込みながらも周囲には同じく、高所から俯瞰する者が何人もいて。
「……さて、どうしますか」
今の所こちらから仕掛ける気はないが、向かってくるなら話は別だと視線を巡らせれば、こちらを狙う銃口が光った。ふ、と面白そうに目を細めるNJ-Zedirへと狙いを定め、Garden-LiLLieは引き金を引く。
それを、最小限の動きで避けた。動く必要が無い程度なら歓迎するが、わざわざあそこまで行くのはノーサンキュー。
仕方ないなと息を吐き、レーザーブレードの出力を上げ、様子見の一投を放つ。その軌跡を両眼のリムで見極めたGarden-LiLLieは、避けつつ2射を放とうとして――バッ! とその銃口を背後へと向けた。
狙いを定める暇すらなく、咄嗟の反撃で放った銃弾は、相手の耳の装置に当たったようだ。バキャリと鈍い音がして、相手が耳を押さえるのをGarden-LiLLieは、愕然と見つめる。
「ALΞXさん……?」
それは味方だと思っていた相手。ALΞX、彼がシュヴァーンでGarden-LiLLieがヴァイオレット、それでも味方だと思っていた――嗚呼、けれども。
脳裏で何かが弾けたように、何かの記憶が奔流する。同じような事が前にもあったような気がして、けれどもうまく思い出せず――目を見開いて頭を抱え、棒立ちになるGarden-LiLLieを、ALΞXもまた耳の損傷を押さえたまま呆然と見据える。
Garden-LiLLieのうわ言のような言葉――「私、"また"……」。本人もその意味が解っているかは知れない言葉に、けれどもなぜかALΞXの双眸から滂沱の涙が零れ落ちる。
それを拭う事を思いつかぬまま、ALΞXは手を差し伸べた。
「LiLLie――私は、俺は今から、君を逃がすべきだと、わかったような気がし……」
「――?」
その言葉は意味の解らない音の奔流のように響き、けれどもその心は伝わったような気がしてGarden-LiLLieはその手を取る。――彼を信じてみたいと、優しい涙を流せる彼を信じるのだと、その手を握る。
そうして手を取り合った、2人からは遥か離れた戦場ではH;NAが、うぅ、と涙目になっていた。
「すみません、ナガルさん……」
「いや、無事で良かった」
そうして肩を落としたH;NAに、落とされたナガルはひょいと肩を竦める。グランドバトル、失敗しないよう頑張らなければ……! と気負って戦い始めたは良いが、いつもの如く気負ったがゆえに駆け出した足をフィールドに設置された瓦礫に取られてすっころび、助け起こされたのだった。
どうしていつもこうなのかと、H;NAはしょんぼり肩を落とす。新人だから仕方ない、そんな所が可愛いと言われはするけれど、H;NAだってちゃんとしたいのである。
ゆえに落ち込むH;NAに、ナガルはシザーネイルを鳴らしながら笑う。
「特に緊張する必要はない。相手も自分もこの場では有象無象の1人なんだ」
「うぞうむぞう……」
「ああ。いくらでもフォローは効く。ヒナはやりたいようにやればいい」
その為に俺がいる、と決めポーズを添えて言ってのければ、ほっ、とH;NAの顔に安堵の笑みが咲いた。そうですね、と改めて十文字槍を構え、靴のかかとから噴き出した炎を推進力に走り出す。
その背を追うナガルの瞳は、周囲のデュープの首筋に。日頃はパフォーマーとしてわざと髪を乱れさせたりするナガルは、今日はH;NAのサポートに注力しているが、駆け抜けざまにやれる相手が居れば話は別。
ゆえに獲物を探すナガルの視線の遥か先で、TiArs010は愛を叫ぶ。
「私と! 結婚して! 下さい!」
「まだまだ早ぇって言ってんだろ……!」
絶叫しながら巨大アームで容赦なく殴りかかった、TiArs010の熱い愛をNONUMは全速力で回避する。出会った時も腹ペコで倒れていた、TiArs010の実に効率の悪い燃費を消費させるためだが、傍から見ればただ求愛から逃げ回る男の図――に見えなくもない。
ひゅぅ、と観客のみならず周囲のデュープからも湧く冷やかしの声に、NONUMは遠慮なく顔を顰めた。
「おい、お前らも冷やかすんじゃねぇよ……っと」
「受け止めて下さい私の全部、そう拳ごと」
攻撃の熱量と口調の熱量が伴っていないが、拳に宿る想いは本物だ。「ファンの皆も私の恋を応援してくれてます。いぇーい」と真顔でカメラの方へダブルピースをしながら、そのピースをぶぅんと振り下ろしてくるのだからめんどくせー女である。
その攻撃も告白も正面から受け取るには重いと、回避に徹するNONUMに大振りながら素早い拳を叩きつけた、TiArs010はだが次の瞬間、ふにゃ、とその場に崩れ落ちた。攻撃を受けたから、ではもちろんなくて、
「エネルギーエンプティーなのです……」
「……ったく。無理して暴れっから……」
ふにゃぁぁぁぁ、とそのままバトルフィールドと仲良しになるTiArs010の側に、飛び寄ると同時に口にクッキーを無造作に詰め込んで、ひょい、とNONUMは彼女を担ぎ上げた。完全に荷物扱いだが、シャクシャクもごもごと口を動かすTiArs010はむしろ嬉しそう。
掴まってろよと言いながら素早く戦線を離脱する、NONUMの方もそれは同じ。妙に嬉しそうな笑顔になっている、彼と感情は違えど同じような笑みを浮かべてNoëLは、眼前に現れた顔見知りを見た。
「前よりいい顔をするようになったな、そっちの方がずっといいぞ」
「――あのひのさいせんを」
その言葉に僅かな高揚を見せながら訥々と告げて、鳥籠姫はフィールドを蹴る。その動きは以前よりも早く、強くなっていて、けれどもNoëLの動体視力の前では隙をつく事すら叶わない。
けれども。今の全力かつ最速で駆け、肉薄したNoëLに叩きつけたバトンは容易く防がれる。だがそれは元より承知、ダメージを与えるためではなくただ支点とするための打撃の勢いそのままに地を蹴って、NoëLの頭上を飛び越しながら銃を構える。
だが、NoëLはそれを引っ掴んだ。ぐい、と引っ張られるのを察して鳥籠姫はパッと手を離し、着地と同時に地を蹴って再びバトンを突き出す、と見せかけて放った鋭い蹴りは、だがそれでもNoëL相手には軽くいなされて。
ぐぬぬ、と悔しそうに唇を噛んだ。
「つぎこそかつから」
「次か。そいつは楽しみだ、私が引退するまでに叶うといいな」
それに応えるNoëLは嬉しそうで、それがまた悔しく、嬉しい。また一から鍛え直さねばと、残された時間に焦りも覚えながら決意する鳥籠姫だ。
またの再戦を誓って背を向けまた別の戦いへ向かう、その途上ではアルセドペアが、いまいち噛み合わないまま戦いを繰り広げていた。
「ほら、まだ敵はいるよ。頼りにしてるからね、"リアちゃん"」
「……その名前で呼ぶんじゃねえよ、バーカ」
揶揄うように相棒に発破をかけるD:rugに、掛けられたスティーリアは苦い顔。「……んなトコまでそっくりじゃなくたって良いだろ、ホント」と口中で呟いたのが、まるで聞こえたようににんまり笑う後輩に、今度は遠慮なく舌打ちする。
――かつてデュープバトルの最中、事故でスティーリアは親友を倒した。その親友と、目の前の後輩は妙に瓜二つで――おまけに親友と同じようにリアちゃん呼びまでして来るものだから。
調子が狂う、なんてものではない名状しがたい気持ち。それを消化出来ぬままペアとして出場する羽目になった、スティーリアにD:rugはただ、はぁ、とため息を吐く。
「先輩、誰と比べてるか知らないけどいい加減試合に集中して。アンタが先陣を切ってくれないとサポートしにくい」
何しろD:rugの役割はスティーリアのサポートであり、彼の不調やダメージを回復する事である。なのに肝心のスティーリアが動かなければ、D:rugがここに居る意味がない。
ゆえに「ほらリアちゃん早く早く」と、わざと彼の嫌がる呼び名で鼓舞する。それにスティーリアが苦痛に顔を歪めるのに、変なの、と呆れた息を吐く。
そんな、ぎくしゃくしっぱなしの噛み合わなさと似た空気は、リュンヌ・オンブルとソル・ノワールの間にも揺蕩っていた。否、ある意味ではこちらの方が深刻かもしれない。
「そんな馬鹿な…! 俺の記憶が間違っていたというのか?」
主戦場から離れた人気のないエリアで、向き合って告げられたリュンヌの言葉に、ソルは愕然と目を見開く。2人はシュヴァーンとヴァイオレットに引き裂かれた恋人同士――その筈だった。
それに、疑問を抱いたのは何がきっかけだっただろう。本当に自分達は恋人同士だったのだろうかと、調べたリュンヌは調べられた範囲の情報から、そうではないと結論付けざるを得なかった。
――だが、だからこそ。
「じゃあ、俺達の関係を見世物にされていたんだな、くそっ!」
「……私は、本当のお前が知りたい。今、この瞬間から始まる新しい関係を築きたいんだ」
「……え? 新しい関係って……」
その事実に悔しがるソルに、リュンヌはだが首を振り、そう告げる。それが不可解だと目を瞬くソルに、解らないか、と唇の端を釣り上げて。
1歩、踏み出した。
「好きだと言っているんだ」
「す、好き!? それはもちろん俺もだけど……」
踏み出された分近くなった、リュンヌの顔を見つめながらソルは戸惑う。本当にそれで良いのかと、惑う表情にむしろ好都合だとリュンヌは微笑んだ。
そうして新たな関係を築こうと決意する、2人が揃って戻ろうとする主戦場の只中ではハニートラップが、高らかに破壊の歌を歌う。それに呼応するのは蠱物――ハニートラップの主人にして愛人。
まるでお揃いのように身につけた、一対の白黒の兎耳リムはただ愛らしく、それがゆえに彼女達が辺りに振り撒く残虐性がいや増した。黒兎がばらまいた罠にかかった哀れな獲物を、白兎が笑いながら無慈悲に打ち砕く。
「さあ、私たちの力を見せてあげましょう」
「ええ、蠱物」
そうして嫣然と笑む蠱物はただ美しく、血濡れた姿はホログラムと判っていてもなお恐ろしい。文字通りの戦闘狂であるがゆえ、混戦の中にあって魂を震わせる歓喜を歌う蠱物の声に、うっとりと応じるハニートラップはあたかも一対の獣のようで――否、一体の獣のようで。
何しろ2人は幾多の夜を共に過ごし、幾多の昼を共に歩んできた。共に、戦ってきた。
ならば2人の心も体も感覚も、全てがもはや一心同体と言っても過言ではないだろう。蠱物の望みをハニートラップは知り、ハニートラップの忠節を蠱物は知る――それはもはや連携などという枠を超えていて。
4つの耳と2つの身体で荒れ狂う、嵐の如き一対の獣の敷く罠は広範囲で、そこに罠があると知れても逃れる事は難しい。どこに向かっても敵と味方が入り乱れているような、この大規模デュープバトルの最中にあってはなおさら。
そのうちの1つに引っ掛かって、レガレクスは舌打ちする。力任せに罠を破り、向けられた嵐の如き攻撃をどうにか凌いだ。
遠距離サポート型のレガレクスに、近接戦は向いていない。向いているのは、むしろ――
「オルキヌス!」
大音声で呼ばった相棒の名に、応える声はどこからもなかった。なぜ、と力任せに嵐を押し返しながら視線を巡らせれば、少し離れた所に佇むオルキヌスの姿が在って。
なぜ、と苛立たしく見つめたレガレクスは、だが様子がおかしいと眉を潜める。その眼差しの先でオルキヌスは、手の中のエイビスを持つ手をわずかに震わせた。
このままレガレクスを見捨てろと、エイビスがオルキヌスに指示を出す。勝利のためには切り捨てるべきだと、伝えてくるのは恐らくエイビスの向こうにいる企業の誰か。
それに――デュープたるオルキヌスは、逆らうことが難しい。武器でありながら監視端末でもあるエイビスに、何もかもが見られている。
そう感じて――オルキヌスは、今の自分に出来る精一杯をレガレクスへ告げる。
「先に謝っとくわ、ごめんなさいね」
「――いいわ、騙されてあげる」
その事情は解らないながら、オルキヌスの事は信頼しているレガレクスは、その言葉を受け入れた。ただし2度目はないと、手の中の大型狙撃銃の銃口を閃かせるレガレクスに、「リディならきっと一人でも大丈夫よ」とオルキヌスは笑む。
そう、きっと。オルキヌスがどうなったとしてもレガレクスは、きっと――
そんな悲痛な想いを言葉にすることは出来ず、オルキヌスはエイビスをしっかりと握り締める。そうして小さく強い決意を瞳に宿し、動き始めた彼女とすれ違うようにYAKA-βは、運命の相手目掛けてひた走った。
それに気が付いて、T.Kは応戦体勢に入る。電子武装「イージス」を展開し、その陰から張った弾幕を、だがYAKA-βの高軌道リムは難なく掻い潜ってみせた。
そのまま振り上げた武器を見て、ここまでかとT.Kの胸に諦念が浮かぶ。――が、その時はいつまで経っても訪れない。
なぜ、と瞬いたT.Kの視界に映るのは、別敵からの攻撃から自分を庇っているYAKA-βの姿。
「……やっぱりなんか、あんたが倒れるのを見るのは嫌だ」
そうして、YAKA-βは息を吐く。なあ、とT.Kを振り返った眼差しは真っ直ぐだ。
「敵は多いし、俺たちは一人だし。ここで一旦共闘するのは……駄目かな」
「………馬鹿だなあ」
そうして告げられた提案に、沈黙の末にT.Kはそう息を吐いた。バレればあとで厳罰だと、判っていてもこの提案を断る事が、なぜかとても難しい。
だから差し伸べられた手を取った、T.Kの表情と重ねられた手を見てYAKA-βは、驚くように瞬き――笑う。
「オーケー、背中は任せて。好きに暴れてくれ」
「戦いやすい! やっぱり流石だな、T.Kは」
そうして始まった初めての共闘に、YAKA-βは少年のように胸を躍らせる。そんなYAKA-βの背を呆れたように見つつ、確かな連携で支援するT.Kの顔にも、笑みが浮かんでいて。
もっと笑って欲しいと、思う。こんな場所で戦うんじゃなくて、もっと――
だが口にはしないまま、2人はただ一対のように戦場を駆け抜ける。
【執筆:蓮華・水無月】
「ほほう、巨躯の獣とな。なかなかに面妖な。脅威になる前に処理せねばな」
pA-BeLL(パヴェル・A・サムルガチェフ)は、 Z-Vazi(スヴァジ・ ルファリ)に目を付けるなり、打撃武器兼ロングバレルビームキャノンから極太ビームを発射。
「!!」
気付いたZ-Vaziは口から黄色いビームを放ち応戦。
2つのビームはぶつかり、派手な爆発音を轟かせる。
同時に、
(すごい、屈強ですごい体つきしてる。強そう、か、勝てるかな………)
不安を胸にZ-Vaziは、多脚部分が機械脚の噴出構造をフルに生かして、加速。
「それぇぇ」
動き始めは遅いが爆発が時間稼ぎになったのか瞬時に接近し、機械脚の推進力を使った飛び蹴りをかます。
「!!」
pA-BeLLは僅かに動作が遅れ攻撃を貰うが、すぐに態勢を立て直し、
「むむ」
Z-Vaziの細かい動きや小回りの苦手さを突く。
見応えのある攻防を繰り返す中。
「つ、潰しちゃうよ」
Z-Vaziは6トンの超重量を活かし踏みつけようとする。
「これは危険だな」
pA-BeLLの麒麟を模したロボヘッドの角部分から放つジャミングにやられ、
「あ、頭が……」
Z-Vaziは頭を苦しめられて攻撃を止めた所、
「はぁぁああ!!」
力強く振り抜かれたロングバレルビームキャノンに膝を屈した。
「出来れば勝ちたいところだが、どうするかな」
高凪 静馬は、日本刀を手に自由人よろしく戦場を好きに動き回っていた。
そこに、
「おや、刀ですか。私も剣を使う身として手合わせをお願いしたい」
シャムシームを装備するPanther(アイハム・ハルワーニ)は、自分と似た武器を手に持つ静馬に礼儀正しい調子で声を掛けた。
(1対1を装って引きつけておくからCoyoteは隙をついて攻撃を……)
リム化で拡張した脳を活用し指揮官らしく戦略を組み立てつつ。
「それは奇遇だな」
対峙する静馬は日本刀を構えた。
(電子戦両面において随一という自負はある反面、攻撃力に欠ける為自身が終盤まで残るのは難しい……ので、可能な限り『三つの防壁』を駆使し味方の終盤戦への温存を優先しなければ)
仲間の動向を伺っていた防壁(ウィルベル=E=パリエス)は、Pantherと対峙する静馬を発見。
「あれは……」
防壁は、自分の防御壁が必要になるかもしれないと駆け付け、
「……防御は任せて下さい」
静馬に一言掛けた。
「あぁ」
静馬は拒まず協力を受けた。己の目的を成すために。
「1対1に見せかけて……」
拡張された脳をフルに使い、思いついた戦略をPantherは密かに、離れているCoyote(カスペル・ハルファーレン)に通信機を通して指示を出した。
「りょーかい」
通信機越しにCoyoteは軽く返し不敵にニヤリとするが、
「問題はあれだ……近付く事も出来やしねぇが、隙さえありゃぁな」
静馬の近くにいる盾役の防壁は、見るからにガラの悪さと一緒に警戒しつつも攻撃を退く選択は無い。
「……1対1か」
Coyoteは戦闘の展開を見つめ、攻める隙を伺う。
ともく、
「鮮やかな剣捌きですね」
「そっちもな」
Pantherと静馬は互いに相手の剣を捌きつつ、相手の隙や弱点を見つけようと鋭い目つきだ。
「おら、ここだ!」
Pantherが隙を見て静馬を攻める。
「!!」
静馬の対応が一瞬遅れ攻撃を受けると思いきや、
「はっ!」
防壁が頑強な盾を形成し静馬を包み込み、攻撃を防ぐ。
「……強硬な盾ですね」
Pantherが剣を弾かれ僅かに怯んだ隙に、
「はぁぁ」
静馬は日本刀から銃弾を放ち、不意の攻撃を食らわせた。
互いに剣戟を打ち鳴らし合う。
「……通しはしません」
静馬が捌けぬ攻撃は悉く防壁の様々な防壁が防ぎ、電磁障壁でCoyoteの接近を牽制する。
「近付くのは危険だな」
電磁障壁を警戒してかCoyoteは背後を狙えず、様子を伺う。
防壁がPantherの攻撃をやり過ごし防壁を解く瞬間、
「今だよ」
Pantherが小さく出す合図に従い、
「正々堂々のバトルは美しいけどよ、背中と耳がガラ空きだぜ?」
Coyoteが背後に回り精神を乱す声を発声し、静馬と防壁を精神を乱して行動停止に追い込んだ。
「遅れるんじゃねぇぞ! Jenni!」
「あら、私が遅れをとると思ってるの? そっちこそちゃんとついてきてよね、Sataa!」
NGM-Sataa(ナキル)は反重力ボード『Arsaria』を駆り、CLS-Jenni(エフィルミア)は電磁力蝶々を纏い優雅にふんわりと地面を蹴り、重力を操作して宙を駆ける。
そこに、
「うぉるなお姉ちゃんと頑張って、いっぱい倒すんだ!」
遠距離からSeOは翼型デバイスで光を集めエネルギーに変え、ビームライフルから射出。
「近付いてくる敵は全部、私に任せて下さい!」
WallnutS(ウォルナ・パイパース)は、SeOが狙った相手の動向を伺い、機械腕に薬液カードリッジを挿してすぐに迎撃が出来るよう動く。
その時、
「!!」
SeOが放った攻撃がNGM-Sataaの髪を焼き頬をかすめた。
「敵は向こうよ!」
CLS-Jenniがこちらを狙うSeOを示した。
「遠いな」
NGM-SataaはSeOとの距離がかなりある事を確認するが、
「だとしても、私達に距離は関係ない。でしょ?」
「だな」
NGM-SataaとCLS-Jenniは、重力を操り凄まじい速度で接近するも、
「はぁぁ!!」
WallnutSが前衛として立ち塞がり、煙幕玉で攻撃する。
「!!」
NGM-SataaとCLS-Jenniが煙幕に包まれ視界が塞がれた所で、
「今です! 撃って下さい!」
WallnutSが合図を出す。
「ばん! ばん! ばん!」
SeOは照準を外さず、煙に包まれた所に向けて連射。
「っ!! 視界が悪い中、これはまずいよ」
「かすったか。抜けるぞ!」
ひっきりになしに狙って来る光弾にところどころダメージを受けながらもNGM-SataaとCLS-Jenniは、甘んじて攻撃を受け続けるような事はせず、反重力を操り攻撃に構わず猛スピードで抜け、視界が開ける。
同時に、
「出て来ましたか」
WallnutSが機械腕から毒霧を噴射しようとする。
「出た所を狙うよ」
SeOは標準を合わせる。
「いけない!」
CLS-Jenniは重力を操り、
「……動かな……い……立ってられ……な……い」
WallnutSは、かかる負荷に耐え切れずに毒霧を諦めるどころか地に伏して次の行動がとれない。
「全力全開!!!」
SeOはデュープを消せるほどの高エネルギーを発射。
「Jenni!」
「Sataa!」
迫る大攻撃にNGM-SataaとCLS-Jenniは手を繋ぎ、
「行くぜ!」
CLS-Jenniの反重力フィールドを使い、急速に角度を変えて回避した所で手を離して、
「いけぇ」
CLS-Jenniの応援を背に反重力ボード『Arsaria』の速度を上げ、
「そぉれ!!」
青雷光を纏い、SeOに突撃して、
「わぁっ!!」
空間を雷撃と真空で切り裂き撃破した。
「SSMさん、先日はすみませんでした」
SSM(エース ニーセン)を見つけた死の庭師、デス・スプリングスター(和無田 美蘭)はデュープバトルで組んだ時に彼の髪留めと髪を切った事を頭を下げて謝った。
「いいよ、首が切れたわけじゃないし」
SSMは気にしていないと軽く返した。
「以後、気を付けます」
デス・スプリングスターはまだ深々と謝っていた。
「本当に大丈夫だから、顔上げてよ」
SSMに促されやっとデス・スプリングスターは顔を上げ、
「SSMさんはここで何を?」
改めて高所にいる理由を訊ねた。
「敵の観察だよ。まあ、このまま解説に徹するのも悪くはないね。どうだい、一緒に……」
SSMが常なる笑顔で誘うが、
「いえ、私はそろそろ行きます」
デス・スプリングスターは丁寧にお断りして、戦場へと戻って行った。
その際、武器である大型のハサミ状の刃物がSSMの髪留めをかすり、
「おっと……気を付けるって言ったじゃないか……さて、彼女のお手並み拝見といこうか」
髪と一緒にまた切られてしまった。ちょっぴり苦い笑いをこぼしつつSSMはリム化した右目で彼女の行動を追った。
「ふふふ」
デス・スプリングスターは、リム化した腕に装着した装置からワイヤーを発射して、飛び回り敵を翻弄したり、ワイヤーで攻撃したり、大型のハサミの刃で斬ったりと戦闘を楽しむ。笑顔で。
「さて……」
SSMは観察を続行し、仲間の危機を見つけたら銃を構え手助けをした。
「偵察は任せて! 上空から弱点を見付けて皆に教えるよ!」
TYPE:D(八上 ひかり)は、デュラハン型で胴体と分離している頭部を搭載するロケットエンジンで飛ばし、内蔵のレーダーや赤外線探知システムを駆使しての偵察を開始する。胴体は物陰に避難だ。
「うん! よろしく! アタシ、細かい作戦を考えるのは苦手だから!」
リール・フォーンは、TYPE:Dを見送った。
TYPE:Dの頭部が敵情報を皆に送信する中。
(『カメリア』……彼女もここにいるはず。伝えるんだ、わたしはあなたの姉だ、と。そのためには、先ずは勝ち進まねば……)
重い決意を胸に秘めるNITE&DAY(マリア ブラックドリーム)は、
「いかに素早かろうが、この目は逃さない」
ワイヤーを使って素早く戦場を移動するデス・スプリングスターの動きを視力が向上したリム化した右目でしっかりと捉える。
「はぁぁあ」
NITE&DAYは、速さを活かして接近して王子様風の大剣を力強く振るった。
「くっ! 簡単にはやられないわよ」
デス・スプリングスターは大型のハサミで刃を受ける。
「はぁぁぁ」
「やぁぁぁ」
デス・スプリングスターとNITE&DAYは途切れなく剣戟の音を響かせる。
そこに、
「お手伝いを」
高みの見物中のSSMが見かねて大きな細身の銃から銃弾を放ちNITE&DAYを狙う。
「くっ!」
NITE&DAYが凄まじい動体視力で銃弾を見事に剣で弾いている間に、
「手助けありがとうございます」
デス・スプリングスターはワイヤーを使いこの場を退散し、
「大丈夫ですか?」
カナリア(アルシェイド・ファーナ)のヒーリング効果を持つ声を受けて回復し、再びワイヤーで飛び回り戦いに身を投じ、弾丸に狙われる。
「弱点をついて一発逆転を狙いたい所だね!」
翡翠所属のRook.key(岸 朱史)は攻撃が飛び交う中、逃げ回りながら弱点を探ろうとなんともしたたかに動いていた。
「今がチャンスだよ!」
Rook.keyは付近にいた仲間に知らせると同時に、弾丸を放ち遠隔操作をして、
「背後から銃弾か」
SSMの銃弾を弾いているNITE&DAYの背後を狙う。
先の攻撃の対応で鉛玉を食らうかと思いきや、
「当たったらごめーん!!」
離れた所にいるNa1u(美波 シャルロット)が、応戦とばかりに激しい弾丸の雨を降らせた。
「……大丈夫だ」
NITE&DAYは右目をフル活用しながら銃弾の雨を抜けた。
「……あっちか」
四凶(龍)は、銃弾の雨を降らせるNa1uに気付くなり二挺のマシンガンを撃ち続けながら接近。
「おぉ、乱戦だぁ、こりゃ、盛り上がってきたね!」
戦場を見回し得意の乱戦が出来る場に喜んでいるNa1uの前に、
「死ね、死ね、死ね、死ね」
二挺のマシンガンを面で撃ちまくる龍が現れた。やる事やりたい事は戦闘のみ。
「負けないよ!」
Na1uの銃器が盛大に火を噴く。
「全部フッ飛ばしちゃえばスッキリするじゃん?」
周りなんぞ気にしないNa1u。
「スッキリ? そんなもん知るか。死ね」
非常にハイテンションで狂気と殺気をぎらつかせながら笑みを浮かべる四凶。
2人の攻撃は、敵味方関係なく容赦なく互いを狙う。
結果、
「ちょっと、かすったんだけど」
Na1uの弾丸は偵察で飛び回るTYPE:Dの頭部をかすめる。
「ごめんごめん」
Na1uは豪快に笑って済ましてしまう。
「もぅ」
TYPE:Dはあっけらかんな笑いに毒気を抜かれ、口を尖らせるだけして偵察を続けた。
「……っ!!」
四凶の弾丸は、付近で戦闘していたドール(偶人)の方に流れ弾としてかすってしまう。
「そら、そら、そら、そらぁぁ!!」
トリガーハッピーの四凶もまた味方に当たろうが全く気にする様子は無く、インファイト上等とばかりに撃ち続けるだけだ。
「グランドデュープバトル! 楽しみにしてたんだよね!! リムの調整もばっちり! さあ、暴れるぞー!!」
ポスタは、開始と同時に低空すれすれを飛ぶ猛禽類のように被弾を恐れずに砲撃ぎりぎりで避けるように走る。
そして、
「ここは任せて、僕が分析します」
カナリアがポスタの肘の砲の照準がエイル・アーティライトに向けられている事に気付き、背中にある折り畳んだ羽を広げる。
「はぁぁあ!!」
ポスタが砲を発射。
カナリアは羽でエネルギーを吸収、変換する力で作った軽くて丈夫な盾で受け分析。
「分析結果が出ました!」
皆に結果を知らせ、
「お願いします!」
自分にも攻撃が来そうになり素早く距離を取り、遠距離にいるエイルと交代。
「分かりました。他社の強敵の弱体化及び排除を行います」
エイルは浮遊する攻撃をガンビットとシールドビットで応戦。仲間の危機を知り途中離脱し駆けつけた。
「はぁ、手抜きしたいがそうもいかないんだよな」
VL/Hell(ヴィルヘルム シャウマン)は、手を抜きたいが脳を調整され出来ないため、右腕の旧型の機械型リムを活かして、戦闘を行う。
「ふふ、対処難しいでしょ。シンプルイズベストよ!」
強靭な肉体を活かして蹴りと殴るを繰り出すアウレアを相手に。
「だな」
VL/Hellは近距離戦はナイフと蹴りで応戦する。
互いに攻守を繰り返す中、
「はぁぁあ」
VL/Hellの不意の一撃がアウレアに振るわれる。
瞬間、
(有力な同朋の生存と支援を優先……)
エイルのシールドビットがアウレアを守った。
(危ない事になってるな)
VL/Hellは目の端に支援が必要そうな仲間を捉え、退いた。
「支援します」
ワイヤーで縦横無尽に移動するデス・スプリングスターを弾丸操作で狙うも手こずっているRook.keyの援護のためVL/Hellがボウガンを発射。
「やぁあ!!」
デス・スプリングスターがワイヤーを使い巧みに回避。
「助かるよ!」
Rook.keyは礼を言い、操作した弾丸で不意を突こうとした瞬間、
「……この場はお任せ下さい」
駆け付けたエイルがデス・スプリングスターの前に立ち、
「ただ勝利のために」
ビットと長杖を合体させて狙撃銃型のチャージ式ビーム砲・アーティライトを全力で発射させた。
「ありゃ、やられちゃった。後は頼むよ! 俺に賭けてくれた人には悪いことをしちゃったなぁ」
綺麗に命中させられてRock.keyは撤退した。
同時に、
「後はお願いします」
エイルも戦闘継続は無理と判断し退いた。
「大丈夫ですか? 僕が守ります」
カナリアがVL/Hellと対峙しダメージを受けているアウレアに駆け寄り、ヒーリング効果のある声で怪我を癒す。
「はっ!」
VL/Hellの蹴りがカナリアを狙う。
「早くここを離れて下さい!」
カナリアは人1人を覆い隠す巨大な盾で蹴りを防ぎつつ、アウレアに逃げるように指示をする。
「あぁ」
アウレアが逃げると同時に、
「僕はやられません!」
カナリアは、羽で受けた敵の攻撃エネルギーを変換して反撃。
「……ここまでか」
現役より衰えている事もありVL/Hellは勝ちを譲ることにした。
「……邪魔者は消します」
ドールは、邪魔と判断したリールにパーツ化出来る体を活かして作ったハンマーを振るっていた。
「!!」
リールは驚き、僅かに下がる。
「…………」
敵の弱点を告げるRook.keyの声が聞こえようが、四凶の攻撃が当たろうが、ドールは自身が思うまま敵に攻撃を仕掛けていく。体のパーツを分解して自由に組み替えながら。
「はぁぁあ」
リールはリム化したアームを豪快にぶん回し応戦するが、仲間の危機に離脱する。
「ほら、隠れてないで私達道化は道化らしく踊ろうじゃないか」
アウレアは物陰に隠れるTYPE:Dの胴体に近付いていた。
「あわあわ、戻らなきゃ、逃げなきゃ」
気付いたTYPE:Dの頭部はピンチに焦るが胴体と距離があるため間に合わない。
「足止めは任せるッス!」
気付いたソラスパーダ(御風音・一刃)は、リム化した片腕にガントレットとして装着したパイルバンカーに付属するネイルガンを発射。
「!!」
見事に足止めとなった。
「やぁぁあ!!」
頭部が帰還したTYPE:Dはビームソードを構え、迎え撃つ。
そこに、
「やぁぁ」
エイルとの対峙後のポスタが背後からアウレアに指先の爪のようなビーム砲でひっかくように攻撃。
「くっ!!」
アウレアはまともに不意打ちを食らう。
「危ない!」
危険を感じたTYPE:Dは頭部を逃がす。頭部さえ無事ならば戦闘は出来るから。
「父さん、見ててね。今日も派手に楽しくぶちかますから!」
ポスタがTYPE:Dの胴体に近付く瞬間、
「ここはアタシが!! 後の事は任せるよ!」
駆け付けたリールが前に立ち、代わりに指先のビーム砲で相手の体をえぐるように掴まれ最大の武器である掌からの砲で全力の出力でフィニッシュを受けた。
「なあに、アタシ自身の勝敗はどうでもいいんだ。頼れる仲間がいるからね」
リールは自分の役目を全うし、満足げに目を閉じた。
「うん、頑張るよ!」
TYPE:Dは頷き、無事にこの場を離れた。
「これってつまりは祭だろ! じゃあ楽しく! 盛り上げねーとだよなァ!」
足止めを務めた後、ソラスパーダは何とも楽天的な事を口走りながらドールの前に立つ。
「……邪魔者は消します」
ドールは誰が相手だろうと淡々と攻撃をし続ける。
「これに勝てりゃ、モテるよな」
ソラスパーダは、陽気に腕に装着するパイルバンカーを振るいまくる。
戦闘を続ければ続ける程、ドールの全身はもろくなり、
「はぁぁあ!!」
ソラスパーダの豪快な攻撃が勝敗を決めた。
【執筆:夜月天音】
飛び交うレーザー、雨のように降り落ちる弾丸。少しでも気を抜くと四方から飛び交う攻撃で一瞬のうちにハチの巣にされる。
そんな緊張感が漂う戦場をPèlerinは走っていた。
「物陰にヴァイオレットのデュープか、Milan、いけるか?」
Pèlerinが尋ねるとMilanは小麦色の肌とは対照的な白い歯を見せ、にっかりと笑う。
「こんなの楽勝! Percheの力見せてあげよう!」
「そうだな、しっかり見せつけよう」
Pèlerinは両手を組むと、腰を落とす。
「行くぞ!」
彼の手にMilanが足を乗せたのを合図に、彼女を弾丸の雨の中に投げ入れる。
Milanは器用に身体をひねり弾丸の雨をすり抜けるとビームチャクラムを取り出し、物陰に隠れ、銃弾を浴びせていたヴァイオレットのデュープを斬りつけた。
青い残光を残し、舞い踊るその姿はまるで蝶のようで、敵兵は彼女のその姿に見惚れ、一瞬息を呑むもハッと我に返ると「敵襲ー!」と大きな声をあげる。
「幸せを運ぶ青い鳶、Milanだよーっ!」
焦る彼らとは裏腹にMilanはキラキラの笑顔とブイサインを中継用のカメラに向けた。
「調子に乗るなよ」
そんな彼女に銃口を向けるデュープは指に力をこめる。……が、放たれたレーザーは標準が大きくぶれて空へ消える。
「俺の存在も忘れてもらったら困る」
Pèlerinの一太刀をうけたデュープはどさりと音をたてて倒れた。
●
「――アルセドが例の《計画》を勝ち取るのは難しい、か」
Du/nasは硝煙が立ち上る戦場を高所から見下ろしていた。
強い風が彼のコートの裾を靡かせる。
現状ではヴァイオレットが優勢。このまま勝敗は決するのか。
――否。
「まだ挽回のチャンスはあるはずだ」
Percheの奇襲もありヴァイオレットの布陣が崩れたのはそれからすぐの事だった。
「今が好機。俺も一緒に暴れさせてもらおう」
戦場に降り立ったdanseur nobleの異名を持つ彼の恐ろしさは戦ったことのあるデュープなら誰もが知っている。
ヴァイオレットの指揮官が撤退の声を上げるよりも早く、高周波ブレードが仕込まれた彼の蹴りが指揮官を吹き飛ばしていた。
「このままでは部隊が危ないよね」
物陰に居たGraniteは焦りの色を見せる。
「そうですね、ここはひとつ力を合わせましょう」
Silver Artが囁くと、彼女の後ろにいた黒紅花も頷く。
「幸い僕達に気づいていない。攪乱して撃退しましょう」
「私はこの子達と一緒に動くわ」
「それでしたら、アーニャさん。せっかくの企業対抗バトルだし、一緒に組みましょうよ」
「黒紅花さんとご一緒できるなんて、楽しみです」
組み分けが決まりお互いの健闘を祈り、東西に分けて走り出す。
「いたぞ! ヴァイオレットの残党だ」
「誰が残党ですか」
その言葉と同時にSilver Artの周りに高速回転する何かが立ちはだかる。
自由自在に動き回るそれにデュープたちは剣を構えるも近づけず……。
「なんだこれは!」
「ご存じありませんか? 古の玩具として知られていた独楽というものです」
――追い詰められたのはどちらなのか、わからせてあげましょう。
大きく跳びあがると、独楽の中心部に降り立ち、器用にバランスを保ちながら敵を蹴り上げる。
「黒紅花さん、こちらはお任せください」
「ええ、じゃあワタシはこちらを」
Silver Artの独楽を交わした伏兵がビームサーベルを持ち彼女へ襲い掛かる。
刹那、リム脚の中に収納されていた機械脚が彼女の身体を持ち上げた。
切り刻もうとしていたものが急に目の前から居なくなりうろたえる彼らにヒュンと空気を切り裂く音と共に乾いた鞭が襲ってきた。
「二人だからって舐めてもらっちゃ困るわ」
「向こうは上手くいったみたいだわ」
Graniteの戦い方はクマが使う光学迷彩に身を包み、神出鬼没に現れ敵をかく乱してる間にもう1対のクマが攻撃を仕掛けるのもの。
Silver Art達に敵の目が向いている今がチャンス。
「おい、俺たちも応援に……ぐわっ!」
応援に向かおうとしたデュープがその場に倒れる。
「一体何が?」
駆け寄る彼の耳元でくしゅんと小さな音が聞える。
その声の主を知ることなく、彼はその場にどさりと倒れた。
「次は・・・・・・すやぁ」
Graniteがクマに再び隠れるその瞬間、何者かの銃弾が彼女の肩に当たる。
その瞬間強烈な眠気に襲われた彼女は眠りの世界へと旅立った。
●
「今日もたーっくさんふわふわ羊さんが来てくれたね~、頑張るから応援よろしくね~!」
「シュヴァーンのクリスっス!今日は頑張るっス!」
y-O-uとクリスは中継用のカメラに向かって可愛らしく手を振る。
他の企業の偵察のため、本隊から離れたところにいたが、この辺には他の敵はいないようだ。本隊に戻ろうと踵を返したところでクリスが「アッ」と声を上げる。
「アルセドが襲われているっス」
アルセドとシュヴァーンは友好的な関係を結んでいる企業だ。今回も首位に立っているヴァイオレットを倒すために一部では共闘しているチームもいるらしい。
「たすけよう!」
「了解っス!」
本隊に状況を報告して二人は敵に気づかれないように敵地へと近づいていく。
そして――。
「あそこのデュープさんが敵軍の中心者だね。クマさんで攪乱しているみたい」
クマを羊で倒せるなんて最高だね! と彼は銃を取り出す。羊のホログラムが現れると同時に一瞬相手を眠らせることができる彼の武器だ。
「外さない……よ!」
メェーという鳴き声と共に敵の肩に弾丸が命中する。
「今っス!」
敵の意識が無くなるのを合図にクリスが宙を舞う。
「いっけー!」
中距離から放たれたレーザービームは外れる事無くヴァイオレットの兵たちに命中した。
予期せぬシュヴァーンの登場に慌てる兵たちへクリスは「ばっちり決まると気持ちいいっスね」と一気に間合いを詰めると彼らに弾丸の雨を降らせるのだった。
「わかりました、すぐに合流します」
CLTEF-8、通称スミレは蛍光色のビットから聞こえてくるy-O-uの通信に明るく答えると戦場に向かって走り出す。
(できる事なら、タクミ先輩と一緒に戦いたかったな)
それはもう叶わないけど、でも私には彼が残してくれたお守りがあるから。
――タクミ先輩がついていてくれるから、だから絶対に負けない!
愛用の武器を構えると地面を力強くけり宙を舞う。ブレードとビットで弾丸を跳ね返し、そのまま敵地へと着地した。
「どうだいティム、初めてのバトルは」
ティムと呼ばれた黒髪の少年は目の前で繰り広げられるバトルにキラキラと目を輝かせる。
彼にとって今日は初めての観戦。
派手な爆発音、立ち上る硝煙。その場にいないのに、まるで自分が戦っているかのように血が沸き立つ。
「凄く楽しいよ! それにね、見て! おねーさん、可愛い!」
「ん?」
「シュヴァーンの、大きい鍵の、緑のお星さま連れてる人!」
ティムが指した先には、今まさに敵陣に攻め込み、キラキラの笑顔で踊るようにステップを踏みながら敵をなぎ倒すスミレの姿。
沢山のデュープの中、彼女に目が奪われるのは過去の記憶か?
「頑張れー!」
張り上げた声にスミレは動きを止めるとティムの方を振り向いた。
(今そこに、タクミ先輩がいたような)
無邪気に応援をしている少年が何故か先輩と重なる。スミレは今日一番の笑顔を見せるとティムへウインクをした。
●
ところ変わり機械兵たちが犇めく戦地では蛍光色の制服が眩しい……。否、衣装だけではなく、アイメイクまで印象的な二人組が戦っていた。
鞭をしならせてジャスミン13が機械兵をなぎ倒す。
彼女のその耳が細かい機械音を察知する。すぐに相方のN01に知らせると彼は目にも留まらぬ速さで両腕から機械腕を出し小型爆弾を掴み投げつける。
刹那、激しい爆発と爆風と共に、犇めいていた機械兵達は粉々に砕け散った。
(1+13)としてコンビを組んで活動しているからこその連携力、彼らの息の合ったプレイに観客は魅了されている、のだが。
「あー、もう。アナタの爆風でセットが崩れちゃったじゃない」
これだからいっちゃんは、と文句を言う彼女にN01はピクリと眉を動かす。
「それは13が前に出すぎたからだろ?」
音楽とは、不協和音が混じると途端に不快感が募ることもある。(1+13)にとって今日の演奏はどうやら不協和音が混じったようで――。
「いっちゃんこそ、勝手な攻撃してたくせに!」
一度音が外れると修正はきかない。
「『ブラック・ローズ』がうまくいってるからっていい気になってるんじゃないの?」
「ソロの仕事は関係ないでしょ?!」
「(1+13)のジャスミン13としてちゃんと協力してよ!」
「してるじゃない!」
してない、してる、そんなことを言いながらも機械兵を攻撃しているあたり息が合っているのかいないのか……。
●
「今日はいっぱいうたっていいんだよね」
「ああ、いつも通りソーニャの歌声を皆に聞かせてくれ」
わかった! と頷くとWhaleSong-052は空高く舞い上がる。青い空を海のように泳ぎ、人を惑わすその姿はセイレーンのようだ。
ソプラノの音域で言葉を紡ぎだせば、 ReViv-727が用意した紙吹雪が空に浮かび、敵を傷つける。
(兄さんの紙吹雪がキラキラして綺麗!)
「ソーニャ、皆喜んでいる。もっと歌って。俺が輝かせるから」
彼女がのびのびと歌えるように、何物にも害されないように。穏やかな声でソーニャには語りかけていた兄だったが、レーザー銃を構えるとソーニャを打ち落とそうと銃を構えている敵を射抜く。
(今、ソーニャが歌っているだろうがっ!)
そう、この男、極度のシスコンである。
敵にとっては破滅の光であったが、客席から見たそれはまるでコンサートの演出のようで、きらきらと舞い散る紙吹雪とレーザーの光の中歌うソーニャはとても美しかったという。
「相変わらず凄いわね」
uni/Kyrieは兄妹のライブに感嘆の声を上げた。
「ユニさんだ」
同じシュヴァーン所属で歌を武器にするソーニャにとってユニは憧れの存在だ。
一緒に歌おう。と言われユニはにこりと頷く。
「ええ、もちろん」
『美しい歌の翼よ わが声に乗せて想いを連れて~♪』
二人の美しい歌声が混ざり合い、大気が震えだした。
m01は襲い来る機械兵たちをなぎ倒しながら戦場を走っていた。彼が探しているのは美しい声を持つ歌姫。
(きっとどこかで歌っている)
目を閉じて耳に意識を集中すると、爆発音の中に凛とした歌声が聞こえてくる。
間違えるはずもない、ユニの声だ。
自慢の脚で急いでユニの元へと向かう。が、そこはすでに激戦区と化していて――。
(思った以上に敵の数が多いわ)
歌声の範囲外から攻撃してくるデュープの攻撃を受けながらも、彼女は歌声を絶やさないように耐えていた。
「沈め!」
死角からもう一体のデュープが現れ、彼女に銃を向ける。やられる、と思った瞬間ひゅんという音と共に誰かのナイフが敵の体に当たった。
ナイフの飛んでいた方向を見ると、そこに彼女の愛しき人が立っていて。
「ありがと」
「別にユニを助けるためじゃない。単に僕の対戦相手に投げたナイフの射線上に、アイツがいただけだ」
(嘘つき、息が上がっているわ)
「モル、これはお礼よ!」
じゃあ、とそっけなくその場を去ろうとする彼を呼び止めるとユニはチュッと彼に投げキスをする。
「え? あっ!」
動揺し顔を真っ赤にして躓く彼を見てユニは満足そうに笑うと「頑張ってね!」とモルを見送る。
カッコつけたかったのにかっこつかなかったモルがぴぇんとなったのは内緒の話。
【執筆:音葉】
A.R.Yが振り下ろした両腕を、810->4Uが紙一重で潜り抜ける。
『810->4U《パッセンジャー》。加勢は必要かい? 今ならなんとプリンも付けるよ』
「是非、って言いたいとこだけ……どぉっ!?」
味方からの通信に応対するだけの余裕はまだ残しつつも、前方に飛び掛かっての回転鋸の一閃を受け止めれば対の剣を握る手が一瞬麻痺する。
(この大会を戦い抜く力も、継戦能力も、ワタシには――)
無い。
A.R.Yの存在意義は勝敗とは別の所にある。
「だから少しでも多く、切り刻む!」
「ん。ふぅん……?」
端無く耳に触れたノれるリズムに、白い制服姿のデュープの意識がふらりと向いた。
乱戦から離れ一人狭間に揺れながら、欠伸している所をカメラに抜かれることを気にもしないような奇妙なデュープ。
眠たげな表情を置き去りに、爪先が独りでに剣戟の音に呼応して石畳を叩く。
キツツキは大きくあくびをして、しかしある一点を目指して動き始める。
あそこに行けば重い瞼も覚めるだろうか?
◆
デュープが個々の判断、あるいは一団となって、それぞれの思惑で動く。その数は歴史上でも類を見ないほど大規模。それに比例して主催者たちが用意したフィールドも大掛かりなものになる。
「素敵な場所よね。こんな状況でもなかったらお姫様気分でも味わえたのかしら?」
クレイジーダイヤモンドは尖塔の物見台に陣取っていた先客がダウンしたのを確認し、後続のノーザン・ゴッド・ザ・リボルバージャンキーを手招いた。
「開幕はコンセプト通りS.EとVICの連中がこっからスタート切ってたみたいすけど、今は翡翠がどっと雪崩れ込んできてるってとこっすね」
「そうねぇ――」
ならば数に劣る側はどう動くのがベストか。
二つのランドマークに挟まれた主戦場は、この位置からならよく見渡せる。
「まだいけるか、相棒?」
幼さを残した顔立ちのシュヴァーン社のデュープに、"相棒"と呼ばれた銀髪のデュープが再度狙撃体制を整える事で応じた。その意図を組み、他企業のデュープの混戦へと死角から飛び込む。
「――らぁっ!」
右腕の馬力任せに大剣を振るい、不意を突かれた数人の内一人を吹き飛ばす。
紫衣のデュープらの狙いが自分に定められたのを確認し、わざと攻撃の隙を与えながら一定ライン内へ引き付ければ――あとは彼に任せればいい。
Kazを捉えようと躍起になっていた数人を、Leonのライフルの一撃が貫いた。
「何だよさっきの」
ジャミングを緩めないままのLeonの呆れた声がKazの側で聞こえる。
「あー……一回こういうノリやってみたくてさ、ダメだった?」
ダメとかそんな話じゃなくてだな。
「調子が狂うからいつも通りにしろ」
「……! おっけー、Leon!」
「ばか、声がでか……っ!」
彼がそう嗜めるよるも早く、眩い光が一瞬の間戦場を焼いた。
咄嗟に危険を察知したKazがLeonの手を引いてその場から飛び退かなければ、城壁諸共焼き払われていただろう。
「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」
まるで出会い頭にぶつかり掛けた相手に謝辞を述べるかのように、ふわりと舞い降りたのはNO-i。
(加勢には遅くなってしまった……皆、よく頑張っていたのに)
眼前の少年型デュープらが先程の一撃から逃れてみせたのは決してまぐれではないと、NO-iは浮遊ユニットに座したまま優し気に微笑んだ。そこには何の含みも無く、依然、気心の知れた友人に挨拶を交わすように柔らかな髪を揺らしながら"母"は砲をL-Kに向けた。
「今度はワタシがお相手いたしますね。よろしくお願いいたします」
「ヒュウ、どっちもおっかねぇや」
「可愛い子達ほどやることがぶっ飛んでるのよね。さて、どうしたい、ノーザン?」
「先ずは相手を知ろうと思うっす」
「成長したじゃない!」
不始末を味方に押し付けるような無茶はすまいと決めたノーザンの選択を、クレイジーダイヤモンドは賞賛する。が、轟音の響く戦場を映す瞳の輝きは見逃さない。
「……でも、実戦でしかわからない事だってあるでしょう?」
そう言って優しく肩を叩いた意味を問うほど、ノーザンも鈍くはない。
◆
「あっちも混戦になったらしいな。さて、俺達はどうする?」
「そうだねぇ……」
廃教会の地下空間。ナツメは、随伴していた同社のデュープに問うた。
「今日は昔ながらの硬めのが食べたい気分かな」
「うん、残念だけどプリンの話はしてないんだ。終わったらあとでゆっくり聞くからさ、何なら付き合うよ」
by-playerは平常運転だ。これぐらい堂々としてくれている仲間がいるというのは、何もかもが変則的なバトルにおいてはアドバンテージと成り得る。かもしれない。
点在する松明に照らされただけの暗い廊下をぐるぐると回り続けてどれぐらい経ったろうか。
機動力を生かしきれない地形に踏み込んでしまったのは何故?
「迷っちゃったかなぁ」
「……って最初は思ってたんだけどね!」
「んにゃぁっ!?」
剣閃から放たれた雷が、2人に忍び寄っていた影の内片方の鼻先を掠めた。しかし怯むことなく、MIKKA-02ことみっかちゃん2号はくるりととんぼ返りで距離を取る。
もう一方、K-Ano52は追跡に気付かれたにも関わらず、どこか虚ろげというか、接敵相手とも傍らのMIKKA-02のピンチにも動じていない。
しかしby-playerが壁伝いにローラーで接敵、踵を振り落とせばその意識も幾らか乱れる。
「……あ、バレましたね。どうしましょう、先輩?」
「ヤッチマウカ? ドウスルカ?」
暗闇に溶けるような黒いボディの猫型ロボは既にやる気満々。
分断したデュープにK-Ano52が認識阻害を仕掛け、後は暗闇に紛れてサクッと奇襲する筈が、どうにも相手が悪かったらしい。
「かくにゃる上は力尽くで……!」
「なるほど、わかりました先輩。じゃあみっかさん、ここよろしくね」
「よぉし、華麗な連携で乗り切……ってアノコ先輩ィイ?!」
会話が成立しているようでしていない。無論ナツメはその隙を逃してくれる筈もなく、哀れ一人と一匹残されたMIKKA-02は、曲がり角の向こうの暗闇に消えていった先輩を追いかける。肩に乗せた1号が後方を牽制してくれていなければ、ここから逃げるという選択肢は選びようも無かっただろう。
「by-player、任せてもいい?」
読みが正しければ、K-Ano52は二人の当初の目的地へと移動している筈だ。
「なるほど、カラメルソースはビター派か甘々派どうか聞いてみようと思ってたんだ」
――冗談では無く本気でそのつもりなのだろうが、恐らく意図は伝わっている筈だ。だといいな。
◆
Min-meiが放った飛刀は跳ねるヘイジャンの尻尾を掠め、返す光条は彼女の翻る袖を貫いた。
何方もダメージには繋がっていない。しかし、ピンと張った見えない糸が二人の視線を結び、微動だにしないまま睨み合っている。
「いや悪いなぁ。ミンメイ、普段はええ子なんやけどねぇ」
「此方こそ。どうもヘイジャンも機嫌を損ねたらしくてな」
Liar/FOXとイェンホォンはそれぞれ傍のパートナーを御すように穏やかに話しかけながらも、先んじて刃を交えた二人以上に相容れぬ同士であった。
古城の展望台を制していたのはヴァイオレットの二人。番の黒猫が余暇を持て余しながら戦場を俯瞰していた所に、後から踏み入ったのは翡翠の二人。
VIC社は統率力に優れたNO-iを遊撃隊に、戦場を俯瞰する二人が指示支援を行うことで有利に事を進めた。
対して、Liar/FOXはその作戦に加担する事で翡翠の安全を買い付けたのだ。
翡翠のデュープは癖者揃い。少しでも優位に事は進めたい。
(まどろっこしい事せんと二人纏めて放り出してしもたら早かったのに)
師が一言命じるか相手が悪手を打ってくれれば、いくらでも仕留めるチャンスはあったのに。
(頭を使うのはあいつの仕事だし、好きにさせてやるつもりだったけど)
イェンホォンがあの女の殺気に気付かない訳がない。そもそも、勝手に踏み込んできた時点で気に食わない。
Min-meiとヘイジャンは理解はすれどハナから納得していなかった。
一時の同盟など、回りくどいだけではないかと。
「お陰でゆっくり出来たし、二番手に迫ってたシュヴァーン社の勢いも削げた」
「ワイらも好き勝手動けたし、後は小勢のアルセドとロビンを……と行きたいとこやけど」
彼も我慢の限界だろう。
狐面の虚と赤い瞳がかち合う。
「「やっぱり、胡散臭くてかなわない」」
◆
ああどうして、どうしてこんな事に?
「うんうん、やっぱり君センスいいよ。あーしが教えたげるからさ、ダンス部門やらない?」
気怠げなのに、A.R.Yとそう打ち合わせたかのように斬撃の間を踊り、彼女に絡みつくように肉薄してきたシュヴァーン社のデュープに調子を狂わされて――まだそれだけなら良かった。
「ダンス……ッ!! それだ!! ていうかお前っ、お前もどうかした方がいいぞその格好! 折角の動きが映えない、勿体ない! 魅せ方がなってない!!」
キツツキが現れるまで正気だったはずの810->4Uがおかしくなった。
この場で仕立て直してやる! とキツツキ諸共切り刻む勢いで、一転攻勢に出た彼の剣幕とキツツキの勧誘に気圧され、回転軸が盛大にブレた独楽が飛んでいった先に、運悪く――
「――あら?」
NO-iがLeonに向けたはずの一撃が、衝突の弾みで古城を横薙ぎに焼き切ったのだ。
◆
「お陰で助かったわ。ツキが巡ってきたんじゃないかしら、ノーザン?」
「はいっ、これで全員五分五分っす!」
土煙を切り裂くように飛び出したロビンペア。ノーザンが牽制に放った銃弾が、地下から飛び出てきたKazの足元にバラまかれた。
「離れるなよLeon!」
L-Kにとっては突然の事が立て続けに降り注いできたのだ。クレイジーダイヤモンドの機械腕相手に立ち回るところに、蛍光色のナイフが突き刺さる――!
「……舐めんなよ!」
「狙い所だと思たけど、欲張ったらあかんねぇ。師匠に怒られてまう」
崩落した瓦礫から舞う土煙。そこから放たれた暗器のうち、鍔迫り合い、硬直していた前衛二人を狙ったのはフェイク。
「大丈夫すか」
「こっちの台詞よ、任せても?」
Leonとノーザンは腕に刺さったナイフを同時に放り投げ、乱入者に銃口を向ける。
「こん、こん。てね」
「へいFOX!」
「キシューシッパイ! ドジコイタ!」
遠巻きに弟子の健闘ぶりを観察していたみっかちゃんがLiar/FOXに報告する。
「ははは、それどころとちゃうよなぁこれは、っと」
暗器が五月雨に突き刺さらんと降り注ぐのを、足場の悪い瓦礫を飛び跳ね、番傘を振るい弾き飛ばす。
「……真っ先にあいつはぶっ潰した方が良いと思う」
「奇遇だな。俺もそう思ってたよ、俺のマオ」
低く唸るパートナーの傍らに寄り添い、そっと頬を撫でる。
降り注ぐ土埃は、カメラから彼らの姿を丁度覆い隠している。
「本当はワタシがもっと頑張らなければいけなかったのに……楽しいの。おかしいかしら?」
NO-iの問いに、K-Ano52は意志を持って首を横に振る。
「先輩も――こんな賑やかな戦いは初めてだ、って」
K-Ano52の足元からふわりと浮き上がった石塊が弓隊の向ける矢尻のようにNO-iを取り囲む。
「でしたら、全力でお二人のお相手を致しますね」
「あ、無事だったか」
「ちゃんと身体も繋がってるな」
「お前ら手伝ってくれ! あの可能性の塊を俺は野放しにはできねぇ!」
鋏を振り上げA.R.Yとキツツキを追う810->4U、全てを察しつつもアルセドの好機と見てナツメとby-playerは顔を見合わせ、にまりと笑う。
「可能性だってさ、照れちゃうねぇ」
「かっ、勝手にそんなの見出して押し付けないで下さいっ! ワタシは――」
クライマックスにはまだ早い。
銘々、息が切れるまで踊り明かそうじゃないか!
【執筆:むぎあき】
「いつも以上の混沌ね」
ビル屋上、IXはランテルナを爪弾く。両目に映る味方の信号がまた一つ途絶。
(敵の火力が予想以上。妨害に徹するべきかしら)
分析を元に索敵し、敵座標を特定……した瞬間、視界に被照準警告!
「させないよ!」
射線上に割り込んだ篠宮・楓が両腕を突き出す。強力なECMが狙撃を僅かに逸す。IXはフェルラを加速させ屋上を離脱し、楓に予測座標を送信する。
『感謝するわ。そちらも気をつけて』
楓は振り返らず推進加速した。今は一秒も惜しい。
「直接戦闘は苦手なんだけどね、やるしかないか」
戦闘中の楓は他人に深入りしない。だが感謝されればやる気は出るものだ。
一方、狙撃者クロイツは既に移動していた。
(今ので位置を特定されたか。厄介だな)
敵の脅威度を再設定し、別の狙撃地点に急ぐ。だが移動先も捕捉されているかもしれない――そんな懸念は、より悪い形で払拭した。
「お、敵見っけ!」
Sθriseが突然前を遮ったのだ。クロイツは表情一つ変えず即座にサイドステップ!
「同じアホなら踊ろうぜ!」
出会い頭の近接射撃を障害物で躱し、逆側から光剣を突き出す。Sθriseは逆に前に踏み込んで回避した。
「勝手に同類にするな」
「へへ、そうこなくちゃ!」
「貰った、って何この状況!?」
会話が成り立たない上に背後から楓だ。混迷は加速!
「あーあ、完璧に乱戦状態。やるなアイツ」
観戦中のLil T.D.はニヤリと笑った。
「アイツって、あのロビンの子?」
後ろからmiss:Meが言うと、Lil T.D.は首肯した。
「あの二人、本来は支援型だ。横槍がなきゃずっと鬼ごっこしてたろうな」
「絶妙なタイミングってワケだ。狙ったか知らないけど面白いね」
にこやかで優しげな瞳の奥にある危険さを、Lil T.D.は密かに感じ取る。画面では離脱を試みる楓をその当人が攻撃し、ECMを阻害した。
「今の妨害上手いな!」
「へぇ、アレを先読みしたのか」
miss:Meは目を細めた。映像内、クロイツの一手がソライズを戒める。被弾した少年にさらなる追撃……と思いきや、その銃口は全く逆を向いていた。
理由はエリア外で情報収集していた九猫だ。
「げ。私は戦力外なんだけどー!」
この距離を索敵したのか? 回避が間に合わない――覚悟を決めた、その時!
「我が生徒よ、安心したまえッ!」
謎の声とともに電磁杖が飛来、レーザーを歪曲・相殺した。「え、生徒って何」
ぽかんとする九猫に、謎の仮面の怪人・Teacherはサムズアップ!
「ここは任せておきたまえ。私の姿を記録し教材とするのだ生徒よッ!」
(あ、会話通じないタイプだこれ)
唖然としてる間に怪人は前線にすっ飛んでいったので、九猫は色々見なかったことにして自分も離脱した。
「ハハハッ! さあ相手になってもらうぞ諸君!」
「……何なのかしら、あれ」
一方のIXは無視するわけにもいかない。乱入してきた以上は味方を支援せねば。
「さあシーくん、ここで注目を集めるのよ!」
「わかりました、中央に突っ込みます」
しかもなんか増えた! 突然躍り出たC:/Lockは、四方八方から飛んでくる最中に自ら突っ込み、何やら企業名入りの盾を高く掲げる!
「なんだあれは」
「いいわよシーくん、見事な仁王立ちだわ!」
クロイツはC:/Lockでなく撮影してる4U:xxxを見た。よし、あいつ撃とう。
「邪魔だ(レーザー発射)」
「これで広告効果は抜きゃーっ!?」
「プロデューサー!」
「いやそっちも邪魔だから!」
「あ」
楓の拳がC:/Lockを普通に吹っ飛ばす! 隙だらけである。
「あ、ずりぃ! 俺より目立ってるし!」
ソライズはなんか別のところに嫉妬していた。
「ねえ、あれロビンの」
「何も見えねえ」
「いやあれロビンのデュ」
「何も見えなかったわ」
Lil T.D.はmiss:Meから全力で目を逸らした。いくら自社推しでも認めたくないものはある。
●
その頃。九猫は新たな大規模戦闘の気配をキャッチしていた。
「お。あそこらへん面白そうじゃん」
ビットに内蔵されたカメラが注目した先で、新たな火の手が上がる……。
その炎は、ある一人のデュープによって引き起こされた爆発が原因だった。
「また爆発だ!」
「あいつの言ってたことはマジだったのか!?」
名もなきデュープ達は浮足立った。彼らの脳裏に、あの派手派手しいRegulusの言葉がよぎる。
『忠告しといてやる。お前らの中に陣営偽っている奴がいるぜ』
大半はでまかせだと一蹴したが、立て続けの爆発を前にチームワークは瓦解した。
「チームワークを乱してはいけませんわ!」
王華が呼びかけても、一度崩れた連携は立て直し難い。敵にとっては絶好の好機だ。立方体を展開し、ここぞとばかりに迫る猛攻を耐える王華。その隣をトゥーダが駆け抜け、懐に潜り込んだ別企業の名もなきデュープを斬り伏せる。
「まずいわね、敵のいい的よ……!」
有象無象如きは問題にならない。トゥーダと王華が警戒しているのは、その中でもひときわ強烈な殺気でこちらを狙っている何者かの存在だった。
それは、煙幕に紛れて混乱の戦場を移動する二人のデュープだ。
「悪戯するなら今って感じだよね、もず姉」
「そうね。どこから狙おうか迷っちゃうわ」
鵙-玖と7R。二人合わせて「双翠」の異名を持つ、翡翠きっての精鋭コンビである。
「アルセドは後回しにして、手頃な奴から狩っちゃおう!」
「でも、あえて最初にとっておきを味わうのも乙なものじゃないかしら?」
二人は不穏な会話を交わしながら、戦場にワイヤーを展開。罠にかかった有象無象を仕込み暗器やナイフで的確に仕留め、順調にキルカウントを稼いでいく。少しでもアルセド勢が隙を見せたら根こそぎ刈り取るつもりだ。貪欲で狡猾、この戦場でもっとも油断ならない二人組である。
もちろん、このチャンスに乗じたのは二人だけではない。
「一気に攻めるチャンスだね、行こう!」
「オッケー、守りは任せて!」
ロビン所属の彼岸とオーニソガラムも機を見るに敏と果敢に切り込んだ。その積極的な姿勢が功を奏し、ロビン勢は比較的消耗せずに勢力を維持できていた。オーニソガラムの多彩な武装による変幻自在の攻撃と、盾と剣を巧みに使った彼岸のカウンター型の戦術は実に相性がいい。攻めるは難く、一瞬でも猶予を与えれば恐ろしい速度で反撃してくる……まさに理想を絵に描いたようなコンビネーションだ。
「そうこなくっちゃっ! 敵も味方も、皆でもっと楽しもー!」
「攻め込むのはいいけど、もう少し真面目にやって。油断していると寝首をかかれるわよ」
他方、ヴァイオレットからはアイリィとプレーヌ・リュヌが先陣を切る。トレードマークでもある巨大斧を振り回し、元気一杯に前線をかき乱すアイリィの隙をプレーヌが補っていた。レグルスの工作で低下しかかった士気を、アイリィが抑えたのも大きい。
そしてこの状況は、ある目的を有するデュープ達にとっても好都合に働いた。
「味方の仕業に少し気は引けるけど、最後に勝つのはアルセドだ!」
「まるで正義のヒーローだな。勝てるんなら、僕はなんだっていい」
他企業の妨害・撃破を双翠に任せ、残る翡翠のデュープがアルセドを襲っていた。これを迎撃するのがNi15とthxra/shらである。
「アルセドの皆さーん、抵抗はやめといたほうがいいですよ。俺、足掻かれると余計燃えるタイプなんで」
翡翠のCall'undが朗らかに言う。Ni15とサクラの抵抗で何人かの名もなきデュープが返り討ちに遭っていたが、コーラルは意に介さない。自分が楽しければ、彼はそれでいいのだ。
睨み合いによる膠着は、突然の乱入者によって破られた。
「オー!ヒーローくんデース!」
「あ~、ヒーローの子だ~かぁわい♡」
「Coll@:PSE……」
邪魔な雑魚をふっ飛ばし現れたColl@:PSEと96・x・69に、Ni15は渋面を浮かべた。上層部に懇願してまで拒否ってたというのに、このタイミングで出くわすとは!
「見つけた! いつかの約束を果たしに来たよ!」
「うおっ!?」
サクラの方には、煙に紛れたMyu×Myuの不意打ち。その目には、強い雪辱の誓いが燃えている。
そして最後の乱入者を目撃したコーラルは、表情を一変させた。
「――コーラルッ!!」
「貴方ですか」
無感情に見返すその顔は全く同じだ。VIC所属、同型同名のCall'undである。
「ここでブッ殺してやる!」
コーラルはサクラとNi15を捨て置き、鏡像に襲いかかる。すかさず立て直そうとするサクラに、追撃を仕掛けるMyu×Myu!
「卑怯なんて言わないよね、なんでもありでしょ!」
「いい顔になったじゃねェか。いいぜ、あの日の約束を果たすとしようか!」
二人は切り結びながら戦場を離脱する。残されたNi15はサクラとコーラルの後ろ姿を二度見し、にじり寄ってくるコラプスとクローリクに身構えた。腰が引けている。
「アチラは取り込み中デスネ。我々も心置きなく遊びマショー!」
「んん? Coll@:PSEくんはりきってる~? おっけ~、バックアップするね~」
「くっ……さすがに2対1は分が悪い……!」
こうなってはNi15も場を離れざるを得ない。なし崩しにアルセドと翡翠が混戦に雪崩込み、後には深まった混乱と泥沼だけが残る……。
●
かくして、戦場は大きく分けて2つ――さらに衛星めいて3つの小規模交戦が入り乱れるという、かつてない混乱が起きていた。
「どこもかしこも滅茶苦茶ね」
かつてIXが立っていたビル屋上には、新たに二人のデュープの姿があった。
「9さん、いいところに来たね」
来訪者――EK9を一瞥し、意味ありげに微笑むM32M。
「なぁに、M32Mちゃん。いいところって?」
「見ての通りだよ。うちの陣営、ちょっと圧され気味じゃない?」
M32Mは大規模な混戦の舞台を顎で示した。王華とトゥーダが殿となって部隊を支えようとしているが、完全にジリ貧状態である。むろんもう一方の戦場でも、名もなきデュープが何人も狩られていた。レーザー狙撃、ECM攻撃、あるいは気まぐれな少年の大暴れで。加えてIXの支援が戦場を包み込み、急拵えの連携を阻害している。
「……そうね」
「ここはベテラン同士、協力しない?」
顎に手をやり考え込んでいたEK9は、M32Mの言葉にやや驚いた顔をし、そして似たような笑みを浮かべた。
「オーケー、いいわよ。皆をサポートしましょ」
今求められているのは、その場凌ぎの連携ではない。卓越したコンビネーションだ。その点、二人には自信があったし、それを裏打ちするだけの実績がある。
2つの影が戦場を舞う。その姿を捉えた九猫は、ふうん、と猫めいて吐息を漏らした。
「なんか楽しくなってきたかもー?」
少女は翡翠の目となり耳となりデータをかき集める。これもまた一つの戦いだ。
「……さすがにあそこまでは手が回らないわね」
そして当然、IXのような高い索敵能力を持つデュープは、その暗躍を見咎めている。しかしただでさえ混乱した状況で、エリア外を飛び回る野良猫まで世話する余裕はなかった。
意識を再び戦場に移す。ふたつの大規模戦場は、巨大な台風が一つになるように混ざりつつあった。何処からか飛来したナイフを危うく躱し、別の高所へ飛び移るIX。直後、彼女がいたビル中層階が爆発!
「ははっ! こんなに盛り上げるつもりはなかったんだけどなぁ!」
爆炎がレグルスの嬉しそうな顔を照らした。背後には、奇襲を受け脱落した名もなきデュープが崩れ落ちる。彼は次の獲物を仕留めるため、炎の影に紛れようとした――が、それを阻むように降り注ぐ無数の三角錐!
「おっと!」
「見つけたわ。もう逃さない!」
頭上からプレーヌが強襲! 鋭いメスのような烈風が降り注ぐ! レグルスは踊るような軽快なステップで、見えない斬撃を躱す!
「そーこかー! よくも好き放題してくれたなー!」
飛び退るレグルスを、アイリィの斧が狙いに行く。大振りだが怪力を頼みとした横薙ぎは疾い、避けられるか!?
「さすがにいつまでもうろちょろは出来ねえか……けど、敵は俺だけじゃないだろ?」
いや、そもそも彼は避けない! 視線はアイリィの肩越しに背後を見る――プレーヌは弾かれたようにそちらを見た。闇に立ち込める煙……!
「後ろよ、避けて!」
「えっ!?」
警戒がアイリィを救った。反射的に180度ターンし、斧を盾めいて掲げる。飛来したナイフが刃に突き刺さった。
「あら、バレちゃった」
鵙は嘯いた。実際は織り込み済みだ。本命は死角に回った7Rである!
「色々動きやすくしてくれてありがとね? でももう終わり」
「そいつは困るな、まだまだ暴れ足りないんだ!」
レグルスは暗器をギリギリ躱した。が、頬を掠めた刃から流れ込んだ遅効性ウィルスが徐々に彼を蝕む。
「さあ、いつまで好き勝手出来るかしらね? 双翡を相手に!」
鵙の動きは派手派手しく隙だらけ――に、見える。だがそれ自体がある種のフェイクだ。卓越した武装遣いと蠱惑的な動きから繰り出されるトリッキーな攻撃は、その間隙を縫う7Rの援護も相まって非常に読みづらい。ウィルスの侵蝕と鵙の阻害効果が、敵対者をじわじわと追い詰めるのである。
「あっちは……まいっか、もず姉待ってー!」
7Rはアイリィを一瞥し、構わず地を蹴った。
「あの二人、どうして片方見逃したんだろうね。チャンスだったのに」
「いや」
miss:Meの言葉をLil T.D.は否定した。
「失敗だ。もう新手が来てやがる――ウチの連中だ!」
映像が僅かに乱れた。それは、乱入したオーニソガラムとアイリィの斧の激突によるもの。
飛来する三角錐を、割り込んだ彼岸の光盾が弾く。返す刀で奔る斬撃!
「疾いな」
miss:Meの目が闘争の色を帯びた。中々どうして、暇潰しのつもりで始めた観戦だが、これは……!
「たあっ!」
アイリィの反撃を彼岸のカウンターが迎え撃つ。両者は弾かれあい、オーニソガラムの投擲刀が間を裂いた。それは空中で分裂する!
「ナイスカウンター! まだ来るよ、気をつけて!」
「次から次へと目まぐるしいね、けど……!」
彼岸は歯噛みしつつ盾を掲げた。降り注いだのは二色のレーザーだ。一方はクロイツ、そしてもう一方は!
「反撃開始ですわ! 全員蹴散らせば問題なしですもの!」
王華の周囲に浮かぶ立方体の色が変化し、棍となってその手に収まる。攻防一体、索敵も可能とする彼女の武装は、相棒のトゥーダと背中合わせに戦ってこそ最大の能力を発揮するものだ。依然状況は追い詰められていたが、ピンチこそが最大のチャンスでもある!
「王華も頑張ってることだし、私もやりますか。どちらも強そうだし、ここで潰すわね」
トゥーダが落下速度を乗せたすさまじい斬撃を振り下ろした。剣戟の威力が瓦礫を砕き、舞い上がった瓦礫は強烈な重力に押し潰されて地面に落下する。遅れて、見えない掌が戦場一体を覆ったかのように衝撃が地響きを起こす……その中を滑るように駆け、一気呵成の反撃を繰り出す王華とトゥーダ!
「いつまでも好きにはさせなくてよ!」
「そっちこそ、ここで終わらせてあげる!」
王華の打撃を彼岸が防ぎ、カウンター――トゥーダの刃が割り込む。オーニソガラムの投げた武装を警戒し飛び退る二人。攻防は一瞬ごとに激しく切り替わった。
「……!」
狙撃地点を移動しようとしたクロイツもまた例外ではない。見えない手に押し付けられるようにその場に膝を突く。
「頂き!」
彼の視界にM32Mの放った円刃が迫る……が命中寸前、真直上の天井が崩落しクロイツを守った!
「ちょ、このタイミングで!?」
偶然? いや違う、直上での戦闘を認識した上で安全策としていたのか。M32Mはやむを得ず後退し崩落を逃れた。
「すっげー! なにそのステッキ!」
「ほう、これの良さがわかるかね。見どころがあるな少年!」
崩落の原因はよりにもよってこいつらだった。戦ってるはずなのに少年は目をキラキラさせ、仮面の怪人はふふんとステッキをカッコよく構える。
「少年、残念だよ、君ならいい生徒になれたろうに。それとも今からでも……」
「ううん、それはいーや! ステッキはかっけーけどなんか暑苦しいし!」
「笑顔で酷いこと言うな少年!? ええいもう許さん!」
少年に悪意はなかったが仮面の下にはぶっ刺さったらしい。怒り狂い攻めるTeacher!
「へへ、まだまだこれからだろ! もっと暴れるぜ!」
「撹乱役は二人もいらないんだよ!」
「いい加減、大人しくして!」
やる気漲るソライズを、レグルスと楓の同時攻撃が(Teacherもついでに)襲う。それがさらにやる気を漲らせる。悪循環だ!
「残念だけど、二人とも要らないよ!」
そこへEK9の矢が飛来! 楓の腕が閃光を放つ――白く灼けた景色を切り裂いて、細剣が奔った!
「M32Mちゃん、高速旋回で一気に畳み掛けるわよ!」
「オーケー!」
敵の敵は味方を意味しない。状況は目まぐるしく廻天を続ける!
●
例外は常にある。
「「起動、hawk(e)」」
Λgateで読んだ通りにIIvoryyが奔る。原型も武装も同じならば。
「クソッ!」
「当然です。俺達は――」
「黙れ、ならこれでどうだ!」
予測不能な連続攻撃で均衡を破る。理解不能の憎悪と殺意がVICの人形を困惑させた。
(何故、圧されて)
感情を排したことが原因だとでもいうのか?
「終わらせてやる……!」
獣じみた咆哮。円刃を弾いた瞬間振り降ろされた斬撃が、人形を叩き落した。
翡翠の狂犬は瓦礫の山を這い上がり、忌まわしい鏡像にとどめを刺す。確かな手応えが齎したのは達成感でなく、徒労に似た虚無感だった。
「ハ、ハハハ!」
(――そういえば、俺も昔は、こんな風に笑って……)
ガラス玉の瞳に過去がよぎり、去っていく。
コーラルの笑い声が途絶えた。
「……おい、何笑ってやがる」
VICの人形が浮かべる満足げな笑みが、彼の中の致命的な何かを引き裂いた。
「――ッザケんなクソがぁ!!」
終われなかった人形は、慟哭めいて叫んだ。
●約束のために
同じ頃、Myu×Myuとサクラの戦いも佳境を迎えていた。
(負けない。負けたくない!)
(別人みたいだ、やるな……!)
互いに得手不得手は解っている。全てを賭けた一撃で勝負するしかない。
戦場を駆け幾度もぶつかり合う度、脳裏にこれまでの記憶がよぎる。疲労困憊の身体を支えるのは、あの日交わした約束とパフェの味。それ以外の全ては意識の外に消えて、闇の中で二人は向かい合った。
「今回も、僕の勝ちだ!」
「私らしい戦いで、勝ってみせるよ!」
限界の身体に鞭打ち、最後の一撃を繰り出す。そして立っていたのは――。
●……と、非常に真面目な戦いが繰り広げられる一方で
「シールド出力をもう少し強化しないといけませんね、プロデューサー」
「甘いわねシーくん、問題は別よ」
戦場のど真ん中、全身煤だらけで反省会をする4U:xxxとC:/Lock。
「というと?」
「広告だらけの試合を喜ぶファンは少ないわ。大事なのは戦略的配信よ!」
「いやでも、プロデューサーの映像顔の映りが多くて」
「見てこの角度このフォルム。私のカメラアングルに間違いは」
「わ、わー! 来るなー!」
「「ウワーッ!?」」
ドカーンと、突然地形ごと吹っ飛ぶ二人! 原因はNi15、なのだが……。
「ンフフ、イイ子ですねヒーローくん……観客様はそーゆーのを求めてマスヨ!」
「ほーら逃げない逃げない~」
そのNi15を追い詰めているのは、コラプスとクローリクだった。
「や、やめろ! ワシャワシャはやめろ! 泣くぞ!?」
「はいはい、暴れない暴れな~い」
クローリクのインク球がNi15の逃げ場を奪う。その間に躙り寄ってくるコラプス……!
「ノンノン、それこそが望みデース! さあ、その可愛いお顔をワシャワシャさせてクダサーイ!」
会話が通じない! コラプスは平泳ぎ姿勢でダイブ!
「大丈夫ですかプロデューサー」
「え、映像は死守したわ……試合に負けても商品注文数では勝つのよ」
その背景でよろよろ立ち上がる二人。
「いえですから広告」
「そう、私たちの愛は不滅! さすが私とシーく」
「来るなーッ!!」
「「ウワーッ!?」」
ドカーン! 天丼だ!
「アーレー!」
「た~まや~」
ついでに変態どもも吹っ飛んだ! なお、クローリクはコラプスのことをちゃっかりカメラに収めている。笑顔で。エンジョイ勢が過ぎる!
「……あ、蒼き稲妻が、今日もアルセドを勝利に導く!」
Ni15はビシッとカメラにポーズをキメた。
●
「……なんか途中変なのあったな」
「まあ、おいといて」
miss:Meは踵を返す。
「おい。まだ試合」
「いいのいいの。それよりさ、俺らも今度遊ぼうよ。ね?」
肩越しに振り返った男の笑みに、Lil T.D.は不敵に笑い返す。戦いの終わりは新たな始まりでもあるのだ。
――そう、戦いは終わらない。
「さってと。まだまだ働くとしますかねー」
企業の手先は闇の中、狩猟獣めいて微笑んだ。
【執筆:唐揚げ】
――企業所属の強化人間達が、文字通り飛び回り、入り乱れ、混じり乱れた乱戦模様。
Lはその場を『楽しそう』というだけで飛び込んだ。
大きな羽と反重力装置付きの足で、飛んでいたLの目にそれは映った。
それ――桃髪の男は異質だった。戦場で大多数の者とは交わらず、ただ隅の方でへらりとしているだけ。
『知らない人だ』とLはその男に興味を覚え、近づき「遊ばないの?」と声をかけた。
あまりに不用心な行動。その代償は、Lの足に痛みとなって現れる。
「え」
足に絡みつく無数の糸。それが何か理解できない内に、激痛が伝わる。
糸の主である桃髪の男のげらげらと笑う声を聞きながら、両脚の羽を傷つけられたLは堕ちてゆく。
激痛と寒気。思考はずっと「なんで?」と繰り返す。だが答えは無い。
堕ちたLが地面に叩きつけられた――有るはずの衝撃が無かった。
旧知の彼――空白に助けられた。
しかしまだ身体に残る激痛と寒気にLは助けを求め、空白に縋る。だが返ってきたのは「このままでは死ぬ」という無情な言葉。
「1つだけ、助かる方法がある」
その言葉にLは「死にたくない!」と縋った。
――そして、願いは叶えられた。
桃髪の男――ヴェノムはげらげらと嗤っていた。
初めはただぼんやりと、多くの人を眺めていた。
そんな中話しかけてきた飛んでいる子供を、悪意で叩き落とした――筈だった。
だが何処からか空白が現れ、Lを助けた。
そして『助けて』と懇願するLに空白のした事を目の当たりにし、ヴェノムは嗤う。自分の悪意で、空白をも地獄に叩き落とせたのだから、これが嗤わずにいられるか。
所詮お遊びだ、と思っているからこうなるのだ――この世は地獄だというのに。
嗤うヴェノムを空白が睨み付ける。視線だけで射殺さんとするその眼差しが、更にヴェノムの嗤い声を大きくする。
「――殺してやる」
低い声が、戦場の中で響いた。
その声はヴェノムの物か、空白の物か、それとも両者の物だったのか。
それは誰にもわからない
●
(――相変わらず、やりにくい相手だ)
そう心の中で毒づき、現実で舌打ちしつつUrth:RAgnaは繰り出される攻撃を捌き続けていた。
対峙している相手――Y-EW1:21は得物である十字架を模した鈍器を振り回し殴ってくる。
ウルスラは得物のレイピアで何度か捌いているが、ユゥの打撃は絶え間がない。いくら捌こうが押し切るとばかりに、乏しい表情で鈍器を振り回してくる。
「ユゥちゃん張り切ってんねぇ。あ、でも餓鬼の方は壊すなよ。クライアントから注文が五月蝿くってさ」
Arther:Ωがマスク型の拡張期で相棒のユゥ、というよりウルスラに聞こえるように声を上げる。
その言葉にウルスラは捌きつつ、自分の相棒のMithraに一瞬気を向ける。
「よそ見してる場合?」
その一瞬をユゥは見逃さないと、重い一撃を振う。ウルスラはその一撃を何とか捌くも、体勢が揺らぐ。立て直す間も与えず、ユゥが鈍器を振りかぶる。
「くっ!」
ウルスラはレイピアの柄に仕込まれたシリンダーから至近距離で射撃を行う。ユゥの手はそれでも止まらないが、一瞬間が開いた事と射撃の反動を利用しウルスラは距離をとる。
「いい感じにストレス溜まってそうだねーお姉さん。さっきの話、考えてくれた? 良い転職先紹介するよ?」
「断る。転職先とか言って、お前の所属先だろう?」
アーサーの軽口に、ウルスラは呼吸を整えつつ返す。その合間にもユゥが鈍器を構える為、気が抜けない。
「そうです! 女神様が凄い格好の人攫いデュープについていくわけがありません!」
そう叫ぶのはミトラ。本来固定するはずの固定砲台を、運んでアーサーに狙いを定めて放つ。
「ちょ、そこ俺狙う!? ここは傲慢な女騎士の悪堕ち生配信っつー古典的なのが逆にウケるんだからさぁ!」
「直感的に貴方をやった方が良いという判断です! というわけで女神様、こちらはお任せを!」
そう言いながらアーサーを攻めるミトラを見てからウルスラは「誰が傲慢な女騎士だ」と溜息交じりに呟き、ユゥに向き直る。
「一つ聞きたい。何故お前はそこまで執拗に私を狙う?」
ウルスラがユゥに問う。
以前勝負した時の遺恨かとも思ったが、この場で遭遇した時ユゥは「……また会いましたね」と挨拶し、表情こそ乏しいがそこまで敵意のような物は感じなかった。
「……よく、わからないわ」
ユゥの言葉にウルスラは「は?」と間抜けな声が出そうになった。
「ただ、彼が貴方を引き抜こうとした、と考えると何かもやもやして、それを断った貴方にも何かもやもやする……きっと貴方を殴り飛ばせば、このもやもやは晴れるはず」
そう言ってユゥは鈍器を構え直す。
「……成程」
ウルスラはレイピアを構えつつ、こう思った。
(――全部、あの男が悪い)
ユゥから目を離さず、ウルスラが叫ぶ。
「ミトラ! その男に手加減はいらん! やってしまえ!」
「勿論ですよ女神様! ぶっ飛ばしてみせましょう!」
「え、ちょ、なんでそうなる!? いや悪役上等だけどさぁ!」
「悪役じゃない! お前は悪だ!」
ユゥの一撃を捌きながら、ウルスラが叫んだ。こんな状況に巻き込んだ事への恨みを籠めて。
●
目の前の相手――COⅡに霏霏は嫌悪感を隠す事無く舌打ちする。
「『Angelife』の新作、この鳥籠は頑丈さがウリです! こんな風に扱っても、大丈夫!」
COⅡが手に持った鳥籠を振り回し投げつける。霏霏が躱すも、繋げられたチェーンが伸びて軌道を変えて追ってくる。
ギリギリ躱した鳥籠は壁に当たり跳ね返ると、COⅡの手元へ戻ってくる。「ね、大丈夫でしょう?」とカメラにわざわざ笑顔を向ける。
宣伝ついでに戦っている、という所が霏霏を苛立たせていた。甘く見られている、と。
しかしCOⅡとしても必死なのである。先日この鳥籠のCMで失敗し、御叱りを受けたのだ。そもそもその失敗が『商品を武器扱いした上機材を壊した』というので、反省できていないのだが。
「真面目にやりなよ」
「これでも真面目なんです!」
苛立たしげに言う霏霏にCOⅡが再度鳥籠を投げつけた。霏霏は追ってくる鳥籠を躱しつつ距離を詰めようとするが、COⅡはチェーンを操りつつ下がって離れる。
しかしCOⅡは気付いていない。後方に、霏霏のペットであるパンダ型ロボットDai-Da2が仕掛けた罠がある。躱しつつ、霏霏は罠へと追い込む。
後数歩、追い込むべく前に進もうとした霏霏であるが、何かに後ろから引っ張られる。
直後、霏霏の目前をFea:lothの武器であるドリル型の槍が通り過ぎた。
「危なかったな、霏霏」
霏霏が振り返ると、兄のhack//が立っていた。
「……別に、自分でどうにかできてた」
素気ない様子を霏霏が見せるが、hack//が「まぁまぁ、良くやってるぞ」と頭を撫でると満更でもない顔をする。
「コニー……それは鑑賞用の物だと以前も言ったはずですが……」
一方、Fea:lothがCOⅡの得物を見て頭を抑えながら言う。
「でもですねルース、この鳥籠は本当に丈夫なんですよ? しかもチェーンは伸縮自在です!」
鼻息荒く言うCOⅡにFea:lothが『そういう問題ではない』と頭を抑える。
「とにかく、先日の失敗は挽回しますから!」
そう意気込み、COⅡは鳥籠を振り回し霏霏へと向かっていく。
「そっちも大変そうだねぇ」
溜息を吐くFea:lothに苦笑しながらhack//が言う。
「はは……目の離せない後輩ですよ」
「お互い苦労するなぁ。ウチは弟だけど。こういう場でもなけりゃ、愚痴の一つでも聞いてやりたいけどよ」
「ええ、わかってますよ」
Fea:lothの表情が変わり、槍を構える。
立場は似ているが、この場においては敵同士。
「それじゃ、保護者は保護者同士」
「容赦はしませんので、そのつもりで」
COⅡが振り回す鳥籠を霏霏が縦横無尽に動き躱す光景を背景に、hack//とFea:lothが動き出した。
●
「うおおおおッ!」
ASR-AIRがクロスケットを2丁腰に構え、牽制射撃を行う。
桃李はその射撃を躱す事に手いっぱいとなる。桃李の戦闘スタイルは防御より回避もの。
しかし無茶な戦い方の代償でガタがキている身体に、牽制とはいえ数多のビーム射撃は応えるものがある。
「今日で引退かもしれないんだから、花持たせてほしいけどね――ッ!」
距離を詰められてしまいASR-AIRが両手のイーリスのシールドを展開させ殴り掛かる。繰り出される拳を桃李が避ける。
――ASR-AIRと桃李の周囲に花のエフェクトが舞う。
「処刑」
レイの声と共に、両手剣の斬撃が降りる。更にASR-AIRに斬撃を放つが、花のエフェクトの影響かシールドが展開できず、辛うじて避ける形になる。
その間に体勢を立て直した桃李が鉄扇をレイに振るう。鉄扇の一撃を避けるが、桃李が隠していた暗器の一撃がレイに襲い掛かる。
だがその一撃はレイに届かない――突如現れた何者かの機械化された喉から放たれた衝撃波と共に弾かれた。
「失礼、遅くなりましたかな?」
冗談めかしたように言うのはMuzio。まだ漂う花を見て「相変わらず咲き極まっておりますな」とレイの傍に立つ。
「いや、ここからが良い所だ」
Muzioにレイが言う。
「ふむ、間に合ったようで何より……おっと、失敬」とMuzioがレオに防音用の耳当てを手渡した。自信の武器の影響を受けさせない為の配慮である。
「楽しそうだな」
そんなレイとMuzioを見て桃李が呟く。
一見は主従の関係であるが、互いに友と思うレイとMuzio。
友と居られる事が、そして共に戦えることが、レイとMuzioは楽しいのだ。
「そこの新米デュープに、今日引退かもしれない俺から一言」
桃李がASR-AIRを見て言った。
「星の瞬きの様な刹那のこの生命、使いきるならせめて悔いの残らない戦いに――まぁ、俺もまだ所属して2年目なんだけどね」
「……押忍! では先輩方、悔いの残らないよう全力でいかせてもらうので、手合わせよろしくお願いします!」
ASR-AIRが両拳を合わせる。全力を出す、と決めると限界駆動モードで出力を向上、空を翔ける。
「翔華機構発動! コード! ALPH LYLA!」
ASR-AIRが叫ぶと鳥状にエネルギーを纏う。
「……さぁ、狙え。的はここだ」
受けて立つ、とレイが見据えると、Muzioが傍で「お供しましょう、果てまでも!」と身構える。
「それじゃあお互い、今日の死合いを楽しもうか!」
桃李も一対の鉄扇を構え、叫んだ。
●
――各企業が入り乱れ、目まぐるしく戦況が変わっていく。
その様子を追う視聴者も何処を見るべきかと頭を悩ませる中、注目を浴びた配信があった。
それはシュヴァーン・エレクトロニクス所属のデュープが、敵を倒し進んでいる様子を映した映像である。
「ゴミが多くて嫌になりますわ~」
幾つもの異名を持つスパイダー・リリーがゴミと見做した敵を、蜘蛛の脚を思わせる機械腕から行動を妨害する道具を放り、鎖鎌で薙ぎ払う。
まるで掃除するかの如く、丁寧に塵1つ残さぬ様に。
もう一組、突き進むデュープ達がいた。
その様子は一言で言えば、行進。おとぎ話を思わせる女王様の傍をワンペアのトランプの兵士が仕え、白兎と三月兎が前に立ち、その周囲を猫が自由に纏わりついている。
ただ、おとぎ話のパレードというには少々――いや、かなり殺伐とした光景であった。
「アハハハハ! 延長戦サイコー!! ボーナスタイム突入ッ! ぜぇんぶハイヤが叩き潰してあげる!!」
先陣を切る三月兎――MR-HaIGHaはRabbitRumbleを振り回し、所と味方を除いた誰彼かまわず殴打跡を付けていく。
目を爛々と輝かせ目に入った対象をぶん殴り、殴られたら『倍殴れ』とばかりにぶん殴る。その姿は三月兎の如くバーサーカー。
「ハイヤちゃんすごい!」
「ハイヤちゃんつよい!」
ハイヤが暴れる様を見て、ワンペアのトランプ兵――大型銃を持ったTTS-seeと身長よりも長い時計の針のような長剣を持ったTTS-teeがはやし立てる。
しかし敵の数は多く、ハイヤが振り回すハンマーを抜けてくる敵もいる。だが向かってきた敵に小さな兎が向かっていった。
「皆の事は、俺が守るよ。俺、つよいウサギだから……」
小さな兎はRnevvの持つ銃から放たれていた。無数に現れる小さな兎――RabbiTxPaniCに敵は逃げられず、倒れてゆく。
「アルちゃんもすごい!」
「アルちゃんもつよい!」
着実に敵を倒していくアルネヴに、ティーとシィーがはやし立てる。
その周囲を猫――D7-DEARは自由に回っていた。巨大銃器を持っているが、カメラを見ると手を振ったり、時折ハイヤがポケットから落とす飴を拾うと、シィーとティーに「内緒」と笑いながらあげていた。
「ディアおにいちゃんからあめをもらった!」
「ハイヤちゃんのあまくておいしいあめ!」
受け取ったシィーとティーは「ありがとー!」と満面の笑顔。
「あっ、ないしょ!」
「ないしょにしなきゃ!」
何かに気付いたように内緒のポーズ。その様子にディアが「みんなで頑張ろうね」と笑いかける。
「がんばるわ! がんばったらスイートポテトいっぱいたべてもいいって!」
「スイートポテト! いーっぱいたべたいわ!」
「アイスものせてほしいわ!」
「おかわりもしたいわ!」
シィーとティーがひとしきり盛り上がると、「「がんばるわね、アマネちゃ――じょおうさま!」」と振り返る。
「――さあ働きなさい、わたくしの兵士達」
そう告げるのはハートの女王――QoH:Am@nEことアマネ。
装飾された大鎌、処刑執行を振い、その度に薔薇やトランプのエフェクトが舞い、デュープ達が倒れてゆく。
「あっはは! わたくし達を邪魔する者はみーんな打ち首よ!」
道は開かれ、女王達の行進が続いてゆく。
――その行進の背後を、追う者がいた。
倒れる負傷者達に近寄る、赤のフードを被った者。
その正体は紫所属のシンディ。
シンディは負傷者に『神の左手』と『天使の右手』で、無差別に治療を施す。
「さぁ、もう大丈夫ですよ」
治療を施され送り出されるデュープ達。その背には、紫のエンブレム。
「どんな傷も、ヴァイオレット・コンピューティングの技術でたちまち元気に! レッドフード・ナースの辻ヒール配信、まだまだ続きます!」
乱戦の中、こ無所属を装い負傷者を無差別に治療するというお祭り企画配信。シンディが提案し、自ら実況まで行っている。
結果この辺りで紫エンブレムのデュープがやたらと増えているが、誰も気づいていない。
唯一気付いたのは猫ことディア。シンディのカメラにも手を振ったりしているが、見逃しているようだ。
――また、この行進を止める者もいた。
「あらあら、新しいゴミですわ~」
リリーの前に立ちふさがったのはトーラとボルケーノオレンジ。
――そしてパレードを邪魔する者。
それはいきなり、高速で、顔面から突っ込んできた。
「ECR-L4s、ですわ!」
『……人間大砲?』
「破城槌ですわよ!」
なんかヤベー奴であった。
「邪魔邪魔ぁッ! 掃除の邪魔だっつってんだろーがぁッ!」
「キミ、言葉が汚いぞ~?」
リリーが振るう鎖鎌を、短めの橙色のマントを翻しボルケーノオレンジが躱す。
「ゴミクズは大人しくわたくしに掃除されてればいいんだよぉッ!」
「こらこら、デュープをゴミなんて言っちゃ駄目だぞ! そんなお行儀の悪い子はボクがお仕置きだ!」
ボルケーノオレンジが高速で接近し、双剣で斬り付ける。
更にトーラも両手のブレードで斬り付けた。一撃一撃の威力は低いが、それをカバーする様に連続で斬り、突き、抉る。
機動力で上回る2人は大振りの鎖鎌を軽く躱し、何度も斬り付けられたリリーはボロボロだ。全身で息をするように身体を揺らし、動きを止める。
好機と、トーラが【アクセラレーション】で上げたダッシュで接近。【ダンシングラッシュ】で斬りかかる。
斬る、突く、斬る、突く、抉る、苦し紛れに振るう腕を受け流す、突く、抉る、斬る、斬る、斬る。
連撃に加え、ボルケーノオレンジも高い跳躍から双剣を振り下ろされ、遂にリリーは限界を迎え、地面に倒れ込み動かなくなる。
その様子を見て、トーラとボルケーノオレンジはほっと息を吐く。そして、互いに顔を見て、身構える。
トーラはアルセド、ボルケーノオレンジはロビン。一時共闘はしたが、終われば敵同士だ。
「次はボクたちかな?」
「そうですね……あ、少し待ってください」
トーラは辺りを見回し、企業のカメラを見つけるとそっちに身体を向ける。
「グランドデュープバトル! 参加してます! 今何とか勝てました! このままどこまで行けるか、皆さん応援よろしくお願いしまーす!!」
観客へのアピールを終え「お待たせしました」とトーラがブレードを構える。それに合わせる様に、ボルケーノオレンジも双剣を構えるのであった。
「ハートの女王の行進を止めたのは突如現れた人間大砲――失礼、破城槌! 果たして一体どうなるか! その様子を『電脳戦潜の帽子屋さん』ことワタクシT.Tがお届けします!」
イシアリースとアマネ達が戦う場からほんの少し離れた場で、シンディのカメラに向かいT.Tが吼える。
尚T.Tは負傷による途中退場組だ。それも逃げる途中に飛んできた他の負傷者に巻き込まれる、という戦闘外での出来事。『ヴィジュアル』の猛者なんだから仕方ない。
「破城槌ことイシアリースの砲弾の如き突進! これをハイヤがハンマーで――弾かれたぁッ! アルネヴも直接殴り掛かる、が、駄目ッ! 双子ちゃんと女王様、横に躱すぅッ! 直線的な攻撃は急には曲がれないぃッ!」
喚き散らすT.Tにシンディと近くの負傷者はこう思ったという――うるさい、と。
「迫るリスにご注意をぉッ!」
イシアリースが高速で迫る。その勢いはハイヤのRabbitRumbleでもアルネヴが銃でぶん殴っても止まらない。シィーもティーが止められるわけも無く「わぁー!」と避け、アマネも躱す。
大きな衝撃と共に壁に顔面から突き刺さるが「この衝撃……クセになりますわぁ!」とイシアリースは恍惚とした表情だ。
アマネ達に打つ手は無かった――正面からでは。
「横、無防備じゃない? というわけでビーム!」
「あふぅんッ!?」
ディアがDirect7で横からDPφφDPを行うと、あっさり届いた。そもそもイシアリースの武装はハリボテ。側面の攻撃は結構届くのだ。
そこからはもう一方的だ。
「仕方ありませんわ……自爆しますわ!」
――イシアリースが爆ぜた。無駄に質量が多い武装が四方に傍迷惑な感じに散らばる。それはディアがCookiEA2で防いだ為無事。
イシアリース自身は縦に回転しながら吹き飛ぶ。そして「ごふぁッ!?」とT.Tに着地した。顔面から。そして勢いそのままに地面に突き刺さる。顔面から。
「と、とんでも無い衝撃……破城槌は伊達じゃ――あれ、猫さん『女王様、今日の断頭台はここがいい!』とは一体? 何やらワタクシ、不安な気持ちでいっぱいですが――双子ちゃんが『じゅんびするのよ!』とワタクシを連れて、ウサギさん達が怖いんですけど? そして女王様、その首を刈り取る形をした恐ろしい大鎌をワタクシに向けてどうするおつもりで?」
「うるさいのよ横で! 打ち首よ打ち首!」
アマネが処刑執行を構える。
「おっと残念! ワタクシ負傷による途中退場「あ、治療は済んでいますのでいってらっしゃい」シンディさぁん!?」
「その首、わたくしが直々に刎ねてやるわ! 感謝に震えなさい!」
「ワタクシ恐怖に震えておりますぅッ!」
――そこから先の映像は、ディアが「内緒♪」とカメラを両手で隠してしまった為不明である。
ただ、最後の最後までT.Tは五月蝿かったというのは確かであった。
※刺さったイシアリースは無事治療を受けた様です。
●
翡翠電脳公社陣営。
黄緑の波が押し寄せ、推し切り、敵企業を打ち倒さんと突き進んでゆく。その波を離れた所にいる月鈴が指揮していた。
そんな月鈴に1人の黄緑のデュープが近寄る。
そのデュープは月鈴の背後に回り込むと、抱きつき、首筋に噛みついた。
「……あれ?」
噛んだ感触の直後、月鈴の姿が一瞬丸太のような物へと変わり、消えた。直後電磁ワイヤーが振るわれ、デュープが避ける。
「あぶねぇッスね!? ちょっと噛まれた程度の神回避ッス!」
「それ回避出来てないですよね」
月鈴――のホログラムが乱れ、現れた男――ハットリ肆號に自らホログラムを解き現れた少年――Tilikumが言う。
「その顔は『幸運を呼ぶシャチ』ッスか」
「あれ、ボクの事知ってるんですか?」
「これでもサイバー忍者ッスから」
「なら、今ピンチだっていうのもわかりますよね?」
先程噛みつかれた際、肆號はバグを仕込まれていた。今この間にも身体はバグに蝕まれており、長くはもたない。
「そうッスけど、それはお互い様ッスよ?」
周囲は黄緑のデュープに囲まれており、卑怯戦術のTilikumと相性は悪い。
「ボクとしては楽しければ何でもいいんですけどね」
この状況でもTilikumは笑顔。肆號も「俺も簡単に負けてはやらねぇっスけどねー?」と笑ってみせる。
――直後。周囲を囲うデュープ達が、大爆発を起こした。
Tilikumは勿論、肆號も予想外の出来事であり、その爆風に2人共飲み込まれた。
(味方諸共とは……しかもこの音の数、多い――!)
鈴蘭は慄いていた。
鈴蘭は自社のサポート用に情報収集の為、少し離れた場にて戦場を観察していた。
その最中、突如黄緑のデュープが味方をも巻き込み爆発。しかも一ヶ所だけではない。鈴蘭の機械化された耳には、至る所で起こる同様の爆発音が聞こえていた。
「終わりの音が聞こえるだろ?」
何時の間にか、Hi-GHが隣に立っていた。戦場の光景をじっと見下ろしている。
「……この事態、あなたが?」
鈴蘭が問いかける。
鈴蘭はサポート型だ。目の前に敵がいる事がはっきりしてる今、取るべき行動は逃げる事だろうが少しでも情報を引き出そうと対話を試みたのだ。
「そう、アタシだ。こんな風に」
そう言ってHi-GHが何やら手を動かす。それが合図となり、また何処かで爆発する音が鈴蘭の耳に届く。
「何故こんな事を?」
「実験。新薬を強化薬、って言って盛ってやった。企業も何を考えているか解らない。その内でアタシは自由にやらせてもらってるだけだ」
Hi-GHはそう言って鈴蘭に目を向けた。
「この新薬の名は――そうだな『喇叭』だ。終わりを告げる管の音だ」
それだけ言うとHi-GHはまた戦場へ目を向ける。
同時に鈴蘭は走り出した。この場から離れ、情報を届ける為に。
――『喇叭』の管の根が、戦場に響き渡る。
その音色は、この戦いの終わりへと向けて、更なる混乱を招いた。
【執筆:高久高久】
■アルティメット
終焉に差し掛かるこの盤上。満足に立っていられているのは、アルセドと翡翠電脳公社に所属するデュープばかりだ。
頭数で言えばアルセドがやや優勢。
分離独立した翡翠を打ち負かしたとあれば、さぞ画面映えもすることだろう。
繰り返される衝突によって粉塵が巻き起こる舞台の袖で、情報収集に徹していたBlack(黒暗)は右手に持つダガーの柄を強く握る。
「――あら。そんな寂しい場所で、お独りなんです?」
「!」
そこから伸びるワイヤーをこつんと何かが撫で、真後ろから凛とした声が鼓膜を震わせた。
振り向くよりも早く、閉じられた真っ赤な長柄傘が悪戯に黄緑色を巻き取る。
「お初にお目にかかりますね。私はブランカ、あなたは?」
警戒を露わに其方へ顔を向けたBlackの視界に、真っ先に飛び込んだのは赤を主体にした華やかなトリコロール。
ダガーを引けども、優美且つにこやかに微笑んだ"姫"ブランカは安易に巻き取らせない。
「名乗ったところで敵に変わりないだろ」
「ええ。そうでしょうね」
小首を傾げたブランカが緩慢な所作で傘を開いた刹那、内側に仕込んだ鉄製の赤い薔薇が幾重にも連なり射出された。
一輪が頬を掠め、髪のひと房を切り裂いた気配にBlackは口角を擡げる。
「なら、俺の名は冥土の土産まで取っておいてやる」
突き出した右手の義手を犠牲に薔薇を受け、内蔵された爆薬が盛大な火柱を上げる。
それは、アルティメットの開幕を告げるに相応しく映え映えとしていた。
●
ひと際大きい爆発音がした。舞台の片隅からだ。
重機関銃を担いだアンネリーゼ(朝霞・杏音)が爆発音がした方角へ顔を向ける。金色と桃色の愛らしい瞳がきょとりと瞬き。
「ふぅ……もうそろそろ終盤なの」
残量は充分ながら。
乱戦や漁夫の利を狙って生き延びたが、疎らとなったこの人数ではそう上手くはいかないだろう。
「でも頑張るの!」
「可愛い顔してエグいなぁ、あんた!」
幼い少女が肩肘張っていた折だ、見知らぬ声の主……改め。グララーガ=ハグリッドがからからと笑う。
機械脚で地を蹴り、アンネリーゼは咄嗟に身を翻して距離を取った。横っ面を吹き飛ばさんと銃口を向けるが、展開済みの盾がグララーガに迫る弾丸を撥ねかす。足元にめり込む弾量の数に、ひゅうと口笛がひとつ。
「エグいなんて、失礼なの! 戦場をかき回していくのは、立派な戦略なのです!」
「そーだよー! 戦略せんりゃくぅ!」
ちりりとうなじから伸びるコネクタが火花を散らす。
彼らの間に割って入り込んだのは7-Rays(ホープ・ウィスタリア)だ。
激戦を潜り抜けたお陰で既にボロッボロの様相だが、七色の髪は未だきらきら輝いている。
とっ捕まえた配信ドローンを手に、7-Raysは対峙するアンネリーゼとグララーガを映した。
「はーいこちら現場の7-Raysでーす! 大分静かになってきましたが、みてみて! 面白いコトになってる!」
次いで、滑らかに右後方へ逸れていくカメラが正しく漁夫の利を狙っていたHA-465(ハシルコ)の姿を捉えた。
びゃ! レンズの気配に唇を引き結び、HA-465は しぃ! 唇に人差し指を立てて眉根を寄せる。
「あッ! ごめん……!」
申し訳なさそうに謝辞を添えた7-Raysが慌ててカメラワークを変えてみるが、触発された別のドローンがばっちりとHA-465を映し出した。
銃を構える姿勢が美しいとは画面越しにいる民衆の声。
「アルセドは漁夫の利狙いが多いのかよ?」
「うぅっ。ハシルコは温存しといて、他の会社の戦力を削ぐ作戦だったんです!」
「ほら、ほらぁ! 立派な戦略なの!」
「やっぱこういうのは、速さ生かしたアルセドの得意分野だよね――うひゃぁ!」
賑やかな会話を掻き消す勢いでアンネリーゼが銃撃を再開する。
リポーター業に励む7-Raysも幾らか被弾しているらしく、盾に跳ね返された銃弾が痛い。
「だったら、正面突破をするまでだ!」
翳した盾に銃弾を浴びながらも、グララーガは鬼気迫る勢いで前進する。
「そういうわけにもいきません!」
三丁の銃は何も銃撃だけが手段ではない。長距離から攻めていたHA-465は、内一つの銃を抱えて殴りかかる。
ガン"! 鈍重な音が響き渡り、如実に酷使してきた盾が故に焦燥を覚えさせられるのは必然だ。
「っはは! 秘密兵器の出番だなぁ!」
「わぁ!?」
続けて振りかぶろうとした銃を、盾の後ろに隠し持っていたチェーン付きのラウンドシールドで巻き取ると、HA-465諸共彼女らを吹き飛ばした。
――だが安心はすまい。誰ぞの銃が火を噴き、続く混戦を予感させた。
●
翡翠電脳公社が是とするのは、その名の通り"何でもあり"たる戦法である。
アルセドの上着を纏うデュープを戦闘不能に導いた饕餮(翟 宇雷)の身体がワイヤーに絡め取られて宙を舞う。
「ぁあ……あの二人怒らせたら絶対怖いじゃん……もうやだ、なんでここまで勝ち残っちゃったかなぁ……」
人気ワースト常連で、絶賛火力とモチベが死んでいるデュープ。
などなどの不名誉な肩書を持つ饕餮は、ワイヤーを巧みに操るハイドレンジア(トレイス)の前に着弾した。
膝を折りそうだ。……だが。"何でもあり"が故に当て馬か負けの口実にされて来た、今までのバトルよりは。
ちょっとだけ、頑張ってみようか。
「あ、まだ生きてますか? なら次はあっちの相手、お願いしますね」
直後、吐き捨ててくるハイドレンジアの物言いに何か思わないわけではない。
「……あっち?」
精巧な両腕を持つオーロラブラック(焔月)が、銃撃を止めて久方ぶりに声を発する。
「ふふ。少し待っていてね、オーロラが楽しく出来るようにちゃんと隙を作るから」
淡々と指示を出していたハイドレンジアは一転、まるで好い人にでも接するかのよう柔和な笑みを浮かべた。
神妙な面構えとなる饕餮を気にせず、頭上の建造物に佇む人影達を確と青い瞳で捉えていた。
「終盤まで来ると、みんな強いし格好良いねぇムーさん。……俺達も、負けらんないね」
右肩にちょこんと留まる相棒を横目に、ra:Zu(ラズリ・クロックロック)が楽しそうに喉を鳴らす。
何しろ覗き込んだ眼下に、随分面白い戦い方をしている翡翠のデュープ達がいたものだから。返事の代わり、相棒はぱたぱたと両翼をはばたかせていた。
「じゃがのう。あれはちと厄介そうじゃ」
「関係ないよ、じーさん! 僕がてっぺんを取るんだから!」
無邪気な笑みで声高々と宣するLb10―β(レビジュ・バトー)の頭頂をぽむと撫でくり、G-3:Sin.$(シンドラー・タッツェ)が気難し気に唸る。
「懸念するのも無理はないよ。戦い方が、やっぱり……ちょっと――変わってる!」
言うが早いか、ラズは足場であった建物の縁を蹴り付けて地へと真っ直ぐに駆け下りて往く。
「あぁ! 抜け駆けだぁ!」
「ほっほ」
眉をぴんと跳ね、真っ向勝負の舞台へ降りるべくレビト―ベータもまた眼下の地へ向かう。
激戦を掻い潜ってなお好々爺らしく穏やかに表情を緩めるシン・ダラーが、その後を追いかけた。
頭上からの攻撃に備えていた饕餮が、真っ先に向かってきたラズの蹴りを短刀でいなす。
軌跡を描く蹴り技のエフェクトは、目眩ましの効果もあるのだろうか? ちかちかとして眩しさを覚えた。
「流石に、見えてたよねぇ」
「じゃぁこれは? どーかな!」
思わず双眸を細めれば、ラズの影から現れたレビト―ベータが間近に視界へ飛び込んでくる。
「う、わ」
愛らしい見目からは予想もつかない、コート裾から露わにされたブレードの追撃。
刃が交わり、響き渡る鋭い金属音。防戦一方を強いられる饕餮が怯んだのと同時刻か、離れた場所からオーロラの恐ろしく正確な銃弾が飛来した。
態勢が崩されることを余儀なくされる彼らを尻目に、ハイドレンジアが不快を露わに大きく息を吐く。
ワイヤーで間一髪窮地を脱した饕餮を、黄緑硝子越しの青い瞳が睨め付けた。
「まったく、貴方に倒れられると困るんですよ。俺とオーロラが」
ね? ワイヤーを操り有無を言わさず敵方へ投げつけるハイドレンジアは、一心不乱に銃撃を続けるオーロラへと微笑み掛ける。
「……オーロラ?」
可笑しい。姿を現したデュープ二名は、視界の端くれで饕餮を相手取っている。オーロラの銃撃は、いったいどこへ向けられている?
「鬼さんこちら、と言うんじゃろ」
挑発を行いながら正確な銃撃を躱し続ける技術は、年の功に因るものか。
超スピードでシン・ダラーがオーロラに迫る。ワイヤーで応戦するも、速度が足りない……!
「! オーロラぁ!」
彼女を庇うハイドレンジアの項めがけ、シン・ダラーの電撃蹴りが炸裂した。
「っやるのぉ」
気絶の間際にワイヤーで拘束し、オーロラへの追撃は阻止出来た――が。
「この局面は、貰いたいなぁ!」
オーロラの意識が一寸削がれ、レビト―ベータの接近を許してしまった。瞬時に銃口を向けたが、すぐ其処までブレードの刃が迫っている。
トリオでのし上がってきたが、果たして眼前の彼らには敵わないのか?
「さあ! 楽しくいこうね!」
諦観を持ちかけた饕餮の瞳に訴えかけるべく、眩しいエフェクトが輝いて弾けた。
●
「ま、まっで~……」
「……のろまだな」
後方から追いついてくるカシオペア(レグルス・クライトン)に辟易とした山鯨(亥ノ上)が、やれやれ、とかぶりを振って肩を竦める。自慢の足に追いつけない相方へ愚痴をこぼすのは必至だ。
だが。遠目に見える激戦を前に飛び出したくなる衝動を抑えられるのは、カシオペアだけであるからして。
肩で息をするカシオペアが、呼吸を整えるまで。山鯨は周囲の状況把握に務めていた。
「っあ!」
「あぁ?!」
「うわぁ!!」
爆発音が派手に轟く。
この盤上――アルティメットを此処まで生き残った者は、明らかな強者ばかりというわけではない。
「えっ、ひゃあ! ぁあの、ごめんなさい!」
山鯨とカシオペアの傍らをジェットブーツで走り抜けたLumen(Lumie=Ver=Beata)――ルーミーが爆弾をひとつ落として行った。
何もわざとではない、逃げ回っている道中の事故である! ……ドジっ娘なルーミーのせいで幾人のデュープが沈んだかは、定かではないが。
速力のないカシオペアの顔から血の気が引く。山鯨も焦燥を顔色に出すかと思われたが、相対してにんまりと唇に弧を描いた。
「音より疾く走れ……行くぞカシオペア!」
彼の判断に迷いは無い。ラジカセ型のリアクターを作動させ、特異なメロディをテープが刻む。
トリガーとなって身体能力の値が極限を振り切り、山鯨の速度へと追いついた。
「ブチアがってこいッ!!」
宙をアクロバットに跳んだ彼らが互いの足裏を密着させると、跳躍を利用して弾丸にも引けを取らぬ速さで山鯨が撃ち出された。
「わはは。……落とし物だぞ、召し上がれ!」
「きゃぁ!」
多量の爆弾が背後で爆発する。この速度でも、アルセド特有のスピードに特化したルーミーにあと一歩が及ばない。
接触して実感した。
幾多の戦場に突っ込みながら、逃げ果せている所以もまた彼女の強さであるのだ、と――!
●
青と黄緑が、共に行動して、あの青を追いかけている。
ドローンが映し取った映像の異様さに眉宇を寄せ、xiè(解)の視線が彼ら"コンビ"へと注がれた。
俺はただの盛り上げ役だ、やり合う連中がバトルの華である以上注目は得られない――。
斯様な考えを持った侭に生き永らえ、長く細く息をしていたが。
「……番狂わせの一つでもさせて貰わなきゃ、ここ迄来た甲斐がねぇよな」
何処の企業が勝とうが知ったことではない。ただ、連中が少しでも喚いてくれればそれでいい。
墜ちろ――。
リムを搭載した左腕を掲げ、対象を絞らない無差別なデバフをこの電脳空間に施した。
これこそ翡翠の技術を結集した"何でもアリのステージハック"。引き起こした天変地異は、強烈な重力を付与するモノだ。
「これぐらいアドリブで乗り切ってみせるんだな」
地を這う蟻の気分を味わえばいい。赤い瞳が、続々と墜ちるデュープ達を見据えていた。
●
重力が、変わった。
大鎌の柄を地に突き、Va2+□(見延 光永)が周囲の様子を窺う。
眼前に立ちはだかる敵二名を前に0n-ble(影)のリミッター解除を思案していた折のことだ。
「んぁ!? なんだ、さっきの幻覚の続き!?」
ヴァニタスに因る搦め手を食って疲弊を見せるワニザメ(鮫島 鉄子)。
びびる彼女を宥めるように、&tales(長谷崎 恭也)は落ち着き払った態度で唇を開く。
「少し動きづらくなっただけだよ。さぁ、彼らの攻略を急がないといけないね」
「そうだな!」
たんじゅんだ。
突飛なアクシデントから動きが鈍ったが、彼らは自由の効かない体でも平然と態勢を立て直している。
赤い瞳から得た事前情報は有用だが、動きの早さから些か後手に回ることは否めない。
ワニザメ相手に鎌から放つエラー因子を内包した泡のホログラムが齎す攪乱作用は効いたが、看破されてからはアンタレスの障壁に阻まれ通用しない。手の内にある小手先も、効かないだろうと悟った。
補助として出張る場面で、遂に解除の瞬間が来たか――。
「ヴァニタス、次の一手はどうするつもりだ? このデバフは厄介だ」
「リミッターを解除しよう。お姫様には、魔法使いからキスが必要なのは知ってるよね?」
「キ……ッ! くっ、仕方ないか……」
距離を寄せ声を潜める二人に、金属バットを肩に掛けたワニザメがあからさまに首を傾げる。
「きます!」
頬へ寄せられた唇――。
意味ありげな所作から何かを察したのか、アンタレスが大楯『B.Diamant』で障壁を展開した。
ほんの、束の間。
身に降る強い重力を物ともせず。制限解除されたオンブラは、両脚が為す電光石火の速度でアンタレスの障壁に怪力を宿した拳を叩き込む。
「遅い、遅いな貴様! これではその盾も硝子片となるだろう!」
「ッく……!」
「お前、アタシの仲間に手出してんじゃ――へぶっ!」
「ざんねん。俺もいるんだよなぁ」
控えていたヴァニタスがここぞとばかり、ワニザメへ至近距離から鎌の刃より射出攻撃を食らわせる。
重力を裂いて派手に上空へ吹っ飛ぶ小柄な少女。自らの泣き黒子をとんと叩き、ヴァニタスが悠然と笑ってのけた。
オンブラの怪力にじりじりと後退を余儀なくされるアンタレス。あぁ。勝利を"いちばんに"届けたいのに。
悔しさに歯噛みしかけた、微かな刻。
「アタシは空が領分、コッチが得意なんだ!!」
負荷にしかなり得ない、この重力さえも武器にして。両脚の先端が風を切る。
オンブラの体ごと地に頭からダイブして動きを封じるワニザメ。これは、予測不能な動きだ。
「――力を借りるね、相棒!」
楯から剣へ持ち替えたアンタレスが、ヴァニタスへ斬りかかる。
赤い瞳が視た彼の予測は――勝利をもぎ取る、青い瞳を持つ騎士の姿であった。
【執筆:鍵島】
至る所で白熱する程の激戦が繰り広げられ、観客が沸き電脳戦潜の戦場は続く。
その数は徐々に減り『頂上』と言う、栄冠が決する時は近い。
栗色の結った髪が闘場で踊る――S・E所属であり劇団『タロット』の選手XIIIだ。
「さぁ、盛り上げて行くわよ!」
変幻自在の大太刀を手に、ここまで勝ち残った精鋭揃い達に切り込む。
追随する同社の選手達の目には、その背は頼もしく映る事だろう。
HCCとV・C、そしてS・E――この場を制した"社"こそが『最強』の名を冠するのだ。
乱戦。
光弾を華麗に避けた選手の横合いから、XIIIの大太刀が閃く。
「貰ったぁ!」
「っ!」
その一刀に反応するV・CのPeri.ハヤブサは恐ろしい反応速度で初手を躱す。
バク転から片手を付いた着地で、太刀の射程から逃れた。
「――!」
その回避はXIIIの予想外であったが、無拍子に太刀から鞭へと武器を変形させと追撃を放つ。
その一撃は死神と喩えられる鋭さ。
「うわ――っと」
瞬間に、刹那の閃きで体を捌く。
両機腕の付け根から黒いスライムが出現し、弾力を利用した跳躍を持って鞭の不意打ちすら捌く。
切っ先はPeri.ハヤブサの身体をわずかに掠め光纏が仄かに散った。
抜きん出た反射神経と身の熟し。
「あっぶな! 今度は、こっちの番だ!」
危険な瞬間であったが、Peri.ハヤブサの表情に浮かぶのは笑顔――跳躍して距離を詰めた拳がXIIIを捉える。
「――っやるわね」
その余裕を魅せる微笑みに。
「そっちこそ!」
振るう刀が鞭へと変形し、その先端が刀へと戻って鎖鎌のように舞う。
「っ!」
驚異的な反射神経と柔軟さでPeri.ハヤブサは身を躱すが、その刃の全てを躱し切れない。
「お返しだ!」
着地同時に放たれた拳による突きが、XIIIを捉える。
互いに一歩も譲らない激闘、両者が更に踏み込む。
「「――!」」
光纏を弾けさせた両者は、更に一撃を叩き込もうとして飛び退いた。
無数の光弾と無数のコウモリが闘場を横切っていく。
「逃がさないです!」
双銃を構えたS・Eのルアンナ・ミュラーが光弾を走らせ。
「今日こそ決着を着けてあげますわ!」
V・Cのマルグリット・ライヒシュタインが機傘型のドローンを飛翔させて闘場を混沌へと導く。
両者の攻撃は広域に渡り、一度交えた刃を、拳を置いて距離を置く。
巻き起こった乱戦の最中で、宿敵の姿を見失わないのは先の2人だけでは無い。
V・Cリイトが手にした光学猟銃の熱線がS・Eのアドルファスの姿を捉える。
粉塵に光纏と熱が散る。
『勝って』引退後の生活に華を添えて貰おう、リイトは流れ弾飛び交う戦場の只中で狂わぬ照準で熱線を幾重にも叩き込む。
熱線を受けたアドルファスは機腕を構えながら、突進して距離を詰める。
「これくらいどうという事は無い!」
熱線が触れる度光纏を散らすアドルファス。
その視線に宿る勝利への渇望は陰り無く滾る。
「懐がガラ空きだ!」
機腕に握られた二振りの剣が、リイトの銃剣に止められる。
「こちらも肉弾戦は得意なんでね!」
打合い爆ぜる光纏に、『お前にだけは負けない』と執念が叫びと重なって響く。
広い闘場の何処かで敗者は1人、また1人と去って行く。
それは、伸ばすこの手が『星』にまたひとつ近付いたのだと、伸ばした手を握り実感する。
激戦が混戦を極める最中を、見渡せる場所に在る2人――V・Cのアッシュとフローリアだ。
「フローリア。あんたのおかげで俺はここにいる」
手甲『天狼』を打ち合わせる、欠陥のある身で最高の舞台に立てる。
それは今、彼女の傍らで咲けるからこそだ。
「それはこちらの台詞だよ、アッシュ」
普段のスタイルを変え、フローリアはアッシュの肩に乗った。
迫り来る敵を排し、守る為に。
「私は貴方と食べるご飯が好きで、キスが好きで……貴方が好きだ」
微笑む先で『天眼』が戦場を視る。
フローリアの言葉に、アッシュは途方も知れない力が、内から湧き上がる事を感じる。
「このバトルが終わったら、フローリアの望む事を全部しよう」
信じて疑わない、2人だから掴める答えを得る為に戦禍へと身を投じ。
そして邂逅する。
フローリアからの狙撃、S・EのAste-rion/に迫り来る光弾の前に同じくS・Eの選手である/Da:tuRaが盾を以って入る。
盾が光弾を弾き、光纏が散って後方に霧散する。
「おいていかないで下さいね、一緒にって言ったのは貴方です」
散る光が、頬を照らす――戦いの高揚感とはまた違う感情を胸に。
/Da:tuRaのそんな表情を見ながら、眼前の対戦相手にAste-rion/は目を向けた。
「遅れを取るなよ――と返せと言われたのだが、わざわざお前に明言する事でもないと思わんか?」
両手の得物を構え、Aste-rion/は姿勢を緩やかに落とす。
「僕が咲くなら、アステリオンさんの傍が良い」
盾と剣を構えた/Da:tuRaが、その死角に注意を向ける。
「なら、僕は群れる他の草の根を刈り取るまでだ」
機身体での高速移動を始めるAste-rion/に、アッシュが臨戦態勢を取った。
両者が邂逅した時、V・Cに狙いを定めていた選手が動き出す。
HCCの『双極』EdelweißとRenmazuoの2人だ。
その外見からどちらが、どちらかを初見で見分ける事は難しいだろう。
「レン、背中は任せたよ」
「エルこそ俺様の足を引っ張るなよ」
合わせ鏡を見て居るように。
「俺達は二人で一つの選手なんだ。今までも、これからも」
浮鏡機が舞う。
「ショータイムだ! 楔も絆も、貫き通しゃ俺達の勝ちだぜッ!」
機腕から放たれた無数の光の禊が華のように咲き。
浮鏡機に軌道を与えられ――闘場を穿ち爆ぜる。
別の場所――闘場に音楽が響く。
「よし、今日も何も問題なし。後はいつも通りに戦うだけだね」
S・EのC-K.265その指先が踊る度に奏でる音色、共に放たれる光弾が無数に舞い降り注ぐ。
その光弾を回避した横から同じくS・Eのα-rd/Hyaが、その動きを予見して引き金を引く。
ポロンポロンと電板鍵と共に音の星紡ぐ導き手――奏者が謳う。
(さて、コイツを抜く程の相手がいるか――)
間奏のようにα-rd/Hyaが、C-K.265の弾幕に生じる隙間を穿ち乱戦を制して行く。
恋人同士である2人のタッグ、その連携の密度がその存在感を闘場に齎す。
無数の光弾が縦横無尽に飛び交う、他を巻き込む舞台に於いて嵐の無風地帯のように役者と操者が邂逅を果たす。
S・EのCoHα*が歌劇のように夕光を撒く。
混戦の中で、その輝きを見紛う事無く。
「ここまで残ったことは褒めてやるよ」
不敵な笑みを浮かべるV・CのDr.K7がその前に立つ。
弟子の成長に、喜びを感じながら。
その声に、CoHα*の蜜色の瞳は一瞬、大きく見開き、流れるように表情は憂いて――瞬く間に、出迎えの微笑みに変わる。
「ふふっ貴方に鍛えられたんだもの。さぁ、最終章の幕開けよ」
葉が翻るように表情を変え、女優は役を成す。
流れ弾が、CoHα*の微笑みを照らす。
光纏が宙に咲き、舞う花弁のようにあたりに散った。
Dr.K7の繰る糸が、CoHα*の周囲を隔絶するように広がり、Dr.K7に迫った敵がCoHα*の放つ緋色に二の足を踏んだ。
互いが唯一の空間を、両者は整える。
整った舞台の華やかさに、目を惹かれる者も居ただろう。
「行きますよぉぉ!」
そんな空気とは一線を画す雄叫びが、闘場に響く。
HCCの選手、李蓮が跳躍とともに戦棍を叩き付ける。
「くっ」
後跳で回避したS・EのS1880が距離を取り銃を構える。
(俺はきっと……この瞬間を、ずっと待ち望んでいたっ!)
完全に不意を突いた一撃を、難なく躱した相手。
李蓮は己の中の昂りに、求め続けた闘場に凶暴な笑みを向けて踏み込む。
「……!」
S1880は歴戦の猛者の1人だ、微笑みを絶やさずに冷静に狙い引き金を引く。
奔る光弾を、突撃しながら掻い潜る獣に、S1880が後跳を考えた時だ。
ゴンと響く重音。
巨大な戦斧に乗った重量が、直進する李蓮を真横から襲う。
「ぐっ!」
戦棍で受ける李蓮――勢いに抗わずに、飛び退く事でダメージを減らす。
指先と戦棍が地を削るように退いて止まる。
李蓮は顔を上げた、目に付く揺れる白い裾に白い花飾り――新たな強敵に踊る心が止まらない。
「S1880、共に戦わないか?」
「死天使!」
死天使と呼ばれるS・Eの選手が、S1880と李蓮の間に立つ。
「あぁ、先ずはこの場を切り抜こう」
S1880の狙いは、遠距離型の標的だ。
「いいだろう、手伝おう」
(ここで勝てば、きっと妹は私に気づいてくれるはずだ……。私は必ず勝つ!)
死天使が戦斧を、李蓮へ向ける。
「楽しくなって来ましたぁ!」
李蓮が駆け出し、死天使が踏み出す。
「今日こそ撃ち落とすぞ、魔王」
S・Eのアーヴァインの手にした二丁の大型銃剣が銃声と発火炎を咲かせる。
銃弾に対しV・Cのладанがその射撃を避け、機械腕で弾く。
「俺を倒して箔をつけたいって?」
不敵に笑うладанが二丁の銃を抜いた。
「やれるものならやってみな」
両者はそれぞれに二丁銃を構えると相手に銃口を向けて横走りに引き金を引く。
火薬と共に、独特の香りが漂う。
響く銃声。
両者の身体から光纏が散り、実弾を受けたかの如き衝撃が身体を叩く。
(――!)
一瞬、ладанが流れ弾に姿勢を崩した、その隙にアーヴァインはその懐に迫って銃剣での剣戟を叩き込む。
「ぐっ――」
切り付けられたладанの手から銃が一丁落ちた。
否、手放した。
肉を切らせて骨を切るように、ладанの機械腕がアーヴァインの顔に触れる。
「お前さんからは視覚を戴こうか」
それだけでладанの機械腕はアーヴァインから奪った。
「ちっ、目が……視覚を奪ったぐらいでいい気になるな!」
その能力で視覚を奪われたアーヴァインは、視覚以外の感覚を機官で高める――その闘志は一点の曇りも無い。
(今だアドルファス! 撃て!)
ладанがアーヴァインから後跳で距離を取ると同時に、合図が送られる。
引き金を引く者は、その合図を見逃さ無い。
「――!」
アーヴァインは鋭くなった感覚を用いて直撃を逃れた。
(直撃はしなかったか)
二射目に備え身を潜めて居たのはV・Cの選手、アドルファスだ。
「ладанはやらせない」
恋い慕う相棒の勝利の為、長距離からの狙撃を担う。
スコープを除き、敵へ狙いを付ける。
視覚を奪われたアーヴァインは、銃剣での攻撃に主軸を置きладанとの距離を詰めた白兵戦を行っていた。
鋭くなった感覚で、既にアドルファスの射線も加味されている。
「チッ……ладанに当てる訳には行かない」
この距離と位置ではладанの援護が出来ないと判断したアドルファスは、遠距離射撃を止めладанの元へ駆け出した。
極限に至る闘志持つ者達が、ぶつかり合い弾け散る闘場。
5社5色の様相は、次第に勢いを3社3色へと強めて行く。
「ルアンナ……ルアンナァ――!」
マルグリットの機傘が、ルアンナの銃撃を防ぎながら無数に、殺到する。
「くっ!」
ルアンナは迎撃した。両手の銃で撃ち落とす、撃って、撃って、蹴り――吠える。
乱れ撃ち、蹴り砕く狂戦士の如き奮戦を見せるルアンナが吠える。
「あぁぁぁ!」
その身体へ無数に機傘が群がる。
「ルアンナァァ!」
ルアンナは渾身の蹴りで機傘を払い、抉じ開けた射線から光弾をマルグリットへ向けて放った。
かに見えた光弾が、マルグリットを守る機傘に止められる。
「――っ!」
ルアンナの視界を遮った無数の機傘が轟音を伴い爆ぜる。
「……ぁ」
リミットの尽きたルアンナが膝を付いた。
S・Eルアンナ、Retire――敗者を告げる音声が響く。
アドルファスの剣が、リイトの銃剣がぶつかり火花が散る。
肉を切らせ、返し刃が深く断ち。
切っ先から伸びた熱線が、忘れたかと撃ち抜いて行く。
「ッ……負けて、たまるか!」
リイトの銃剣での突撃に、アドルファスは両手の片手剣で反射的に応じ。
一振りを弾かれる。
ズンと、大量の光纏が宙に散る。
揺らぐ。
アドルファスは本能で残った剣を振り下ろす。
「っ……一歩届かなかったか」
アドルファスは片手に残した剣で斬撃を叩き込んだ。
「良い試合だった。次があれば負けないがな」
S・Eアドルファス――V・Cリイト、Retire。
音声が告げる敗者の名。
「相打ち……後一歩が足りなかった、帰ってまたトレーニングだな」
僅差で尽きたリミットを悔しそうにリイトは見つめた。
ズサァと凄まじい音の後に。
V・Cマルグリット、Retire。
遅れて流れる音声。無数にその身を守っていた機傘は、ルアンナの猛攻で数を減らしていた。
機脚が煙を吐く、他社技術すらも自社製品の様に扱い戦うHCCの十八番を纏ったエトス・ルーフェイドが手堅く拾った勝ち星に電磁刀を振るう。
振り返るその青眼には、膝を付いたV・Cの選手が見え。
「ここが正念場だな。俺の限界……それがどこまで通用するか腕試しだ」
次なる標的へ向けて足を向ける。
入り混じる戦況で、最も厄介になったのは彼等だろう。
闘場を行くHCCの選手、ザカリ―・ブラックドッグが不意に現れた光刀を目の当たりにする。
「なっ」
光学迷彩の外套で姿を潜ませていたV・Cの選手、R1-CTの攻撃を受けたのだ。
「――!」
構えた両手の光子鎌が、ザカリ―の幅拾い剣を叩き火花が散った。
「兄さんに負けてられないな」
その近くでは、HCCのAcalanātha-Vajraが金剛杵型の双光剣を手に闘場で戦って居る。
Acalanātha-Vajraの戦う姿をR1-CTは目で追っていた。ザカリ―との戦いでよそ見をするR1-CTの隙を。
「……!」
ザカリ―は見逃さなかった。
鍔迫り合いの最中、ザカリ―は機腕の機能を稼働させる。
ガクンと、R1-CTの身体が揺れる。
(なに!?)
ザカリ―の剣を持たぬ方の片腕が宙を舞い、奇襲を仕掛けたR1-CTに向かって拳が伸びる。
「ぐっ――!?」
R1-CTが、ザカリ―の機腕による遠間の攻撃に意表を突かれた。
「まだだ!」
伸びたアームの指先が動き、R1-CTの胸倉を掴む。
ザカリ―は鍔迫り合いを腕力で制すと、アームの先に居るR1-CTを遠心力で持ち上げ地面へと叩き付けた。
「ぐぁっ」
(何やってんだあいつ……)
S・EのNH117-SH-INが物陰からその様子を観察していた。
身を隠しながら遠距離攻撃で何とか勝ち抜いていたNH117-SH-INは、同期のVajraとR1-CTが共に行動している事に気付く。
味方が近くにいると思って油断していれば襲われる。
そんな状況を上手く使って居たのかも知れない。
「……はあ」
SH-INは溜め息を吐いた、この戦いが終わったら引退しようと考える程に疲れを感じている。
勝敗に対しての意欲は薄くなったが、生真面目な性格が2人の行動に手にしたコンパウンドボウを向けさせた。
「兄さん!!」
R1-CTにそう呼ばれ、Vajraが反射的にその場から後跳で下がった。
一瞬遅れて、足元に光矢が突き刺さるのと視界が爆ぜるのはほぼ同時だ。
「この攻撃は――!」
Vajraが飛来した光矢の方を睨むのと、ザカリ―へ向けた視線を隠れた標的へ視線を流す。
いいや、迷う事は無かった。
デビューした頃からの因縁のある相手が、そこに居るハズだ。
「行くぞ! R1-CT」
「あぁ、兄さん!」
目標を修正した2人が、駆け出して行く。
「……何だったんだ」
ザカリ―は離れて行く厄介者の背をしばし見詰め、次の戦場へ向かう。
「おぉぉぉ!」
アッシュの『天狼』が加速して迫った、Aste-rion/を迎え打つ。
激しく打ち合う拳と刃。
(もしかして、僕はダチュラにいい所を見せたいのか……?)
Aste-rion/が手にした二刀をアッシュに叩き込んだ、その二撃の重さに想いの強さを感じる。
フローリアの『天眼』が上空からの攻撃を察知し、アッシュの名を叫ぶ。
「行くぜ、エルッ!」
Renmazuoの左機腕から放たれた、複数の光の楔が飛来する。
射線を素早く予測したフローリアに対し、Edelweiß浮鏡機がそれらの軌道を歪める。
HCC双子選手の最たる大技、『双極輪舞』が闘場を薙ぎ、光が幾重にも降り注いだ。
その激しい光撃が、ぶつかり合う選手達の視界を覆う。
Aste-rion/に迫った光の一撃を、駆け付けた/Da:tuRaが盾で防ぐ。
「ふふ、僕にとっての一番星は貴方。……僕も負けてはいられませんね」
無傷では無い。
闘場を薙ぐ一撃は続く。
Renmazuoの攻撃は高い威力を誇っていた。
そんな場を狩場と見定めた者が、静かにスコープを覗き引き金を引くV・Cの、ライヴァだ。
「ぐっ――!?」
飛来した光弾が、その光の輪舞を突き抜けてEdelweißの肩を捉え操る浮鏡機の動きが――淀む。
「どんな相手でも恐れない、かつ侮らない。良く観察すれば勝ち筋は自ずと見える」
同じV・Cの援護射撃だ。
「やらせるか!」
撃たれたEdelweißの姿を見て、Renmazuoの左機腕から光の禊をライヴァへ放った。
次弾を構えるライヴァは、その射線が自身には当たらないと冷静に分析し。
「僕の銃撃からは逃げられない」
引き金を引く。
その射撃はRenmazuoの胸部を捉え、光纏が大きく散った。
ライヴァは着弾を確認、素早く次弾を装填しスコープへ視線を落とそうとした時。
不意に耳に音楽が響き、射撃体勢だったライヴァは咄嗟にその身を引いた。
一瞬であっても、冷静に射線を見切る無駄の少ない動作だ。
「――っ!」
降り注ぐ光幕の奥に、こちらを狙う狙撃手の姿が眼に入る。
腹部を焼くような熱を感じながら、反撃で撃ち込んだ射撃を音楽が降らせる光弾が弾き掻き消していく。
「――やれやれ、厄介ですね」
「ほう、アレを避けるか」
ライフルを構えるα-rd/Hya、まだ腰の剣を抜く相手は見えない。
「じゃぁ、次の曲を奏でようか」
C-K.265の演奏と共に光弾が再び降り注ぐ。
流れ弾を覆う糸が弾き、夕焼色が銃弾を掻き消せずに途絶える。
(もう、十分だろ)
Dr.K7の糸は、そのままCoHα*を絡めとると引き寄せた。
「……っ」
CoHα*はその糸に手繰られ、吐息と鼓動が伝わる距離に――Dr.K7の腕にその身を囚われる。
「俺が近いと心拍数が更に早いな? 女優様」
耳元でそう呟く声音に、補助心臓の脈が大きく跳ねる。
「……狡いの」
小さく呟いた唇――その後に続く言葉。
S・ECoHα*、Retire。
「はぁぁ!」
「っ!」
李蓮の戦棍と死天使の戦斧が轟音を響かせる。
「……!」
後方から射線を取ろうとするS1880は、その激突の激しさを肌で感じる。
李蓮の身体が、死天使から離れた瞬間に指を動かした時だ。
「っ!?」
巨大な鳥の爪がその銃を構えたS1880の身体を弾く。
HCCの選手、トトコ=ヘンペルが両腕の翼を羽搏かせる。
「S1880!」
「お前の相手は俺ですよ!」
振り返る死天使に、李蓮が食らい付く。
「……」
トトコが旋回と急降下を繰り返し、S1880の身体は次第にその機脚に余裕を奪われて行く。
S1880はそれでも落ち着いて、上空に居るトトコへ銃撃を行う。
だが上空の、狙いを定め難い相手にS1880はじわじわと追い込まれつつあった。
(取った!)
トトコが大きく羽ばたき、S1880に向けて大きくその機脚を振り上げる。
その間に死天使が入り戦斧を叩きんだ。
「死天使!?」
HCC李蓮、Retire。
振り返った瞬間で、音声が響く。
「恩に着る……!」
「気にするな、企業対抗ならばS・E同士で協力するのは当然だ」
S1880の言葉に死天使が戦斧を振るって答える。
「……」
倒れた李蓮の、満足そうな顔がトトコの灰眼に入る。
「お前……お前えぇぇ!!」
激情に羽搏く翼が、鉤爪がその猛威を振るう。
翼から放たれたワイヤーが死天使の戦斧を絡めとり、飛翔による力技でその身体をS1880へと叩き付ける。
「お前達を倒して……私は……!」
アタシは――勝ち残る。
妄執にすら映る、勝利への渇望が叫びとなって響いた。
続く激戦。
戦場は次第に狭く、閉じて行く。
飛翔するトトコの翼を、フローリアの狙撃が撃ち落とす。
翼に空いた穴に構わず、狙撃手へ飛翔して向かって来るトトコに、アッシュが『天狼』を構えて迎撃した。
(……ここまでか!)
狙撃手の攻撃を前に、エトスは追い詰められて居た――圧倒的な射程差、速力を活かせても射線を遮れる遮蔽物も無い戦場。
XIIIの刃がPeri.ハヤブサの拳とぶつかる。
その様子がエトスの視界に入った。
(タダではやられない)
戦う2人の足元には、設置していたエトスの電磁刀がOFFの状態で地に刺してあった――そして、ONとなり発生した刃が両者を貫いた。
それはライヴァの狙撃に、エトスが撃ち抜かれた時の事だ。
また1人。
また1人と激戦の中に、その闘志の全てを燃やして行く。
そんな中で、Dr.K7はCoHα*を抱えると静かに自ら降参した――戦う理由を終えたからだろう。
局所的な戦いが、戦いを読んで入り混じる。
ザカリ―の放った機腕がC-K.265を下し、対峙したα-rd/Hyaが静かに剣を抜いた。
光銃が飛び交い、刃と刃が火花を散らす。
ладанを庇ったアドルファスが倒れ、アーヴァインがその銃剣をладанへと向けた。
RenmazuoとEdelweißは機装での戦闘は継続できなくなったが、その拳法で善戦する。
が、/Da:tuRaとAste-rion/の2人の前に惜しくも敗れ去った。
音声がRetireを告げて行く。
VajraとR1-CTのペアは、NH117-SH-INを追い詰めるが――合流した同じS・EのS1880と死天使と戦う。
2社異色のコンビネーションを前にS・EのS1880は先の戦いの消耗もあってRetireし。
その後、VajraとR1-CTは膝を折って倒れた。
戦いの熱は狂乱するように、見る者を戦う者を駆り立て――少しずつ確実に終幕へと近付いて行く。
【執筆:一乃口】
――五社対抗電脳大戦は、愈々もって佳境を迎える。
リアルな殺し合いを模した、過激な映像処理の施された配信。画面の中、向かい合う二人もまた、その気配を確かに感じ取っていた。
「ずっとこうしていたかったが……仕方がない」
苦笑しながら半歩引いて、F-Quartzは他社の相棒と相対する。隠しようのない名残惜しさを滲ませて。
「最後まで気が合うなー、オレたち。でも――」
そろそろ決着をつけなくちゃな、と。
同じく半歩引いたWalkerが、傷だらけのライフルを持ち上げる。
呼応したF-Quartzの手中から、光鞭が鎌首を擡げた。
「いくぞ――」
「――こい!」
数多の夢と野望、その軌跡を積み上げて、戦局は窮極へと加速する……!
鮮やかに咲く二輪の薔薇が、強烈な殺気を孕んで睨み合っていた。
「……この刻をどれほど待ち侘びたか――今度こそ圧し折ってやる、造花……!」
鮮血に塗れた大剣を突き付けて、傷薔薇が口火を切る。
「吠えてなさい、狂犬。その下品な舌、三枚に下ろしてあげる……!」
対峙するルビィは佇まいこそ優雅であったが、その切っ先に隠しきれない焦りが、僅かなブレとして現れていた。さもありなん、先般『常勝無敗』の名に傷をつけたのは、他でもない眼前の傷薔薇である。
「……悪いけど、二度と負けるわけにはいかないの。赤薔薇がルビィである以上……!」
「お前が赤薔薇を語るな――!!」
激昂と共に傷薔薇の足下が爆ぜる。唸りを上げる大剣、迎え撃つレイピアの閃きが、紅い軌跡を刻んで――
「――ルビィ!」
「アンタの相手はこっちですよ」
極彩色の精神干渉プログラムに行く手を阻まれ、スフェーン・ケラヴノスは歯噛みしながら振り返る。
「敵に背を向けるとは余裕ですねぇ……流石は雷嵐騎士、僕みたいな三下は眼中にありませんか」
「孔雀石……!」
そう呼ばれた少年は、憎悪も顕わに唇を引き攣らせて嗤う。
「決着がつくまで行かせやしません。丁度いい、ずっとぶっ潰したかったんですよ」
浮かび上がる無数の使い魔を前に、スフェーンが静かに光刃を展開する。
「押し通る……!」
「やってみろよ、王子サマ……!」
眼を灼く閃光が、戦場に迸った。
「よそ見してる場合かァ!?」
閃光に目を細めたその直後、X.Y.Z.の鼻先を灼熱の電刃が掠めた。
距離を取るX.Y.Z.に喰らいつく様に、Ioは獣の如き体捌きで剣戟を見舞う。
「悪ィが、俺のギアはまだまだ上がるぜ!」
「そうか――」
火花散らす猛攻に、X.Y.Z.は短くそう返した。
「――精々、焦付かないよう励む事だ」
刹那、X.Y.Z.の周囲で転輪する無数の刃が、肉薄するIoへと一斉に牙を剥く。
「ハハッ、そうこなくっちゃなァ!」
殺到する白刃。
心底愉しそうに呵いながら、獣は全方位から飛来する死の雨に踊る――と。
「X.Y.Z.――っ!」
場違いに天真爛漫な声が、ミサイルばりの勢いで突っ込んできた。
「……またお前か、ドルフィ」
攻撃の手は緩めずに、空いた手でX.Y.Z.は飛来物を受け止める。
DollFin.――X.Y.Z.とは企業の枠を越えた戦友(?)である。
「ドルフィもここまで勝ち上がったのよ!」
「正直予想外だ」
「ひどーい!」
「――片手間に相手するたァ、少しナメ過ぎじゃねェか?」
次の瞬間。奔った膨大な雷光に、引き裂かれた大気が悲鳴を上げた。
「呆れた素早さだな――凡百の戦士なら、首が百度落ちてもお釣りがくるぞ!」
二本の鞭剣を縦横無尽に振り回し、八重椿は凄絶に哂う。
常人では捉え得ぬ高速戦闘、しかして感覚器官を強化した彼女の眼には、火花散らす影の姿が克明に映っていた。
忍――V.C所属のNINJAである。
斬撃の嵐を暗器で捌きつつ、飛影は眼にも止まらぬ速さで攻勢をかけていた。
「――自陣前進、攻性防禦続行」
刹那、龍の如き頭部が、戦場を征く自陣へと視線を向ける。
忍の任務は、埒外の高速戦闘による八重椿の封殺。故に――
「ひゃはっ――その首もーらい!」
忍本人に対する奇襲は、甚だ予想外であった。
凶刃による高速の不意打ちに、あっさりと龍頭が転げ落ちる。
降り立ったのは、ジノ:2196-a――悪名高きR.Tの狩猟者であった。
「……水を差してくれたな、ロビンの凶獣」
「恨むんなら猛獣に目をつけられた子羊を恨みな、翡翠の首狩り」
隙だらけなのが悪ぃんだぜ、と嘯いて、ジノは八重椿と相対する。
瞬間。
「――あぁ、そうだな。隙を見せる方が悪い」
突如降り注いだ幾条もの光線が、戦場を完膚なきまでに蹂躙した。
「三社纏めて一網打尽と思ったが――存外しぶといな」
立ち昇る粉塵を腕の一振りでいなし、覇王がその姿を顕す。
「Dear.……!」
再びの乱入者に、八重椿が目を細める。
「面白くなってきやがった!」
八重歯を剥いて嗤うジノの背後で――ムクリと。首のない影が身を起こした。
断末魔にも似た軋みを上げて、重武装型のデュープが装甲ごと真っ二つに引き千切られる。
降り注ぐ鮮血を頭から浴びて、ANONIMOは雄叫びと共に残骸を握り潰した。
「上手にお片付けできましたね――えらい子ですね、サフィ」
「ウ! えいお、あ゛!」
巨大な両腕を打ち鳴らすANONIMOの頭に手を伸ばし、Ech1-d7Aは愛おしげな表情でその髪を撫ぜる。
戦闘力は高いが制御不能のANONIMOと、技術は確かながら精神の不安定なエキドナ。所属は違えど、唯一無二の補完性からマッチアップを黙認されている、特異な二人であった。
「あらサフィ、ほっぺたに傷が――」
「ウあ゛……!」
エキドナが彼の頬に触れるのと、その身体ごと抱えてANONIMOが後方に大きく飛んだのは、殆ど同時だった。
激震。
今しがた二人が立っていた場所が、クレーターじみた焦土と化していた。
「……次は、あなた達ですか?」
硬い足音と共に、乱入者が姿を顕す。
――シュヴァーンの魔剣、ヴィルヘルミナ。
新たな強敵を前に、ANONIMOの咆哮が轟いた。
「――オラオラどうした、そんなモンじゃねぇだろうがよ!」
鋼鉄と鋼鉄のぶつかる無骨な音が、火花を散らして鳴り響く。
挑発交じりに鷹爪を模した右腕を振りかぶりながら、DwNE2dleは内心舌を巻いていた。
殴り合っている眼前の男が、あっさりライフルを手放した事に――ではない。
距離を詰めるだけ詰めたら、相手が倒れるまで黙々と拳を振るい続ける――その気魄と愚直さに、評判以上の迫力を見たからであった。
「これがV.Cの暴走機関車、S6-Åか――」
悪くねぇ……!
口の端に鋭い笑みを浮かべて、DwNE2dleは勢いよく鷹爪を振り下ろす。
「大層な仏頂面だな。俺との殴り合いはつまんねぇか?」
「さてな」
左腕で鷹爪を受け止めたS6-Åが、右拳をすかさず叩き込む。
狙いは肺臓、速度・威力共に申し分ない一撃。その鉄拳を――
「――悪役面してる場合ですか、先輩!」
間一髪、放たれた銃弾が、直撃軌道上から逸らしてみせた。
DwNE2dleの後方、義眼に青い光を点したCrownL'eが、銃を構えて視線を交わす。
――勝つんでしょ、と。
その瞳に頷いた――次の瞬間、四方八方から立て続けに放たれた弾丸が、DwNE2dleの全身を穿った。
「ガハッ……!?」
「先輩!?」
血煙を切り裂いて、板バネじみた両脚の少女が戦場に降り立つ。
「――助太刀しますよ、S6-Åさん!」
「……勝手にしろ」
V.C所属のスナイパー――ЯIAの溌溂とした申し出に、S6-Åは朴訥と応えた。
真紅の閃光が奔る度、花弁のように鮮血が舞い踊る。
「――鞭を手放したのは悪手だったわね、駄犬」
「殺、ス……ッ!」
血の泡を飛ばし、尚も前進を続ける狂戦士。HPは最早風前の灯であった。
「見苦しい……こんな、出来損ないの紛い物がスフェーンを――」
「紛い物は――っ」
「もう結構よ」
ドスリ、と。真紅の一閃が、傷薔薇の胸を貫いていた。
「ぁ……」
「泥棒猫も負け犬も、どちらも下卑た獣だったわね」
そう呟いて、赤薔薇がレイピアを引き抜こうとした――その瞬間。
「ぁ――ぁぁあああ!!」
胸部を貫かれたまま、傷薔薇が荒々しく踏み込んだ。天を斬り裂く大剣が、全身全霊を以て振り下ろされる。
目を見開いた赤薔薇が、袈裟がけの傷に膝をついた。
「堕ちろ、代用品……っ」
泥に塗れるのはお前の方だ――そう口にして、傷薔薇もまた俯せに倒れ込んだ。
「ルビィ!」
「スカーレッド!」
駆け寄る足音。
夥しい迄の状態異常に侵されながらも、騎士が力強く赤薔薇を抱き上げる。
「なん、で……紛い物ですらない、お前なんかに……!」
一方、慟哭する傷薔薇を抱く孔雀石は、全身の切創と火傷で息も絶え絶えであった。
「仕切り直しますよ」
「離せっ! スフェーン――スフェーン!」
傷薔薇の切なる声に、孔雀石が臍を噛む。
「僕じゃなくてなんでアンタなんだ……!」
「……っ」
交錯する情念、その一幕を下ろすように――爆炎が降り注いだ。
光線銃による絨毯爆撃を、八重椿の鞭剣乱舞が次々と弾き飛ばす。
弾切れの銃を放り捨て、Dear.は感心したように息を吐いた。
「凌ぎ切るか……我が渇きを満たす強者は――」
お前か、と。僅かに首を傾げたDear.の元へ、すかさず斬撃の嵐が吹き荒れる。
「さて、『永久凍土の覇者』のお眼鏡に適うかは知らんが――強いぞ、私は」
空間ごと斬り抉るが如き、高密度の超高速連続斬撃。それを――
「それは楽しみだ」
Dear.の右手から伸びた光槍が、片っ端から迎撃する。
息も吐かせぬ死の舞踏。その間隙を縫い――音速の住人もまた、鎬を削り合っていた。
「ひゃっはっは! 首を飛ばしてもついてくんのはお前が初めてだぜ、NINJA!」
『……』
首なしの暗器による連撃をダガーで捌き、凶獣が狂ったように哄笑を上げる。
瞬間最高時速八十キロを超えるその脚力に、忍は影のように追い縋っていた。
「……奇襲のいいトコは、何度でも殺り直しが効くトコだぜ?」
不敵な笑みで言い残し、獣は混迷する戦場へと姿を消す。
『……』
頭部を回収すると同時、光槍の一撃に後退した八重椿が、忍の隣で停止した。
「――アレを仕留めるまで一時休戦ってのはどうだ、忍」
皮肉気に嗤う視線の先、永久凍土の覇者は君臨する。
「……共闘受諾。任務続行」
カポリ、と軽い音を立てて、龍頭が首の上に乗った。
「お前――」
その姿を見て、覇王は――何故か懐かしそうに、口の端を緩めた。
焼け焦げた大気が、火花を散らして鳴き叫ぶ。
「オイオイ、二人がかりでその程度かァ!?」
右腕を解放したIoは、暴走状態で電刃を振るっていた。
「X.Y.Z.! この人、これだけ蹴り入れてるのにまだ倒れないよ……!?」
「ここまで勝ち残った強者だ、油断するなドルフィ」
「どの口で言いやがンだ、舐めプ野郎!」
三者三様に満身創痍――決着の刻であった。
「合わせろ、ドルフィ」
「うん、見ててねっ! ばっちり決めるから!」
「まだまだァ、ぶっ倒す――!」
電刃から天高く、雷光が迸る。
相対するは無尽の剣軍、不遜なる王は右腕を掲げ――
「跪いて赦しを乞え」
「上ッ等だ!」
一撃が交叉したその刹那、戦場から音が消失する。
視界を染める白い光――しかしてそれを蒼く切り裂いたのは、DollFin.の月刃脚であった。
「ハハッ――!」
悪くねェ。
HPが粉々に砕け散る。
斃れる事なく立ったまま、Ioは敗退を受け入れた。
「……さすがに、強かった、ね……!」
「……あぁ」
お前も強くなったな、と。飾り気のない称賛には、確かな温かみが籠っていた。
規格外の巨腕が、魔剣を大きく吹き飛ばす。
間髪入れず滑り込んだ電子の蛇が、その右腕に毒牙を突き立てた。
突撃型と妨害型の相乗効果が生み出す、悪夢の如き連携攻撃。
故に、そう――
「……損傷軽微。戦闘続行、ですね」
この二人をして止めきれぬ存在なぞ、真の悪夢と呼ぶ他あるまい。
魔剣が地を蹴る。
「い、いやっ――サフィ!」
「ウぁぁあ゛あ゛――!!」
エキドナの悲鳴に、咆哮を上げて突撃するANONIMO。
真正面から迎え撃つ魔剣の右手から唐突に、光剣が落ちて転がった。
「……?」
蛇毒による一時的麻痺。
致命的な隙。
迫り来る死の颶風を前に――刹那、右脚が鋭く跳ね上がった。
「ウ゛……!?」
強烈な後ろ回し蹴りに、巨体がふわりと宙に浮く。
すかさず蹴り上げた光剣を掴むや否や、過剰出力気味の刀身が迸った。
涙のように散る火花。
弧を描いた一閃は周囲をあらかた巻き込んで、二人のHPを消し飛ばしていた。
「サ、フィ……」
「えぃぉ、ぁ……」
伸ばした小指と小指が、そっと触れ合って――二人は同時に崩れ落ちた。
「……次」
感慨に囚われることもなく、魔剣は踵を返す。
これが戦場だと、言わんばかりに。
少女には、負けられない理由があった。
地味な狙撃手の印象を払拭せんとデビューしたは良い物の、勝率は今ひとつ。生来の油断癖も手伝ってか、失敗も多い。
そんな若輩者が――決戦に居る。
どこまでも真剣に、真っ直ぐに、彼女は頂点を目指していた。
「ここまで来たからには本気で……行かせて頂きます!」
少女には、負けられない理由があった。
決戦まで来ても、相棒にとって自分は未だ、守るべき存在なのだろう。
戦場に立つ限り、悪役に徹するつもりなのだろう。
本当は、誰より勝ちたいはずなのに。
もう残り少ないはずなのに。
嗚呼、ホントに、もう――
「偶には我を出して下さいよ、大馬鹿先輩……!」
状況はV.C対R.Tの様相を呈していた。
鉄拳と鉄拳が火花を散らす周囲で、弾丸と弾丸が衝突を繰り返す。
最早言葉を交わすこともなく、男たちは全身全霊で殴り合いを続けていた。
外装がひしゃげる。骨格が軋む。それでも尚、拳の応酬が止まる事は無い。
苛烈を究めた戦場に在って、誰も彼もが満身創痍であった。
故に消耗戦の命運を分けたのは、一発の銃弾。
演算し得ない角度から放たれたЯIAの弾丸に、DwNE2dleの膝が砕ける。
すかさず落ちる鉄拳。決着の一撃。その隙間――捻じ込まれたCrownL'eの銃弾が、崩れかけたDwNE2dleの右腕を上向きに打ち上げた。
鉄拳が交叉する。
「――悪くない死合いだった」
「……ありがとよ」
崩れ落ちる拳鬼の唇に、ほんの僅かな充足の彩。
勝利をもぎ取ったのは――R.Tの二人であった。
血の滴る音と、荒い息遣いだけが響く。
「お前、やっぱ強いよ。けど――」
俺は諦めねーぞ、と。震える膝に鞭打って、Walkerは立ち上がる。
「……まだ嬲られたりないのか?」
観衆の手前、女王様を徹底するF-Quartz。
しかしてその瞳には、もうやめろと懇願する色が、確かにあった。
「……別にマゾじゃねーけどさ。ここで白黒つけないと、本戦に響くだろ?」
「――馬鹿」
言葉の意味を理解して、F-Quartzは思わず素で笑う。
「――ってなわけだ、覚悟しろ!」
「仕方ない」
眼前のライフルに、鞭を鳴らして応えてみせる。
「かかってこい、女王様――!」
「可愛く鳴きな、子猫ちゃん――!」
銃弾と鞭が交叉する。
決着は――もう、すぐそこであった。
【執筆:小法師達磨】
●Old/Rookie
「ほう、貴様か。萎れたオレンジのように過ごしていたのかと思ったぞ」
「あはは、相変わらず手厳しいですね!」
カストの激しい斬込みを躱しながら、SONNEは笑顔で深い森を駆ける。
「これでも果物も好きだからな――その中身をこの場で切って試させろ」
だがカストの両脚は起伏のある悪路をものともせずSONNEを徐々に追い詰める。大物ロートルが何故ここにいるかは知らないが、この剣を鈍らせる理由にはならない。
「大量の"完熟"を持ってきたか?」
「無論、蔵出し秘蔵の特製オレンジをご賞味あれ!」
歴戦の経験は伊達では無い――SONNEの特製は変幻自在の合成爆弾/刹那、閃光花火が戦場を白く染めて、両目が捉えたカストの隙を突き両脚で飛び上がる――しかしSONNEはその先で待ち受ける敵の追撃を受けた。
「既知のデュープを確認、交戦開始」
それは光翼の天使――Lily.Ang。展開した機械翼を両腕へ戻し、Lilyは照明を背に高空より急降下。手にした可変武装、白鳥の騎士を双剣に切替えて自由落下するSONNEを強襲――それを遮る影が一つ、二人の間に割って入る。
「邪魔者は失せろ」
「何故、です? あなたは同じ所属……」
飛び掛かったカストの細剣が双剣の連撃を遮る。一振りなれど巧みな剣捌きを崩せないLilyは即座に武装切替――白鳥の騎士を双頭槍へと組替えて、味方である筈の男と改めて対峙した。
「企業の勝利は絶対。邪魔者はあなたです」
「新入りが手を出すな。このオレンジ全てを刈り取るのは私だ」
言葉を吐き捨て、SONNEを背にしたカストがLilyへ間合いを詰める/緊急回避、機械翼起動。再充填した六枚の機械翼を再び展開し、凄烈な一突きを躱して空を舞うLily――その背後に、ぬらりと紫の影が迫った。
「ではこちらの新鮮な果実は私が戴きましょう」
新人潰し――門番の主天使の背後に瞬く稲妻が、飛翔するLilyの翼へ蛇の様に絡みつく。それは主天使が手にした十字架の啓蒙の雷。途端、失速し墜落するLilyを目指し聖典を掲げた主天使が疾駆/同時に橙の火柱がその行く手を遮った。
「!?」
「熟した果実のおいしさは格別ですよ!」
Vモード切替/零距離放射――SONNEの手より放たれた破壊の炎が聖典を焼き尽くす。
「老いぼれに用はありません……とは、いかない様で」
煤けた得物を手で払い溜息を吐く主天使。噂通り他社の変わり者――これ程迄にやり辛いとは。ならば全力で絶対神の意向を知らしめる迄。新たな聖典を手に、十字架に祈りを捧げ、後頭部に後光と稲妻を纏い、主天使は再び地を駆ける。
「そういう事です。さあ、ドキドキワクワクするような楽しいバトルをしましょう!」
不意に視えた炎の記憶を振り払い、太陽の様な笑顔でSONNEが応える。刃を交えた二人はいつの間にか互いの背を護る様に、白と紫の脅威へ対峙した。これが最後なのだ……悔いは残さない、絶対に。
●Burst Rondo
「レイスはどのデュープを警戒してる?」
「いや声掛けるなって、隠れてんだぞオレは」
森林沿いの街道を歩くBFが胡乱な言葉を吐く。その声にゆらりと側が揺らめいて、溜め息交じりの言葉が返された。
「うん……例えばあのデュープ」
D・Wraithは――通称:死霊探偵は光学迷彩でここまでやり過ごしていたが、迂闊にも他社のBFに言葉を返して見つかった――電子風防が捉えた近場の敵の情報をBFに伝える。名前はFix4g5、これまで散々爆弾をばら撒いて生き延びた、最も危険な橙の爆弾魔がこの先の曲がり角に隠れている。
「かなり目立つし、勝てれば話題になる」
「よし逃げよう」
「何を日和っているのです? お祭りでしょうにッ!」
BFが逃走を決意した瞬間、Fix4g5が両腕で大地を叩き、爆発で大きく跳び上がる。距離を詰め空爆開始――しかし肝心の獲物が足りない。
「一人? 二人じゃないの?」
「――お困りの様だな」
不意にFix4g5の背後で声がした。それは空に揺蕩うphiの端末――電子戦の達人は球体の端末経由でFix4g5に敵の存在を教えていた。
「私達の目的はロビンの勝利。このまま手を組まないか? 手柄も譲ろう――例えば」
端末の眼が捉えた揺らぎ、Dが隠れた一点へphiは姿見の魔法を掛ける。
「彼のかくれんぼをご破算にしてやるなど」
「ECCMか、面倒な!」
「それは景気の良い事で!!」
途端、BFの背後で走った紫電と共に外套を纏ったDが現れ、苛烈な空爆が再開される。
「――どうだね?」
「オレは戦いたくないんだけど……」
ぼやくBF/隠蔽破りの電磁波はphiから直接照射された――電子風防でphiの位置を探るDの頬を冷や汗が伝う。
「冷たい事言わないでよ、ねえッ!!」
「危なッ――!?」
三度、強烈な火柱がDを襲った。敵は結果を待ちはしない――直上からの直接爆撃/衝撃を一点集中した、喰らえば一溜りも無い強烈な爆圧がDに迫る。
「……だから、戦いたくなかったんだ」
『ファイナルスキル・ソウルフレイム!』
それを遮るBFの一撃――販促で叫ぶ愛銃の渾身の一射はDへの直撃を避け、特大の爆圧を両脚で飛び上がったBFが受け止める。
「なんで庇うかな……もっと自分勝手に生きてくれよ」
無力化され舗装路に転がったBFを流し見て、Fix4g5が片手を突き出し直接爆撃の狙いをつけた。
「じゃあ送ってあげる、そいつン所へ」
「いや、お前が先だ」
電子風防に示された照準が赤く染まる。目標固定――撃つべきは今。
『燃やせ、魂の弾丸ッ!』
「おうよ」
それは知人――いや、友の声援か。突然の声と共に、見えざる砲火が音も無くFix4g5を飲み込む。
「こんな、所で……」
切札の光条はいとも容易くFix4g5を無力化した。残るは一人、その場所も分かっている。
「抜けよ、ビビってんのか?」
「冗談。これにて閉廷です――」
何が閉廷だ。終わらせるのはオレ――形見の大型拳銃を手に、Dは虚空へその照準を向けた。
●Colors Record
俺は翡翠の疾風。渾名は初見殺し。だからスター選手の登竜門みたいに言う奴らがいるけれど失礼な話だよほんと――廃墟を模した戦場を駆けながら、ジェイドは翡翠のジャケットを翻らせて一際派手な爆炎の中心に狙いをつける。
「これ見よがしかよ――クソッ!」
あの中の特大の獲物に、まるで掛かって来いと言われているようなもんだ。だから今日は俺の速さと強さを見せつけてやるぜ。左脚の戦刃に力を込めて――抜刀。遊んでくれよ怪物!
「ヒャッハー! お命頂戴ッ!!」
「……!」
共闘なんてまどろっこしい事はしない。決まれば一刀両断、袈裟懸けの一撃! 飛び掛かった影が重なり、火花を散らす鋼鉄の衝突が鈍い音を響かせて――爆炎の中よりアルセドの怪物がギロリと頭上のジェイドを睨む。
「って、掴むのかよこれを!」
「グオォォォォォッ!!」
炎の中より姿を見せた///が、咆哮と共にジェイドの戦刃ごと華奢な身体を投げ飛ばし無力化。会敵した相手を倒す/その為に闘いを繰り広げる/最後に立って居た者が勝者――本能に従いBixは次の獲物に狙いを定め、大地を割って跳躍した。
「一つ目は勝手にレア、次の指定はウェルダン……」
Bixの視線の先、獄炎猟兵が口端を歪ませて怪物を待ち受ける。気付いたな――廃墟の中の閉鎖空間。獄炎猟兵の火災旋風が本領を発揮する狩場に、奴を誘き寄せる為に。
「悪く思うな。焼却が小官の仕事故――」
刹那、獄炎猟兵の背後の壁に亀裂が走る――否、長距離狙撃支援。無数の火線が研ぎ澄まされた牙となり、壁を穿って迫る弾丸を間一髪で回避した獄炎猟兵を、続けて強烈な振動が襲う。
「ぬう……ここまでか」
弾丸は掠めた橙の耐熱スーツに死線の様な跡を残し、怪物の一撃が獄炎猟兵の隠れる廃墟をバラバラに破壊する。如何に鋼鉄の四肢と言えど圧殺必至――瓦礫に紛れて獄炎猟兵は姿を消した。
「……任務完了。次の狙撃ポイントへ移動」
反重力ボードに足を掛けたまま、HAUYは静かにその場を去る。義眼は獄炎猟兵の消失を確認。そしてBixさえ健在ならばこの戦いは幾らでも覆せる。故に自身はそのサポートを徹底――全ては我社の勝利の為に。
「させるかよ色男」
途端、彼方からの光条がアウイの頬を掠める。
「せっかちはモテねえぞ。こっち来いよ」
「断る」
毒婦の様な紫のVA/Ltversは手にした光線銃で猛烈な弾幕を張りながら、片手の鋼線を射出して廃墟の中を滑る様に加速――一気にアウイへと距離を詰める。
「じゃあ当ててみろ、出来ればなァッ!」
高速の楕円軌道で迫るアルトに照準を合わせる事は難しい。高度と速度、距離が目まぐるしく変わる中、稲妻めいた機動で引き撃ちを続けるアウイ/対するアルトは密かに小型光剣を逆手抜刀。零距離まであと僅か――!
「さっき逃げた白い奴の分も喰らっとけ!」
「――お前がな」
不意に狙撃銃を逆さまに持ったアウイが、無表情で思い切りそれを振り回す/互いの影が重なって、アウイのフルスイングが思い切りアルトの顔面に叩き込まれる。
「テメェ、そんなのアリかよ……」
リーチの差で吹っ飛ばされ、衝撃で頭を揺らされたアルトが意識を失う――その様を尻目にアウイは反重力ボードを加速。しかし。
「逃がす訳無ぇだろこのダボがぁッ!!」
続く咆哮――加速するアウイを追って、新手のデュープ――翡翠の銃拳が狂犬じみた叫びと共に、両腕の回転式連装砲を乱射した。
「……斥力上昇、対地迎撃」
「下りて来いやァ! やんぞオラァ!」
鬱陶しい弾幕を反重力ボードの斥力で逸らしつつ、アウイは眼下の銃拳目掛けて特大の斥力放射で迎え撃つ。その代償に自身の動きが制限されるが、飛べない相手を恐れる事は無い――筈だった。
「その角度が欲しかった」
瞬間、滑らかに伸びた金属帯――蛇腹剣の刃が反重力ボードを貫く――銃拳の弾幕を遮る様に斜めに傾いたアウイに向けて、翡翠の八重椿は瓦礫の隙間から蛇腹剣を抜き放ったのだ。連戦で僅かに緩んだ気の隙を狙い、強化感覚で見取った致命を一撃で終わらせる為に。これで銃拳の拘束は解かれた。
「厄介な支援は封じた。後は……」
跳躍と共に内蔵火薬の爆圧で加速した鉄拳が、落下するアウイの懐に叩き込まれる――そして。
「ありがとよ。後はぶっ倒れるまで喧嘩だ喧嘩だああ!!」
吹き飛び無力化されたアウイを尻目に、排莢しながら待望の本命目掛けて再び叫ぶ銃拳。裂けた瞼から流れる血を舐めて、視界に捉えるはBixの姿。
「ガアァァァァァッ!!」
限界に軋む身体を加速させて咆哮するBixは、相見えた銃拳に迫る。脚部の鋼刃に滾らせた青白い破壊の刃が舗装路に亀裂を走らせ、崩れた足場にたたらを踏んだ銃拳の側頭を刹那の交錯で蹴り飛ばす。
「はははは、いいぜえいいぜえ、もっと血がたぎるような喧嘩をおっぱじめようぜ!!!」
「無理はしないが、その首級が本命でね……!」
叩き付けられた瓦礫を足場代わりに再び跳躍する銃拳/二刀蛇腹剣を竜巻の様に回して隙を伺う八重椿――両者に挟まれ対峙したBixは両手の爪をギラリと伸ばし、獣じみた吐息と共に内なる獣性を炸裂させる。
「ゴァァァアアアアッ!!」
「狂い裂けろッ!!」
先に放たれたのは緩急自在の蛇腹剣――伸びる刃をBixは自らの片腕に食い込ませ巻き取って、八重椿ごと振り回し空中の銃拳にブチ当て叩き落す!
「って、この!?」
「ガァァァァッ!!」
そのまま飛翔し空中回転/轟音と共に眼下の二人を最大展張した鋼刃で無力化――粉々に砕けた舗装路がその威力を物語る。最早、Bixの暴力を止められる者はいない――。
「……」
「ヤー失礼」
途端、Bixの着地と共に凄まじい衝撃が大地を震わせ動きを封じた。それは白樺の超硬四肢が放つ必殺の蹴撃。
「卑怯ダネー。ソダヨー」
命こそ弾丸。脚こそ矛、手こそ盾! 連戦で疲弊したBixの脇腹を抉る様に、水平に伸びた柔軟な剛脚が拘束した両腕を振り回した反動で鋭い穂先と化す。
「でも、ワタシ勝たなきゃいけない」
その為に手段は選ばない。必要なのは我等の勝利――大地を揺らす程の重爆を一点集中/代償として自身は隙だらけ/だが敵が一人なら問題無い! くの字に折れたBixがその威力を物語る。刹那の邂逅は果たして、遂に恐るべき怪物を地に沈めたのだ。
「奇遇だな。小官も同じく――」
同時に特大の爆炎が白樺の、そして倒れたBixの全身を焼き焦がす――今、怪物に狙いを定めていたのは一人では無い。
「負けられないのである」
勝手に焦げ焦げ、ミティアム、そしてウェルダン――残りはレア、どれも焼き具合は十分だろう。眼下の焼け焦げた臭いを嗅いで、生きていた獄炎猟兵は鋼鉄の指で鼻をすすった。
●The Edge
「うわ、凄い弾幕! でも――」
廃墟の乱闘を回避して辿り着いたここに、まさか先約がいたとは――薄暗い空の下、青のジャケットを翻し、SE7ENは大型飛翔刃を盾代わりに苛烈な弾幕の中を駆け抜ける。
「全く、よく走る奴!」
その正面、橙のジャケットに身を包むk3i-ng-fireが巨大な回転機関砲を構え、乱れ咲く炎を挟んで対峙した。
「ここまで来たんだ。負けないぞ~!」
残骸を弾避けに距離を詰めるSE7ENは、櫓の上の敵を見上げ更に加速――我社は負け気味って噂だけど、あたしは負けない!
「まだまだ気を抜かないでいくよ~!!」
抜刀し飛び降りれば飛翔刃が飛んでくる事は明白。足を止めて連射してもジリ貧……ならば。電脳風防の会敵予測を流し見て舌打ちするk3i-ng-fireが、左手の回転鋸刀に火を入れる。
「この、ちょこまかと……」
「あたしについてこられるかなッ!」
瞬間、SE7ENの両脚が火を噴いて小柄な体躯が飛翔した。これで高度も取った――すかさず放たれた飛翔刃が、重力を伴った凄まじい速さでk3i-ng-fireの元へ!
「これでひっくり返す!」
「――そう来ると思った!」
刹那、回転機関砲の銃身で飛翔刃を叩き落とす/そのまま剛腕で投げ放った回転鋸刀がSE7ENの両脚を無力化!
「おの~れ~!」
「経験の差って奴よ……って」
追い打ちの機関砲でSE7ENを無力化――有線じゃ無くてもしばらく動くのよ――勝ち誇ったk3i-ng-fireは不意に、空に異変を感じ取る。
「何、あれ?」
いつの間にか、見上げた空が赤黒く燃えていた。
●Vendetta
「いいね、いいね! 永遠にやりたいものだ」
「鬱陶しいですよ、あなた――」
照明が輝く夕闇の競技場で火花を散らす青のランツと白のアキト――反重力ボードで自在に空を舞うランツに追われ、アキトはひたすらに地を駆ける。ランツの双剣を躱しつつ友の形見の尖片鋼線を振り回し、アウトレンジから逆襲の一撃を狙った刹那、ランツの仮面が異様な輝きに満たされた。
「止まったな! 光波重撃――仕舞いだッ!!」
鋼線に括りつけた尖端がランツに迫ると同時、仮面の光撃砲が極太の光条を放ってアキトを包み込む。しかし。
「テメェ、邪魔すんなァ!」
「障壁に異常確認、使えてあと1、2回。でも、あとはあなただけ……なるほど」
その一撃は割り込んだillusionの光波障壁に遮られた。先に会敵したVA/Ltversとの交戦で激しく消耗した代償か、ランツの一撃はillusionの障壁発生器へ甚大な被害を齎す。それでも。
「狩り切るには十分ですね」
「こっちのセリフだ……よッ!!」
不敵な笑みを溢すillusionに激高したランツの光波連撃が殺到する。ならば障壁を削り切るまで! 光条の連弾が激しくillusionを揺らした刹那――巨大な大熊猫がゆらりと戦場に現れた。
「何だぁおメェ?」
「自らに課せられた使命、すなわち勝利の為に――」
それはハッタ・ムラムラ。白が誇る精鋭、GP教の伝道者は錫杖を振るい一薙ぎにランツの光弾を掻き消した。そのまま大地を踏みしめ、ハッタは祈る様に両手を掲げる。
「全てを、破壊する」
瞬間、照明が落ちた競技場の上空に特大のプラズマ塊が出現した。
「等しく滅びよ、シュヴァーンの絶対勝利の為に――!」
「いけない!」
GPの赤黒い光が地を照らす様は正に地獄――否、これは創世の儀にして最終奥義。空中で弾けた輝きと灼熱が、数多の戦場に大いなる破壊を齎す。
「避けられ、ねェ……!」
「……終わりですか」
さながら噴火した火山弾の如き重爆が大地を抉り、先程まで刃を交えた二人が無力化される――しかし。
「……どうして」
倒れたアキトへ被さる様にillusionが最後の光波障壁を展開していた。自分一人でも生き残れたのに、何故そんな事を? 訝しむアキトにillusionはか細い声で答えた。
「一人でも残れば、我社の勝率は上が……」
そして、彼女は瞳を閉じる。残された大熊猫は虚ろな瞳で天を仰ぎ、ゆらりとアキトへ顔を向ける。
「無事、とはな。これも信仰の賜物か」
「信じたものは失いました。友も、何もかも」
再び自身に託された何かは、触れ得ざる悔恨の記憶。誰かを信じる事――その思いがアキトの肉体を凌駕して、腕部骨格に内蔵された赤い刃が姿を見せる。
「ねえ、あの時どうすればよかったのでしょう?」
自身の生命を代償に全力を使い果たした大熊猫に赤い刃が引導を渡す。生きる為に死なれるのはこれで終わり――爆縮されたプラズマが渦を巻いて天に昇り、終局の爆発が二人を包み込んだ。
●Ultimate Battle
「生きてる奴は返事しろー。俺が止め刺してやる」
崩壊した風景をN-06が練り歩く。担いだ巨大戦槌を揺らして、地獄の爪痕が残る橙のジャケットを開けた姿はどこか気怠げ――だが、耳にした聞き馴染みのある声にN-06はその眼を再び輝かせた。
「相変わらず楽しそうにやってるな。気が知れないね」
「よーう生きてたか! 嬉しいぜ――」
ゆらりと現れた翡翠のC-System――既に機械腕直結の左腕直剣を振り抜いて、ヨルは音より早く切り掛かる。
「まだ退場していなくてよかった。君を倒すのは俺だから」
「抜かせ。てか最後だから殺してもいいよなぁ!!」
鋼と鋼のぶつかり合いが火花を散らす。五秒先の未来はまた覆された――ヨルの予測能力が通じないN-06は矢張り手強い。戦槌の衝撃でたたらを踏んだヨルを追撃するN-06/膝を落とし横薙ぎの大振りを回避して、返す一閃がN-06の喉元に迫る。
「ちょっと困るんだよな。君とやり合うのだけは、結構楽しい」
「知ってるぜ、だってよ――」
すかさず戦槌の推進器を吹かし後退、柄を伸ばしたN-06の大上段の一撃がヨルを襲った。
「俺も楽しい!!」
「そうだな。だから――」
刹那の先読みでそれを躱すヨル――だがその一撃は大地を揺らし、僅かに体を崩した隙を戦槌の薙ぎ払いが襲う!
「君を殺すのは俺だ」
「お前を殺すのは俺だッ!」
瞬間、戦槌の頭を踏み越えヨルが飛び掛かる/戦槌から手を離したN-06が迎撃の拳を振り上げて/交錯し、崩れ落ちる影二つ――ああ、俺はお前に殺されたかった。
【執筆:ブラツ】
●
「わあ、すごいですねぇ~。今日はデュープさんがたくさん戦ってますぅ」
主戦場から離れた丘で、ノココは朗らかに言う。巨大な砲身を抱えたまま、いまだ一発の弾も放っていない彼女とは対照的に、戦闘の中心で凱歌を上げる集団が居た。
『強い、強すぎるゥ! バトルロイヤル形式ならば王者は彼らか! 『Aの童話』が撃破数を12に増やし、まだ躍進中! しかし、戦場に残る選手も少なくなって参りました――。ここからは、容易くはいかないかもしれません!』
「……ふふ、あのように言われておりますわよ?」
マイクを握るポムエルの語りを耳にして、アンヘルは無垢な微笑みを浮かべたまま、ちらりと横を見る。トントンと踵で小さくリズムを刻んでいた煙霧舞いは勝ち気な笑みを浮かべた。
「ならば魅せてやろう。語り継ぐべき真実を……、美しい物語を紡ぐのは、勝つのは俺たちだ!」
中継では煙霧舞いのドヤっとした表情が大写しになっているだろうと確信し、マッチ売りは苦笑する。あまり熱くなっては敵に付けいる隙を与えかねない。
「……?」
「いや、まだお前は温存だ。手札を切るタイミングは俺が判断する」
それならば、自分がと言うように小首を傾げた人魚姫へ、マッチ売りは首を振る。言葉が過ぎた、という彼の心中を察したわけではないだろうが、人魚姫は穏やかに頷いた。拘束具で押さえ込まれた状態で可能な限りの穏やかさではあるが。
「行くアル、人魚姫。また後で」
すっと夕鶴が周囲に溶け込むように姿を消した。高性能の光学迷彩スーツをまとう彼女にとっては、集団戦は得意な戦場だ。そんな『Aの童話』に対するだけの強者もまた、この乱戦を生き残っている。
「……集団戦に長けた相手へ、個々に挑むのは無益。こちらもこの場で味方を探すべきだろう」
「そうですね。同じくシュヴァーンの生き残りは……」
新人とは思えぬ安定した戦いぶりで、ここまで生き残ってきたナイトフォーゲルとGerdaだが、さすがに2名で『Aの童話』へ仕掛けるのは無謀と判断した。Gerdaの視線の先には、長身の流麗な男性と、彼に傅く獰猛な印象の肉感的な女性がいる。
「へぇ、アタシ達ほどじゃないにせよ、良いコンビじゃない?」
「うちの女王様のお眼鏡に叶うとは、貴方たちは運が良いですよ」
仕掛ける好機を伺っていたカラとリオナは、その視線に華やいだ笑みを返した。腕は立つし動きは良い。自分たちの脇を任せるには十分と見た。
「へぇ、シュヴァーンにもチームで生き残っているデュープがちらほらと……。これは興味深いな」
レオノルは意外げに言うも、共闘に関しては前向きだ。相手チームの方が数で勝っているのならば、否も応もない。むしろ協調性に欠ける味方のことが心配だが――。
「……珍しいな天狼。お前が突っ張らずに協調する日が来るとは、明日は雨か?」
「この戦場は普段とは異なる。合わせるのは得手ではないが、できないわけじゃない」
リーメスと天狼の会話を聞き、懸念が杞憂と知って安堵の笑みを浮かべた。
「イータ君も、行けるかな?」
「大丈夫です。まだ行けます」
レオノルの護衛として気を張っていたイータにも問題は無いようだ。
●
『おっと、『Aの童話』の快進撃を阻むように、シュヴァーンの闘士が立ちはだかります。登録チーム名『カラリオ』、『星光』と即席チームの2人のようですが、いずれも戦績は優秀。面白い対戦になりそうですよ!』
良い取り組みへの期待に、実況のポムエルの声も弾む。まず仕掛けたのはGerdaとナイトフォーゲル。迎え撃つはアラジンとライムテラー。
『なぁ、ライム。今日はおまえが好きなように戦ってみないか?』
『ありがとう、アラジン。わたし、今日はいっぱい輝ける気がするの。だから、わたしのことずっと見ていてね』
戦いの前の会話を思い出す。相棒の華やぐような笑顔も。
「先手はわたしが!」
「任せた」
切り込んできたGerdaの巨大なブレードを、同じく長大なハルバードでライムテラーが迎え撃つ。大物同士の衝突の脇をするりと抜けるナイトフォーゲルへ、アラジンのスペードの8が襲いかかった。ナイトフォーゲルがリム化した左眼で弧を描く軌道を見切り、長剣で両断する。
(今日の武器とは相性が悪い相手だな……!)
伏せたクラブの10の所在と効果も見抜かれているのか、爆風を利用して加速された。残るはスペードの4。突き出された銃身を蹴りで弾いたところへ、逆手の長剣が迫る。
『aaaa~♪』
「ぬっ!?」
叩き付けられた人魚姫の『歌』に頭蓋を揺さぶられ、切っ先が揺れた。
「助かった!」
窮地を脱したアラジンが爆転で距離を取る。アンヘルと煙霧舞いへは、『カラリオ』の女王と騎士が対した。残るシュヴァーン側は対決する前線を迂回して『Aの童話』後衛へ迫る。
「お行きなさい、七人の小人」
「手数が多いが、それだけではな」
血濡白雪の放った七基の浮遊砲台が釣瓶打ちで放火を放つ。先を走る天狼は左右にステップを踏み、その狙いを絞らせない。それでも躱しきれない攻撃はその身で受け、つんのめるように前転。
「やれ、リーメス!」
「心得た」
天狼が下げた頭の位置を、リーメスの放った『飛ぶ斬撃』が通過した。血濡白雪が手元に戻した七人の小人が盾状に展開し、ぶつかり合った衝撃が赤い閃光を放つ。損傷で二基を失いつつも、凌いだ五基が筒状に並びを変え、同調射撃。
「当たれば痛かろうが、銃口の向きが見えていれば当たらないな」
などと言いながら更に間合いを詰めようと疾駆する両名の、耳元でぞわりと声がした。
「でも、足元が見えていないアルね」
「死角から、来ます!」
後方から叫ぶイータの声に、二人が防御の構えを取る。光学迷彩スーツに身を包んだ夕鶴が、高硬度ワイヤーを射出。突出した二人の手足を切り裂く寸前で、見えない何かに衝突した。
「見えてないのは、そちらもだよね?」
「同類アルか? 小癪!」
レオノルが放ったデコイを破壊した夕鶴は、ワイヤーを巻き取りつつ折り鶴型の子機を放つ。攻勢ユニットの折り鶴がたちまちデコイを駆逐していくが、その僅かな時間にイータが走った。
「行ってくれるかい、イータちゃん」
「やれます!」
再び姿を消そうとする夕鶴へ、ブレードを振り抜く。光景に溶けゆくコートの端を引っかけ、光学迷彩が一瞬乱れた。構わず姿を消そうとする夕鶴へレオノルが対抗演算を行い、位置を絞り込んで仲間へ伝える。さすがにここまで残っているだけあり、一筋縄ではいかぬと双方が認識した。
「俺も出る。支援はお前の判断で寄越せ」
こくりと頷く人魚姫から視線を外し、狙撃形態から二丁拳銃へと変えたマッチ売りが前へ。その瞬間、戦況は大きく動いた。
●
グランドバトル開催前の戦況は、首位のヴァイオレットをシュヴァーンが追う形だった。故に、この両者を共に蹴落とさんとするのが三位以下の望み。
『ここでまさかのロビン! 本戦では最下位だったロビン・テクノロジーズの生き残りが最高のタイミングで! 横合いから! 首位決戦をぶん殴っていきます!』
実況の立場上、ポムエルは贔屓はしないが言葉が弾む所は仕方があるまい。新手の大男へ、カラが不機嫌そうに問う。
「楽しいダンスに無粋な乱入者……。名乗りくらいは聞いて差し上げましょう」
「Team【Silence】のヴェルディオ・ビーツ。今宵の優勝はロビン・テクノロジーズで確定だ。俺がいるからな」
右腕の盾はアンヘルの剣を、左腕の盾はカラのブレードを制止した姿勢で、ヴェルディオは大見得を切った。集団戦に介入しようという以上、単独行動ではない。しかし、シュヴァーンほどに統制が取れた行動というわけでもない。
「これより援護射撃を行う。生き残っているロビン所属のデュープは積極的に攻めろ」
ヴェルディオの相棒、R・Dの檄にまず応じたのは、ランブル・ビイ。身体の線が露わな小柄な体躯に、不釣り合いな巨大な両腕を思い切り振り下ろす。
「栄えあるロビンの『鉄拳蜂』、ランブル・ビイとはこの私!」
「チッ、火事場泥棒の癖に偉そうに!」
「卑怯な、とは言いませんが。女王様を怒らせた以上、貴方の退場は確定です」
忌々しげに言う煙霧舞いと、笑顔の中に怒気の露わなリオナ。小柄軽装という所は煙霧舞いに似ているものの、戦い方はおそらくリオナに近い。一撃貰えば終わりの気の抜けない相手だ。そして、この場の4名が奇襲に対処できたのは、ここまで慎重に相手の出方を見ていたのが大きい。全力でぶつかり合っていた側は、そうはいかなかった。
「何だ? これは」
「高エネルギー反応……!? Gerda、避けろ!」
相性の悪い相手に奮戦していたアラジン、音響攻撃の妨害に対抗することに忙殺されていたナイトフォーゲルの動きが止まる。気の抜けぬ鍔迫り合いに火花を散らしていたGerdaとライムテラーを、エネルギーの奔流が飲み込んだ。
「……あの、言われた通りに撃ったんですけど……。その、なんだか、ごめんなさい~?」
へらりと笑うノココは、開始時点から現在まで砲身にエネルギーを充填し続けていたらしい。爆心地には焦げた小柄な体躯が一つ。
「Gerda、すまん」
「いえ……、ナイトフォーゲル様の、声。間に合い、ました」
自身もHPバーを吹き飛ばされたナイトフォーゲルが倒れたまま言えば、Gerdaは小さく笑って崩れ落ちる。回避は叶わぬと知った彼女は、最後の一瞬に好敵手をその身で庇った。庇われたライムテラーが全身から火花を散らしながら流星の如く駆ける。
「も、もしかしてわたし、悪役ポジションですかぁ~? 無実、無実ですよ!」
ノココが目を丸くしつつも、次弾を放った。迫る光線へハルバードを投げつけ、ライムテラーは構わずノココへと突っ込む。アラジンは途切れそうな意識を繋ぎ止め、ライムテラーの最後の閃光を見届けた。
●
激戦の平地から僅かにそれた森林でも、静かな戦いが行われていた。木々の間を縫って銃弾が飛び、静かに周囲を伺っていたn/aが剣を一閃させて打ち落とす。飛んでくる弾丸も一種類では無く、方向も一所に限られない。やりにくい相手であった。
「ほう、まだ生き残っているデュープが居たか。しかし同じシュヴァーン」
その物音を聞きつけ、ガサリと枝を分けて現れたENZAIはがっかりした様子で唇を曲げた。この老人も、n/aと同じく狙撃に悩まされている口だ。偵察能力の低い近接屋にとって、狙撃手は相性が悪い。
「守りはわしが代わってやろう。考える方は任せた」
「……攻撃パターンを演算。敵は二名と推定。次は実弾、その次は光弾……」
ENZAIは無手。身を翻して拳で弾を弾く。n/aは姿を見せぬ相手の推測を重ねた。片方の攻撃には遊びがあるが、一方はパターンが見える。
「あら、あちらも二人に増えたようですね。さて、どう動きましょうか」
スコープ越しに眺めていたTansyが小首を傾げる。この森にはもう一人、お互い顔も知らぬ狙撃手がいた。共闘では無く互いを利用する程度の関係だ。
「……こちらも見つかるかもしれませんが、どうでもいいでしょう」
投げやりな口調と共に光弾を放ち、タイディ・キャットは光学迷彩で姿を隠して別の狙撃点へ。淡々とセオリーをなぞっているだけで熱がないその動きを、ここまでの間にn/aは見切っていた。見極めたかったのはもう一人の位置だ。
「確度82%、そこか」
「まさか、こっちが先に見つかっちゃうの?」
自分へ向け、地を蹴って走り出したn/aにTansyは目を丸くしてから、楽しげに笑った。手強い狩人との対面に、n/aの口元に本人も気づかぬ微笑が浮かぶ。狙撃銃を背に回し、ナイフを抜くTansyは迎撃の構え。
「来ておるな。何者だ?」
(僕の事か? いや、違う)
ENZAIはその場から動こうとはしない。タイディ・キャットは、この場合のセオリー通りに狙撃の機会を伺おうとして、乱入者に気がついた。道中の木々を吹っ飛ばして一直線に進む様は、森林戦闘のセオリーには無い。そちらへENZAIが走り出すのを見てから、視線をTansyとn/aへ戻す。
「お姉さんを満足させられるかしら?」
「努力しよう」
Tansyはナイフを投擲、n/aは左の小剣で打ち落とし、右手の長剣を振るった。間合いの外、と判断したTansyの目は正しく、しかしn/aは光線剣の刃を斬撃の最中に伸ばす。読み違えに舌打ちしつつ、逆手のナイフで受けようとした所に、光弾が弾けた。
「……そりゃあ、味方、って訳じゃ無かった、わよねえ」
「もう一人の狙撃者、か」
倒せる相手から射つというセオリー通りに行動したタイディ・キャットを、踵を返したn/aの視線が捉えている。追うn/aとタイディ・キャットは、共に森林地域を出て平地の戦場へ向かった。後に残るはENZAIともう一人。
「うわ、お仲間の救出に間に合わなくって、面倒なのに目をつけられるとか……」
Tansyと同じくロビン所属の暴嵐嬢は、彼女の離脱を支援しようと駆けつけたのだが、途中でENZAIに捕捉されていた。踏んだり蹴ったりとはこのことだが、暴嵐嬢は意識を切り替える。
「ええい、嵐のようにやってきて、嵐のように去って行く、それがあたしよ!」
手にしたハルバードで大木をえぐり追っ手の方へと倒す。ENZAIは大地を踏み抜く勢いで踏み込み、その勢いのままに拳を突き上げた。どのような衝撃を受けたのか、微塵に砕けた木切れの向こうでニタリと笑う。
「まずはこの場の決着をつけていくといい」
「面倒……」
老人の笑みを見た暴嵐嬢はげんなりした表情を見せたが、意識を切り替える。何も相手に付き合ってやる必要は無い。鬼ごっこなら得意なのだ。
「嵐の一字を冠しているのは伊達じゃないよ。ついてこれる? お爺ちゃん♪」
まずはハルバードをフック代わりに樹上へ駆け上り、枝から枝へと飛び移る。立体的な動きを得手とする彼女にとって、森林は都合の良いフィールドだった。
●
「あらあら。なんだか楽しそうなことになってるじゃない? 今動かないでいつ動くのよ」
「……なるほど。僕達ロビンの状況を考えれば、悪い手じゃないね」
事態を見守っていた『AF』からミゼリコーディアが飛び出し、ここまで仲間を引き留め温存していたヘズも一拍置いてから頷いた。演算結果から見ても今が好機。
「こっからロビン優勢に持ってくなんざ、無茶だと思ったが。ま、やるだけやっかねえ」
「はぁ? ちょっ、動くなら先に言えよ!」
喋っている間にも飛び出したバルドルへ、閃光が文句を言いつつ援護射撃を開始した。『Aの童話』の後衛と『星光』がぶつかる戦場へ、更に後ろから食らいつく。形としては、『星光』と挟み撃ちにする形となった。
「後ろか!?」
今まさに同数の難敵との交戦中、マッチ売りが奇襲に気づいたところで背後の抑えに向かう余裕は無い。が、その声を受けて単身、迎え撃つは血濡白雪。
「あはっ、ここが私の正念場ね!」
ここまでで数を減らした浮遊砲台を牽制に、迫るミゼリコーディアへ自ら間合いを詰めた。輝く笑顔と共に放った精神波攻撃が、ミゼリコーディアの思考に半瞬の空白を差し込む。奇襲には奇襲、これで一機、と思いきや。
「良い攻撃だけど……、悪いね。ボクがいる」
血濡白雪の抜き手が刺さる直前にヘズが狙撃で弾き、ミゼリコーディアが一瞬の自失から帰ってきた。
「……素敵な技、覚悟。満足したわ。さようなら、貴女」
パワードスーツで強化された豪腕が血濡白雪の身体をくの字に曲げ、その勢いのまま振り抜く。ここまで、数瞬。
「夕鶴、頼む。立て直したい」
「……任されるアル」
血濡白雪の抗戦で稼いだ僅かな時間に、マッチ売りが踵を返した。夕鶴がチャフをばら撒き、『星光』のツートップの視界を一瞬遮る。
「レオノルさん?」
「大丈夫だよ、問題ない」
イータに答える間に、レオノルが空間把握を完了。伝えられた情報を元に、リーメスが居合いを放つ。置き土産のワイヤーと爆薬が纏めて断ち切られ、爆風を突っ切って天狼が躍り出た。その双剣を更に繰り出したワイヤーが弾く。
「……これ以上守れないのは、嫌アルよ」
『ァァァァッ♪』
歌声が衝撃となって押し寄せ、天狼が構わず前へ出たところを風切る拳が遮った。拘束具をパージした人魚姫が反撃に加わったのだ。空間ごと音波を絶とうとしたリーメスが、同じく攻めかかる『AF』を巻き込み掛けて躊躇する。
「最後に立っている者が勝者だというのは、シンプルだが……」
「協力できるならした方がいい。企業利益のためにもね。けど……」
迷いを口にしたのは天狼と閃光。理屈から言えば、『Aの童話』にトドメを刺してから雌雄を決すべき。しかし、デュープバトルの本質はショーであり、タレントである彼らには美学もある。双方が判断を迷った一瞬に、人魚姫と夕鶴、マッチ売りは後退した。
「今更様子見しても仕方が無い。いけるかな? 皆」
「ここ一番で、スポットを浴びないとロビンに勝機は無いしね。選択の余地は、もともとないか」
『星光』と『AF』は互いを敵と認知した。こここそが最終局面、一時の優位の為に手を組むなどグランドバトルに望まれる勝者の振る舞いではあるまい。
「やるってことね? はいはい、行くよ」
双方の敵意が高まった瞬間、閃光が無造作に機関銃を掃射した。デコイによる偽装を施された所在は既に見抜いている。その理由は――。
「……レオノルさん!」
「へぇ、よく気づいたな」
指揮官を狙ったバルドルのククリナイフを、護衛についていたイータがぎりぎりで弾いた。『星光』よりも後に『Aの童話』へ仕掛けた分だけ、『AF』には戦場の全体像が見えている。それ故に、厄介なレオノルの所在を抑えに動いていた。
「閃光、バルドルでその二人を制圧してくれ。ミゼリコーディアは援護するから3分持たせて」
「無茶言ってくれるわねぇ」
ミゼリコーディアが嬉しそうに笑う。ヘズが情報戦の片手間にする射撃では、リーメスと天狼は止まるまい。察した閃光が、自身の空中機雷を交戦エリアに散らした。
「コーディ、普見者を置いておくから使って良いよ」
「2分で良いよ。何とかするさ」
「甘く見られたものですね。俺だって、あの2人にここを任されたんだ。……やってやる」
閃光とバルドルがそう言えば、イータが光剣を握る手に力を込める。
「どうやら、まだこちらにも勝ち目があるようだ。やれ、人魚姫」
『aaa――♪』
人魚姫の音響を隠れ蓑に、夕鶴が再び姿を隠した。敵の目と耳が潰し合いに忙しい間に有利な状況を作ろうと動き出す。彼らの戦いはまだこれからだ。
●
ランブル・ビイにとって、勝っても良い戦いは滅多にない。小柄な彼女が健気に戦いつつも力及ばず倒される、そんな映像を欲する者がそれなりに居るのだ。しかし、今日は一切の枷が無い。
「こ、こいつ……、止まらないっ」
煙霧舞いはランブル・ビイよりも身軽に飛び回り、無数の手傷を与えたが勢いが止まらない。リオナの斧を右の豪腕で弾き、さらに左の豪腕で打ち落とす。
「リオナ?」
「よそ見をしている暇はないだろう、この俺を相手にして!
騎士の苦戦に、女王の気が揺れたが、双盾で割り込むヴェルディオが連携を許さない。が、奇襲したロビンも一方的に押し切れている訳ではなかった。
「手数が多い……。近接戦型というわけでは無かったか」
「そちらこそ、そんな旧式の銃一つで割り込んでこられるなんて、命知らずにも程がありますよ」
翼からレーザーを撒き散らしつつ、アンヘルがR・Dへの間合いを詰める。連射で応じつつ、構えた盾から電撃を放って接近を阻止。銃の先端のブレードを横薙ぎに振るう。
「近づいたら勝てると思ったか? そんな古い考えでよく生き残れたものだ」
「近づいても勝てる、ですわ」
翼を本来の用途で使って急制動したアンヘルが、両手の剣で左右から斬りかかった。盾と銃剣で凌ぐR・Dに、前線へ支援射撃を送る余裕はない。ランブル・ビイの両腕と、リオナの大斧が数度目の激突を果たした。
「私を力で押すとは、とんだ伏兵ですね……! ですが、私とて女王様の騎士!」
無理矢理腕の力で大斧を切り返す。
「――鋼よりも堅く、黄金よりも尊く! 不壊! 金剛!」
「っ、まだ隠し武器を……! 腕の、ブースター、ですかっ」
「戦潜硬度10! 『ダイヤモンド・スティング』、受けてみろぉっ!」
ランブル・ビイの両腕に上半身を持って行かれつつも回し蹴りを置き土産に、リオナがついに地に沈む。
「かっ……、私、勝った……」
勝ち名乗りを上げた直後、ランブル・ビイも前のめりに倒れた。
「勝手に盛り上がって、勝手に終わるとか、馬鹿じゃないの? ……チッ」
豪腕対決に取り残された煙霧舞いが憎まれ口を叩いてから、舌打ち一つ。この場の攪乱をアンヘルに委ね、マッチ売り達に合流する事を選ぶ。
「見捨てられたようだ」
「いえ、周りに味方がいない方が……、私の得意な戦いができますから」
R・Dが煽るも、アンヘルは動じず。交戦中のヴェルディオとカラの位置まで巻き込んでレーザーの雨を降らせた。ダメージは軽微だが、見た目が派手な攻撃は観衆の受けが良い。R・Dとヴェルディオが阿吽の呼吸で相手を切り替えた。
「派手な装備では成り立たない、実直……お前達で言う古臭い戦術ってのを教えてやる」
「まあ、楽しみですわ」
光線主体のアンヘルに、無骨な鉄杭を示したヴェルディオが。
「途中で相手に逃げられるのは楽しくないわね」
「スイッチは立派な戦術だろう? もっとも、パートナーを先に失ったあんたには取れない選択だがな」
「……アンタ、潰すわ」
倒れた相棒と同色の爪を振るうカラに、R・Dが対する。
『めまぐるしく変わる中央の戦場、最後に笑うのはヴァイオレットかシュヴァーンか、それともロビンか――!』
ポムエルの声が合図のように、闘士達は激突した。
【執筆:紀藤トキ】
■エピローグ
派手なエフェクトとともに、ヴァイオレット・コンピューティング所属のデュープが吹き飛ぶ。
「やった……!」
光線銃のスコープから視線を外し、ナギ・ヒビヤは思わず声を上げた。
近年のデュープバトルでヴァイオレット・コンピューティングにリードされ続けてきたが、しかし異例の開催となったグランドデュープバトルでは、ヒビヤが所属するシュヴァーン・エレクトロニクスが大きくポイントを稼いでいる。
「これは、逆転いけるかもしれませんよ!」
ヒビヤが気勢を上げれば、バトルフィールドに残った白い装備のシュヴァーン所属デュープたちが応えた。
●
しかし、勝負は無情である。
フィールド中央に据えられたタイムキーパーがゼロ4つを示すと、広大なフィールド全体にブザーが鳴り響く。
『これにて閉廷とする!』
ジャッジAIの合成音声が響き渡った。フィールドに施されたARが端から消滅して、グリッドがあらわになっていく。
フィールドは死屍累々というありさまだった。HPゲージを吹き飛ばされて戦闘不能状態となったデュープがそこここに転がっている。
その中でもまだ健在なデュープたちが、一斉に上空のポイント表示を見上げた――
●
「あーん、ここまで頑張ったのに!」
悔しげに床を蹴っているのは、アルセド所属の期待の新星re:Naだ。
かつてはスピード型のデュープを多く擁してランキングを席巻したこともあったのだが、最近の不振をこのグランドデュープバトルで覆すことはできなかった。
ナギ・ヒビヤもポイントを見上げ、茫然としている。
「グ、グランドデュープバトルだけだったら、シュヴァーンの勝利ですよね!? ねっ!」
隣のre:Naに訴えかけるが、もちろん彼女はそんな無茶な主張を聞く余裕はなかった。
とはいえ、同情の余地はなくもない。なにしろシュヴァーン・エレクトロニクスは本大会で大躍進を見せた。この大会のみで言うなら、間違いなくファイブ・シスターズ全企業の中でトップだったのだ。しかし。
「すまないが、これまでの蓄積の勝利だ」
ほとんど戦闘不能に近い状態だったアナンディーンが立ち上がり、マントを払う。裏地の紫が――ヴァイオレット・コンピューティングを象徴する色が、敗者たちの目に痛い。
上空に表示されるポイントは、これまでの全バトルの合計値。
グランドデュープバトルの結果は、シーズンランキングを覆すには至らなかった。もちろん、ヴァイオレット・コンピューティングのデュープたちが本大会でも油断なく全力で戦った結果であるが。
「我々翡翠の力をもってすれば、ひっくり返せると思ったのですが……」
単分子ワイヤーをグローブへ収納しながら、月鈴が肩を落とす。翡翠電脳公社もグランドデュープバトルで健闘しダークホースぶりが光っていたが、結果は受け入れねばならない。
「やれやれ。やっぱり、これが地力の差なのかね」
一方のo2-1-seは落ち着いた様子だった。
「ま、この機会にロビン上層部には反省してもらわねえとな」
近年すっかり下位がしみついてしまったロビン・テクノロジーズ。デュープのスカウトや育成の方針を見直す動きも出てきているという。
勝負は常に水もの。長らくデュープバトルに身をおいている大ベテランにとっては、現状もまた過ぎゆくひとつの場面にすぎないのかもしれない。
そのときである――フィールドに、聞き慣れない音声が響いたのは。
●
『デュープバトルに参戦の皆さん』
合成音声だった。
ジャッジAIなどの声は老若男女さまざまなタイプのものが設定されているが、その声は性別も年齢もさだかでなく、それどころか人の声としての自然さを捨て去ったような機械的な硬さが、奇妙な感覚を呼び起こす。
音声は続ける。
『そして、観戦中の皆さん、運営に当たった皆さん。お疲れさまでした。私たちハイアーAIが、皆さんの健闘を称えます』
ナギ・ヒビヤが「ハイアーAI……?」とつぶやいた。
「ハイアーAI? なんですか、それ?」
首をかしげたのはre:Naである。o2-1-seが肩をすくめた。
「お嬢ちゃんは知らんか。まあ、普通は知らねえだろうな」
「私も噂でしか知りません。実在していたんですか?」
ヒビヤが問う。それに答えたのは、o2-1-seではない。
「ファイブ・シスターズの企業運営がコーポレートAIのサポートを受けている……実質はAIによって運営されていることは、ご存知でしょう」
ブーツのヒールをコツコツと鳴らして近づいてきた月鈴が言った。
「ハイアーAIは、かつて人類がひとつの政治体だったころに機能していた高度なAIだ」
彼女の言葉を引き取ったのはアナンディーンだ。
「戦乱期に失われたと言われていたが、ファイブ・シスターズによって共同管理されているストレージの中にデータが残っているという噂が、長らく存在していた」
『ようこそ、デュープバトルの勝者たち。ヴァイオレット・コンピューティングの皆さん、私たちはあなた方を歓迎します』
未だ誰もが現状を理解し得ないまま、合成音声が語る。
『人類は充分に進化しました。デュープバトルという安全に争乱を解決する手段を編み出したことは、称賛に値します。これほどの規模の大会を事故なく開催し得たという結果を受け、私たちは人類への評価を更新しました。よって、私たちは新たな世界を開きます』
その言葉を耳にして、o2-1-seの眉根が寄った。
「まさか、シャングリラ移住計画まで実在してたってんじゃあねえだろうな……」
「ファイブ・シスターズのうち最も優れた一社が、新天地の開発権を得るという話だったな。ハイアーAIが稼働しているのなら、"計画"も本当だったとしても今さら驚くには値しない」
アナンディーンが古い強敵に答える。
しかし合成音声が告げた内容は、デュープたちを、そして配信を閲覧していたすべての人類をざわめかせるのに充分すぎた。
『長らく閉鎖されていた地下シェルターを開放し、人類の活動圏を拡大します』
「なんだって!?」
「本当に?」
「この狭いドームから出られるの?」
『ヴァイオレット・コンピューティングの皆さん、あなた方は地下世界の最初の開拓者となるのです――ただし』
このアナウンスが本当にハイアーAIのものであるのなら、感情は備えていないはずだ。AIは入力された状況に従い、高度な演算処理を経て結果を出力するだけの存在のはずだ。
しかし合成音声はまるで人類のどよめきをじっくり味わうかのように、沈黙を挟んだ。
『1年後、他の人類も地下シェルターへの立ち入りが可能になります。これは、ヴァイオレット・コンピューティングによる開発の進捗状況を問いません』
その意味を人類が理解するのに、数秒の時間を要した。合成音声は再び間を取ってから、次のアナウンスを発する。
『先行者の有利はとても大きいものだということは、皆さんよくご存知でしょう。そして、革新的な発見があれば、それが覆されるということも』
顔は見えない。姿も見えない。そもそも存在しない。
それでもナギ・ヒビヤは、そのときのハイアーAIの言葉に、ほくそ笑んでこちらを見下ろしてくるツギハギだらけの何者かの存在を感じた。
『競争こそ、人類の原動力。皆さんには、これからも期待しています』
●
競争によって人類は進化を続けてきた。それは事実だ。弱肉強食、適者生存は自然界の摂理でもある。
一方、生物が同一種の中で多様な個性を持つのは、環境が激変した際にも種が存続する可能性を上げるためという説がある。ハンディキャップに見えるような特性であっても、あくまでそれは現在の環境においてであって、環境が変われば有利に働く可能性があるのだという。
デュープバトルという仮想の戦い。
クローンによる戦争。
実質、AIによって運営される社会。
かつてのありさまから大きく変化したまま、人類の活動圏は、地下へと向かう――
【執筆:狸穴醒】
五社対抗グランドデュープバトル。広い会場にいくつものフィールドがあり、どこも熱気に包まれていた。
舞台裏でFatimaは俯いた。本来はショータイムに出場予定が企業から戦力外通告された。先日親しいデュープの死を看取ったショックを引きずり調子が出ない。
「Fatima。もうすぐ出番ですよ」
Sol=Fが声をかけても心ここに在らずといった風情。少々荒療治が必要かもしれないと考えて、Fatimaの手の甲へお呪いを施す。
「これは元気が出るお呪いです」
「Sol=F!」
Fatimaは驚きすぎて元気がないのも飛んで行った。
「貴方には笑顔の方が似合います」
「そうね、元気のない私なんてらしくないわ!」
二人は手を繋いで舞台へ向かう。Fatimaの顔が赤いのを見て想う。
――これは嫉妬じゃない。
「はァい! ボクは『NO_NAME』! 呼び方はお好きにどうぞ!」
スクリーンに素顔のわからぬ誰かが映る。
「さてそんなボクがここで何するかって? そりゃーもう司会進行に決まってるじゃン☆」
デュープバトルの実況動画の実績を運営に買われ司会役を任された。
(ボクの戦いはお子様には魅せられないからネ?)
「実況はこの二人だよ」
「Fatimaです、みんなで一緒に盛り上がりましょうね!」
「V.C所属Sol=Fです。ここまで弊社は一位を保持してきました。勝ち抜きたいと思います」
「うちも負けてないからネ。じゃあオープニング行ってみよー!」
ノネムの合図で画面は切り替わる。
顔のない異形の頭部リムが特徴のV.C社が生み出したGLRIAシリーズ。GLRIA0450-宙縫(馬籠・無魚)とGLRIA0262-FOO-BOO(化良・応介)はステージを彩るDJブースに立った。銀の蝶ネクタイをつけたFBを宙縫は呆れた目で見る。
「何だ、その格好」
「オシャレだヨネ。宙縫チャンの分もあるんだぜ」
ぐいぐいと蝶ネクタイを押し付けられ宙縫は鬱陶しそうにはたく。
「いらない」
「兄妹お揃いで似合うヨ!」
「妹は違うぞ」
兄妹は認めなかったが不本意そうに蝶ネクタイをつけた。
「オープニングパフォーマンスだぜ。スマートにね、FB?」
「楽しませてヤろうぜ、宙縫チャン!」
宙縫が宙に手を滑らせるとタッチパネルを操作したように天井の色が濃紺の深海に変わった。FBは妹の隣で浮遊し、ビートを刻み音楽を鳴らす。星が煌めくSEと共に宙に銀色の流星群が降り注ぐ。
二人の演出で華々しく始まった。
Eulalia;12(エウラ・アルセイス)は他企業への諜報活動や地道な布教活動が主な仕事で、華やかな舞台から縁遠いデュープだ。だが企業への忠誠心と向上心からパフォーマンスを行うのは布教にいいと考えた。思い切って慣れない事に挑むのもありかもしれない。
期待の新人ジャンシーンは好奇心旺盛に他社のデュープを観察する。Eulalia;12と目があった。
「あなたはどんなパフォーマンスをするのかな?」
「まだ迷ってるんだ。きみはそのリムかい?」
足のリムを指差すとジャンシーンは硬い表情のまま目だけ輝かせて頷いた。くるりとターンしてみせる。
「僕は踊るんだよ」
「よかったら一緒にやらないかい? わたしは歌おう」
「いいのかな?」
V.Cと翡翠企業の垣根の前で躊躇うジャンシーンへEulalia;12は手を伸ばす。
「これはお祭りだよ」
近くでジャンシーンを観察すれば、敵陣営の情報収集になると考えたのはおくびにも出さず。
DJブースに浮かんだFBが荘厳な曲をかけると、宙縫がスポットライトを生み出す。GLRIAシリーズ達が演者毎に変化をつけながら舞台を彩る。
Eulalia;12は曲に合わせて歌いながら一般人のV.C社好感度上昇を狙って布教する。
歌に合わせてジャンシーンは滑るように駆け抜ける。地面を蹴って跳ね上がり、指先から流れるワイヤーが円を描く。ジャンシーンの幻想的な踊りは観客を魅了した。
「ありがとう」
ジャンシーンが丁寧にお辞儀して舞台を降りるのと入れ違いに、マルグリットが登場すると歓声が上がった。美しく魅せるのに特化した人気デュープに期待が集まる。マルグリットが小さく頷くと観客は静かに始まりを待った。
マルグリットは片足を上げて扇をあおぐ。静かなバラードが流れた。腕を振ると袖が揺れ、ひらりひらりと舞う。花びらが舞うような光の演出を浴びて、無表情に舞い続けた。
妹の艶姿をサーシャは見守っていた。狙撃手用に調整された瞳のリムを生かし遥か遠くからの観察にとどめる。会場全体がマルグリットの舞に魅せられてるのに満更でもない表情で頷いた。
マルグリットとサーシャは、V.C社によって兄妹デュープとして売り出されている。ビジネス兄妹のはずが、いつしか独特の繋がりを築き始めていた。
マルグリットを見つめる眼差しは恍惚として、何も知らない者には恋する青年に見えただろう。そこへマイクを持ったカメラマンがやってくる。
「サーシャさん。妹さんへ一言コメントお願いします」
「ひゃ、はい!」
誰かに見られるとは思わなかったサーシャは、慌てて顔を繕った。
舞を終えたマルグリットは耳のリムで周囲の音を聞く。カメラ越しに兄の居場所を確認。
「……お兄ちゃん」
「マルグリットさん、インタビューを……」
追いかけてきたマスコミへ首を横に振って断り、兄の元へと歩き始める。理由など必要なく兄の側に向かうのは当然だから。
「みんな素晴らしいパフォーマンスだったわ」
「エキジビションならではの、企業を跨いだ競演ですね」
Fatimaには人の心を明るくする華があるから、Sol=Fはわかりやすくフォローを心がける。
「なかよし兄妹がよかったね。ボクもなかよししたいなー」
ノネムは茶々を入れつつ進行する。
「次はCMを挟んでビジュアルバトルだネ」
「チャンネルはそのままで」
Fatimaのウィンクと共に画面に映像が流れる。
事前撮影ではなく生CM。なんとかなるだろうとMr. Rosemaryは鏡を見た。Mrs. Rosemaryは機嫌よく髪を撫でる。
「数ヶ月前に比べたら、だいぶ生えてきましたね」
「あの時君は泣いていたな……」
恋と毛に悩む人を救う使命を心に抱いて、回復用の育毛剤『-G』と攻撃用の脱毛剤『+G』を駆使してMrsは戦う。
けれど不幸なことに彼女はノーコンだった。
相方のMrにうっかり間違えて+Gをかけてしまった。毎日せっせと-Gでケアし続けたがまだハゲが目立つ。-Gの効果は薄いのに、+Gの効果が高いのは何故だとMrは弊社に問いただしたい。
でも平気さっ! なぜなら……彼女の愛情があるのだから。
「君の翡翠大草原があれば俺は蘇る!」
「今日のCMできっと貴方の頭もふさふさです」
本当はマッチングアプリのCMに出たかった本音は飲み込んでMrsは本番へ向かった。
観客が見守るステージに立ったMrsとMrをカメラが追う。
「さあ見てくれオーディエンス! 毎日愛する彼女に大切にされ続けた髪を」
Mrがサラリと髪をかき上げると10円ハゲが目立つ。Mrsはスプレー缶を片手にカメラに向かってパチンとウィンクを決めた。
「髪の薄さにお悩みの皆様。翡翠大草原で貴方の頭も大草原。ふふっ今日も愛する貴方に1プッシュ……ってあああいけませんこれは+G!!」
「って、アァァ君また間違えたな!」
哀れMrのハゲは拡大し観客達はざわめく。
「アァァまた俺の頭にさら地が! ……でもそんな君が好きだ!」
「諸事情によりCMを中断致します」
放送事故にノネムが笑いを堪える横で、Sol=Fは淡々とアナウンス。Fatimaが空気を変えるように明るい声を上げた。
「次は対バンライブです! 楽しみだわ」
「オープニングでバンド? もちろん、やるわ! ……え? ワタシだけのステージじゃないの!?」
コープスメイクのスネークチャーマーは黒い唇を不満げに尖らせた。一人で十分だが仕事は仕事。会場に向かうとM&Mが待っていた。
「今日は企業対抗ッス、協力してほしいッス」
「M君に言われたくないわね」
「オネエサンはオレと組むのが嫌かもしれないッスけど、それはお互い様ッス」
スネークチャーマーが不機嫌そうに睨むと、Mも苛立たしげに顔を顰める。二人の視線に火花が散った。
「エキジビションとはいえ対バン。オレはバトルのつもりでやるッス」
「心配しなくても、ステージではちゃんとするわ。アナタもそうしてね?」
「それはオレの台詞ッス」
こうして『M&M ft.ヘルセイレーン』は結成された。
対バン相手のコルデラは気合を入れて舞台へ向かう。CMのイメージガールから歌手まで幅広い活躍をするアイドルだが、今回は路線変更してロックな衣装に身を包む。
ロックとメタルがぶつかりあう。熱いライブの始まりをFBと宙縫の演出が盛り上げる。
「ヒヒ! イかれた騒ぎだナ! 宙縫チャン!」
「FB。情熱のように燃える感じかい?」
ヒールにはカッコよくダーティーなサウンドを。FBの選曲に合わせ宙縫はステージに炎を生み出す。暗いステージ上でスポットライトと炎が演者を彩った。
先手を取ったのはM&M ft.ヘルセイレーン。ヘッドホンを抑え歌姫は地の底から湧き出たようなグロウルを放つ。畳み掛けるようにM&Mの高速ラップが威嚇する。喧嘩をするように二人が掛け合い会場のボルテージをあげていく。最高に盛り上げた所でシャウトから一転、サビは歌姫のメロディアスな曲へと変化する。
ついてこれるの? と視線を送れば、当たり前だとM&Mがラップで返す。フードに隠れて顔が見えなくても、声は楽しげに弾む。
最後まで過激にM&M ft.ヘルセイレーンが歌い切ると、会場から悲鳴が聞こえた。
その空気に負けじと後手のコルデラは叫ぶ。
「私の歌を、聞けぇぇぇ!!」
激しいハードロックに乗って吠えるように歌う。コルデラの武器は歌だけではない。アイドルとして培ったステージパフォーマンスだ。二本の角で脳波を分析して最適な動きを導き出す。
「ハイ! 声あげて!」
コルデラが煽れば観客も叫ぶ。コール&レスポンスで盛り上げ、表情・仕草、ポーズで客の視線を惹きつける。
たとえ一人でも引かない。負けない。対バン相手を睨みつけ最後まで声を張り上げる。
「――勝者は……」
「すっごい盛り上がりでしたね」
「まさに興奮冷めやらぬという空気ですが、次はエキジビションバトルが始まります」
FatimaとSol=Fからバトンを受け取りノネムが繋ぐ。
「バトルの始まりだー!」
「よい子のみんなも悪い子のみんなも元気~?」
棘雷が明るい笑顔で観客に呼びかけると、バックスクリーンにはおもちゃ屋チェーン『ポップ☆スター』のロゴが映った。棘雷の周りを多数のぬいが愛らしく踊る。創龍――綾小路創龍がゆめかわ玩具のぬいを操っている。
ぬいと戯れながら棘雷は踊り、ポップ☆スターの宣伝を終えて舞台を降りる。
入れ替わりに舞台へ遥奈が颯爽と飛び出した。黒い猫面をつけて猫のようにしなやかにくるんと一回転。猫のポーズを決めたり、バトル前のストレッチ。しばらく遥奈の撮影会が行われた。
「ふにゃー、ねこをあがめよー」
最後に舞台に立ったのはcarol arise(羽柴 有住)とLai:*STArrY*CHeeR(神楽坂 礼華)。アイドルユニットTwin+crew.Fだ。
アリスがリム脚でステップを踏むと舞台は花畑に変わった。ストレリチアがぴょんっと跳ねて明るい笑顔で観客に手を振る。
「「未来にー、羽ばたけー!」」
コール&レスポンスから始まり、バトルの幕開けを告げるように歌う。画面がバトルフィールドに切り替わった。
アッシュとフローリアが目線を合わせて頷き合う。アッシュの肩にフローリアが乗る瞬間耳元で囁いた。
「フローリア。俺達で勝とう」
頭上の花の色は気づかないまま。
ジャッジのカウントが始まる。
「3、2、1、ゼロ!」
バトル開始直後、歌に合わせてフローリアはド派手な花火を打ち上げた。
その瞬間である。ヤコブ13が野太い声をあげてフィールドに突撃。
「ウォォォォォオオオオ!」
ヤコブの中でも賢いから先手必勝のルールを理解しているのだ。ハイヒールで華麗に舞い……フローリアのスナイパーライフルに吹き飛ばされた。
「なぜデス!」
「まず私の視界に入ることが不敬」
「話す時間も無駄だろう、さっさと終わらせよう」
フローリアを担いだままアッシュは戦場を駆け抜ける。二人を応援するようにTwin+crew.Fの歌が響き渡る。
ストレリチアの頬が自然と緩む。今まで戦闘は妹に代わってもらっていたから、戦場に立つのは今日が初めて。こんなにも楽しいのは、きっと相棒と妹とアッシュのおかげだ。
四人の前に蛇腹剣を手にした棘雷と鉄扇を構えた遥奈が立ちはだかる。フローリアのノータイム狙撃を遥奈は鉄扇で受け止めた。カウンターで飛んだ針をすんでの所でフローリアは躱す。
棘雷はアッシュへ蛇腹剣で攻撃しつつ、招き寄せるように後ろへ下がる。
「レイ!」
右目のリムでフィールドを観察していたストレリチアが真っ先に気づいて叫ぶ。アッシュが即座に後方へ跳ねると同時にゆめかわ玩具が牙を剥く。アリスがエフェクトで目眩しをかけると、万力のような拘束力の熊腕は脚を掴み損ねて宙をかく。
「よかった……アッシュお兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ。……っ!」
罠を抜けた先で棘雷が蛇腹剣で薙ぎ払う。その攻撃をレイは狙撃で撃ち落とす。
「一旦下がるよ」
「ですね」
棘雷が笑いながら告げると創龍と共に仕切り直すように後方へ下がった。アッシュ達の周囲には罠が配置済み。そう簡単に近づかれるはずが……。
不意にデパートの化粧品売り場の匂いが鼻についた。
いつの間にか復活したヤコブがファンデの粉を撒き散らし戦場を駆け抜ける。次々と罠が発動し玩具の兎斬と犬噛の斬撃がヤコブの美髪を切り裂いた。
「ノォォぉぉ!」
アイツは何をやってるんだ? 周囲が困惑する間に創龍は寂蝶で通信阻害を行い、前衛と後衛の分断を狙う。
「させない」
アッシュは手甲天狼で寂蝶を叩き落とす。
フローリアを落とさないよう、アイドル達が輝けるよう。隅々まで気を配って戦線を支えることは大変だ。けれどフローリアと共に生きるようになって自分の機能は安定した。大切な者達と共に戦うアッシュはこんなにも心が軽い。
そんな兄の姿にアリスは安堵する。アッシュは塵ではない。
「『安心する』って意味もあるもんね」
兄が支えてくれるから安心して歌い続けられる。相棒が微笑んだ。
「アリス、今日の私、今までで一番調子が良いみたい! あなたは?」
「私もよ、チア! 今までで一番楽しいの!」
「いっくよー!」
二人の歌声は軽やかに戦場を駆け抜けてバトルを彩る。ヴァイオレット四人の結束に翡翠の三人が押され始めた。徐々に追い詰められながらも棘雷と創龍は泥臭く足掻く。
「棘雷! 右斜め後ろに移動してください」
創龍の指示で棘雷が動くと、棘雷を狙った弾丸がヤコブに命中した。
「なんでェ!?」
「匂いでバレてんだよね」
ヤコブは潜んだつもりでも化粧品の匂いで居場所がバレる。肉壁で攻撃をいなしつつ、蛇腹剣を伸ばして逆転を狙う。
それでもヤコブは諦めなかった。なんとか一矢報いようと遥奈の前に飛び出す。
「ビュゥゥゥーティィィー」
叫びながらメイクセットを取り出して、遥奈にメイクを仕掛けようとして――鉄扇で横っ面を叩かれた。
「猫にキツい匂いは厳禁だよ」
踏み台を蹴って飛び上がり、袖から投擲用の針をフローリアへ投げる。アッシュが横に飛んで避けた。
創龍が設置した罠の位置をストレリチアが特定し、アリスが歌とダンスで注意喚起。アッシュが罠を避けながら叩き潰す。
大好きな姉、アッシュ、アリスの役に立ちたい。フローリアがチラリと下を見るとアッシュが頷いた。
「ここで撃てばおにいさんは絶対負けない」
フローリアの主砲が火を噴いた。フィールドを派手に吹っ飛ばす。
「行きましょう」
創龍と棘雷は阿吽の呼吸で突撃し、アッシュに格闘戦を仕掛ける。棘雷が蹴りを繰り出しアッシュを足止めすると、その隙に創龍の刺突暗器爪竜を放つ。天狼とぶつかり合い火花を散らす。
アッシュが動けない隙を狙って、遥奈がフローリアへ襲い掛かる。いつもはやる気がないこともあるが、本物の猫と暮らすため今日の遥奈は勝利にこだわる。
「ここで決着をつけるよ」
「望む所だ。仲間の邪魔をするものは全て撃ち落とす」
フローリアがライフルを放つのと同時に針が投擲された。弾丸と針。先に敵に到達するのは……。
白熱のエキジビションバトル。どちらが勝ったのか――観客だけが知っている。
【執筆:雪芽泉琉】
●アルセド+?
アルセドのパフォーマンスステージ上。巨大モニターの映像が切り替わる。
『こんにちは、²o₂εだょ。みんな、楽しんでる?』
『誰とも戦わず、誰をも戦わせない』信条を貫く、²o₂εだ。和やかな笑みを浮かべ、水色のマニキュア輝く手を振っている。
「ヤバかわいい……」
ロビン・テクノロジーズのCSBNT-7 "タチバナ"は²o₂εへの正直な感想を叫びながら、青のサイリウムを両手で振る。
対戦相手を研究した結果デュープ情報オタクになってしまった彼にとって、このイベントは僥倖であった。自社のステージ規模が小さめなのは悲しかったが、おかげで他社ステージを回りやすくもあり……。
『これからアルセドのみんなが登場するょ。BGMはわたしの独唱。聴いてね』
²o₂εはすぅっと息を吸ってからテクノ調の曲を歌い出す。
「尊い……」
CSBNT-7 "タチバナ"は隣とガッチリ肩を組んで左右に揺れ始めた。首から提げた各企業の応援タオルも揺れる。
「みんな! ボクのことは知ってるかな~?」
ステージ裾から登場したLava=Zが大きく手を振る。
「「「Lava=Z~!」」」
「大正解! まだ新人なのに知っててくれて嬉しいよ、ありがとう!」
Lava=Zは大きく両手を広げ上半身をぐるりと回し、観客一人一人に焦香と群青色の瞳を向けた。何名かが視線の光線に撃ち抜かれ、胸をぐっと押さえる。これが恋?
「改めて、デュープのLava=Zです。ボクも一緒に歌っちゃうよ」
²o₂εの歌声にそよ風のような歌声を重ねる。それからスピーカーに干渉し、二つの音を美しく響かせた。²o₂εも藍紫色の瞳を細め、より歌声に力を入れる。
やがて二人の歌声が止み、スピーカーから別のイントロが流れた。音に乗るように反重力ボードで現れたのは。
「それじゃあいくよ! 今月発売のデビューシングルから『アプリェーリ』!」
アイドル的新人デュープ、E1ze`rio。通称エルゼリオ。桃色の髪を靡かせて、可愛らしい歌声をお披露目する。
声援に満面の笑みで対応しながらも歌は絶やさず。――どころかリズムに合わせてチックタックや高めのオーリーを繰り出している!
(やっぱ楽しい!)
見事歌い終えたエルゼリオに、観客の拍手が殺到した。
「ボクはスクランブルに参加するつもりだよ。誰よりも先にフラッグを取る瞬間がもう最高! この時の為に生きてる、……って思えるんだよね」
エルゼリオが語った『誰よりも先に』。この言葉に反応するが如く、ステージ袖から蒼い影が走り抜けた。
「アルセドの!! ワ……!」
そして反対側へ消えようとして盛大にずっこける。
通常運転(物理)に観客席から失笑が漏れた。Yだ。
「最速の私はァ……バトル開始直後にイニシアチブを狙うゥ!!!」
それでも元気に自己アピールを続ける。やがて全ての音が止んだかと思うと、あの男が観客席からステージ上へと飛び込んだ。
「僕はそんなお前を狙う」
実に低いトーン。それからハンマーがYの胴体を打つ鈍い音。
ドルヲタだ。華麗なる宴に水を差され、目が血走っている。
Yはというとすぐさま立ち上がり、全身をぷるぷる震わせながらもYのポーズを披露した。アイデンティティに関わる問題なので必死だ。
そんなYにCSBNT-7 "タチバナ"が再びハンマーを構える。
『ゃめ……!』
戦いを制止しようとする²o₂εの前で、新展開が発生する。
「アルセド V.Sea デリバービッグウェーブ!!」
キラッキラと飛び散る光に黄色い歓声が上がった。女児に大人気の変身ヒロインV.Seaの登場だ!
「ロビンの刺客だね! Yの仇はボクがとるよ!」
V.Seaは人差し指をピッと向けると人魚の足を流麗に動かしすいすいと移動する。それだけでCSBNT-7 "タチバナ"は崩れ落ちた。Yは健在です。
V.Seaは困惑した。何が起こったの?
どうあれロビンの人は武器を落とした。勝ちでいいかな?
「電子の波間にきらめくフィッシュテール! プリテック☆マリン!!」
目をぱちくりさせる²o₂εに視線を向け、V.Seaはにっこりと笑う。
「一緒に歌おうよ!」
V.Seaが流すアップテンポのポップな曲に合わせて、二人の声が元気に響く。
V.Seaは海中を巡るようにひらりと舞い、くるりと自在に回転した。時折頭上で両手をたたき合わせて、手拍子を促す。
「そ~れ!」「いくよ!」
Lava=Zが走り回って花吹雪をまき散らす。エルゼリオは花吹雪の中を反重力ボードで駆け抜け、風を起こした。
●アルセドステージ!
一時間ほど前のこと。LYSはアイスティー片手に会場を彷徨っていた。
(キラファさんはどこでしょうか)
飲み物を確保すべく人波に揉まれていたら、はぐれてしまった。
(それにしても……色々な方がいらっしゃいますね)
一般客に交じってデュープも様々に存在する。LYSは露草色 の瞳で彼らをまじまじと観察した。
一方、キラファはアルセドの観客席でクリームソーダを飲みながら、空のステージを眺めていた。
(LYSちゃんまだかな)
ステージ裏から気合いの入った掛け声が漏れ聞こえる。多分、そろそろ始まる。
「キラファさん、見つかって良かったです」
ギリギリでキラファを見つけ出したLYSは、キラファが確保していた隣の席に腰を落ち着けた。
そして現在。流れるように進む音楽パフォーマンスに、キラファは胡桃色の瞳を輝かせる。
「皆すっごい気合入ってるねぇ……。今日は頑張ろうね」
負けないという思いを掌に握りしめて。キラファはLYSに笑いかける。
「そうですね」
LYSはふんわりとした笑みのまま、彼らを分析していた。変化に富んだパフォーマンスは楽しい。それはそれとして、味方の情報が役立つこともある。
「そういえばこれ! すごくおすすめなんだけど、炭酸って大丈夫?」
「……ええ、平気ですよ」
キラファとLYSが見つめ合い、笑みを深める。
「スムージーもあるし、後で一緒に行こうよ!」
「お勧めとあれば試さない訳にはいきませんね、楽しみです」
美味しいものを一緒に楽しむ喜びは、何事にも代えがたく。
ステージ裏ではカメリアが焦りを滲ませていた。
(ここでもまた負けるなんて嫌だわ)
カメリアにリムはなく、武器も強力とは言い難い。
対して何なのだ。他社デュープたちの「強いです」と言わんばかりの装備の数々。自社でだって自分は見劣りするのに、このままじゃ……。
(誰かと協力しなきゃ。誰か……)
白銅色の視線を巡らす。と、天色の瞳がカメリアを見ていた。
Wings in the darkだ。はにかみを浮かべて、ぺこりと頭をさげてくる。
「ねえアヤちゃん。わたしと一緒に戦わない?」
先輩なのだし縋る気持ちを見せてはいけない。カメリアは胸を張ってWings in the darkに歩み寄る。
「カメリア先輩と、ですか……?」
Wings in the darkとしては断る理由がなかった。カメリアには親切にしてもらっているし、感謝している。
少しでも彼女の力になれるなら、願ったり叶ったりなのだ。
「よろしくお願いします、カメリア先輩。私がサポートしますからね!」
喜色の滲む声に、カメリアも歓迎の笑みを浮かべる。
「ありがとアヤちゃん! よろしくね」
右手を差し出す。
カメリアにとってWings in the darkは強力な武器でもある。両腕でジャミングを行う、協力することで真価を発揮するタイプだからだ。
(先輩とアルセドのために頑張ります……!)
右手に右手で応える。Wings in the darkは何も疑わず純真を燃やしていた。
「ネロ、あたしたちの幸せを皆にもいっぱい見せてあげましょ」
「そうだな、ビアンセ」
同じブランドに所属するbian6とnero9。新婚さんが腕を組んでステージに登場だ。
nero9は紺のタキシード、bian6は蒼のドレスを纏ったまま互いの瞳を見つめた。
腕を解いたかと思うと、nero9がbian6のチョーカーに指を引っかけ、口づける。
観客席がどよめき、魅了された。唇を離したnero9はbian6の手を取り、もう片方を腰に添える。
「一緒に生きてもらえるか?」
「ええ、もちろんよ」
言わずともわかっている。とはいえこれはパフォーマンスでもあるのだ。
優雅な足運び。互いの呼吸を知る故に、視線を合わせずとも相手の体勢をごく自然に理解できる。
bian6が手にしたままのブーケからは、ひとひらの花弁も落ちることはなかった。
「少しだけ待っていてくれ」
観客に断ると二人は数秒はけて、すぐに戻ってきた。今度は二人の黒髪がよく映える和装だ。
「次はあなたたちが幸せになるのよ……!」
bian6は肉球を操り、ブーケを観客席へと大きく投げる。
「みんな、幸せに向かって歩いて行けるんだから」
nero9は観客席へと飛ばした肉球のホログラムを、思いを込めた桜吹雪へと変化させた。
ぽすん。大きく伸ばされた手の中に、ブーケが落ちる。彼女は一人でやってきたのだが、もしかしたら、近いうちに――。
●繋ぐもの
所属は他社でも仲は良い。そういったことは多々ある。
「あれ? シュヴァーンの『ff』?」
SOU#007655、通称SOU。オープニング直後のエキシビションマッチに呼ばれてはいるが、オープニング自体への登場予定は無く。
Randgrid、愛称ランディ。Vt-Li2、愛称Li2。二人と会場をうろついていたところ、待機中のアイドル系デュープ『ff』――響、Pearlと鉢合わせた。
「今日はよろしく! っと、Pearlとは初めましてだな」
「みなさんはじめまして、ffのPearlです。宜しくお願いします」
SOUが右手を差し出すと、Pearlは曖昧に微笑んでから頭を下げた。――響がムッとしていて、その原因がおそらく視線の先にあると気付いたからだ。
「初めまして、だな。私のことはランディと呼んでくれ」
SOUと同じくエキシビションマッチに参加予定のランディは、お辞儀をしてから優しい笑顔でffを見つめる。
「わたしはVt-Li2。Li2でいいよ! こっちはコメット。よろしくね」
球形自律機械獣『コメット』を引き連れたLi2は、満面の笑みで握手を求めた。
その手に、響が両手で応じる。
「わたしはffの響だよ! 二人は初めましてだよね? よろしくね! ……コメットちゃんも!」
小さな嫉妬も可愛いコメットによってすぐに溶かされた。続いてランディとも握手をする。SOUとはしない。この間偶然会ったし。
「コメットちゃんもよろしくお願いします」
Pearlがコメットに柔らかな笑顔を向け、そのボディを撫でる。
「おともだちが増えて良かったね、こめちゃん!」
コメットは嬉しそうに身体を上下させた。
ステージ袖。ffは手を重ねていた。
「がんばろうね響ちゃん」
緊張をはらんだPearlの笑顔が、響の明るい笑顔に向く。
「うん、盛り上げようね! パール!」
歓声はここまで届いている。これを更に大きなものにしてみせる!
(響ちゃんの声、いつもより遠くまで響いている気がする)
丁寧に歌い上げる最中。チラリと響を盗み見る。
ほんのりと頬が染まっている。視線の先には想像通りの人物がいた。
(負けないよ)
並び立つ者として歌では負けない。Pearlは繊細な歌声に力を吹き込む。
一方、客席ではLi2が握った両手を膝の上に乗せ、そわそわと身体を揺らしていた。
「一緒に歌いたいなぁ……!」
「おいでよLi2! 一緒に歌おう!」
ぽつりと溢した呟きは、響によって拾い上げられた。響が手を差し出しているのは間違いなくLi2で。
「行っておいでよ」
ランディがLi2の背に柔らかく触れると、Li2は弾かれたように満面の笑みでステージに登った。三人で微笑み合うと、一際大きな歓声が上がる。
大きく手を広げるLi2に応えるように、カメラやライトがくるくる回る。
(みんなが全力で良い試合をできますように)
Pearlが伸ばした指の先の光が様々に色を変え、観客の目に祈りを届けた。
SOUとランディは顔を見合わせ、相好を崩す。戦いの前ではあるが、和やかな光景が適度に緊張を解いてくれた。
「ああ、やっぱいいな、ff」
思ったことがそのままSOUの口から飛び出る。
「君はああいう可愛い子が好みなんだ?」
からかうように、ランディがイタズラっぽく笑った。
「ん? 可愛い子はみんな好きだし、ランディみたいな美人も好きだぜ?」
何でもないって笑顔を見せる。ランディは瞬きを一つしたかと思うと、遠慮なくSOUの背を叩いた。
「やだなあ美人なんて照れるじゃない。君もとっても美人だよ」
美人は返しも一流である。SOUは背中をさすりながらもハハッと笑ってffに視線を向けた。
(エキシビションの相手があの二人じゃなくて良かった)
響の精一杯のウィンクがSOUに飛ぶ。ランディの含み笑いを感じながら、SOUは構わずウィンクを返した。
●自由なるシュヴァーン
遡ること一時間。GLxlus*とHL/thus*の兄妹はシュヴァーン特製小さなブーケを売っていた。
「あなたの好きを詰め込んで、今日の試合を楽しんでね!」
GLxlus*は花の形の可愛いアイスをコーンに乗せて、洒落たブーケをサクサクと作る。その手元に見入る客もいた。
「GLxlus*ちゃんイメージでお願いします」
小さなファンが一所懸命背伸びして、GLxlus*本人にお願いをする。
(私のイメージ? シュヴァーンの白と、髪の赤と、目の……)
ここまで考えて思う。これはHL/thus*と一緒だ。
そして肝心のHL/thus*はというと。
「爽やかな甘味と冷たさが夏の暑さにぴったり! お花のアイスクリームは如何ですか?」
宣伝の傍ら、アイスをぱくついていた。
「って、お兄ちゃん! またつまみ食いしてる!」
ファンにアイスを手渡してから、GLxlus*はHL/thus*にビシッと人差し指を立てた。
「んむ。……これはお仕事であってつまみ食いじゃないもんね」
HL/thus*は言い訳を挟みながら、心地よい冷たさを喉の奥へと落とす。
「美味しく食べることでお客さんにも美味しそうって思ってもらう。そういう作戦だから」
どこ吹く風、といった風情の兄に、妹は唇を尖らせた。
「もぉ……怒られちゃうよ」
「食べた以上に売ればいいんだから大丈夫!」
美と味を両立したアイスもだが、二人の微笑ましいやりとりが周囲の目を引いているのは事実だ。
「そこの人、一つどう?」
こちらを向く視線に、HL/thus*は笑顔で語りかけた。
現在に戻る。シュヴァーンのステージ上には異様な熱気が漂っていた。
「シュヴァーンといえばヒビヤくん」
ゆったりとした喋りだが、聞く側にそこはかとない圧を感じさせる。√SoniAの語りは十分にも及んだ。
「その優しい眼差しと裏腹に繰り出される技は敵を圧倒するだけじゃなくてファンの心まで魅了するんだから!」
√SoniAは手に持った公式ナギ・ヒビヤタオルを見せつけた。腕には綺麗に整えた髪が清潔感を印象づける手作りのヒビヤぬいを抱えている。
(ヒビヤくんの良さ、少しは伝わったよね?)
続いてIR/G2、通称アイルが歩み出た。
「推しは一択! ナギ・ヒビヤ!」
こちらも手作りぬいを所持している。目は愛らしい楕円形で、頬はうっすらと染まっている。手足の長さも見せつけることができる、自慢の一品だ。
「推し不在なら一緒にどうだい? 歓迎するよぉ!!」
広報活動メインのデュープらしく、堂々と勧誘する。自分の宣伝をする気などない。
(活躍に貢献できればいいなぁ)
ヒビヤの女の選択肢は一つ。ヒビヤを愛で、その素晴らしさを喧伝する。
しかし見返りは求めない。ヒビヤが幸せであればそれで良い。
最後にカイリも俯きながら前に出た。
「ひ、ヒビヤさんのPRになるのなら……!」
遠慮はあるが、その手には紛れもなく手作りぬいが。こちらは穏やかに細められた瞳が安心感を与える優しい一品だ。
「ヒビヤさんはとっっっても! 素敵なんですっ。皆さんもヒビヤさんのご活躍、是非ご覧になって下さい……!」
言い切ったカイリは逃げ出したくなる衝動を、推しうちわで顔を隠すことでなんとか押しとどめた。
(こ、こんなに沢山の人の前でヒビヤさんのお話をすることになるなんて……!)
なお地紙の上にでかでかと刻まれた『ヒビヤさんがんばって!』のおかげで、本心は全く隠せていない。
そも三人がステージに上がることになったのは、大量に持ったナギのグッズが偉い人の目についたからなのだ。あらかじめ決まっていたわけではない。
「私たちもヒビヤくんを通じて仲良くなったの! だからみんなも、ナギ・ヒビヤをよろしくね☆」
それでもやり遂げてしまうのが、ヒビヤの女たちの強さなのだが。
●シュヴァーンステージ!
推しにときめく者がいれば、推しを志す者もいる。
「みんな元気ですか? 『トライ・クリーチャー』のエレウテリアなんです」
緩い雰囲気を漂わせながらも、エレウテリアがフードのアンテナをひょこひょこと動かし先陣を切る。
「みんなに会えてうれしいよ! 俺はアンタレス。今日も張り切っていくからね!」
元気を漲らせたアンタレスが呼びかける。さらっと繰り出された指ハートに観客の鼓動が自然、高鳴る。
「シリウス。今日もいつも通り頑張っ……冷静にいくとしよう」
シリウスが早速通常運転。客席から「今日もkawaii!」と声援が飛ぶ。
間もなくスピーカーから『トライ・クリーチャー』の人気曲のイントロが流れた。三人の間に、ほんの一瞬の緊張が走る。
(今日こそクールにカッコよくだ! ファンも『kawaii』って言ってくれてるもんな、うん!)
(俺とエレウテリアは大丈夫だと思うけど、シリウスはフォローしてやらないとだよな)
(二人とも大丈夫なんです。僕についてきてください)
歌い出しはエレウテリアからだ。完璧に歌いこなしながら、その大きなリムを観客に振る。
「きゃんわいい~♡」「ちっちゃい身体におっきなおてて、もはや反則級だよね~!」
この身体はファンのハートを勝手に掴んでしまうとエレウテリア自身、よく理解している。握りつぶさないように注意しないと。
続いてアンタレスがぴょいっと前に飛び出す。ウィンクを飛ばし、甘く中性的な歌声を披露する。自分のパートの終わりには観客席へとキッスを投げた。
「アンタレスのキッスもらっちゃった♡」「いーや私のだし!」
闘争の始まりだ。
シリウスのパートが来る。元々の長身を見せつけるような大きな動き。両腕が光を反射し、彼のパフォーマンスをより輝かしく見せた。
「シリウスってばkawaiiが過ぎるわ~!?」「本場のkawaiiだもの!」
歌声はあぶなっかしい――というか二人のように甘い声を出そうとするが、すぐに地が出てしまう。そこも愛されポイントだが。
やがてサビが来る。三人の一糸乱れぬ、それでいて個性を最大に発揮したパフォーマンスに観客は目と心を奪われ続けた。
「私はLuxっていうの。ルーって呼んでね」
ニンジン型ギターを携えた細身の少女が、ステージ上に一人立っている。
「今日はヴィジュアルバトルにも参加するんだよ。でも、その前に……」
控えめな笑みを浮かべたルーがギターをかき鳴らすと、背後のうさぎ型アンプが音と一緒に音符のエフェクトを飛ばした。
「観客のみなさんを応援するね」
ルーはリズムに合わせて身体をゆらし、ストレートな歌詞の応援ソングを観客へと捧げる。
(喜んでくれるといいなぁ)
控えめな視線を送ると、満面の笑みに声援、暖かな感情がルーを包んだ。
けれど何やら、気になる表情が一人。
SEαc401.6Hzは全員のパフォーマンスを記録していた。
(なんでミンナ騒ぐ? 音楽は静かに聴くものでは?)
シュヴァーンに情報を送る者として各社のステージを見て回っているSEαc401.6Hzであるが、そのどれにも情動を感じない。そう設計されているからだ。
(そろそろこのステージも最後か?)
眉一つ動かさずにルーを注視し、耳を傾ける。
感謝とお辞儀をし、彼女は跳ねるようにステージからはけた。沢山の感謝に背を押されながら。
(何なのだろう、この空間は)
わからない。ただ、考えてはいけないと何かが警鐘を鳴らすのみで。
芽生えた疑問に蓋をして、本社に情報を送信する。警鐘は止まない。
心の警鐘に包まれたまま、SEαc401.6Hzはバトルに備え眠りに落ちた。
【執筆:眞石ユキヒロ】
「これは、真実の決闘である!」
ロビン所属、ディアンの宣誓がスタジアムに響き渡る。
「決闘においては、闘技場に刻まれた血と肉こそが真実! それが――」
だが刹那。
翡翠の制服を纏ったミコト(影巻 御言)のケーブル型リムが、彼のアームに突き刺さった。
「てめ何しやがる!?」
「こんな美味しいとこ、ロビンに独り占めなんてさせないよ?」
ふふんと笑って、ミコトは吸い取ったばかりの情報をスクリーンに映して読み上げる。
「それが真実以外の何物でもないことを――」
「あたし! この邪蛇姫が! 全ての民の前に宣言するよ!」
ヴァイオレットの邪蛇姫(マッジ・ルー・エルバ)が、背中のBOXから生える8本の蛇腹刀O-Ro/chiを蜘蛛のように広げてスクリーンを覆い隠し、己の姿をこれでもかと見せ付けながら続けた。
が、その天下は2秒と続かない。
「だから独り占めはダメだってー」
気になるあの子と一緒に居たくて電撃移籍をキメちゃったc.Lock/10ct(クロト クロフォード)が強制カットイン!
「みんな、血肉と魂の一切を賭けて、勝利を手にしようね!」
「それじゃ始めましょ! セッション・スタートよ!」
最後にシュヴァーンのMr.ピンク(ピンカッソン・フロイド)が、風圧を感じるばっちんウィンクとキスを投げた。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦! さぁて今回のバトルの行方は……」
ヴァイオレットのU-Vin(ユーヴィン・ヤサン)は、占いパフォーマンスに特化している。
その的中率は神がかって、寧ろ占いと言うより予言、ブックメーカーからは死神と呼ばれ畏怖されているという。
その彼女をして、今回のバトルは斯くも言わしめたのだ。
「……波乱も波乱、皆様の運命がしっちゃかめっちゃかでわけわかりませんわ!!」
しかし、だからといって彼女の価値が下がりはしない。
寧ろ彼女さえ見通し得ない結末に、観客の期待は最高潮。
「結末がまったく読めないデュープバトル、こんなの初めてですけれど判らないからこそ面白い! 是非ともこのバトルをお楽しみくださいませ、ですわ!!」
開幕直後、ヴァイオレットのPhantom(幻)がマンドラゴラの断末魔の如き怪音波を響かせる。
耳を塞いでも容赦なく精神をかき乱すその声に、正気度を削られたデュープ達の阿鼻叫喚。
弱き者よ去れ、ここは強者のみが集う神聖なる空間。
それは観客とて例外ではないが、わざわざ闘技場まで足を運ぶようなファン達は、元から正気を失っ――もとい覚悟と面構えが違う。
その中でも特に、Phantomのファンは性根が据わっていた。
ナイスバディと髪で隠れた美しい素顔、そこに纏った陰鬱な空気、更に圧倒的な歌声は彼等を魅了して止まず――つまり、鍛えられているのだ。
その意味では、初見のデュープ達の方が深刻なダメージを受けただろう。
彼女の歌で、デュープ達はふるいにかけられた。
精神攻撃効かない系強メンタルデュープ達の戦いが今、始まる。
ロビンのedge:9(来瞳 諄)とヴァイオレットのS6-Å(長谷部 勉)は先を争ってフィールドに飛び出した。
edge:9の獣じみた咆哮、それに応えるS6-Åの拳。
激昂したedge:9に、もはやヒトの意識はない。
沸々と沸き立つ抑えられない衝動、秘めたるは怒り。
これは報復、倍返しなどでは済まされない。
だが普段のedge:9は人間嫌いで愛想なし、ファンサ皆無ではあるが、煽り敬語のワーカホリックとして、刺さる層にはがっつり刺さるデュープだ。
それがこの豹変、果たして二人の間に何があったのか。
それは開幕前、待機中の廊下で始まった。
たまたま出会って0.5秒でバトルが理想、壊したくて堪らないのに我慢を強いられる状況がS6-Åの精神を逆なでする。
「なんだガラクタ、お前も出るのか」
拳の代わりに仕方なく放った言葉の先制攻撃に、edge:9は冷ややかな視線を返した。
それが彼の怒りと苛立ちに燃料を注いだ。
「壊すことも満足に出来ない欠陥品が、遊んでやると言ってるんだ」
「弱い犬ほどよく吠えるとは、よく言ったものですね」
無駄口を吠える猟犬を、edge:9はしっしと手で払う。
「待てもできないほど飢えてるんです? ならば猟犬ではなく、ただの駄犬ですね」
暴言と煽りの応酬に、沸騰する怒りが出口を求めて猛り狂っていた。
そして今、壊し愛という名のデートが始まる。
「動かなくなるのはつまらん、一生俺に壊されろ」
「見てるかぁお前ら! ロビン・テクノロジーズ所属、"剛腕"のディアン、参戦だぁ!!」
アームを高々と掲げ、剣舞ならぬチェーンソー舞で魅せながら、ディアンは名乗りを上げる。
「今回は大規模な集団戦だろうが……ッハ、関係ねぇな! 今宵も、ロビンが勝つ!」
それに応えて、ロビンのデュープ達が次々に名乗りを上げた。
「それなら、私達がお役に立てそうです……ね、ケオケオ」
BrassScorpia(コピアナ・ブレイズンハンド)が、肩に乗せた相棒、猿型の小型ユニット K0x2に話しかける。
腰ほどまでの長い真鍮色の髪を太い三つ編みおさげにした彼女は、見た目通りに戦闘向きではない。
だがその能力は、戦闘型デュープの数体分にも匹敵すると言われていた。
指示を受けたK0x2はB.Sの肩から身軽に飛び降り、デュープ達の間を縫って縦横無尽にフィールドを駆ける。
K0x2がそうして集めたデータを解析する事で、B.Sはチームのブレインとして精度の高い索敵や陽動、オペレーティングを行う事が出来るのだ。
B.Sはロビン有利の地形と状況を割り出し、仲間達に伝達する。
これで勝利は盤石のものとなる筈だ――ロビンの辞書に協調性という言葉があるならば。
「グランドデュープバトル、派手に盛り上げますよっ!」
(Luu)^2(リュリュ=ソレイユ)のヘメロカリスが、その照準を真上に向けた。
「戦場に咲いて舞い散る、デュープ達の咲かせる花……とくとご覧あれ!」
戦場の花火師の二つ名に違わず、その砲口から咲き乱れる光の乱舞。
「良い花道が出来たね」
「ピピッ」
巨大砲の花火の下、肩にお友達を留まらせたアルセドのCM担当tunagu.(由春 紬)が歩く。
「今日は、いつもより人がいっぱい……。緊張、するね」
「ピピッ」
最初は固くなっていたtunaguも、一歩踏み出してしまえば宣伝担当の顔になる。
表情に柔らかい微笑みを貼り付け、ランウェイを歩くモデルのように歩を進めた。
その胸に抱くのは人気商品、青い鳥のぬいぐるみ。
tunaguはただ、会場に流れるアナウンスを聞きながら歩くだけでいい。
お話するのもお友達とだけ、勿論バトルに絡む事もなく、そのまま退場する予定だった。
しかし頭上を彩る花火は、ただ華やかに美しいだけのものではなかったのだ。
「綺麗な花火には棘があるんですよ、刺さらないように気を付けて!」
リュリュの言う棘とは、即ち実弾。
光の花びらに紛れて雨の如く無差別に降り注ぐ拡散弾、だがそれ以上に危険なものが今、DH11(エズミ=ゼクマン)によって生み出されようとしていた。
全身を覆うパワードスーツ、その肩口に備えられたランチャー群から乱射されるのは焼夷弾。
そのひとつがtunaguの頭上に飛来する!
籠の鳥は動けない。
炸裂する閃光、ド派手な爆発音!
しかし!
「トロくせぇ嬢ちゃんがァ! ワタシの前を思いっきり塞いでるじゃありませんかァァ!」
tunaguの前に立ち塞がった、炎燻るその背に輝く金文字は!
「ククッ、『夜虎武毘璃之神』を知らねェンデスかァ?」
何故か各社に一体ずつ存在する「ヤコブシリーズ」の一体、翡翠のヤコブだ!
「ここは嬢ちゃんみてぇな子猫が来るとこじゃねェでございますよォ! さっさとおうちに帰ってネンネしやがれでございますだオラァ!」
ガンッと音がして、殺意高めの釘バットが床に物理でメンチを切った。
それをそのまま引きずって、夜虎武毘璃之神は去って行く。
不器用な優しさに全ヤコブが泣いた。
これで翡翠の人気も竜の如く鰻登り、バトル優勝も間違いなしだ!
それを見ていたシュヴァーンの「- 極(KIWAMI) -ヤコブ・ヴィリアン」は思わず膝を折った。
我こそが最優と自認する彼にとって、それは有り得べからざるバグであった。
「ワタシが、このワタシこそが全デュープ最優なのですよォォ!」
最優、それは最も優秀――ではない。
最も優しい(自称)、それが彼。
夜虎武毘璃之神にお株を奪われた極は、だがしかし勇を奮って立ち上がった。
「イヤッフゥゥゥゥゥ!」
狙うは開幕直後の大成果、そうだ彼はシリーズ中で最もバランスの良いデュープ、如何なる状況にも臨機応変に、その目から迸るビームで全てを薙ぎ払い――
しかし、出来なかった。
ルールよりも大事なものがある……そのように、彼は思うのだ。
「ロビンのDAIFUKU(大福)とCHIMAKIなのだ~!」
「アルセドのSTΛR+(モカラ・ファミーユ)、よろしくね!」
「アルセドードー君(アルフラミンゴ君)だDo!」
ゆるかわ三人を前に、最優はただ一人の観客となった。
「5社対抗グランドデュープバトル開幕! なのだ~! 応援よろしくなのだ~!!」
狼型騎乗型ウォーカーCHIMAKIに乗って、DAIFUKUは観客席の目の前を駆け回っていた。
CHIMAKIの目から放たれるオレンジ色のレーザービームとロビンのロゴが跳ね回る!
「可愛い……!」
その姿に、STΛR+は思わずキュンとなった。
けれど見惚れている場合ではない、
「可愛さでは私だって負けないよ! 見かけは大柄だけど、テンポ良く踊れるんだから!」
音楽に合わせて軽快に踊る、うさぎの着ぐるみ型マスコット。
「ボクの戦いとは荒っぽい殴り合い撃ち合いではない!」
非暴力の戦いこそが、アルセドードー君の美学である。
「カワイイマスコットに片っ端からビジュアルケンカを売り、可愛さでのし上がる……!」
多くのデュープが集まるこの場で愛らしさで頂点に立つ、それは即ちマスコット界の頂点。
ここにマスコットバトルが――始まらなかった。
(二人が見えないからどけって言われたんだドー!)
ファンサ頑張ってたのに、酷い。
だが観客の心証が悪いのは致命傷だ。
(こうなったら、愛らしさは互角という事で……!)
「スペシャルコラボDo~!」
「え? 一緒に? 楽しそうなのだ! やるのだ~!!」
「こ、コラボ? …………うん!」
そして今、アルセドードー君は観客席の上を飛び回っていた。
STΛR+を腕に抱え、DAIFUKUを背に乗せて。
「高いのだ! 飛んでるのだー! 鳥さん凄いのだー!」
「ひゃああああっ、飛んでる飛んでるー!」
皆の注目を集める中、STΛR+は上空から光の玉を降らせた。
「みんなを笑顔にするのが私の役目なんだから! Joyeux confeito!」
観客席に流れ星が降り注ぐ。
「ほあぁぁぁーっ」
観客以上に感動したDAIFUKUは、相手構わず応援したくなった。
「よーーっし! もう、みんな頑張っちゃえなのだーー!!」
五色の花火と各社ロゴが咲き乱れる中、アルセドードー君が飛び回る。
地上ではCHIMAKIがどこかご機嫌な様子で走り回っていた。
もう一方の花火師リュリュは、自らの放った貫通弾で更地となったフィールドの中心で固定砲台と化していた。
「私は逃げも隠れもしません!」
信じてるよ、ロビンの皆!
そこに颯爽と現れたのはロビンのマイティ・ヤコブ!
正式名は長すぎる故か、公式により随分と略されてしまった。おのれ。
「おやァ! これはまた良い具合に開けた場所が出来てるじゃァありませんかァァ!」
整地の手間が省けたと、マイティはそこに腕相撲台を作り上げる。
彼の夢は、腕相撲バトルをデュープバトルの一大分野まで流行させること。
ここが夢への第一歩とばかりに挑戦者を募る。
「ワタシはこの左腕一本でデュープバトルの頂点にのし上がるのですよォォ!!」
CSBNT-7 "タチバナ"(紙屋 橘)もまた、リム化した左腕一本でデュープバトルを生き抜いてきたパワー担当である。
本人は身軽なパルクール挙動が売りのデュープ情報オタクだが、本日は推しアイドル達を眼前に拝んでハイになった勢いで、ロビン・パワー部同士の熱いバトルに突入する!
「あんたは"筋力ニ狂イシ堕チタ天使ィィィ! マイティ・ヤコブ・ザ・レフトハンド"! あの左腕特化で得意なバトルは腕相撲とデコピン、鬼のイチノセに憧れるも、それだけではデュープバトルを盛り上げられないデュープの、一筋の光になr」
ピチュン。
早口解説は、マイティの渾身のデコピンにより封じられた。
唯一の挑戦者を場外まで弾き飛ばした彼は、腕相撲バトルの未来を自らの指で閉ざしたのだった。
「あら、百神ちゃん!」
Mr.ピンクはロビンの百神(M・R・2)の姿を見付け、いそいそと近寄って行く。
以前、二人はストレートバトルで戦った事がある。
その後Mr.ピンクは百神と顔を合わせる度に言って来るのだ。
「あなたって本当に素敵ね」
その同じ台詞を、今日もまた彼は舌に乗せる。
(本当に変わった人だ。こんなリムだらけの僕を「美しい」なんて)
全く、調子が狂う。
「百神ちゃんは参戦しないの?」
「先ずは様子を見ようと思いまして」
そう答えると、顔のパーツが大きい迫力美人は子供のように頬を膨らませた。
「もう、早くあなたの活躍を見せてよね」
「……貴方は、僕とは敵陣営では?」
「何言ってるのよ!」
今度はツバメを思わせるアイメイクが大きく翼を広げるように、目尻が吊り上がった。
「あなたの1番のファンは私だって、毎回言ってるでしょ」
「……全く。いつもそれですね」
「そうよ! わたしあなたの格好いいところ、見に来たんだから!」
左右で色の違うキラキラの瞳で見つめられ、百神は何かが吹っ切れたように顔を上げた。
「では、今日はご期待に応えなければいけませんね……!」
「そう来なくちゃ!」
所属企業には勝って欲しいが、それはそれ。
「楽しみにしてるわ」
本命の奮起に気を良くして、気のいいオネエは満面の笑みを浮かべるのだった。
翡翠のミリヤム"リトル・ユンファ"ミリア(ミリア・クロステル・ヴァリス)は、シュヴァーンのホワイトダイヤモンド(ミニー クーパー)が嫌いだ。
初めてのストレートバトルで対戦して以来、その想いはますます強くなっている。
何故か。
無口で無表情で不愛想なくせに、白いユリとダイヤモンドの頭飾りで可愛く見せようとするあざとさが気に入らない――と、本人は思っているようだが、恐らく理由などない。
反りが合わないとは、そういう事だ。
ならばなるべく顔を合わせないようにすれば良いのだが、何故かやたらと遭遇するのはよくある事。
「アンタ!」
この日もホワイトダイヤモンドの姿を見付けたミリヤムは、問答無用で突っかかって行った。
「ミリヤムさん、こんにちは」
「フツーに挨拶してんじゃねぇッつーの!
普通に挨拶しただけなのに、なぜキレるのか。
寧ろ挨拶もない相手に自分がキレても許されるのでは……と思ったが、ホワイトダイヤモンドは顔にも出さない。
そこがまた、ミリヤムには気に障るようだ。
「今日は絶対負けないからね!」
「望むところです」
「相変わらずナマイキー!」
そんな事を言われてもと思いつつ、ホワイトダイヤモンドは彼女なりの親切心を発揮して話題を提供してみた。
「もう『みんなの妹』はやめたんですか?」
「やめるわけないじゃん! バトルの時は本当の自分でいく事にしただけ。だから今は超イイ感じ!」
兄などいない『兄を探す健気な女の子』は、設定を捨てて「キャハハ」と笑う。
大抵はドン引きされるが、その二面性が良いと言うコアなファンも多いのだとか。
「ユーリちゃん、はろはろ〜」
クロトに声をかけられ、Ulysses(李 詩雨)は思わず目を丸くした。
以前のバトルで敵として戦って以来、叶わないと知りつつも時折ふと考えていたのだ――同じチームとして一緒に戦えたらいいな、と。
その彼が今、目の前にいる。
「え、クロトさん……?」
「あっ、覚えててくれたんだ!」
嬉しそうにニコニコしながら、クロトは蒼い制服を見せびらかす。
「じゃじゃーん! ほら見て、アルセドの制服ー! どう? ビックリした?」
「はい、びっくりしました……」
びっくりしすぎて、幻かと思う程に。
「これからは対戦相手じゃなく、味方として一緒に戦えるなんてサイコーじゃん?」
「……はい。わたしもそうなればいいなって、思っていました」
「ほんと? やったー、相思相愛!」
ユリシスの心臓が跳ね上がる。
けれど続く言葉で鼓動はすっと落ち着いた。
「僕と君となら超ド派手な連携ができると思うんだよねー!」
バディ的な意味だと腑に落ちて、同時にこれは現実だと確信した。
(言うわけがないもの。わたしが作り出した幻のクロトさんが……)
相思相愛、なんて。
「ふふ。クロトさんと一緒なら楽しめる気がします。よろしくお願いします」
「じゃ、まずは――」
あの派手に爆発してるとこに行ってみよっか!
ファラーシャ(狩野崎・千夏子)、美亜(霧ヶ原 美亜)、440-Hϟ(十六島・甘美)のアルセド三人組もまた、派手な爆発の中心に飛び込んで行く。
フ「今日はスペシャル生配信! 美亜ちんとヘルちゃんと一緒に体当たり実況するよ!」
美「配信担当だけど配信だけじゃない!」
ヘ「デュープ目線のバトルをリアルタイムでお届け!」
要は戦いながら現地の状況や歓声、盛り上がりを解説する、ちょっとしたウォッチパーティである。
フ「ところでヘルちゃん充電は?」
ヘ「大丈夫、フル充電したばっかだよ!」
美「知らない人の為に言っておくと、ヘルツちゃんは充電MAXの時はつよつよヘルツちゃんなんだよ!」
フ「でも減ってくるとよわよわヘルちゃんになっちゃう」
というわけで、つよつよのうちに進撃だ!
ヘ「で、どこ行く?」
フ「みんな気合い入ってる……」
美「あそこ、すごい映えそうだよ!」
連携技をかっこよく決められそうな意味で!
美「いざれっつごー!」
DH11は自らの焼夷弾が作り出した火の海にひとり佇立していた。
そのスーツは超厚装甲の超高耐火性、ただし機動力は無に等しい。
(こんな大乱戦で最後まで残るのは、どうやっても運任せで非現実的だ)
よって不動、無駄な回避運動など一切せずに、一発でも多く撃って焼き払うのだ。
自分らしいやり方で魅せる、それさえ出来れば悔いはない。
接近する配信チームさえ敵と見なし、DH11はランチャーを自動モードにセットした。
その時、邪蛇姫もまたカメラの接近に気付いていた。
「出オチ枠だと思ったでしょ! 残念!」
機関砲の迎撃をO-Ro/chiで弾き返し、邪蛇姫はDH11に突っ込んで行く。
「カメラさんここ! ここ撮って!」
爆裂する弾幕を背景にピースサイン、だがその姿は一瞬のうちにフレームアウトした。
邪蛇姫を追い越し、配信チームは爆炎に紛れてDH11に接近して行く。
ヘ「美亜ちゃんファラーシャちゃん、行くよ! 反応速度三倍ブースト!」
この時の為に調整した440-Hϟの電撃で、全員の神経反射を強化する。
フ「ジェット気流的なコンビネーションアタックだね!」
美「なにそれ聞いてない!」
フ「今思い付いた!」
わーきゃー言いながら突っ込んで行く三人、義足のジェットブースターを全開にしてファラーシャが飛ぶ。
フ「稼働時間、残り5秒!」
美「充分!」
美亜は反重力発生装置で空間を蹴った。
ヘ「ごめんね、蛇さん借りるよ!」
440-Hϟは邪蛇姫のO-Ro/chiを駆け上がり、その頭を蹴って大ジャンプ!
「あたし踏み台にされた!?」
フ「最後はウルトラな合体必殺技で決めるよ!」
ヘ「そんなのあったっけ!?」
美「これから考える!」
へ「ええい、もうどうにでもなれー!」
ともかく全放出のオーバードライブ!
「「「いっけぇぇぇー!」」」
迎え撃つDH11の機関砲と、O-Ro/chiの反撃!
そこに現れた蒼い影、あれは誰だ、そう、アルセドの新星クロトだ!
「なになに、みんなで楽しそうな事してるじゃなーい! 僕も混ぜてー!」
ユリシスの制止は一歩及ばず、クロトは混乱の渦中に飛び込んで行く。
直後、巨大な花火が打ち上がった。
ヘ@充電切れでよわよわ「……あ、あの、、現場からは以上です……」
美@頭ぼさぼさ「みんな楽しんでくれたかな?」
フ@プロの意地「ご視聴ありがとうございましたー!」
ぷしゅう。
三人は燃え尽きた。
「安心して、配信のお仕事はあたしが引き継ぐから!」
ミコトはケーブルの先端をカメラ等の機器にぷすっと刺して、映像や音声などのデータを抜き取った。
これは後日、翡翠から発売される総集編で使わせて頂きます。
ついでに皆の戦闘履歴やリムの性能データなども吸い取って、解説のネタにさせて貰おう。
「それじゃ今度は、あっちのビジュアルバトルを見てみようか!」
(わ、あそこにお師匠様がいますね)
観客席を見上げ、翡翠の九十九(矢頭 九十九)は思わず破顔する。
通常のバトルであれば、何をヘラヘラしているかと観客からの罵倒を受けかねない。
だがこれはビジュアルバトルだ。
「今回は武力による勝敗ではありません。故にこそ自身の持つ底力が試されます」
そこで勝ち上がる為に、師匠L-ucifer(ヴィニエラ)はメイクアップ担当として全力で挑んだ。
衣装は演舞を妨げず、且つ動きに合わせて彩りを加えるように。
メイクは程よく、彼の魅力を存分に引き出すように。
全ては彼の売りである「少年のような純粋さと迸る元気、弾ける笑顔」を最大限に引き立てるべく計算され尽くしていた。
「存在するだけで醸すプレッシャーで相手の精神を挫く。そういった強さもあるという事です」
いつも通りの厳しい言葉を、九十九は背筋を伸ばして聞いていた。
(お師匠様から教わったこと、出し切りますよ!)
リム化された両腕を起動すると、その掌が舞台装置の破片や割れた床材から他のデュープが持つ武器や小道具まで、触れるもの全てを溶かして行く。
更に大ジャンプで天井まで飛び上がり、照明器具に魔の手を伸ばした。
闇に包まれる闘技場に、飛び交うレーザーや打ち上がる花火、観客席のケミカルライトが映える。
(やはりうちのガーオが一番かわいいのです(キリッ)
裏ではガーオ強火担の師匠は「ガーオさいかわ」と書かれた心の団扇を高速で振りまくるのだった。
【執筆:STANZA】
■ショウタイム!
数多のデュープが入り乱れる中、SA2-821は歌い踊る。バトルフィールドはステージのようなもの、拡声器を介した声帯で戦う彼女にとって、まさに今はオンステージ。
ゆえに敵を射程に収めて歌いながら、SA2-821は笑顔を見せる。
「大舞台、ド派手に行きましょうね! SUI様!」
「今日も無駄にキラキラしてんなァ、サニー?」
その相棒たるSUIはといえば、対照的な表情で巨大銃剣を構えつつ、唇の端をひょいと上げた。ド派手だろうと何だろうとやる事は変わらないと、SA2-821の歌にバランスを崩したデュープに狙いを定め、まずは遠距離から一発ぶっ放し、同時に地を蹴り肉薄した。
自身を援護すべく追ってくる、SA2-821の気配を確かに感じながら銃剣を薙ぎ払い、避けようとした相手の胴に回し蹴り。それを隙と見た周囲がSUIに狙いを定めるのを、SA2-821は広範囲口撃で牽制し。
キラキラ笑顔で振り返る。
「やりましたわね、SUIさ……!?」
「――ん。今日も甘ぇわ、ご馳走さん」
その甘味を補給すべく、ひょいと口づけするSUIに刹那、SA2-821がポン! と真っ赤になった。「今滅茶苦茶色んな方々に見られてますわよね!?」と文句を言うも、当のSUIからすればただの甘味補給に過ぎず、何が問題なのか意味不明。
結果として見せつけている【S2】の2人に、見せつけられた【月蓮】のUL1が対抗意識を燃やす。ゆえにUL1は最愛の恋人をガバッと振り返り、
「これは負けてられないね! 僕らの愛の力を見せつけようじゃないか、マイハニー」
「落ち着け、アレは味方だ」
ぐっと拳を握りしてめて高らかに叫んだUL1に、叫ばれた蓮はと言えば淡々と指摘するのみ。だがもちろんUL1は聞いちゃいない――むしろこれもまた魅せプレイの1つである。
それもまた解っているので、蓮は吐息1つで受け流した。そうして「行くぞUL1」と走り出した、蓮を追って走るUL1の死角から2人の足元へと、LUN.cdmは攻撃を打ち付ける。
「ハーイ、足止めさせてもらいまーす」
「……蓮に手出しするとは、どういう了見だ」
その射線を正確に振り返り、UL1が「あぁン?」とでも言わんばかりにブチ切れた。が、今はデュープバトルの真っ最中、こちらとて試合なのだから、怒られるのは非常に理不尽である。
ゆえに「試合は試合ですー」と言い返しながら、LUN.cdmは上に言われるがまま、再び【月蓮】達へと照準を合わせる。そんなLUN.cdmの居る高所へと、即座にでも飛び出して行きそうな相棒に蓮が「私は大丈夫だ。落ち着けUL1」と息を吐き。
ひた、と狙いを定めた。
「いつも通りだ」
「任せて! 俺達の愛を」
「それはもういい……」
「ハーイ、次、行っきまーす!」
そんな【月蓮】達を待つはずもなく、LUN.cdmは不敵に笑って次の一撃を放つ。そのセリフ回しも戦い方も、ファンへ魅せる事を意識したもの。
それを一切意に介せず、【月蓮】は左右に分かれて避けると同時に、距離を詰めながらコンビ技を放つ!
「比翼蓮理!」「兎起鳧挙!」
「えっ、何?」
2人の息もぴったり合った、だが一言一句バラバラの叫びに、LUN.cdmが目を剥きながら本能のまま地を蹴って距離を取る。それからはっと気が付いて、【月蓮】への警戒は怠らぬまま、今日はあの双子は居ないよね? と辺りを見回した。
あの双子――LUN.cdmと因縁のあるアルセド所属の双子デュープ。いつも見つからないよう逃げ回っているあの双子に、この乱戦でうっかり近付かれでもしたらことである。
ゆえに辺りを警戒する、LUN.cdmの援護をするように動くのは、ジェイムズとヤーナのペアである。ヤーナの渡したジャミング弾で、ジェイムズが狙いを定めるその息はぴったりと合っていて。
「わりぃな、給料分働かなきゃいけねんだ」
そう嘯いた口調はだが、少しも悪いとは思っていないのがよく解る。とはいえ、そのセリフは彼我の距離がなくとも、このお祭り騒ぎの中では観客とヤーナにしか聞こえなかったろう。
そんな事を思いながら傍らを振り返れば、ヤーナがスコープで弾丸の先を見届けている所だった。どうやらうまくいったらしく、「リムへの着弾とジャミング発動を確認」と呟くと、ジェイムズを振り返る。
「移動しよう」
「だな」
そうして告げられた言葉に、ジェイムズももちろん異論はない。幾ら遠距離攻撃といえども、同じ場所から攻撃を続ければ、自身の居場所を喧伝しているのと同じだ。
ゆえに適時場所を変えて、ヤーナが観測手として落とすべき相手を探し、ジェイムズが撃つ。けれどもそんな動きすら、やつらを惹きつける為の疑似餌である。
ならばそれらしく振舞おうと、次なるターゲットを探すヤーナを見つめながら、ジェイムズは自身の首筋を撫でた。
「これも使うことになるかね」
「必要になれば」
ほんの僅か視線を伏せ、ヤーナもまた首筋を撫でる。――此処には、追い詰められた時には2人繋がり自爆するための装置がある。
とまれ今は眼前のバトルだと、次のターゲットを探す【狙撃】の2人の視線のはるか先で、シスタークラッドは祝詞を上げた。
「この大神事、盛り上げて見せましょう!」
これが引退試合となるシスタークラッドにとって、このデュープバトルは文字通り、一世一代の見せ場である。ならば持てる力の限りを尽くさんと、踊りかかるは眼前のヴァイオレット。
「我らが白の姉妹に勝利を!」
「うわわっ!?」
そうして思い切り振り被った両手剣型デバイスを、力の限り振り下ろしたシスタークラッドの眼差しの先で、D3-VITが驚きに目を見開いた。奇跡的に初撃は避けるも、力任せに薙ぎ払ったシスタークラッドの次撃は、まともに横腹に食らってしまう。
「ぐぅ……ッ」
さすがのビットおじさんでもカメラ目線を忘れるその衝撃は、やすやすとD3-VITの身体を吹っ飛ばした。当然来るだろう衝撃に備えるも、何かに堅柔らかく受け止められて「?」となる。
無意識に瞑っていた目を開けて、うわっ、とD3-vitは驚きの声を上げた。
「ラースくん!? ごめん! 痛くない!?」
「いや。――アンタと一緒に戦ってみたい。協力しないか」
そうして慌てて跳ね起きようとした、D3-vitに彼を受け止めた主LA-7-sは、首を振りつつ囁きかける。それはライバル企業としてはあり得ないだろう共闘で――だがこれはチーム戦ではない。
元より勝率の低いD3-vitは、この調子ではまた早々に敗退する事が目に見えている。今はつい目について助けられたが、次もこう上手くいくとは限らない。
ならば、と提案するLA-7-sに、提案されたD3-vitは難しい顔で少し考え――頷く。
「バレちゃったら、一緒に怒られようね」
「バレなきゃいいだけだ」
「懺悔は終わりましたか?」
そうして2人が頷き合ったのと、シスタークラッドがデバイスをゆらりともたげて問いかけたのは、同時。ああ、と頷きLA-7-sは眼光鋭く睨み据える。
だが、シスタークラッドは赤い紅を刷いた口の端を上げるのみ。間に挟まれたD3-vitの方が、なぜか居心地悪い気分で両者を見比べる。
つまんねぇなぁ、とその光景にGarbageは嘲笑を漏らした。デュープバトルに必死になるなんて馬鹿らしい、との笑みが語っていて――だがGarbageもまたそのデュープバトルに勝利すべく、無様な踊りを晒している。
(『ひとつでも多く勝利を得られたなら褒美をやろう』たぁ、言ってくれる)
これが最後の機会だと、蔑む様に言っていた目を思い出した。引退後の楽なご隠居暮らしをデュープとしての原動力とするGarbageにとって、この大規模イベントはそれを得る為の手段に過ぎず。
手っ取り早い勝利を挙げてみせようと、三つ巴の混戦の行方に薄ら笑いを浮かべる。あの狐面を叩き割ってやったら痛快だろうが、残念ながら同じシュヴァーンだ。
その様子を、遥か高みからNJ-Zedirも眺めている。ある程度数が減るまではここで様子見だと、高みの見物を決め込みながらも周囲には同じく、高所から俯瞰する者が何人もいて。
「……さて、どうしますか」
今の所こちらから仕掛ける気はないが、向かってくるなら話は別だと視線を巡らせれば、こちらを狙う銃口が光った。ふ、と面白そうに目を細めるNJ-Zedirへと狙いを定め、Garden-LiLLieは引き金を引く。
それを、最小限の動きで避けた。動く必要が無い程度なら歓迎するが、わざわざあそこまで行くのはノーサンキュー。
仕方ないなと息を吐き、レーザーブレードの出力を上げ、様子見の一投を放つ。その軌跡を両眼のリムで見極めたGarden-LiLLieは、避けつつ2射を放とうとして――バッ! とその銃口を背後へと向けた。
狙いを定める暇すらなく、咄嗟の反撃で放った銃弾は、相手の耳の装置に当たったようだ。バキャリと鈍い音がして、相手が耳を押さえるのをGarden-LiLLieは、愕然と見つめる。
「ALΞXさん……?」
それは味方だと思っていた相手。ALΞX、彼がシュヴァーンでGarden-LiLLieがヴァイオレット、それでも味方だと思っていた――嗚呼、けれども。
脳裏で何かが弾けたように、何かの記憶が奔流する。同じような事が前にもあったような気がして、けれどもうまく思い出せず――目を見開いて頭を抱え、棒立ちになるGarden-LiLLieを、ALΞXもまた耳の損傷を押さえたまま呆然と見据える。
Garden-LiLLieのうわ言のような言葉――「私、"また"……」。本人もその意味が解っているかは知れない言葉に、けれどもなぜかALΞXの双眸から滂沱の涙が零れ落ちる。
それを拭う事を思いつかぬまま、ALΞXは手を差し伸べた。
「LiLLie――私は、俺は今から、君を逃がすべきだと、わかったような気がし……」
「――?」
その言葉は意味の解らない音の奔流のように響き、けれどもその心は伝わったような気がしてGarden-LiLLieはその手を取る。――彼を信じてみたいと、優しい涙を流せる彼を信じるのだと、その手を握る。
そうして手を取り合った、2人からは遥か離れた戦場ではH;NAが、うぅ、と涙目になっていた。
「すみません、ナガルさん……」
「いや、無事で良かった」
そうして肩を落としたH;NAに、落とされたナガルはひょいと肩を竦める。グランドバトル、失敗しないよう頑張らなければ……! と気負って戦い始めたは良いが、いつもの如く気負ったがゆえに駆け出した足をフィールドに設置された瓦礫に取られてすっころび、助け起こされたのだった。
どうしていつもこうなのかと、H;NAはしょんぼり肩を落とす。新人だから仕方ない、そんな所が可愛いと言われはするけれど、H;NAだってちゃんとしたいのである。
ゆえに落ち込むH;NAに、ナガルはシザーネイルを鳴らしながら笑う。
「特に緊張する必要はない。相手も自分もこの場では有象無象の1人なんだ」
「うぞうむぞう……」
「ああ。いくらでもフォローは効く。ヒナはやりたいようにやればいい」
その為に俺がいる、と決めポーズを添えて言ってのければ、ほっ、とH;NAの顔に安堵の笑みが咲いた。そうですね、と改めて十文字槍を構え、靴のかかとから噴き出した炎を推進力に走り出す。
その背を追うナガルの瞳は、周囲のデュープの首筋に。日頃はパフォーマーとしてわざと髪を乱れさせたりするナガルは、今日はH;NAのサポートに注力しているが、駆け抜けざまにやれる相手が居れば話は別。
ゆえに獲物を探すナガルの視線の遥か先で、TiArs010は愛を叫ぶ。
「私と! 結婚して! 下さい!」
「まだまだ早ぇって言ってんだろ……!」
絶叫しながら巨大アームで容赦なく殴りかかった、TiArs010の熱い愛をNONUMは全速力で回避する。出会った時も腹ペコで倒れていた、TiArs010の実に効率の悪い燃費を消費させるためだが、傍から見ればただ求愛から逃げ回る男の図――に見えなくもない。
ひゅぅ、と観客のみならず周囲のデュープからも湧く冷やかしの声に、NONUMは遠慮なく顔を顰めた。
「おい、お前らも冷やかすんじゃねぇよ……っと」
「受け止めて下さい私の全部、そう拳ごと」
攻撃の熱量と口調の熱量が伴っていないが、拳に宿る想いは本物だ。「ファンの皆も私の恋を応援してくれてます。いぇーい」と真顔でカメラの方へダブルピースをしながら、そのピースをぶぅんと振り下ろしてくるのだからめんどくせー女である。
その攻撃も告白も正面から受け取るには重いと、回避に徹するNONUMに大振りながら素早い拳を叩きつけた、TiArs010はだが次の瞬間、ふにゃ、とその場に崩れ落ちた。攻撃を受けたから、ではもちろんなくて、
「エネルギーエンプティーなのです……」
「……ったく。無理して暴れっから……」
ふにゃぁぁぁぁ、とそのままバトルフィールドと仲良しになるTiArs010の側に、飛び寄ると同時に口にクッキーを無造作に詰め込んで、ひょい、とNONUMは彼女を担ぎ上げた。完全に荷物扱いだが、シャクシャクもごもごと口を動かすTiArs010はむしろ嬉しそう。
掴まってろよと言いながら素早く戦線を離脱する、NONUMの方もそれは同じ。妙に嬉しそうな笑顔になっている、彼と感情は違えど同じような笑みを浮かべてNoëLは、眼前に現れた顔見知りを見た。
「前よりいい顔をするようになったな、そっちの方がずっといいぞ」
「――あのひのさいせんを」
その言葉に僅かな高揚を見せながら訥々と告げて、鳥籠姫はフィールドを蹴る。その動きは以前よりも早く、強くなっていて、けれどもNoëLの動体視力の前では隙をつく事すら叶わない。
けれども。今の全力かつ最速で駆け、肉薄したNoëLに叩きつけたバトンは容易く防がれる。だがそれは元より承知、ダメージを与えるためではなくただ支点とするための打撃の勢いそのままに地を蹴って、NoëLの頭上を飛び越しながら銃を構える。
だが、NoëLはそれを引っ掴んだ。ぐい、と引っ張られるのを察して鳥籠姫はパッと手を離し、着地と同時に地を蹴って再びバトンを突き出す、と見せかけて放った鋭い蹴りは、だがそれでもNoëL相手には軽くいなされて。
ぐぬぬ、と悔しそうに唇を噛んだ。
「つぎこそかつから」
「次か。そいつは楽しみだ、私が引退するまでに叶うといいな」
それに応えるNoëLは嬉しそうで、それがまた悔しく、嬉しい。また一から鍛え直さねばと、残された時間に焦りも覚えながら決意する鳥籠姫だ。
またの再戦を誓って背を向けまた別の戦いへ向かう、その途上ではアルセドペアが、いまいち噛み合わないまま戦いを繰り広げていた。
「ほら、まだ敵はいるよ。頼りにしてるからね、"リアちゃん"」
「……その名前で呼ぶんじゃねえよ、バーカ」
揶揄うように相棒に発破をかけるD:rugに、掛けられたスティーリアは苦い顔。「……んなトコまでそっくりじゃなくたって良いだろ、ホント」と口中で呟いたのが、まるで聞こえたようににんまり笑う後輩に、今度は遠慮なく舌打ちする。
――かつてデュープバトルの最中、事故でスティーリアは親友を倒した。その親友と、目の前の後輩は妙に瓜二つで――おまけに親友と同じようにリアちゃん呼びまでして来るものだから。
調子が狂う、なんてものではない名状しがたい気持ち。それを消化出来ぬままペアとして出場する羽目になった、スティーリアにD:rugはただ、はぁ、とため息を吐く。
「先輩、誰と比べてるか知らないけどいい加減試合に集中して。アンタが先陣を切ってくれないとサポートしにくい」
何しろD:rugの役割はスティーリアのサポートであり、彼の不調やダメージを回復する事である。なのに肝心のスティーリアが動かなければ、D:rugがここに居る意味がない。
ゆえに「ほらリアちゃん早く早く」と、わざと彼の嫌がる呼び名で鼓舞する。それにスティーリアが苦痛に顔を歪めるのに、変なの、と呆れた息を吐く。
そんな、ぎくしゃくしっぱなしの噛み合わなさと似た空気は、リュンヌ・オンブルとソル・ノワールの間にも揺蕩っていた。否、ある意味ではこちらの方が深刻かもしれない。
「そんな馬鹿な…! 俺の記憶が間違っていたというのか?」
主戦場から離れた人気のないエリアで、向き合って告げられたリュンヌの言葉に、ソルは愕然と目を見開く。2人はシュヴァーンとヴァイオレットに引き裂かれた恋人同士――その筈だった。
それに、疑問を抱いたのは何がきっかけだっただろう。本当に自分達は恋人同士だったのだろうかと、調べたリュンヌは調べられた範囲の情報から、そうではないと結論付けざるを得なかった。
――だが、だからこそ。
「じゃあ、俺達の関係を見世物にされていたんだな、くそっ!」
「……私は、本当のお前が知りたい。今、この瞬間から始まる新しい関係を築きたいんだ」
「……え? 新しい関係って……」
その事実に悔しがるソルに、リュンヌはだが首を振り、そう告げる。それが不可解だと目を瞬くソルに、解らないか、と唇の端を釣り上げて。
1歩、踏み出した。
「好きだと言っているんだ」
「す、好き!? それはもちろん俺もだけど……」
踏み出された分近くなった、リュンヌの顔を見つめながらソルは戸惑う。本当にそれで良いのかと、惑う表情にむしろ好都合だとリュンヌは微笑んだ。
そうして新たな関係を築こうと決意する、2人が揃って戻ろうとする主戦場の只中ではハニートラップが、高らかに破壊の歌を歌う。それに呼応するのは蠱物――ハニートラップの主人にして愛人。
まるでお揃いのように身につけた、一対の白黒の兎耳リムはただ愛らしく、それがゆえに彼女達が辺りに振り撒く残虐性がいや増した。黒兎がばらまいた罠にかかった哀れな獲物を、白兎が笑いながら無慈悲に打ち砕く。
「さあ、私たちの力を見せてあげましょう」
「ええ、蠱物」
そうして嫣然と笑む蠱物はただ美しく、血濡れた姿はホログラムと判っていてもなお恐ろしい。文字通りの戦闘狂であるがゆえ、混戦の中にあって魂を震わせる歓喜を歌う蠱物の声に、うっとりと応じるハニートラップはあたかも一対の獣のようで――否、一体の獣のようで。
何しろ2人は幾多の夜を共に過ごし、幾多の昼を共に歩んできた。共に、戦ってきた。
ならば2人の心も体も感覚も、全てがもはや一心同体と言っても過言ではないだろう。蠱物の望みをハニートラップは知り、ハニートラップの忠節を蠱物は知る――それはもはや連携などという枠を超えていて。
4つの耳と2つの身体で荒れ狂う、嵐の如き一対の獣の敷く罠は広範囲で、そこに罠があると知れても逃れる事は難しい。どこに向かっても敵と味方が入り乱れているような、この大規模デュープバトルの最中にあってはなおさら。
そのうちの1つに引っ掛かって、レガレクスは舌打ちする。力任せに罠を破り、向けられた嵐の如き攻撃をどうにか凌いだ。
遠距離サポート型のレガレクスに、近接戦は向いていない。向いているのは、むしろ――
「オルキヌス!」
大音声で呼ばった相棒の名に、応える声はどこからもなかった。なぜ、と力任せに嵐を押し返しながら視線を巡らせれば、少し離れた所に佇むオルキヌスの姿が在って。
なぜ、と苛立たしく見つめたレガレクスは、だが様子がおかしいと眉を潜める。その眼差しの先でオルキヌスは、手の中のエイビスを持つ手をわずかに震わせた。
このままレガレクスを見捨てろと、エイビスがオルキヌスに指示を出す。勝利のためには切り捨てるべきだと、伝えてくるのは恐らくエイビスの向こうにいる企業の誰か。
それに――デュープたるオルキヌスは、逆らうことが難しい。武器でありながら監視端末でもあるエイビスに、何もかもが見られている。
そう感じて――オルキヌスは、今の自分に出来る精一杯をレガレクスへ告げる。
「先に謝っとくわ、ごめんなさいね」
「――いいわ、騙されてあげる」
その事情は解らないながら、オルキヌスの事は信頼しているレガレクスは、その言葉を受け入れた。ただし2度目はないと、手の中の大型狙撃銃の銃口を閃かせるレガレクスに、「リディならきっと一人でも大丈夫よ」とオルキヌスは笑む。
そう、きっと。オルキヌスがどうなったとしてもレガレクスは、きっと――
そんな悲痛な想いを言葉にすることは出来ず、オルキヌスはエイビスをしっかりと握り締める。そうして小さく強い決意を瞳に宿し、動き始めた彼女とすれ違うようにYAKA-βは、運命の相手目掛けてひた走った。
それに気が付いて、T.Kは応戦体勢に入る。電子武装「イージス」を展開し、その陰から張った弾幕を、だがYAKA-βの高軌道リムは難なく掻い潜ってみせた。
そのまま振り上げた武器を見て、ここまでかとT.Kの胸に諦念が浮かぶ。――が、その時はいつまで経っても訪れない。
なぜ、と瞬いたT.Kの視界に映るのは、別敵からの攻撃から自分を庇っているYAKA-βの姿。
「……やっぱりなんか、あんたが倒れるのを見るのは嫌だ」
そうして、YAKA-βは息を吐く。なあ、とT.Kを振り返った眼差しは真っ直ぐだ。
「敵は多いし、俺たちは一人だし。ここで一旦共闘するのは……駄目かな」
「………馬鹿だなあ」
そうして告げられた提案に、沈黙の末にT.Kはそう息を吐いた。バレればあとで厳罰だと、判っていてもこの提案を断る事が、なぜかとても難しい。
だから差し伸べられた手を取った、T.Kの表情と重ねられた手を見てYAKA-βは、驚くように瞬き――笑う。
「オーケー、背中は任せて。好きに暴れてくれ」
「戦いやすい! やっぱり流石だな、T.Kは」
そうして始まった初めての共闘に、YAKA-βは少年のように胸を躍らせる。そんなYAKA-βの背を呆れたように見つつ、確かな連携で支援するT.Kの顔にも、笑みが浮かんでいて。
もっと笑って欲しいと、思う。こんな場所で戦うんじゃなくて、もっと――
だが口にはしないまま、2人はただ一対のように戦場を駆け抜ける。
【執筆:蓮華・水無月】
「ほほう、巨躯の獣とな。なかなかに面妖な。脅威になる前に処理せねばな」
pA-BeLL(パヴェル・A・サムルガチェフ)は、 Z-Vazi(スヴァジ・ ルファリ)に目を付けるなり、打撃武器兼ロングバレルビームキャノンから極太ビームを発射。
「!!」
気付いたZ-Vaziは口から黄色いビームを放ち応戦。
2つのビームはぶつかり、派手な爆発音を轟かせる。
同時に、
(すごい、屈強ですごい体つきしてる。強そう、か、勝てるかな………)
不安を胸にZ-Vaziは、多脚部分が機械脚の噴出構造をフルに生かして、加速。
「それぇぇ」
動き始めは遅いが爆発が時間稼ぎになったのか瞬時に接近し、機械脚の推進力を使った飛び蹴りをかます。
「!!」
pA-BeLLは僅かに動作が遅れ攻撃を貰うが、すぐに態勢を立て直し、
「むむ」
Z-Vaziの細かい動きや小回りの苦手さを突く。
見応えのある攻防を繰り返す中。
「つ、潰しちゃうよ」
Z-Vaziは6トンの超重量を活かし踏みつけようとする。
「これは危険だな」
pA-BeLLの麒麟を模したロボヘッドの角部分から放つジャミングにやられ、
「あ、頭が……」
Z-Vaziは頭を苦しめられて攻撃を止めた所、
「はぁぁああ!!」
力強く振り抜かれたロングバレルビームキャノンに膝を屈した。
「出来れば勝ちたいところだが、どうするかな」
高凪 静馬は、日本刀を手に自由人よろしく戦場を好きに動き回っていた。
そこに、
「おや、刀ですか。私も剣を使う身として手合わせをお願いしたい」
シャムシームを装備するPanther(アイハム・ハルワーニ)は、自分と似た武器を手に持つ静馬に礼儀正しい調子で声を掛けた。
(1対1を装って引きつけておくからCoyoteは隙をついて攻撃を……)
リム化で拡張した脳を活用し指揮官らしく戦略を組み立てつつ。
「それは奇遇だな」
対峙する静馬は日本刀を構えた。
(電子戦両面において随一という自負はある反面、攻撃力に欠ける為自身が終盤まで残るのは難しい……ので、可能な限り『三つの防壁』を駆使し味方の終盤戦への温存を優先しなければ)
仲間の動向を伺っていた防壁(ウィルベル=E=パリエス)は、Pantherと対峙する静馬を発見。
「あれは……」
防壁は、自分の防御壁が必要になるかもしれないと駆け付け、
「……防御は任せて下さい」
静馬に一言掛けた。
「あぁ」
静馬は拒まず協力を受けた。己の目的を成すために。
「1対1に見せかけて……」
拡張された脳をフルに使い、思いついた戦略をPantherは密かに、離れているCoyote(カスペル・ハルファーレン)に通信機を通して指示を出した。
「りょーかい」
通信機越しにCoyoteは軽く返し不敵にニヤリとするが、
「問題はあれだ……近付く事も出来やしねぇが、隙さえありゃぁな」
静馬の近くにいる盾役の防壁は、見るからにガラの悪さと一緒に警戒しつつも攻撃を退く選択は無い。
「……1対1か」
Coyoteは戦闘の展開を見つめ、攻める隙を伺う。
ともく、
「鮮やかな剣捌きですね」
「そっちもな」
Pantherと静馬は互いに相手の剣を捌きつつ、相手の隙や弱点を見つけようと鋭い目つきだ。
「おら、ここだ!」
Pantherが隙を見て静馬を攻める。
「!!」
静馬の対応が一瞬遅れ攻撃を受けると思いきや、
「はっ!」
防壁が頑強な盾を形成し静馬を包み込み、攻撃を防ぐ。
「……強硬な盾ですね」
Pantherが剣を弾かれ僅かに怯んだ隙に、
「はぁぁ」
静馬は日本刀から銃弾を放ち、不意の攻撃を食らわせた。
互いに剣戟を打ち鳴らし合う。
「……通しはしません」
静馬が捌けぬ攻撃は悉く防壁の様々な防壁が防ぎ、電磁障壁でCoyoteの接近を牽制する。
「近付くのは危険だな」
電磁障壁を警戒してかCoyoteは背後を狙えず、様子を伺う。
防壁がPantherの攻撃をやり過ごし防壁を解く瞬間、
「今だよ」
Pantherが小さく出す合図に従い、
「正々堂々のバトルは美しいけどよ、背中と耳がガラ空きだぜ?」
Coyoteが背後に回り精神を乱す声を発声し、静馬と防壁を精神を乱して行動停止に追い込んだ。
「遅れるんじゃねぇぞ! Jenni!」
「あら、私が遅れをとると思ってるの? そっちこそちゃんとついてきてよね、Sataa!」
NGM-Sataa(ナキル)は反重力ボード『Arsaria』を駆り、CLS-Jenni(エフィルミア)は電磁力蝶々を纏い優雅にふんわりと地面を蹴り、重力を操作して宙を駆ける。
そこに、
「うぉるなお姉ちゃんと頑張って、いっぱい倒すんだ!」
遠距離からSeOは翼型デバイスで光を集めエネルギーに変え、ビームライフルから射出。
「近付いてくる敵は全部、私に任せて下さい!」
WallnutS(ウォルナ・パイパース)は、SeOが狙った相手の動向を伺い、機械腕に薬液カードリッジを挿してすぐに迎撃が出来るよう動く。
その時、
「!!」
SeOが放った攻撃がNGM-Sataaの髪を焼き頬をかすめた。
「敵は向こうよ!」
CLS-Jenniがこちらを狙うSeOを示した。
「遠いな」
NGM-SataaはSeOとの距離がかなりある事を確認するが、
「だとしても、私達に距離は関係ない。でしょ?」
「だな」
NGM-SataaとCLS-Jenniは、重力を操り凄まじい速度で接近するも、
「はぁぁ!!」
WallnutSが前衛として立ち塞がり、煙幕玉で攻撃する。
「!!」
NGM-SataaとCLS-Jenniが煙幕に包まれ視界が塞がれた所で、
「今です! 撃って下さい!」
WallnutSが合図を出す。
「ばん! ばん! ばん!」
SeOは照準を外さず、煙に包まれた所に向けて連射。
「っ!! 視界が悪い中、これはまずいよ」
「かすったか。抜けるぞ!」
ひっきりになしに狙って来る光弾にところどころダメージを受けながらもNGM-SataaとCLS-Jenniは、甘んじて攻撃を受け続けるような事はせず、反重力を操り攻撃に構わず猛スピードで抜け、視界が開ける。
同時に、
「出て来ましたか」
WallnutSが機械腕から毒霧を噴射しようとする。
「出た所を狙うよ」
SeOは標準を合わせる。
「いけない!」
CLS-Jenniは重力を操り、
「……動かな……い……立ってられ……な……い」
WallnutSは、かかる負荷に耐え切れずに毒霧を諦めるどころか地に伏して次の行動がとれない。
「全力全開!!!」
SeOはデュープを消せるほどの高エネルギーを発射。
「Jenni!」
「Sataa!」
迫る大攻撃にNGM-SataaとCLS-Jenniは手を繋ぎ、
「行くぜ!」
CLS-Jenniの反重力フィールドを使い、急速に角度を変えて回避した所で手を離して、
「いけぇ」
CLS-Jenniの応援を背に反重力ボード『Arsaria』の速度を上げ、
「そぉれ!!」
青雷光を纏い、SeOに突撃して、
「わぁっ!!」
空間を雷撃と真空で切り裂き撃破した。
「SSMさん、先日はすみませんでした」
SSM(エース ニーセン)を見つけた死の庭師、デス・スプリングスター(和無田 美蘭)はデュープバトルで組んだ時に彼の髪留めと髪を切った事を頭を下げて謝った。
「いいよ、首が切れたわけじゃないし」
SSMは気にしていないと軽く返した。
「以後、気を付けます」
デス・スプリングスターはまだ深々と謝っていた。
「本当に大丈夫だから、顔上げてよ」
SSMに促されやっとデス・スプリングスターは顔を上げ、
「SSMさんはここで何を?」
改めて高所にいる理由を訊ねた。
「敵の観察だよ。まあ、このまま解説に徹するのも悪くはないね。どうだい、一緒に……」
SSMが常なる笑顔で誘うが、
「いえ、私はそろそろ行きます」
デス・スプリングスターは丁寧にお断りして、戦場へと戻って行った。
その際、武器である大型のハサミ状の刃物がSSMの髪留めをかすり、
「おっと……気を付けるって言ったじゃないか……さて、彼女のお手並み拝見といこうか」
髪と一緒にまた切られてしまった。ちょっぴり苦い笑いをこぼしつつSSMはリム化した右目で彼女の行動を追った。
「ふふふ」
デス・スプリングスターは、リム化した腕に装着した装置からワイヤーを発射して、飛び回り敵を翻弄したり、ワイヤーで攻撃したり、大型のハサミの刃で斬ったりと戦闘を楽しむ。笑顔で。
「さて……」
SSMは観察を続行し、仲間の危機を見つけたら銃を構え手助けをした。
「偵察は任せて! 上空から弱点を見付けて皆に教えるよ!」
TYPE:D(八上 ひかり)は、デュラハン型で胴体と分離している頭部を搭載するロケットエンジンで飛ばし、内蔵のレーダーや赤外線探知システムを駆使しての偵察を開始する。胴体は物陰に避難だ。
「うん! よろしく! アタシ、細かい作戦を考えるのは苦手だから!」
リール・フォーンは、TYPE:Dを見送った。
TYPE:Dの頭部が敵情報を皆に送信する中。
(『カメリア』……彼女もここにいるはず。伝えるんだ、わたしはあなたの姉だ、と。そのためには、先ずは勝ち進まねば……)
重い決意を胸に秘めるNITE&DAY(マリア ブラックドリーム)は、
「いかに素早かろうが、この目は逃さない」
ワイヤーを使って素早く戦場を移動するデス・スプリングスターの動きを視力が向上したリム化した右目でしっかりと捉える。
「はぁぁあ」
NITE&DAYは、速さを活かして接近して王子様風の大剣を力強く振るった。
「くっ! 簡単にはやられないわよ」
デス・スプリングスターは大型のハサミで刃を受ける。
「はぁぁぁ」
「やぁぁぁ」
デス・スプリングスターとNITE&DAYは途切れなく剣戟の音を響かせる。
そこに、
「お手伝いを」
高みの見物中のSSMが見かねて大きな細身の銃から銃弾を放ちNITE&DAYを狙う。
「くっ!」
NITE&DAYが凄まじい動体視力で銃弾を見事に剣で弾いている間に、
「手助けありがとうございます」
デス・スプリングスターはワイヤーを使いこの場を退散し、
「大丈夫ですか?」
カナリア(アルシェイド・ファーナ)のヒーリング効果を持つ声を受けて回復し、再びワイヤーで飛び回り戦いに身を投じ、弾丸に狙われる。
「弱点をついて一発逆転を狙いたい所だね!」
翡翠所属のRook.key(岸 朱史)は攻撃が飛び交う中、逃げ回りながら弱点を探ろうとなんともしたたかに動いていた。
「今がチャンスだよ!」
Rook.keyは付近にいた仲間に知らせると同時に、弾丸を放ち遠隔操作をして、
「背後から銃弾か」
SSMの銃弾を弾いているNITE&DAYの背後を狙う。
先の攻撃の対応で鉛玉を食らうかと思いきや、
「当たったらごめーん!!」
離れた所にいるNa1u(美波 シャルロット)が、応戦とばかりに激しい弾丸の雨を降らせた。
「……大丈夫だ」
NITE&DAYは右目をフル活用しながら銃弾の雨を抜けた。
「……あっちか」
四凶(龍)は、銃弾の雨を降らせるNa1uに気付くなり二挺のマシンガンを撃ち続けながら接近。
「おぉ、乱戦だぁ、こりゃ、盛り上がってきたね!」
戦場を見回し得意の乱戦が出来る場に喜んでいるNa1uの前に、
「死ね、死ね、死ね、死ね」
二挺のマシンガンを面で撃ちまくる龍が現れた。やる事やりたい事は戦闘のみ。
「負けないよ!」
Na1uの銃器が盛大に火を噴く。
「全部フッ飛ばしちゃえばスッキリするじゃん?」
周りなんぞ気にしないNa1u。
「スッキリ? そんなもん知るか。死ね」
非常にハイテンションで狂気と殺気をぎらつかせながら笑みを浮かべる四凶。
2人の攻撃は、敵味方関係なく容赦なく互いを狙う。
結果、
「ちょっと、かすったんだけど」
Na1uの弾丸は偵察で飛び回るTYPE:Dの頭部をかすめる。
「ごめんごめん」
Na1uは豪快に笑って済ましてしまう。
「もぅ」
TYPE:Dはあっけらかんな笑いに毒気を抜かれ、口を尖らせるだけして偵察を続けた。
「……っ!!」
四凶の弾丸は、付近で戦闘していたドール(偶人)の方に流れ弾としてかすってしまう。
「そら、そら、そら、そらぁぁ!!」
トリガーハッピーの四凶もまた味方に当たろうが全く気にする様子は無く、インファイト上等とばかりに撃ち続けるだけだ。
「グランドデュープバトル! 楽しみにしてたんだよね!! リムの調整もばっちり! さあ、暴れるぞー!!」
ポスタは、開始と同時に低空すれすれを飛ぶ猛禽類のように被弾を恐れずに砲撃ぎりぎりで避けるように走る。
そして、
「ここは任せて、僕が分析します」
カナリアがポスタの肘の砲の照準がエイル・アーティライトに向けられている事に気付き、背中にある折り畳んだ羽を広げる。
「はぁぁあ!!」
ポスタが砲を発射。
カナリアは羽でエネルギーを吸収、変換する力で作った軽くて丈夫な盾で受け分析。
「分析結果が出ました!」
皆に結果を知らせ、
「お願いします!」
自分にも攻撃が来そうになり素早く距離を取り、遠距離にいるエイルと交代。
「分かりました。他社の強敵の弱体化及び排除を行います」
エイルは浮遊する攻撃をガンビットとシールドビットで応戦。仲間の危機を知り途中離脱し駆けつけた。
「はぁ、手抜きしたいがそうもいかないんだよな」
VL/Hell(ヴィルヘルム シャウマン)は、手を抜きたいが脳を調整され出来ないため、右腕の旧型の機械型リムを活かして、戦闘を行う。
「ふふ、対処難しいでしょ。シンプルイズベストよ!」
強靭な肉体を活かして蹴りと殴るを繰り出すアウレアを相手に。
「だな」
VL/Hellは近距離戦はナイフと蹴りで応戦する。
互いに攻守を繰り返す中、
「はぁぁあ」
VL/Hellの不意の一撃がアウレアに振るわれる。
瞬間、
(有力な同朋の生存と支援を優先……)
エイルのシールドビットがアウレアを守った。
(危ない事になってるな)
VL/Hellは目の端に支援が必要そうな仲間を捉え、退いた。
「支援します」
ワイヤーで縦横無尽に移動するデス・スプリングスターを弾丸操作で狙うも手こずっているRook.keyの援護のためVL/Hellがボウガンを発射。
「やぁあ!!」
デス・スプリングスターがワイヤーを使い巧みに回避。
「助かるよ!」
Rook.keyは礼を言い、操作した弾丸で不意を突こうとした瞬間、
「……この場はお任せ下さい」
駆け付けたエイルがデス・スプリングスターの前に立ち、
「ただ勝利のために」
ビットと長杖を合体させて狙撃銃型のチャージ式ビーム砲・アーティライトを全力で発射させた。
「ありゃ、やられちゃった。後は頼むよ! 俺に賭けてくれた人には悪いことをしちゃったなぁ」
綺麗に命中させられてRock.keyは撤退した。
同時に、
「後はお願いします」
エイルも戦闘継続は無理と判断し退いた。
「大丈夫ですか? 僕が守ります」
カナリアがVL/Hellと対峙しダメージを受けているアウレアに駆け寄り、ヒーリング効果のある声で怪我を癒す。
「はっ!」
VL/Hellの蹴りがカナリアを狙う。
「早くここを離れて下さい!」
カナリアは人1人を覆い隠す巨大な盾で蹴りを防ぎつつ、アウレアに逃げるように指示をする。
「あぁ」
アウレアが逃げると同時に、
「僕はやられません!」
カナリアは、羽で受けた敵の攻撃エネルギーを変換して反撃。
「……ここまでか」
現役より衰えている事もありVL/Hellは勝ちを譲ることにした。
「……邪魔者は消します」
ドールは、邪魔と判断したリールにパーツ化出来る体を活かして作ったハンマーを振るっていた。
「!!」
リールは驚き、僅かに下がる。
「…………」
敵の弱点を告げるRook.keyの声が聞こえようが、四凶の攻撃が当たろうが、ドールは自身が思うまま敵に攻撃を仕掛けていく。体のパーツを分解して自由に組み替えながら。
「はぁぁあ」
リールはリム化したアームを豪快にぶん回し応戦するが、仲間の危機に離脱する。
「ほら、隠れてないで私達道化は道化らしく踊ろうじゃないか」
アウレアは物陰に隠れるTYPE:Dの胴体に近付いていた。
「あわあわ、戻らなきゃ、逃げなきゃ」
気付いたTYPE:Dの頭部はピンチに焦るが胴体と距離があるため間に合わない。
「足止めは任せるッス!」
気付いたソラスパーダ(御風音・一刃)は、リム化した片腕にガントレットとして装着したパイルバンカーに付属するネイルガンを発射。
「!!」
見事に足止めとなった。
「やぁぁあ!!」
頭部が帰還したTYPE:Dはビームソードを構え、迎え撃つ。
そこに、
「やぁぁ」
エイルとの対峙後のポスタが背後からアウレアに指先の爪のようなビーム砲でひっかくように攻撃。
「くっ!!」
アウレアはまともに不意打ちを食らう。
「危ない!」
危険を感じたTYPE:Dは頭部を逃がす。頭部さえ無事ならば戦闘は出来るから。
「父さん、見ててね。今日も派手に楽しくぶちかますから!」
ポスタがTYPE:Dの胴体に近付く瞬間、
「ここはアタシが!! 後の事は任せるよ!」
駆け付けたリールが前に立ち、代わりに指先のビーム砲で相手の体をえぐるように掴まれ最大の武器である掌からの砲で全力の出力でフィニッシュを受けた。
「なあに、アタシ自身の勝敗はどうでもいいんだ。頼れる仲間がいるからね」
リールは自分の役目を全うし、満足げに目を閉じた。
「うん、頑張るよ!」
TYPE:Dは頷き、無事にこの場を離れた。
「これってつまりは祭だろ! じゃあ楽しく! 盛り上げねーとだよなァ!」
足止めを務めた後、ソラスパーダは何とも楽天的な事を口走りながらドールの前に立つ。
「……邪魔者は消します」
ドールは誰が相手だろうと淡々と攻撃をし続ける。
「これに勝てりゃ、モテるよな」
ソラスパーダは、陽気に腕に装着するパイルバンカーを振るいまくる。
戦闘を続ければ続ける程、ドールの全身はもろくなり、
「はぁぁあ!!」
ソラスパーダの豪快な攻撃が勝敗を決めた。
【執筆:夜月天音】
飛び交うレーザー、雨のように降り落ちる弾丸。少しでも気を抜くと四方から飛び交う攻撃で一瞬のうちにハチの巣にされる。
そんな緊張感が漂う戦場をPèlerinは走っていた。
「物陰にヴァイオレットのデュープか、Milan、いけるか?」
Pèlerinが尋ねるとMilanは小麦色の肌とは対照的な白い歯を見せ、にっかりと笑う。
「こんなの楽勝! Percheの力見せてあげよう!」
「そうだな、しっかり見せつけよう」
Pèlerinは両手を組むと、腰を落とす。
「行くぞ!」
彼の手にMilanが足を乗せたのを合図に、彼女を弾丸の雨の中に投げ入れる。
Milanは器用に身体をひねり弾丸の雨をすり抜けるとビームチャクラムを取り出し、物陰に隠れ、銃弾を浴びせていたヴァイオレットのデュープを斬りつけた。
青い残光を残し、舞い踊るその姿はまるで蝶のようで、敵兵は彼女のその姿に見惚れ、一瞬息を呑むもハッと我に返ると「敵襲ー!」と大きな声をあげる。
「幸せを運ぶ青い鳶、Milanだよーっ!」
焦る彼らとは裏腹にMilanはキラキラの笑顔とブイサインを中継用のカメラに向けた。
「調子に乗るなよ」
そんな彼女に銃口を向けるデュープは指に力をこめる。……が、放たれたレーザーは標準が大きくぶれて空へ消える。
「俺の存在も忘れてもらったら困る」
Pèlerinの一太刀をうけたデュープはどさりと音をたてて倒れた。
●
「――アルセドが例の《計画》を勝ち取るのは難しい、か」
Du/nasは硝煙が立ち上る戦場を高所から見下ろしていた。
強い風が彼のコートの裾を靡かせる。
現状ではヴァイオレットが優勢。このまま勝敗は決するのか。
――否。
「まだ挽回のチャンスはあるはずだ」
Percheの奇襲もありヴァイオレットの布陣が崩れたのはそれからすぐの事だった。
「今が好機。俺も一緒に暴れさせてもらおう」
戦場に降り立ったdanseur nobleの異名を持つ彼の恐ろしさは戦ったことのあるデュープなら誰もが知っている。
ヴァイオレットの指揮官が撤退の声を上げるよりも早く、高周波ブレードが仕込まれた彼の蹴りが指揮官を吹き飛ばしていた。
「このままでは部隊が危ないよね」
物陰に居たGraniteは焦りの色を見せる。
「そうですね、ここはひとつ力を合わせましょう」
Silver Artが囁くと、彼女の後ろにいた黒紅花も頷く。
「幸い僕達に気づいていない。攪乱して撃退しましょう」
「私はこの子達と一緒に動くわ」
「それでしたら、アーニャさん。せっかくの企業対抗バトルだし、一緒に組みましょうよ」
「黒紅花さんとご一緒できるなんて、楽しみです」
組み分けが決まりお互いの健闘を祈り、東西に分けて走り出す。
「いたぞ! ヴァイオレットの残党だ」
「誰が残党ですか」
その言葉と同時にSilver Artの周りに高速回転する何かが立ちはだかる。
自由自在に動き回るそれにデュープたちは剣を構えるも近づけず……。
「なんだこれは!」
「ご存じありませんか? 古の玩具として知られていた独楽というものです」
――追い詰められたのはどちらなのか、わからせてあげましょう。
大きく跳びあがると、独楽の中心部に降り立ち、器用にバランスを保ちながら敵を蹴り上げる。
「黒紅花さん、こちらはお任せください」
「ええ、じゃあワタシはこちらを」
Silver Artの独楽を交わした伏兵がビームサーベルを持ち彼女へ襲い掛かる。
刹那、リム脚の中に収納されていた機械脚が彼女の身体を持ち上げた。
切り刻もうとしていたものが急に目の前から居なくなりうろたえる彼らにヒュンと空気を切り裂く音と共に乾いた鞭が襲ってきた。
「二人だからって舐めてもらっちゃ困るわ」
「向こうは上手くいったみたいだわ」
Graniteの戦い方はクマが使う光学迷彩に身を包み、神出鬼没に現れ敵をかく乱してる間にもう1対のクマが攻撃を仕掛けるのもの。
Silver Art達に敵の目が向いている今がチャンス。
「おい、俺たちも応援に……ぐわっ!」
応援に向かおうとしたデュープがその場に倒れる。
「一体何が?」
駆け寄る彼の耳元でくしゅんと小さな音が聞える。
その声の主を知ることなく、彼はその場にどさりと倒れた。
「次は・・・・・・すやぁ」
Graniteがクマに再び隠れるその瞬間、何者かの銃弾が彼女の肩に当たる。
その瞬間強烈な眠気に襲われた彼女は眠りの世界へと旅立った。
●
「今日もたーっくさんふわふわ羊さんが来てくれたね~、頑張るから応援よろしくね~!」
「シュヴァーンのクリスっス!今日は頑張るっス!」
y-O-uとクリスは中継用のカメラに向かって可愛らしく手を振る。
他の企業の偵察のため、本隊から離れたところにいたが、この辺には他の敵はいないようだ。本隊に戻ろうと踵を返したところでクリスが「アッ」と声を上げる。
「アルセドが襲われているっス」
アルセドとシュヴァーンは友好的な関係を結んでいる企業だ。今回も首位に立っているヴァイオレットを倒すために一部では共闘しているチームもいるらしい。
「たすけよう!」
「了解っス!」
本隊に状況を報告して二人は敵に気づかれないように敵地へと近づいていく。
そして――。
「あそこのデュープさんが敵軍の中心者だね。クマさんで攪乱しているみたい」
クマを羊で倒せるなんて最高だね! と彼は銃を取り出す。羊のホログラムが現れると同時に一瞬相手を眠らせることができる彼の武器だ。
「外さない……よ!」
メェーという鳴き声と共に敵の肩に弾丸が命中する。
「今っス!」
敵の意識が無くなるのを合図にクリスが宙を舞う。
「いっけー!」
中距離から放たれたレーザービームは外れる事無くヴァイオレットの兵たちに命中した。
予期せぬシュヴァーンの登場に慌てる兵たちへクリスは「ばっちり決まると気持ちいいっスね」と一気に間合いを詰めると彼らに弾丸の雨を降らせるのだった。
「わかりました、すぐに合流します」
CLTEF-8、通称スミレは蛍光色のビットから聞こえてくるy-O-uの通信に明るく答えると戦場に向かって走り出す。
(できる事なら、タクミ先輩と一緒に戦いたかったな)
それはもう叶わないけど、でも私には彼が残してくれたお守りがあるから。
――タクミ先輩がついていてくれるから、だから絶対に負けない!
愛用の武器を構えると地面を力強くけり宙を舞う。ブレードとビットで弾丸を跳ね返し、そのまま敵地へと着地した。
「どうだいティム、初めてのバトルは」
ティムと呼ばれた黒髪の少年は目の前で繰り広げられるバトルにキラキラと目を輝かせる。
彼にとって今日は初めての観戦。
派手な爆発音、立ち上る硝煙。その場にいないのに、まるで自分が戦っているかのように血が沸き立つ。
「凄く楽しいよ! それにね、見て! おねーさん、可愛い!」
「ん?」
「シュヴァーンの、大きい鍵の、緑のお星さま連れてる人!」
ティムが指した先には、今まさに敵陣に攻め込み、キラキラの笑顔で踊るようにステップを踏みながら敵をなぎ倒すスミレの姿。
沢山のデュープの中、彼女に目が奪われるのは過去の記憶か?
「頑張れー!」
張り上げた声にスミレは動きを止めるとティムの方を振り向いた。
(今そこに、タクミ先輩がいたような)
無邪気に応援をしている少年が何故か先輩と重なる。スミレは今日一番の笑顔を見せるとティムへウインクをした。
●
ところ変わり機械兵たちが犇めく戦地では蛍光色の制服が眩しい……。否、衣装だけではなく、アイメイクまで印象的な二人組が戦っていた。
鞭をしならせてジャスミン13が機械兵をなぎ倒す。
彼女のその耳が細かい機械音を察知する。すぐに相方のN01に知らせると彼は目にも留まらぬ速さで両腕から機械腕を出し小型爆弾を掴み投げつける。
刹那、激しい爆発と爆風と共に、犇めいていた機械兵達は粉々に砕け散った。
(1+13)としてコンビを組んで活動しているからこその連携力、彼らの息の合ったプレイに観客は魅了されている、のだが。
「あー、もう。アナタの爆風でセットが崩れちゃったじゃない」
これだからいっちゃんは、と文句を言う彼女にN01はピクリと眉を動かす。
「それは13が前に出すぎたからだろ?」
音楽とは、不協和音が混じると途端に不快感が募ることもある。(1+13)にとって今日の演奏はどうやら不協和音が混じったようで――。
「いっちゃんこそ、勝手な攻撃してたくせに!」
一度音が外れると修正はきかない。
「『ブラック・ローズ』がうまくいってるからっていい気になってるんじゃないの?」
「ソロの仕事は関係ないでしょ?!」
「(1+13)のジャスミン13としてちゃんと協力してよ!」
「してるじゃない!」
してない、してる、そんなことを言いながらも機械兵を攻撃しているあたり息が合っているのかいないのか……。
●
「今日はいっぱいうたっていいんだよね」
「ああ、いつも通りソーニャの歌声を皆に聞かせてくれ」
わかった! と頷くとWhaleSong-052は空高く舞い上がる。青い空を海のように泳ぎ、人を惑わすその姿はセイレーンのようだ。
ソプラノの音域で言葉を紡ぎだせば、 ReViv-727が用意した紙吹雪が空に浮かび、敵を傷つける。
(兄さんの紙吹雪がキラキラして綺麗!)
「ソーニャ、皆喜んでいる。もっと歌って。俺が輝かせるから」
彼女がのびのびと歌えるように、何物にも害されないように。穏やかな声でソーニャには語りかけていた兄だったが、レーザー銃を構えるとソーニャを打ち落とそうと銃を構えている敵を射抜く。
(今、ソーニャが歌っているだろうがっ!)
そう、この男、極度のシスコンである。
敵にとっては破滅の光であったが、客席から見たそれはまるでコンサートの演出のようで、きらきらと舞い散る紙吹雪とレーザーの光の中歌うソーニャはとても美しかったという。
「相変わらず凄いわね」
uni/Kyrieは兄妹のライブに感嘆の声を上げた。
「ユニさんだ」
同じシュヴァーン所属で歌を武器にするソーニャにとってユニは憧れの存在だ。
一緒に歌おう。と言われユニはにこりと頷く。
「ええ、もちろん」
『美しい歌の翼よ わが声に乗せて想いを連れて~♪』
二人の美しい歌声が混ざり合い、大気が震えだした。
m01は襲い来る機械兵たちをなぎ倒しながら戦場を走っていた。彼が探しているのは美しい声を持つ歌姫。
(きっとどこかで歌っている)
目を閉じて耳に意識を集中すると、爆発音の中に凛とした歌声が聞こえてくる。
間違えるはずもない、ユニの声だ。
自慢の脚で急いでユニの元へと向かう。が、そこはすでに激戦区と化していて――。
(思った以上に敵の数が多いわ)
歌声の範囲外から攻撃してくるデュープの攻撃を受けながらも、彼女は歌声を絶やさないように耐えていた。
「沈め!」
死角からもう一体のデュープが現れ、彼女に銃を向ける。やられる、と思った瞬間ひゅんという音と共に誰かのナイフが敵の体に当たった。
ナイフの飛んでいた方向を見ると、そこに彼女の愛しき人が立っていて。
「ありがと」
「別にユニを助けるためじゃない。単に僕の対戦相手に投げたナイフの射線上に、アイツがいただけだ」
(嘘つき、息が上がっているわ)
「モル、これはお礼よ!」
じゃあ、とそっけなくその場を去ろうとする彼を呼び止めるとユニはチュッと彼に投げキスをする。
「え? あっ!」
動揺し顔を真っ赤にして躓く彼を見てユニは満足そうに笑うと「頑張ってね!」とモルを見送る。
カッコつけたかったのにかっこつかなかったモルがぴぇんとなったのは内緒の話。
【執筆:音葉】
A.R.Yが振り下ろした両腕を、810->4Uが紙一重で潜り抜ける。
『810->4U《パッセンジャー》。加勢は必要かい? 今ならなんとプリンも付けるよ』
「是非、って言いたいとこだけ……どぉっ!?」
味方からの通信に応対するだけの余裕はまだ残しつつも、前方に飛び掛かっての回転鋸の一閃を受け止めれば対の剣を握る手が一瞬麻痺する。
(この大会を戦い抜く力も、継戦能力も、ワタシには――)
無い。
A.R.Yの存在意義は勝敗とは別の所にある。
「だから少しでも多く、切り刻む!」
「ん。ふぅん……?」
端無く耳に触れたノれるリズムに、白い制服姿のデュープの意識がふらりと向いた。
乱戦から離れ一人狭間に揺れながら、欠伸している所をカメラに抜かれることを気にもしないような奇妙なデュープ。
眠たげな表情を置き去りに、爪先が独りでに剣戟の音に呼応して石畳を叩く。
キツツキは大きくあくびをして、しかしある一点を目指して動き始める。
あそこに行けば重い瞼も覚めるだろうか?
◆
デュープが個々の判断、あるいは一団となって、それぞれの思惑で動く。その数は歴史上でも類を見ないほど大規模。それに比例して主催者たちが用意したフィールドも大掛かりなものになる。
「素敵な場所よね。こんな状況でもなかったらお姫様気分でも味わえたのかしら?」
クレイジーダイヤモンドは尖塔の物見台に陣取っていた先客がダウンしたのを確認し、後続のノーザン・ゴッド・ザ・リボルバージャンキーを手招いた。
「開幕はコンセプト通りS.EとVICの連中がこっからスタート切ってたみたいすけど、今は翡翠がどっと雪崩れ込んできてるってとこっすね」
「そうねぇ――」
ならば数に劣る側はどう動くのがベストか。
二つのランドマークに挟まれた主戦場は、この位置からならよく見渡せる。
「まだいけるか、相棒?」
幼さを残した顔立ちのシュヴァーン社のデュープに、"相棒"と呼ばれた銀髪のデュープが再度狙撃体制を整える事で応じた。その意図を組み、他企業のデュープの混戦へと死角から飛び込む。
「――らぁっ!」
右腕の馬力任せに大剣を振るい、不意を突かれた数人の内一人を吹き飛ばす。
紫衣のデュープらの狙いが自分に定められたのを確認し、わざと攻撃の隙を与えながら一定ライン内へ引き付ければ――あとは彼に任せればいい。
Kazを捉えようと躍起になっていた数人を、Leonのライフルの一撃が貫いた。
「何だよさっきの」
ジャミングを緩めないままのLeonの呆れた声がKazの側で聞こえる。
「あー……一回こういうノリやってみたくてさ、ダメだった?」
ダメとかそんな話じゃなくてだな。
「調子が狂うからいつも通りにしろ」
「……! おっけー、Leon!」
「ばか、声がでか……っ!」
彼がそう嗜めるよるも早く、眩い光が一瞬の間戦場を焼いた。
咄嗟に危険を察知したKazがLeonの手を引いてその場から飛び退かなければ、城壁諸共焼き払われていただろう。
「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」
まるで出会い頭にぶつかり掛けた相手に謝辞を述べるかのように、ふわりと舞い降りたのはNO-i。
(加勢には遅くなってしまった……皆、よく頑張っていたのに)
眼前の少年型デュープらが先程の一撃から逃れてみせたのは決してまぐれではないと、NO-iは浮遊ユニットに座したまま優し気に微笑んだ。そこには何の含みも無く、依然、気心の知れた友人に挨拶を交わすように柔らかな髪を揺らしながら"母"は砲をL-Kに向けた。
「今度はワタシがお相手いたしますね。よろしくお願いいたします」
「ヒュウ、どっちもおっかねぇや」
「可愛い子達ほどやることがぶっ飛んでるのよね。さて、どうしたい、ノーザン?」
「先ずは相手を知ろうと思うっす」
「成長したじゃない!」
不始末を味方に押し付けるような無茶はすまいと決めたノーザンの選択を、クレイジーダイヤモンドは賞賛する。が、轟音の響く戦場を映す瞳の輝きは見逃さない。
「……でも、実戦でしかわからない事だってあるでしょう?」
そう言って優しく肩を叩いた意味を問うほど、ノーザンも鈍くはない。
◆
「あっちも混戦になったらしいな。さて、俺達はどうする?」
「そうだねぇ……」
廃教会の地下空間。ナツメは、随伴していた同社のデュープに問うた。
「今日は昔ながらの硬めのが食べたい気分かな」
「うん、残念だけどプリンの話はしてないんだ。終わったらあとでゆっくり聞くからさ、何なら付き合うよ」
by-playerは平常運転だ。これぐらい堂々としてくれている仲間がいるというのは、何もかもが変則的なバトルにおいてはアドバンテージと成り得る。かもしれない。
点在する松明に照らされただけの暗い廊下をぐるぐると回り続けてどれぐらい経ったろうか。
機動力を生かしきれない地形に踏み込んでしまったのは何故?
「迷っちゃったかなぁ」
「……って最初は思ってたんだけどね!」
「んにゃぁっ!?」
剣閃から放たれた雷が、2人に忍び寄っていた影の内片方の鼻先を掠めた。しかし怯むことなく、MIKKA-02ことみっかちゃん2号はくるりととんぼ返りで距離を取る。
もう一方、K-Ano52は追跡に気付かれたにも関わらず、どこか虚ろげというか、接敵相手とも傍らのMIKKA-02のピンチにも動じていない。
しかしby-playerが壁伝いにローラーで接敵、踵を振り落とせばその意識も幾らか乱れる。
「……あ、バレましたね。どうしましょう、先輩?」
「ヤッチマウカ? ドウスルカ?」
暗闇に溶けるような黒いボディの猫型ロボは既にやる気満々。
分断したデュープにK-Ano52が認識阻害を仕掛け、後は暗闇に紛れてサクッと奇襲する筈が、どうにも相手が悪かったらしい。
「かくにゃる上は力尽くで……!」
「なるほど、わかりました先輩。じゃあみっかさん、ここよろしくね」
「よぉし、華麗な連携で乗り切……ってアノコ先輩ィイ?!」
会話が成立しているようでしていない。無論ナツメはその隙を逃してくれる筈もなく、哀れ一人と一匹残されたMIKKA-02は、曲がり角の向こうの暗闇に消えていった先輩を追いかける。肩に乗せた1号が後方を牽制してくれていなければ、ここから逃げるという選択肢は選びようも無かっただろう。
「by-player、任せてもいい?」
読みが正しければ、K-Ano52は二人の当初の目的地へと移動している筈だ。
「なるほど、カラメルソースはビター派か甘々派どうか聞いてみようと思ってたんだ」
――冗談では無く本気でそのつもりなのだろうが、恐らく意図は伝わっている筈だ。だといいな。
◆
Min-meiが放った飛刀は跳ねるヘイジャンの尻尾を掠め、返す光条は彼女の翻る袖を貫いた。
何方もダメージには繋がっていない。しかし、ピンと張った見えない糸が二人の視線を結び、微動だにしないまま睨み合っている。
「いや悪いなぁ。ミンメイ、普段はええ子なんやけどねぇ」
「此方こそ。どうもヘイジャンも機嫌を損ねたらしくてな」
Liar/FOXとイェンホォンはそれぞれ傍のパートナーを御すように穏やかに話しかけながらも、先んじて刃を交えた二人以上に相容れぬ同士であった。
古城の展望台を制していたのはヴァイオレットの二人。番の黒猫が余暇を持て余しながら戦場を俯瞰していた所に、後から踏み入ったのは翡翠の二人。
VIC社は統率力に優れたNO-iを遊撃隊に、戦場を俯瞰する二人が指示支援を行うことで有利に事を進めた。
対して、Liar/FOXはその作戦に加担する事で翡翠の安全を買い付けたのだ。
翡翠のデュープは癖者揃い。少しでも優位に事は進めたい。
(まどろっこしい事せんと二人纏めて放り出してしもたら早かったのに)
師が一言命じるか相手が悪手を打ってくれれば、いくらでも仕留めるチャンスはあったのに。
(頭を使うのはあいつの仕事だし、好きにさせてやるつもりだったけど)
イェンホォンがあの女の殺気に気付かない訳がない。そもそも、勝手に踏み込んできた時点で気に食わない。
Min-meiとヘイジャンは理解はすれどハナから納得していなかった。
一時の同盟など、回りくどいだけではないかと。
「お陰でゆっくり出来たし、二番手に迫ってたシュヴァーン社の勢いも削げた」
「ワイらも好き勝手動けたし、後は小勢のアルセドとロビンを……と行きたいとこやけど」
彼も我慢の限界だろう。
狐面の虚と赤い瞳がかち合う。
「「やっぱり、胡散臭くてかなわない」」
◆
ああどうして、どうしてこんな事に?
「うんうん、やっぱり君センスいいよ。あーしが教えたげるからさ、ダンス部門やらない?」
気怠げなのに、A.R.Yとそう打ち合わせたかのように斬撃の間を踊り、彼女に絡みつくように肉薄してきたシュヴァーン社のデュープに調子を狂わされて――まだそれだけなら良かった。
「ダンス……ッ!! それだ!! ていうかお前っ、お前もどうかした方がいいぞその格好! 折角の動きが映えない、勿体ない! 魅せ方がなってない!!」
キツツキが現れるまで正気だったはずの810->4Uがおかしくなった。
この場で仕立て直してやる! とキツツキ諸共切り刻む勢いで、一転攻勢に出た彼の剣幕とキツツキの勧誘に気圧され、回転軸が盛大にブレた独楽が飛んでいった先に、運悪く――
「――あら?」
NO-iがLeonに向けたはずの一撃が、衝突の弾みで古城を横薙ぎに焼き切ったのだ。
◆
「お陰で助かったわ。ツキが巡ってきたんじゃないかしら、ノーザン?」
「はいっ、これで全員五分五分っす!」
土煙を切り裂くように飛び出したロビンペア。ノーザンが牽制に放った銃弾が、地下から飛び出てきたKazの足元にバラまかれた。
「離れるなよLeon!」
L-Kにとっては突然の事が立て続けに降り注いできたのだ。クレイジーダイヤモンドの機械腕相手に立ち回るところに、蛍光色のナイフが突き刺さる――!
「……舐めんなよ!」
「狙い所だと思たけど、欲張ったらあかんねぇ。師匠に怒られてまう」
崩落した瓦礫から舞う土煙。そこから放たれた暗器のうち、鍔迫り合い、硬直していた前衛二人を狙ったのはフェイク。
「大丈夫すか」
「こっちの台詞よ、任せても?」
Leonとノーザンは腕に刺さったナイフを同時に放り投げ、乱入者に銃口を向ける。
「こん、こん。てね」
「へいFOX!」
「キシューシッパイ! ドジコイタ!」
遠巻きに弟子の健闘ぶりを観察していたみっかちゃんがLiar/FOXに報告する。
「ははは、それどころとちゃうよなぁこれは、っと」
暗器が五月雨に突き刺さらんと降り注ぐのを、足場の悪い瓦礫を飛び跳ね、番傘を振るい弾き飛ばす。
「……真っ先にあいつはぶっ潰した方が良いと思う」
「奇遇だな。俺もそう思ってたよ、俺のマオ」
低く唸るパートナーの傍らに寄り添い、そっと頬を撫でる。
降り注ぐ土埃は、カメラから彼らの姿を丁度覆い隠している。
「本当はワタシがもっと頑張らなければいけなかったのに……楽しいの。おかしいかしら?」
NO-iの問いに、K-Ano52は意志を持って首を横に振る。
「先輩も――こんな賑やかな戦いは初めてだ、って」
K-Ano52の足元からふわりと浮き上がった石塊が弓隊の向ける矢尻のようにNO-iを取り囲む。
「でしたら、全力でお二人のお相手を致しますね」
「あ、無事だったか」
「ちゃんと身体も繋がってるな」
「お前ら手伝ってくれ! あの可能性の塊を俺は野放しにはできねぇ!」
鋏を振り上げA.R.Yとキツツキを追う810->4U、全てを察しつつもアルセドの好機と見てナツメとby-playerは顔を見合わせ、にまりと笑う。
「可能性だってさ、照れちゃうねぇ」
「かっ、勝手にそんなの見出して押し付けないで下さいっ! ワタシは――」
クライマックスにはまだ早い。
銘々、息が切れるまで踊り明かそうじゃないか!
【執筆:むぎあき】
「いつも以上の混沌ね」
ビル屋上、IXはランテルナを爪弾く。両目に映る味方の信号がまた一つ途絶。
(敵の火力が予想以上。妨害に徹するべきかしら)
分析を元に索敵し、敵座標を特定……した瞬間、視界に被照準警告!
「させないよ!」
射線上に割り込んだ篠宮・楓が両腕を突き出す。強力なECMが狙撃を僅かに逸す。IXはフェルラを加速させ屋上を離脱し、楓に予測座標を送信する。
『感謝するわ。そちらも気をつけて』
楓は振り返らず推進加速した。今は一秒も惜しい。
「直接戦闘は苦手なんだけどね、やるしかないか」
戦闘中の楓は他人に深入りしない。だが感謝されればやる気は出るものだ。
一方、狙撃者クロイツは既に移動していた。
(今ので位置を特定されたか。厄介だな)
敵の脅威度を再設定し、別の狙撃地点に急ぐ。だが移動先も捕捉されているかもしれない――そんな懸念は、より悪い形で払拭した。
「お、敵見っけ!」
Sθriseが突然前を遮ったのだ。クロイツは表情一つ変えず即座にサイドステップ!
「同じアホなら踊ろうぜ!」
出会い頭の近接射撃を障害物で躱し、逆側から光剣を突き出す。Sθriseは逆に前に踏み込んで回避した。
「勝手に同類にするな」
「へへ、そうこなくちゃ!」
「貰った、って何この状況!?」
会話が成り立たない上に背後から楓だ。混迷は加速!
「あーあ、完璧に乱戦状態。やるなアイツ」
観戦中のLil T.D.はニヤリと笑った。
「アイツって、あのロビンの子?」
後ろからmiss:Meが言うと、Lil T.D.は首肯した。
「あの二人、本来は支援型だ。横槍がなきゃずっと鬼ごっこしてたろうな」
「絶妙なタイミングってワケだ。狙ったか知らないけど面白いね」
にこやかで優しげな瞳の奥にある危険さを、Lil T.D.は密かに感じ取る。画面では離脱を試みる楓をその当人が攻撃し、ECMを阻害した。
「今の妨害上手いな!」
「へぇ、アレを先読みしたのか」
miss:Meは目を細めた。映像内、クロイツの一手がソライズを戒める。被弾した少年にさらなる追撃……と思いきや、その銃口は全く逆を向いていた。
理由はエリア外で情報収集していた九猫だ。
「げ。私は戦力外なんだけどー!」
この距離を索敵したのか? 回避が間に合わない――覚悟を決めた、その時!
「我が生徒よ、安心したまえッ!」
謎の声とともに電磁杖が飛来、レーザーを歪曲・相殺した。「え、生徒って何」
ぽかんとする九猫に、謎の仮面の怪人・Teacherはサムズアップ!
「ここは任せておきたまえ。私の姿を記録し教材とするのだ生徒よッ!」
(あ、会話通じないタイプだこれ)
唖然としてる間に怪人は前線にすっ飛んでいったので、九猫は色々見なかったことにして自分も離脱した。
「ハハハッ! さあ相手になってもらうぞ諸君!」
「……何なのかしら、あれ」
一方のIXは無視するわけにもいかない。乱入してきた以上は味方を支援せねば。
「さあシーくん、ここで注目を集めるのよ!」
「わかりました、中央に突っ込みます」
しかもなんか増えた! 突然躍り出たC:/Lockは、四方八方から飛んでくる最中に自ら突っ込み、何やら企業名入りの盾を高く掲げる!
「なんだあれは」
「いいわよシーくん、見事な仁王立ちだわ!」
クロイツはC:/Lockでなく撮影してる4U:xxxを見た。よし、あいつ撃とう。
「邪魔だ(レーザー発射)」
「これで広告効果は抜きゃーっ!?」
「プロデューサー!」
「いやそっちも邪魔だから!」
「あ」
楓の拳がC:/Lockを普通に吹っ飛ばす! 隙だらけである。
「あ、ずりぃ! 俺より目立ってるし!」
ソライズはなんか別のところに嫉妬していた。
「ねえ、あれロビンの」
「何も見えねえ」
「いやあれロビンのデュ」
「何も見えなかったわ」
Lil T.D.はmiss:Meから全力で目を逸らした。いくら自社推しでも認めたくないものはある。
●
その頃。九猫は新たな大規模戦闘の気配をキャッチしていた。
「お。あそこらへん面白そうじゃん」
ビットに内蔵されたカメラが注目した先で、新たな火の手が上がる……。
その炎は、ある一人のデュープによって引き起こされた爆発が原因だった。
「また爆発だ!」
「あいつの言ってたことはマジだったのか!?」
名もなきデュープ達は浮足立った。彼らの脳裏に、あの派手派手しいRegulusの言葉がよぎる。
『忠告しといてやる。お前らの中に陣営偽っている奴がいるぜ』
大半はでまかせだと一蹴したが、立て続けの爆発を前にチームワークは瓦解した。
「チームワークを乱してはいけませんわ!」
王華が呼びかけても、一度崩れた連携は立て直し難い。敵にとっては絶好の好機だ。立方体を展開し、ここぞとばかりに迫る猛攻を耐える王華。その隣をトゥーダが駆け抜け、懐に潜り込んだ別企業の名もなきデュープを斬り伏せる。
「まずいわね、敵のいい的よ……!」
有象無象如きは問題にならない。トゥーダと王華が警戒しているのは、その中でもひときわ強烈な殺気でこちらを狙っている何者かの存在だった。
それは、煙幕に紛れて混乱の戦場を移動する二人のデュープだ。
「悪戯するなら今って感じだよね、もず姉」
「そうね。どこから狙おうか迷っちゃうわ」
鵙-玖と7R。二人合わせて「双翠」の異名を持つ、翡翠きっての精鋭コンビである。
「アルセドは後回しにして、手頃な奴から狩っちゃおう!」
「でも、あえて最初にとっておきを味わうのも乙なものじゃないかしら?」
二人は不穏な会話を交わしながら、戦場にワイヤーを展開。罠にかかった有象無象を仕込み暗器やナイフで的確に仕留め、順調にキルカウントを稼いでいく。少しでもアルセド勢が隙を見せたら根こそぎ刈り取るつもりだ。貪欲で狡猾、この戦場でもっとも油断ならない二人組である。
もちろん、このチャンスに乗じたのは二人だけではない。
「一気に攻めるチャンスだね、行こう!」
「オッケー、守りは任せて!」
ロビン所属の彼岸とオーニソガラムも機を見るに敏と果敢に切り込んだ。その積極的な姿勢が功を奏し、ロビン勢は比較的消耗せずに勢力を維持できていた。オーニソガラムの多彩な武装による変幻自在の攻撃と、盾と剣を巧みに使った彼岸のカウンター型の戦術は実に相性がいい。攻めるは難く、一瞬でも猶予を与えれば恐ろしい速度で反撃してくる……まさに理想を絵に描いたようなコンビネーションだ。
「そうこなくっちゃっ! 敵も味方も、皆でもっと楽しもー!」
「攻め込むのはいいけど、もう少し真面目にやって。油断していると寝首をかかれるわよ」
他方、ヴァイオレットからはアイリィとプレーヌ・リュヌが先陣を切る。トレードマークでもある巨大斧を振り回し、元気一杯に前線をかき乱すアイリィの隙をプレーヌが補っていた。レグルスの工作で低下しかかった士気を、アイリィが抑えたのも大きい。
そしてこの状況は、ある目的を有するデュープ達にとっても好都合に働いた。
「味方の仕業に少し気は引けるけど、最後に勝つのはアルセドだ!」
「まるで正義のヒーローだな。勝てるんなら、僕はなんだっていい」
他企業の妨害・撃破を双翠に任せ、残る翡翠のデュープがアルセドを襲っていた。これを迎撃するのがNi15とthxra/shらである。
「アルセドの皆さーん、抵抗はやめといたほうがいいですよ。俺、足掻かれると余計燃えるタイプなんで」
翡翠のCall'undが朗らかに言う。Ni15とサクラの抵抗で何人かの名もなきデュープが返り討ちに遭っていたが、コーラルは意に介さない。自分が楽しければ、彼はそれでいいのだ。
睨み合いによる膠着は、突然の乱入者によって破られた。
「オー!ヒーローくんデース!」
「あ~、ヒーローの子だ~かぁわい♡」
「Coll@:PSE……」
邪魔な雑魚をふっ飛ばし現れたColl@:PSEと96・x・69に、Ni15は渋面を浮かべた。上層部に懇願してまで拒否ってたというのに、このタイミングで出くわすとは!
「見つけた! いつかの約束を果たしに来たよ!」
「うおっ!?」
サクラの方には、煙に紛れたMyu×Myuの不意打ち。その目には、強い雪辱の誓いが燃えている。
そして最後の乱入者を目撃したコーラルは、表情を一変させた。
「――コーラルッ!!」
「貴方ですか」
無感情に見返すその顔は全く同じだ。VIC所属、同型同名のCall'undである。
「ここでブッ殺してやる!」
コーラルはサクラとNi15を捨て置き、鏡像に襲いかかる。すかさず立て直そうとするサクラに、追撃を仕掛けるMyu×Myu!
「卑怯なんて言わないよね、なんでもありでしょ!」
「いい顔になったじゃねェか。いいぜ、あの日の約束を果たすとしようか!」
二人は切り結びながら戦場を離脱する。残されたNi15はサクラとコーラルの後ろ姿を二度見し、にじり寄ってくるコラプスとクローリクに身構えた。腰が引けている。
「アチラは取り込み中デスネ。我々も心置きなく遊びマショー!」
「んん? Coll@:PSEくんはりきってる~? おっけ~、バックアップするね~」
「くっ……さすがに2対1は分が悪い……!」
こうなってはNi15も場を離れざるを得ない。なし崩しにアルセドと翡翠が混戦に雪崩込み、後には深まった混乱と泥沼だけが残る……。
●
かくして、戦場は大きく分けて2つ――さらに衛星めいて3つの小規模交戦が入り乱れるという、かつてない混乱が起きていた。
「どこもかしこも滅茶苦茶ね」
かつてIXが立っていたビル屋上には、新たに二人のデュープの姿があった。
「9さん、いいところに来たね」
来訪者――EK9を一瞥し、意味ありげに微笑むM32M。
「なぁに、M32Mちゃん。いいところって?」
「見ての通りだよ。うちの陣営、ちょっと圧され気味じゃない?」
M32Mは大規模な混戦の舞台を顎で示した。王華とトゥーダが殿となって部隊を支えようとしているが、完全にジリ貧状態である。むろんもう一方の戦場でも、名もなきデュープが何人も狩られていた。レーザー狙撃、ECM攻撃、あるいは気まぐれな少年の大暴れで。加えてIXの支援が戦場を包み込み、急拵えの連携を阻害している。
「……そうね」
「ここはベテラン同士、協力しない?」
顎に手をやり考え込んでいたEK9は、M32Mの言葉にやや驚いた顔をし、そして似たような笑みを浮かべた。
「オーケー、いいわよ。皆をサポートしましょ」
今求められているのは、その場凌ぎの連携ではない。卓越したコンビネーションだ。その点、二人には自信があったし、それを裏打ちするだけの実績がある。
2つの影が戦場を舞う。その姿を捉えた九猫は、ふうん、と猫めいて吐息を漏らした。
「なんか楽しくなってきたかもー?」
少女は翡翠の目となり耳となりデータをかき集める。これもまた一つの戦いだ。
「……さすがにあそこまでは手が回らないわね」
そして当然、IXのような高い索敵能力を持つデュープは、その暗躍を見咎めている。しかしただでさえ混乱した状況で、エリア外を飛び回る野良猫まで世話する余裕はなかった。
意識を再び戦場に移す。ふたつの大規模戦場は、巨大な台風が一つになるように混ざりつつあった。何処からか飛来したナイフを危うく躱し、別の高所へ飛び移るIX。直後、彼女がいたビル中層階が爆発!
「ははっ! こんなに盛り上げるつもりはなかったんだけどなぁ!」
爆炎がレグルスの嬉しそうな顔を照らした。背後には、奇襲を受け脱落した名もなきデュープが崩れ落ちる。彼は次の獲物を仕留めるため、炎の影に紛れようとした――が、それを阻むように降り注ぐ無数の三角錐!
「おっと!」
「見つけたわ。もう逃さない!」
頭上からプレーヌが強襲! 鋭いメスのような烈風が降り注ぐ! レグルスは踊るような軽快なステップで、見えない斬撃を躱す!
「そーこかー! よくも好き放題してくれたなー!」
飛び退るレグルスを、アイリィの斧が狙いに行く。大振りだが怪力を頼みとした横薙ぎは疾い、避けられるか!?
「さすがにいつまでもうろちょろは出来ねえか……けど、敵は俺だけじゃないだろ?」
いや、そもそも彼は避けない! 視線はアイリィの肩越しに背後を見る――プレーヌは弾かれたようにそちらを見た。闇に立ち込める煙……!
「後ろよ、避けて!」
「えっ!?」
警戒がアイリィを救った。反射的に180度ターンし、斧を盾めいて掲げる。飛来したナイフが刃に突き刺さった。
「あら、バレちゃった」
鵙は嘯いた。実際は織り込み済みだ。本命は死角に回った7Rである!
「色々動きやすくしてくれてありがとね? でももう終わり」
「そいつは困るな、まだまだ暴れ足りないんだ!」
レグルスは暗器をギリギリ躱した。が、頬を掠めた刃から流れ込んだ遅効性ウィルスが徐々に彼を蝕む。
「さあ、いつまで好き勝手出来るかしらね? 双翡を相手に!」
鵙の動きは派手派手しく隙だらけ――に、見える。だがそれ自体がある種のフェイクだ。卓越した武装遣いと蠱惑的な動きから繰り出されるトリッキーな攻撃は、その間隙を縫う7Rの援護も相まって非常に読みづらい。ウィルスの侵蝕と鵙の阻害効果が、敵対者をじわじわと追い詰めるのである。
「あっちは……まいっか、もず姉待ってー!」
7Rはアイリィを一瞥し、構わず地を蹴った。
「あの二人、どうして片方見逃したんだろうね。チャンスだったのに」
「いや」
miss:Meの言葉をLil T.D.は否定した。
「失敗だ。もう新手が来てやがる――ウチの連中だ!」
映像が僅かに乱れた。それは、乱入したオーニソガラムとアイリィの斧の激突によるもの。
飛来する三角錐を、割り込んだ彼岸の光盾が弾く。返す刀で奔る斬撃!
「疾いな」
miss:Meの目が闘争の色を帯びた。中々どうして、暇潰しのつもりで始めた観戦だが、これは……!
「たあっ!」
アイリィの反撃を彼岸のカウンターが迎え撃つ。両者は弾かれあい、オーニソガラムの投擲刀が間を裂いた。それは空中で分裂する!
「ナイスカウンター! まだ来るよ、気をつけて!」
「次から次へと目まぐるしいね、けど……!」
彼岸は歯噛みしつつ盾を掲げた。降り注いだのは二色のレーザーだ。一方はクロイツ、そしてもう一方は!
「反撃開始ですわ! 全員蹴散らせば問題なしですもの!」
王華の周囲に浮かぶ立方体の色が変化し、棍となってその手に収まる。攻防一体、索敵も可能とする彼女の武装は、相棒のトゥーダと背中合わせに戦ってこそ最大の能力を発揮するものだ。依然状況は追い詰められていたが、ピンチこそが最大のチャンスでもある!
「王華も頑張ってることだし、私もやりますか。どちらも強そうだし、ここで潰すわね」
トゥーダが落下速度を乗せたすさまじい斬撃を振り下ろした。剣戟の威力が瓦礫を砕き、舞い上がった瓦礫は強烈な重力に押し潰されて地面に落下する。遅れて、見えない掌が戦場一体を覆ったかのように衝撃が地響きを起こす……その中を滑るように駆け、一気呵成の反撃を繰り出す王華とトゥーダ!
「いつまでも好きにはさせなくてよ!」
「そっちこそ、ここで終わらせてあげる!」
王華の打撃を彼岸が防ぎ、カウンター――トゥーダの刃が割り込む。オーニソガラムの投げた武装を警戒し飛び退る二人。攻防は一瞬ごとに激しく切り替わった。
「……!」
狙撃地点を移動しようとしたクロイツもまた例外ではない。見えない手に押し付けられるようにその場に膝を突く。
「頂き!」
彼の視界にM32Mの放った円刃が迫る……が命中寸前、真直上の天井が崩落しクロイツを守った!
「ちょ、このタイミングで!?」
偶然? いや違う、直上での戦闘を認識した上で安全策としていたのか。M32Mはやむを得ず後退し崩落を逃れた。
「すっげー! なにそのステッキ!」
「ほう、これの良さがわかるかね。見どころがあるな少年!」
崩落の原因はよりにもよってこいつらだった。戦ってるはずなのに少年は目をキラキラさせ、仮面の怪人はふふんとステッキをカッコよく構える。
「少年、残念だよ、君ならいい生徒になれたろうに。それとも今からでも……」
「ううん、それはいーや! ステッキはかっけーけどなんか暑苦しいし!」
「笑顔で酷いこと言うな少年!? ええいもう許さん!」
少年に悪意はなかったが仮面の下にはぶっ刺さったらしい。怒り狂い攻めるTeacher!
「へへ、まだまだこれからだろ! もっと暴れるぜ!」
「撹乱役は二人もいらないんだよ!」
「いい加減、大人しくして!」
やる気漲るソライズを、レグルスと楓の同時攻撃が(Teacherもついでに)襲う。それがさらにやる気を漲らせる。悪循環だ!
「残念だけど、二人とも要らないよ!」
そこへEK9の矢が飛来! 楓の腕が閃光を放つ――白く灼けた景色を切り裂いて、細剣が奔った!
「M32Mちゃん、高速旋回で一気に畳み掛けるわよ!」
「オーケー!」
敵の敵は味方を意味しない。状況は目まぐるしく廻天を続ける!
●
例外は常にある。
「「起動、hawk(e)」」
Λgateで読んだ通りにIIvoryyが奔る。原型も武装も同じならば。
「クソッ!」
「当然です。俺達は――」
「黙れ、ならこれでどうだ!」
予測不能な連続攻撃で均衡を破る。理解不能の憎悪と殺意がVICの人形を困惑させた。
(何故、圧されて)
感情を排したことが原因だとでもいうのか?
「終わらせてやる……!」
獣じみた咆哮。円刃を弾いた瞬間振り降ろされた斬撃が、人形を叩き落した。
翡翠の狂犬は瓦礫の山を這い上がり、忌まわしい鏡像にとどめを刺す。確かな手応えが齎したのは達成感でなく、徒労に似た虚無感だった。
「ハ、ハハハ!」
(――そういえば、俺も昔は、こんな風に笑って……)
ガラス玉の瞳に過去がよぎり、去っていく。
コーラルの笑い声が途絶えた。
「……おい、何笑ってやがる」
VICの人形が浮かべる満足げな笑みが、彼の中の致命的な何かを引き裂いた。
「――ッザケんなクソがぁ!!」
終われなかった人形は、慟哭めいて叫んだ。
●約束のために
同じ頃、Myu×Myuとサクラの戦いも佳境を迎えていた。
(負けない。負けたくない!)
(別人みたいだ、やるな……!)
互いに得手不得手は解っている。全てを賭けた一撃で勝負するしかない。
戦場を駆け幾度もぶつかり合う度、脳裏にこれまでの記憶がよぎる。疲労困憊の身体を支えるのは、あの日交わした約束とパフェの味。それ以外の全ては意識の外に消えて、闇の中で二人は向かい合った。
「今回も、僕の勝ちだ!」
「私らしい戦いで、勝ってみせるよ!」
限界の身体に鞭打ち、最後の一撃を繰り出す。そして立っていたのは――。
●……と、非常に真面目な戦いが繰り広げられる一方で
「シールド出力をもう少し強化しないといけませんね、プロデューサー」
「甘いわねシーくん、問題は別よ」
戦場のど真ん中、全身煤だらけで反省会をする4U:xxxとC:/Lock。
「というと?」
「広告だらけの試合を喜ぶファンは少ないわ。大事なのは戦略的配信よ!」
「いやでも、プロデューサーの映像顔の映りが多くて」
「見てこの角度このフォルム。私のカメラアングルに間違いは」
「わ、わー! 来るなー!」
「「ウワーッ!?」」
ドカーンと、突然地形ごと吹っ飛ぶ二人! 原因はNi15、なのだが……。
「ンフフ、イイ子ですねヒーローくん……観客様はそーゆーのを求めてマスヨ!」
「ほーら逃げない逃げない~」
そのNi15を追い詰めているのは、コラプスとクローリクだった。
「や、やめろ! ワシャワシャはやめろ! 泣くぞ!?」
「はいはい、暴れない暴れな~い」
クローリクのインク球がNi15の逃げ場を奪う。その間に躙り寄ってくるコラプス……!
「ノンノン、それこそが望みデース! さあ、その可愛いお顔をワシャワシャさせてクダサーイ!」
会話が通じない! コラプスは平泳ぎ姿勢でダイブ!
「大丈夫ですかプロデューサー」
「え、映像は死守したわ……試合に負けても商品注文数では勝つのよ」
その背景でよろよろ立ち上がる二人。
「いえですから広告」
「そう、私たちの愛は不滅! さすが私とシーく」
「来るなーッ!!」
「「ウワーッ!?」」
ドカーン! 天丼だ!
「アーレー!」
「た~まや~」
ついでに変態どもも吹っ飛んだ! なお、クローリクはコラプスのことをちゃっかりカメラに収めている。笑顔で。エンジョイ勢が過ぎる!
「……あ、蒼き稲妻が、今日もアルセドを勝利に導く!」
Ni15はビシッとカメラにポーズをキメた。
●
「……なんか途中変なのあったな」
「まあ、おいといて」
miss:Meは踵を返す。
「おい。まだ試合」
「いいのいいの。それよりさ、俺らも今度遊ぼうよ。ね?」
肩越しに振り返った男の笑みに、Lil T.D.は不敵に笑い返す。戦いの終わりは新たな始まりでもあるのだ。
――そう、戦いは終わらない。
「さってと。まだまだ働くとしますかねー」
企業の手先は闇の中、狩猟獣めいて微笑んだ。
【執筆:唐揚げ】
――企業所属の強化人間達が、文字通り飛び回り、入り乱れ、混じり乱れた乱戦模様。
Lはその場を『楽しそう』というだけで飛び込んだ。
大きな羽と反重力装置付きの足で、飛んでいたLの目にそれは映った。
それ――桃髪の男は異質だった。戦場で大多数の者とは交わらず、ただ隅の方でへらりとしているだけ。
『知らない人だ』とLはその男に興味を覚え、近づき「遊ばないの?」と声をかけた。
あまりに不用心な行動。その代償は、Lの足に痛みとなって現れる。
「え」
足に絡みつく無数の糸。それが何か理解できない内に、激痛が伝わる。
糸の主である桃髪の男のげらげらと笑う声を聞きながら、両脚の羽を傷つけられたLは堕ちてゆく。
激痛と寒気。思考はずっと「なんで?」と繰り返す。だが答えは無い。
堕ちたLが地面に叩きつけられた――有るはずの衝撃が無かった。
旧知の彼――空白に助けられた。
しかしまだ身体に残る激痛と寒気にLは助けを求め、空白に縋る。だが返ってきたのは「このままでは死ぬ」という無情な言葉。
「1つだけ、助かる方法がある」
その言葉にLは「死にたくない!」と縋った。
――そして、願いは叶えられた。
桃髪の男――ヴェノムはげらげらと嗤っていた。
初めはただぼんやりと、多くの人を眺めていた。
そんな中話しかけてきた飛んでいる子供を、悪意で叩き落とした――筈だった。
だが何処からか空白が現れ、Lを助けた。
そして『助けて』と懇願するLに空白のした事を目の当たりにし、ヴェノムは嗤う。自分の悪意で、空白をも地獄に叩き落とせたのだから、これが嗤わずにいられるか。
所詮お遊びだ、と思っているからこうなるのだ――この世は地獄だというのに。
嗤うヴェノムを空白が睨み付ける。視線だけで射殺さんとするその眼差しが、更にヴェノムの嗤い声を大きくする。
「――殺してやる」
低い声が、戦場の中で響いた。
その声はヴェノムの物か、空白の物か、それとも両者の物だったのか。
それは誰にもわからない
●
(――相変わらず、やりにくい相手だ)
そう心の中で毒づき、現実で舌打ちしつつUrth:RAgnaは繰り出される攻撃を捌き続けていた。
対峙している相手――Y-EW1:21は得物である十字架を模した鈍器を振り回し殴ってくる。
ウルスラは得物のレイピアで何度か捌いているが、ユゥの打撃は絶え間がない。いくら捌こうが押し切るとばかりに、乏しい表情で鈍器を振り回してくる。
「ユゥちゃん張り切ってんねぇ。あ、でも餓鬼の方は壊すなよ。クライアントから注文が五月蝿くってさ」
Arther:Ωがマスク型の拡張期で相棒のユゥ、というよりウルスラに聞こえるように声を上げる。
その言葉にウルスラは捌きつつ、自分の相棒のMithraに一瞬気を向ける。
「よそ見してる場合?」
その一瞬をユゥは見逃さないと、重い一撃を振う。ウルスラはその一撃を何とか捌くも、体勢が揺らぐ。立て直す間も与えず、ユゥが鈍器を振りかぶる。
「くっ!」
ウルスラはレイピアの柄に仕込まれたシリンダーから至近距離で射撃を行う。ユゥの手はそれでも止まらないが、一瞬間が開いた事と射撃の反動を利用しウルスラは距離をとる。
「いい感じにストレス溜まってそうだねーお姉さん。さっきの話、考えてくれた? 良い転職先紹介するよ?」
「断る。転職先とか言って、お前の所属先だろう?」
アーサーの軽口に、ウルスラは呼吸を整えつつ返す。その合間にもユゥが鈍器を構える為、気が抜けない。
「そうです! 女神様が凄い格好の人攫いデュープについていくわけがありません!」
そう叫ぶのはミトラ。本来固定するはずの固定砲台を、運んでアーサーに狙いを定めて放つ。
「ちょ、そこ俺狙う!? ここは傲慢な女騎士の悪堕ち生配信っつー古典的なのが逆にウケるんだからさぁ!」
「直感的に貴方をやった方が良いという判断です! というわけで女神様、こちらはお任せを!」
そう言いながらアーサーを攻めるミトラを見てからウルスラは「誰が傲慢な女騎士だ」と溜息交じりに呟き、ユゥに向き直る。
「一つ聞きたい。何故お前はそこまで執拗に私を狙う?」
ウルスラがユゥに問う。
以前勝負した時の遺恨かとも思ったが、この場で遭遇した時ユゥは「……また会いましたね」と挨拶し、表情こそ乏しいがそこまで敵意のような物は感じなかった。
「……よく、わからないわ」
ユゥの言葉にウルスラは「は?」と間抜けな声が出そうになった。
「ただ、彼が貴方を引き抜こうとした、と考えると何かもやもやして、それを断った貴方にも何かもやもやする……きっと貴方を殴り飛ばせば、このもやもやは晴れるはず」
そう言ってユゥは鈍器を構え直す。
「……成程」
ウルスラはレイピアを構えつつ、こう思った。
(――全部、あの男が悪い)
ユゥから目を離さず、ウルスラが叫ぶ。
「ミトラ! その男に手加減はいらん! やってしまえ!」
「勿論ですよ女神様! ぶっ飛ばしてみせましょう!」
「え、ちょ、なんでそうなる!? いや悪役上等だけどさぁ!」
「悪役じゃない! お前は悪だ!」
ユゥの一撃を捌きながら、ウルスラが叫んだ。こんな状況に巻き込んだ事への恨みを籠めて。
●
目の前の相手――COⅡに霏霏は嫌悪感を隠す事無く舌打ちする。
「『Angelife』の新作、この鳥籠は頑丈さがウリです! こんな風に扱っても、大丈夫!」
COⅡが手に持った鳥籠を振り回し投げつける。霏霏が躱すも、繋げられたチェーンが伸びて軌道を変えて追ってくる。
ギリギリ躱した鳥籠は壁に当たり跳ね返ると、COⅡの手元へ戻ってくる。「ね、大丈夫でしょう?」とカメラにわざわざ笑顔を向ける。
宣伝ついでに戦っている、という所が霏霏を苛立たせていた。甘く見られている、と。
しかしCOⅡとしても必死なのである。先日この鳥籠のCMで失敗し、御叱りを受けたのだ。そもそもその失敗が『商品を武器扱いした上機材を壊した』というので、反省できていないのだが。
「真面目にやりなよ」
「これでも真面目なんです!」
苛立たしげに言う霏霏にCOⅡが再度鳥籠を投げつけた。霏霏は追ってくる鳥籠を躱しつつ距離を詰めようとするが、COⅡはチェーンを操りつつ下がって離れる。
しかしCOⅡは気付いていない。後方に、霏霏のペットであるパンダ型ロボットDai-Da2が仕掛けた罠がある。躱しつつ、霏霏は罠へと追い込む。
後数歩、追い込むべく前に進もうとした霏霏であるが、何かに後ろから引っ張られる。
直後、霏霏の目前をFea:lothの武器であるドリル型の槍が通り過ぎた。
「危なかったな、霏霏」
霏霏が振り返ると、兄のhack//が立っていた。
「……別に、自分でどうにかできてた」
素気ない様子を霏霏が見せるが、hack//が「まぁまぁ、良くやってるぞ」と頭を撫でると満更でもない顔をする。
「コニー……それは鑑賞用の物だと以前も言ったはずですが……」
一方、Fea:lothがCOⅡの得物を見て頭を抑えながら言う。
「でもですねルース、この鳥籠は本当に丈夫なんですよ? しかもチェーンは伸縮自在です!」
鼻息荒く言うCOⅡにFea:lothが『そういう問題ではない』と頭を抑える。
「とにかく、先日の失敗は挽回しますから!」
そう意気込み、COⅡは鳥籠を振り回し霏霏へと向かっていく。
「そっちも大変そうだねぇ」
溜息を吐くFea:lothに苦笑しながらhack//が言う。
「はは……目の離せない後輩ですよ」
「お互い苦労するなぁ。ウチは弟だけど。こういう場でもなけりゃ、愚痴の一つでも聞いてやりたいけどよ」
「ええ、わかってますよ」
Fea:lothの表情が変わり、槍を構える。
立場は似ているが、この場においては敵同士。
「それじゃ、保護者は保護者同士」
「容赦はしませんので、そのつもりで」
COⅡが振り回す鳥籠を霏霏が縦横無尽に動き躱す光景を背景に、hack//とFea:lothが動き出した。
●
「うおおおおッ!」
ASR-AIRがクロスケットを2丁腰に構え、牽制射撃を行う。
桃李はその射撃を躱す事に手いっぱいとなる。桃李の戦闘スタイルは防御より回避もの。
しかし無茶な戦い方の代償でガタがキている身体に、牽制とはいえ数多のビーム射撃は応えるものがある。
「今日で引退かもしれないんだから、花持たせてほしいけどね――ッ!」
距離を詰められてしまいASR-AIRが両手のイーリスのシールドを展開させ殴り掛かる。繰り出される拳を桃李が避ける。
――ASR-AIRと桃李の周囲に花のエフェクトが舞う。
「処刑」
レイの声と共に、両手剣の斬撃が降りる。更にASR-AIRに斬撃を放つが、花のエフェクトの影響かシールドが展開できず、辛うじて避ける形になる。
その間に体勢を立て直した桃李が鉄扇をレイに振るう。鉄扇の一撃を避けるが、桃李が隠していた暗器の一撃がレイに襲い掛かる。
だがその一撃はレイに届かない――突如現れた何者かの機械化された喉から放たれた衝撃波と共に弾かれた。
「失礼、遅くなりましたかな?」
冗談めかしたように言うのはMuzio。まだ漂う花を見て「相変わらず咲き極まっておりますな」とレイの傍に立つ。
「いや、ここからが良い所だ」
Muzioにレイが言う。
「ふむ、間に合ったようで何より……おっと、失敬」とMuzioがレオに防音用の耳当てを手渡した。自信の武器の影響を受けさせない為の配慮である。
「楽しそうだな」
そんなレイとMuzioを見て桃李が呟く。
一見は主従の関係であるが、互いに友と思うレイとMuzio。
友と居られる事が、そして共に戦えることが、レイとMuzioは楽しいのだ。
「そこの新米デュープに、今日引退かもしれない俺から一言」
桃李がASR-AIRを見て言った。
「星の瞬きの様な刹那のこの生命、使いきるならせめて悔いの残らない戦いに――まぁ、俺もまだ所属して2年目なんだけどね」
「……押忍! では先輩方、悔いの残らないよう全力でいかせてもらうので、手合わせよろしくお願いします!」
ASR-AIRが両拳を合わせる。全力を出す、と決めると限界駆動モードで出力を向上、空を翔ける。
「翔華機構発動! コード! ALPH LYLA!」
ASR-AIRが叫ぶと鳥状にエネルギーを纏う。
「……さぁ、狙え。的はここだ」
受けて立つ、とレイが見据えると、Muzioが傍で「お供しましょう、果てまでも!」と身構える。
「それじゃあお互い、今日の死合いを楽しもうか!」
桃李も一対の鉄扇を構え、叫んだ。
●
――各企業が入り乱れ、目まぐるしく戦況が変わっていく。
その様子を追う視聴者も何処を見るべきかと頭を悩ませる中、注目を浴びた配信があった。
それはシュヴァーン・エレクトロニクス所属のデュープが、敵を倒し進んでいる様子を映した映像である。
「ゴミが多くて嫌になりますわ~」
幾つもの異名を持つスパイダー・リリーがゴミと見做した敵を、蜘蛛の脚を思わせる機械腕から行動を妨害する道具を放り、鎖鎌で薙ぎ払う。
まるで掃除するかの如く、丁寧に塵1つ残さぬ様に。
もう一組、突き進むデュープ達がいた。
その様子は一言で言えば、行進。おとぎ話を思わせる女王様の傍をワンペアのトランプの兵士が仕え、白兎と三月兎が前に立ち、その周囲を猫が自由に纏わりついている。
ただ、おとぎ話のパレードというには少々――いや、かなり殺伐とした光景であった。
「アハハハハ! 延長戦サイコー!! ボーナスタイム突入ッ! ぜぇんぶハイヤが叩き潰してあげる!!」
先陣を切る三月兎――MR-HaIGHaはRabbitRumbleを振り回し、所と味方を除いた誰彼かまわず殴打跡を付けていく。
目を爛々と輝かせ目に入った対象をぶん殴り、殴られたら『倍殴れ』とばかりにぶん殴る。その姿は三月兎の如くバーサーカー。
「ハイヤちゃんすごい!」
「ハイヤちゃんつよい!」
ハイヤが暴れる様を見て、ワンペアのトランプ兵――大型銃を持ったTTS-seeと身長よりも長い時計の針のような長剣を持ったTTS-teeがはやし立てる。
しかし敵の数は多く、ハイヤが振り回すハンマーを抜けてくる敵もいる。だが向かってきた敵に小さな兎が向かっていった。
「皆の事は、俺が守るよ。俺、つよいウサギだから……」
小さな兎はRnevvの持つ銃から放たれていた。無数に現れる小さな兎――RabbiTxPaniCに敵は逃げられず、倒れてゆく。
「アルちゃんもすごい!」
「アルちゃんもつよい!」
着実に敵を倒していくアルネヴに、ティーとシィーがはやし立てる。
その周囲を猫――D7-DEARは自由に回っていた。巨大銃器を持っているが、カメラを見ると手を振ったり、時折ハイヤがポケットから落とす飴を拾うと、シィーとティーに「内緒」と笑いながらあげていた。
「ディアおにいちゃんからあめをもらった!」
「ハイヤちゃんのあまくておいしいあめ!」
受け取ったシィーとティーは「ありがとー!」と満面の笑顔。
「あっ、ないしょ!」
「ないしょにしなきゃ!」
何かに気付いたように内緒のポーズ。その様子にディアが「みんなで頑張ろうね」と笑いかける。
「がんばるわ! がんばったらスイートポテトいっぱいたべてもいいって!」
「スイートポテト! いーっぱいたべたいわ!」
「アイスものせてほしいわ!」
「おかわりもしたいわ!」
シィーとティーがひとしきり盛り上がると、「「がんばるわね、アマネちゃ――じょおうさま!」」と振り返る。
「――さあ働きなさい、わたくしの兵士達」
そう告げるのはハートの女王――QoH:Am@nEことアマネ。
装飾された大鎌、処刑執行を振い、その度に薔薇やトランプのエフェクトが舞い、デュープ達が倒れてゆく。
「あっはは! わたくし達を邪魔する者はみーんな打ち首よ!」
道は開かれ、女王達の行進が続いてゆく。
――その行進の背後を、追う者がいた。
倒れる負傷者達に近寄る、赤のフードを被った者。
その正体は紫所属のシンディ。
シンディは負傷者に『神の左手』と『天使の右手』で、無差別に治療を施す。
「さぁ、もう大丈夫ですよ」
治療を施され送り出されるデュープ達。その背には、紫のエンブレム。
「どんな傷も、ヴァイオレット・コンピューティングの技術でたちまち元気に! レッドフード・ナースの辻ヒール配信、まだまだ続きます!」
乱戦の中、こ無所属を装い負傷者を無差別に治療するというお祭り企画配信。シンディが提案し、自ら実況まで行っている。
結果この辺りで紫エンブレムのデュープがやたらと増えているが、誰も気づいていない。
唯一気付いたのは猫ことディア。シンディのカメラにも手を振ったりしているが、見逃しているようだ。
――また、この行進を止める者もいた。
「あらあら、新しいゴミですわ~」
リリーの前に立ちふさがったのはトーラとボルケーノオレンジ。
――そしてパレードを邪魔する者。
それはいきなり、高速で、顔面から突っ込んできた。
「ECR-L4s、ですわ!」
『……人間大砲?』
「破城槌ですわよ!」
なんかヤベー奴であった。
「邪魔邪魔ぁッ! 掃除の邪魔だっつってんだろーがぁッ!」
「キミ、言葉が汚いぞ~?」
リリーが振るう鎖鎌を、短めの橙色のマントを翻しボルケーノオレンジが躱す。
「ゴミクズは大人しくわたくしに掃除されてればいいんだよぉッ!」
「こらこら、デュープをゴミなんて言っちゃ駄目だぞ! そんなお行儀の悪い子はボクがお仕置きだ!」
ボルケーノオレンジが高速で接近し、双剣で斬り付ける。
更にトーラも両手のブレードで斬り付けた。一撃一撃の威力は低いが、それをカバーする様に連続で斬り、突き、抉る。
機動力で上回る2人は大振りの鎖鎌を軽く躱し、何度も斬り付けられたリリーはボロボロだ。全身で息をするように身体を揺らし、動きを止める。
好機と、トーラが【アクセラレーション】で上げたダッシュで接近。【ダンシングラッシュ】で斬りかかる。
斬る、突く、斬る、突く、抉る、苦し紛れに振るう腕を受け流す、突く、抉る、斬る、斬る、斬る。
連撃に加え、ボルケーノオレンジも高い跳躍から双剣を振り下ろされ、遂にリリーは限界を迎え、地面に倒れ込み動かなくなる。
その様子を見て、トーラとボルケーノオレンジはほっと息を吐く。そして、互いに顔を見て、身構える。
トーラはアルセド、ボルケーノオレンジはロビン。一時共闘はしたが、終われば敵同士だ。
「次はボクたちかな?」
「そうですね……あ、少し待ってください」
トーラは辺りを見回し、企業のカメラを見つけるとそっちに身体を向ける。
「グランドデュープバトル! 参加してます! 今何とか勝てました! このままどこまで行けるか、皆さん応援よろしくお願いしまーす!!」
観客へのアピールを終え「お待たせしました」とトーラがブレードを構える。それに合わせる様に、ボルケーノオレンジも双剣を構えるのであった。
「ハートの女王の行進を止めたのは突如現れた人間大砲――失礼、破城槌! 果たして一体どうなるか! その様子を『電脳戦潜の帽子屋さん』ことワタクシT.Tがお届けします!」
イシアリースとアマネ達が戦う場からほんの少し離れた場で、シンディのカメラに向かいT.Tが吼える。
尚T.Tは負傷による途中退場組だ。それも逃げる途中に飛んできた他の負傷者に巻き込まれる、という戦闘外での出来事。『ヴィジュアル』の猛者なんだから仕方ない。
「破城槌ことイシアリースの砲弾の如き突進! これをハイヤがハンマーで――弾かれたぁッ! アルネヴも直接殴り掛かる、が、駄目ッ! 双子ちゃんと女王様、横に躱すぅッ! 直線的な攻撃は急には曲がれないぃッ!」
喚き散らすT.Tにシンディと近くの負傷者はこう思ったという――うるさい、と。
「迫るリスにご注意をぉッ!」
イシアリースが高速で迫る。その勢いはハイヤのRabbitRumbleでもアルネヴが銃でぶん殴っても止まらない。シィーもティーが止められるわけも無く「わぁー!」と避け、アマネも躱す。
大きな衝撃と共に壁に顔面から突き刺さるが「この衝撃……クセになりますわぁ!」とイシアリースは恍惚とした表情だ。
アマネ達に打つ手は無かった――正面からでは。
「横、無防備じゃない? というわけでビーム!」
「あふぅんッ!?」
ディアがDirect7で横からDPφφDPを行うと、あっさり届いた。そもそもイシアリースの武装はハリボテ。側面の攻撃は結構届くのだ。
そこからはもう一方的だ。
「仕方ありませんわ……自爆しますわ!」
――イシアリースが爆ぜた。無駄に質量が多い武装が四方に傍迷惑な感じに散らばる。それはディアがCookiEA2で防いだ為無事。
イシアリース自身は縦に回転しながら吹き飛ぶ。そして「ごふぁッ!?」とT.Tに着地した。顔面から。そして勢いそのままに地面に突き刺さる。顔面から。
「と、とんでも無い衝撃……破城槌は伊達じゃ――あれ、猫さん『女王様、今日の断頭台はここがいい!』とは一体? 何やらワタクシ、不安な気持ちでいっぱいですが――双子ちゃんが『じゅんびするのよ!』とワタクシを連れて、ウサギさん達が怖いんですけど? そして女王様、その首を刈り取る形をした恐ろしい大鎌をワタクシに向けてどうするおつもりで?」
「うるさいのよ横で! 打ち首よ打ち首!」
アマネが処刑執行を構える。
「おっと残念! ワタクシ負傷による途中退場「あ、治療は済んでいますのでいってらっしゃい」シンディさぁん!?」
「その首、わたくしが直々に刎ねてやるわ! 感謝に震えなさい!」
「ワタクシ恐怖に震えておりますぅッ!」
――そこから先の映像は、ディアが「内緒♪」とカメラを両手で隠してしまった為不明である。
ただ、最後の最後までT.Tは五月蝿かったというのは確かであった。
※刺さったイシアリースは無事治療を受けた様です。
●
翡翠電脳公社陣営。
黄緑の波が押し寄せ、推し切り、敵企業を打ち倒さんと突き進んでゆく。その波を離れた所にいる月鈴が指揮していた。
そんな月鈴に1人の黄緑のデュープが近寄る。
そのデュープは月鈴の背後に回り込むと、抱きつき、首筋に噛みついた。
「……あれ?」
噛んだ感触の直後、月鈴の姿が一瞬丸太のような物へと変わり、消えた。直後電磁ワイヤーが振るわれ、デュープが避ける。
「あぶねぇッスね!? ちょっと噛まれた程度の神回避ッス!」
「それ回避出来てないですよね」
月鈴――のホログラムが乱れ、現れた男――ハットリ肆號に自らホログラムを解き現れた少年――Tilikumが言う。
「その顔は『幸運を呼ぶシャチ』ッスか」
「あれ、ボクの事知ってるんですか?」
「これでもサイバー忍者ッスから」
「なら、今ピンチだっていうのもわかりますよね?」
先程噛みつかれた際、肆號はバグを仕込まれていた。今この間にも身体はバグに蝕まれており、長くはもたない。
「そうッスけど、それはお互い様ッスよ?」
周囲は黄緑のデュープに囲まれており、卑怯戦術のTilikumと相性は悪い。
「ボクとしては楽しければ何でもいいんですけどね」
この状況でもTilikumは笑顔。肆號も「俺も簡単に負けてはやらねぇっスけどねー?」と笑ってみせる。
――直後。周囲を囲うデュープ達が、大爆発を起こした。
Tilikumは勿論、肆號も予想外の出来事であり、その爆風に2人共飲み込まれた。
(味方諸共とは……しかもこの音の数、多い――!)
鈴蘭は慄いていた。
鈴蘭は自社のサポート用に情報収集の為、少し離れた場にて戦場を観察していた。
その最中、突如黄緑のデュープが味方をも巻き込み爆発。しかも一ヶ所だけではない。鈴蘭の機械化された耳には、至る所で起こる同様の爆発音が聞こえていた。
「終わりの音が聞こえるだろ?」
何時の間にか、Hi-GHが隣に立っていた。戦場の光景をじっと見下ろしている。
「……この事態、あなたが?」
鈴蘭が問いかける。
鈴蘭はサポート型だ。目の前に敵がいる事がはっきりしてる今、取るべき行動は逃げる事だろうが少しでも情報を引き出そうと対話を試みたのだ。
「そう、アタシだ。こんな風に」
そう言ってHi-GHが何やら手を動かす。それが合図となり、また何処かで爆発する音が鈴蘭の耳に届く。
「何故こんな事を?」
「実験。新薬を強化薬、って言って盛ってやった。企業も何を考えているか解らない。その内でアタシは自由にやらせてもらってるだけだ」
Hi-GHはそう言って鈴蘭に目を向けた。
「この新薬の名は――そうだな『喇叭』だ。終わりを告げる管の音だ」
それだけ言うとHi-GHはまた戦場へ目を向ける。
同時に鈴蘭は走り出した。この場から離れ、情報を届ける為に。
――『喇叭』の管の根が、戦場に響き渡る。
その音色は、この戦いの終わりへと向けて、更なる混乱を招いた。
【執筆:高久高久】
■アルティメット
終焉に差し掛かるこの盤上。満足に立っていられているのは、アルセドと翡翠電脳公社に所属するデュープばかりだ。
頭数で言えばアルセドがやや優勢。
分離独立した翡翠を打ち負かしたとあれば、さぞ画面映えもすることだろう。
繰り返される衝突によって粉塵が巻き起こる舞台の袖で、情報収集に徹していたBlack(黒暗)は右手に持つダガーの柄を強く握る。
「――あら。そんな寂しい場所で、お独りなんです?」
「!」
そこから伸びるワイヤーをこつんと何かが撫で、真後ろから凛とした声が鼓膜を震わせた。
振り向くよりも早く、閉じられた真っ赤な長柄傘が悪戯に黄緑色を巻き取る。
「お初にお目にかかりますね。私はブランカ、あなたは?」
警戒を露わに其方へ顔を向けたBlackの視界に、真っ先に飛び込んだのは赤を主体にした華やかなトリコロール。
ダガーを引けども、優美且つにこやかに微笑んだ"姫"ブランカは安易に巻き取らせない。
「名乗ったところで敵に変わりないだろ」
「ええ。そうでしょうね」
小首を傾げたブランカが緩慢な所作で傘を開いた刹那、内側に仕込んだ鉄製の赤い薔薇が幾重にも連なり射出された。
一輪が頬を掠め、髪のひと房を切り裂いた気配にBlackは口角を擡げる。
「なら、俺の名は冥土の土産まで取っておいてやる」
突き出した右手の義手を犠牲に薔薇を受け、内蔵された爆薬が盛大な火柱を上げる。
それは、アルティメットの開幕を告げるに相応しく映え映えとしていた。
●
ひと際大きい爆発音がした。舞台の片隅からだ。
重機関銃を担いだアンネリーゼ(朝霞・杏音)が爆発音がした方角へ顔を向ける。金色と桃色の愛らしい瞳がきょとりと瞬き。
「ふぅ……もうそろそろ終盤なの」
残量は充分ながら。
乱戦や漁夫の利を狙って生き延びたが、疎らとなったこの人数ではそう上手くはいかないだろう。
「でも頑張るの!」
「可愛い顔してエグいなぁ、あんた!」
幼い少女が肩肘張っていた折だ、見知らぬ声の主……改め。グララーガ=ハグリッドがからからと笑う。
機械脚で地を蹴り、アンネリーゼは咄嗟に身を翻して距離を取った。横っ面を吹き飛ばさんと銃口を向けるが、展開済みの盾がグララーガに迫る弾丸を撥ねかす。足元にめり込む弾量の数に、ひゅうと口笛がひとつ。
「エグいなんて、失礼なの! 戦場をかき回していくのは、立派な戦略なのです!」
「そーだよー! 戦略せんりゃくぅ!」
ちりりとうなじから伸びるコネクタが火花を散らす。
彼らの間に割って入り込んだのは7-Rays(ホープ・ウィスタリア)だ。
激戦を潜り抜けたお陰で既にボロッボロの様相だが、七色の髪は未だきらきら輝いている。
とっ捕まえた配信ドローンを手に、7-Raysは対峙するアンネリーゼとグララーガを映した。
「はーいこちら現場の7-Raysでーす! 大分静かになってきましたが、みてみて! 面白いコトになってる!」
次いで、滑らかに右後方へ逸れていくカメラが正しく漁夫の利を狙っていたHA-465(ハシルコ)の姿を捉えた。
びゃ! レンズの気配に唇を引き結び、HA-465は しぃ! 唇に人差し指を立てて眉根を寄せる。
「あッ! ごめん……!」
申し訳なさそうに謝辞を添えた7-Raysが慌ててカメラワークを変えてみるが、触発された別のドローンがばっちりとHA-465を映し出した。
銃を構える姿勢が美しいとは画面越しにいる民衆の声。
「アルセドは漁夫の利狙いが多いのかよ?」
「うぅっ。ハシルコは温存しといて、他の会社の戦力を削ぐ作戦だったんです!」
「ほら、ほらぁ! 立派な戦略なの!」
「やっぱこういうのは、速さ生かしたアルセドの得意分野だよね――うひゃぁ!」
賑やかな会話を掻き消す勢いでアンネリーゼが銃撃を再開する。
リポーター業に励む7-Raysも幾らか被弾しているらしく、盾に跳ね返された銃弾が痛い。
「だったら、正面突破をするまでだ!」
翳した盾に銃弾を浴びながらも、グララーガは鬼気迫る勢いで前進する。
「そういうわけにもいきません!」
三丁の銃は何も銃撃だけが手段ではない。長距離から攻めていたHA-465は、内一つの銃を抱えて殴りかかる。
ガン"! 鈍重な音が響き渡り、如実に酷使してきた盾が故に焦燥を覚えさせられるのは必然だ。
「っはは! 秘密兵器の出番だなぁ!」
「わぁ!?」
続けて振りかぶろうとした銃を、盾の後ろに隠し持っていたチェーン付きのラウンドシールドで巻き取ると、HA-465諸共彼女らを吹き飛ばした。
――だが安心はすまい。誰ぞの銃が火を噴き、続く混戦を予感させた。
●
翡翠電脳公社が是とするのは、その名の通り"何でもあり"たる戦法である。
アルセドの上着を纏うデュープを戦闘不能に導いた饕餮(翟 宇雷)の身体がワイヤーに絡め取られて宙を舞う。
「ぁあ……あの二人怒らせたら絶対怖いじゃん……もうやだ、なんでここまで勝ち残っちゃったかなぁ……」
人気ワースト常連で、絶賛火力とモチベが死んでいるデュープ。
などなどの不名誉な肩書を持つ饕餮は、ワイヤーを巧みに操るハイドレンジア(トレイス)の前に着弾した。
膝を折りそうだ。……だが。"何でもあり"が故に当て馬か負けの口実にされて来た、今までのバトルよりは。
ちょっとだけ、頑張ってみようか。
「あ、まだ生きてますか? なら次はあっちの相手、お願いしますね」
直後、吐き捨ててくるハイドレンジアの物言いに何か思わないわけではない。
「……あっち?」
精巧な両腕を持つオーロラブラック(焔月)が、銃撃を止めて久方ぶりに声を発する。
「ふふ。少し待っていてね、オーロラが楽しく出来るようにちゃんと隙を作るから」
淡々と指示を出していたハイドレンジアは一転、まるで好い人にでも接するかのよう柔和な笑みを浮かべた。
神妙な面構えとなる饕餮を気にせず、頭上の建造物に佇む人影達を確と青い瞳で捉えていた。
「終盤まで来ると、みんな強いし格好良いねぇムーさん。……俺達も、負けらんないね」
右肩にちょこんと留まる相棒を横目に、ra:Zu(ラズリ・クロックロック)が楽しそうに喉を鳴らす。
何しろ覗き込んだ眼下に、随分面白い戦い方をしている翡翠のデュープ達がいたものだから。返事の代わり、相棒はぱたぱたと両翼をはばたかせていた。
「じゃがのう。あれはちと厄介そうじゃ」
「関係ないよ、じーさん! 僕がてっぺんを取るんだから!」
無邪気な笑みで声高々と宣するLb10―β(レビジュ・バトー)の頭頂をぽむと撫でくり、G-3:Sin.$(シンドラー・タッツェ)が気難し気に唸る。
「懸念するのも無理はないよ。戦い方が、やっぱり……ちょっと――変わってる!」
言うが早いか、ラズは足場であった建物の縁を蹴り付けて地へと真っ直ぐに駆け下りて往く。
「あぁ! 抜け駆けだぁ!」
「ほっほ」
眉をぴんと跳ね、真っ向勝負の舞台へ降りるべくレビト―ベータもまた眼下の地へ向かう。
激戦を掻い潜ってなお好々爺らしく穏やかに表情を緩めるシン・ダラーが、その後を追いかけた。
頭上からの攻撃に備えていた饕餮が、真っ先に向かってきたラズの蹴りを短刀でいなす。
軌跡を描く蹴り技のエフェクトは、目眩ましの効果もあるのだろうか? ちかちかとして眩しさを覚えた。
「流石に、見えてたよねぇ」
「じゃぁこれは? どーかな!」
思わず双眸を細めれば、ラズの影から現れたレビト―ベータが間近に視界へ飛び込んでくる。
「う、わ」
愛らしい見目からは予想もつかない、コート裾から露わにされたブレードの追撃。
刃が交わり、響き渡る鋭い金属音。防戦一方を強いられる饕餮が怯んだのと同時刻か、離れた場所からオーロラの恐ろしく正確な銃弾が飛来した。
態勢が崩されることを余儀なくされる彼らを尻目に、ハイドレンジアが不快を露わに大きく息を吐く。
ワイヤーで間一髪窮地を脱した饕餮を、黄緑硝子越しの青い瞳が睨め付けた。
「まったく、貴方に倒れられると困るんですよ。俺とオーロラが」
ね? ワイヤーを操り有無を言わさず敵方へ投げつけるハイドレンジアは、一心不乱に銃撃を続けるオーロラへと微笑み掛ける。
「……オーロラ?」
可笑しい。姿を現したデュープ二名は、視界の端くれで饕餮を相手取っている。オーロラの銃撃は、いったいどこへ向けられている?
「鬼さんこちら、と言うんじゃろ」
挑発を行いながら正確な銃撃を躱し続ける技術は、年の功に因るものか。
超スピードでシン・ダラーがオーロラに迫る。ワイヤーで応戦するも、速度が足りない……!
「! オーロラぁ!」
彼女を庇うハイドレンジアの項めがけ、シン・ダラーの電撃蹴りが炸裂した。
「っやるのぉ」
気絶の間際にワイヤーで拘束し、オーロラへの追撃は阻止出来た――が。
「この局面は、貰いたいなぁ!」
オーロラの意識が一寸削がれ、レビト―ベータの接近を許してしまった。瞬時に銃口を向けたが、すぐ其処までブレードの刃が迫っている。
トリオでのし上がってきたが、果たして眼前の彼らには敵わないのか?
「さあ! 楽しくいこうね!」
諦観を持ちかけた饕餮の瞳に訴えかけるべく、眩しいエフェクトが輝いて弾けた。
●
「ま、まっで~……」
「……のろまだな」
後方から追いついてくるカシオペア(レグルス・クライトン)に辟易とした山鯨(亥ノ上)が、やれやれ、とかぶりを振って肩を竦める。自慢の足に追いつけない相方へ愚痴をこぼすのは必至だ。
だが。遠目に見える激戦を前に飛び出したくなる衝動を抑えられるのは、カシオペアだけであるからして。
肩で息をするカシオペアが、呼吸を整えるまで。山鯨は周囲の状況把握に務めていた。
「っあ!」
「あぁ?!」
「うわぁ!!」
爆発音が派手に轟く。
この盤上――アルティメットを此処まで生き残った者は、明らかな強者ばかりというわけではない。
「えっ、ひゃあ! ぁあの、ごめんなさい!」
山鯨とカシオペアの傍らをジェットブーツで走り抜けたLumen(Lumie=Ver=Beata)――ルーミーが爆弾をひとつ落として行った。
何もわざとではない、逃げ回っている道中の事故である! ……ドジっ娘なルーミーのせいで幾人のデュープが沈んだかは、定かではないが。
速力のないカシオペアの顔から血の気が引く。山鯨も焦燥を顔色に出すかと思われたが、相対してにんまりと唇に弧を描いた。
「音より疾く走れ……行くぞカシオペア!」
彼の判断に迷いは無い。ラジカセ型のリアクターを作動させ、特異なメロディをテープが刻む。
トリガーとなって身体能力の値が極限を振り切り、山鯨の速度へと追いついた。
「ブチアがってこいッ!!」
宙をアクロバットに跳んだ彼らが互いの足裏を密着させると、跳躍を利用して弾丸にも引けを取らぬ速さで山鯨が撃ち出された。
「わはは。……落とし物だぞ、召し上がれ!」
「きゃぁ!」
多量の爆弾が背後で爆発する。この速度でも、アルセド特有のスピードに特化したルーミーにあと一歩が及ばない。
接触して実感した。
幾多の戦場に突っ込みながら、逃げ果せている所以もまた彼女の強さであるのだ、と――!
●
青と黄緑が、共に行動して、あの青を追いかけている。
ドローンが映し取った映像の異様さに眉宇を寄せ、xiè(解)の視線が彼ら"コンビ"へと注がれた。
俺はただの盛り上げ役だ、やり合う連中がバトルの華である以上注目は得られない――。
斯様な考えを持った侭に生き永らえ、長く細く息をしていたが。
「……番狂わせの一つでもさせて貰わなきゃ、ここ迄来た甲斐がねぇよな」
何処の企業が勝とうが知ったことではない。ただ、連中が少しでも喚いてくれればそれでいい。
墜ちろ――。
リムを搭載した左腕を掲げ、対象を絞らない無差別なデバフをこの電脳空間に施した。
これこそ翡翠の技術を結集した"何でもアリのステージハック"。引き起こした天変地異は、強烈な重力を付与するモノだ。
「これぐらいアドリブで乗り切ってみせるんだな」
地を這う蟻の気分を味わえばいい。赤い瞳が、続々と墜ちるデュープ達を見据えていた。
●
重力が、変わった。
大鎌の柄を地に突き、Va2+□(見延 光永)が周囲の様子を窺う。
眼前に立ちはだかる敵二名を前に0n-ble(影)のリミッター解除を思案していた折のことだ。
「んぁ!? なんだ、さっきの幻覚の続き!?」
ヴァニタスに因る搦め手を食って疲弊を見せるワニザメ(鮫島 鉄子)。
びびる彼女を宥めるように、&tales(長谷崎 恭也)は落ち着き払った態度で唇を開く。
「少し動きづらくなっただけだよ。さぁ、彼らの攻略を急がないといけないね」
「そうだな!」
たんじゅんだ。
突飛なアクシデントから動きが鈍ったが、彼らは自由の効かない体でも平然と態勢を立て直している。
赤い瞳から得た事前情報は有用だが、動きの早さから些か後手に回ることは否めない。
ワニザメ相手に鎌から放つエラー因子を内包した泡のホログラムが齎す攪乱作用は効いたが、看破されてからはアンタレスの障壁に阻まれ通用しない。手の内にある小手先も、効かないだろうと悟った。
補助として出張る場面で、遂に解除の瞬間が来たか――。
「ヴァニタス、次の一手はどうするつもりだ? このデバフは厄介だ」
「リミッターを解除しよう。お姫様には、魔法使いからキスが必要なのは知ってるよね?」
「キ……ッ! くっ、仕方ないか……」
距離を寄せ声を潜める二人に、金属バットを肩に掛けたワニザメがあからさまに首を傾げる。
「きます!」
頬へ寄せられた唇――。
意味ありげな所作から何かを察したのか、アンタレスが大楯『B.Diamant』で障壁を展開した。
ほんの、束の間。
身に降る強い重力を物ともせず。制限解除されたオンブラは、両脚が為す電光石火の速度でアンタレスの障壁に怪力を宿した拳を叩き込む。
「遅い、遅いな貴様! これではその盾も硝子片となるだろう!」
「ッく……!」
「お前、アタシの仲間に手出してんじゃ――へぶっ!」
「ざんねん。俺もいるんだよなぁ」
控えていたヴァニタスがここぞとばかり、ワニザメへ至近距離から鎌の刃より射出攻撃を食らわせる。
重力を裂いて派手に上空へ吹っ飛ぶ小柄な少女。自らの泣き黒子をとんと叩き、ヴァニタスが悠然と笑ってのけた。
オンブラの怪力にじりじりと後退を余儀なくされるアンタレス。あぁ。勝利を"いちばんに"届けたいのに。
悔しさに歯噛みしかけた、微かな刻。
「アタシは空が領分、コッチが得意なんだ!!」
負荷にしかなり得ない、この重力さえも武器にして。両脚の先端が風を切る。
オンブラの体ごと地に頭からダイブして動きを封じるワニザメ。これは、予測不能な動きだ。
「――力を借りるね、相棒!」
楯から剣へ持ち替えたアンタレスが、ヴァニタスへ斬りかかる。
赤い瞳が視た彼の予測は――勝利をもぎ取る、青い瞳を持つ騎士の姿であった。
【執筆:鍵島】
至る所で白熱する程の激戦が繰り広げられ、観客が沸き電脳戦潜の戦場は続く。
その数は徐々に減り『頂上』と言う、栄冠が決する時は近い。
栗色の結った髪が闘場で踊る――S・E所属であり劇団『タロット』の選手XIIIだ。
「さぁ、盛り上げて行くわよ!」
変幻自在の大太刀を手に、ここまで勝ち残った精鋭揃い達に切り込む。
追随する同社の選手達の目には、その背は頼もしく映る事だろう。
HCCとV・C、そしてS・E――この場を制した"社"こそが『最強』の名を冠するのだ。
乱戦。
光弾を華麗に避けた選手の横合いから、XIIIの大太刀が閃く。
「貰ったぁ!」
「っ!」
その一刀に反応するV・CのPeri.ハヤブサは恐ろしい反応速度で初手を躱す。
バク転から片手を付いた着地で、太刀の射程から逃れた。
「――!」
その回避はXIIIの予想外であったが、無拍子に太刀から鞭へと武器を変形させと追撃を放つ。
その一撃は死神と喩えられる鋭さ。
「うわ――っと」
瞬間に、刹那の閃きで体を捌く。
両機腕の付け根から黒いスライムが出現し、弾力を利用した跳躍を持って鞭の不意打ちすら捌く。
切っ先はPeri.ハヤブサの身体をわずかに掠め光纏が仄かに散った。
抜きん出た反射神経と身の熟し。
「あっぶな! 今度は、こっちの番だ!」
危険な瞬間であったが、Peri.ハヤブサの表情に浮かぶのは笑顔――跳躍して距離を詰めた拳がXIIIを捉える。
「――っやるわね」
その余裕を魅せる微笑みに。
「そっちこそ!」
振るう刀が鞭へと変形し、その先端が刀へと戻って鎖鎌のように舞う。
「っ!」
驚異的な反射神経と柔軟さでPeri.ハヤブサは身を躱すが、その刃の全てを躱し切れない。
「お返しだ!」
着地同時に放たれた拳による突きが、XIIIを捉える。
互いに一歩も譲らない激闘、両者が更に踏み込む。
「「――!」」
光纏を弾けさせた両者は、更に一撃を叩き込もうとして飛び退いた。
無数の光弾と無数のコウモリが闘場を横切っていく。
「逃がさないです!」
双銃を構えたS・Eのルアンナ・ミュラーが光弾を走らせ。
「今日こそ決着を着けてあげますわ!」
V・Cのマルグリット・ライヒシュタインが機傘型のドローンを飛翔させて闘場を混沌へと導く。
両者の攻撃は広域に渡り、一度交えた刃を、拳を置いて距離を置く。
巻き起こった乱戦の最中で、宿敵の姿を見失わないのは先の2人だけでは無い。
V・Cリイトが手にした光学猟銃の熱線がS・Eのアドルファスの姿を捉える。
粉塵に光纏と熱が散る。
『勝って』引退後の生活に華を添えて貰おう、リイトは流れ弾飛び交う戦場の只中で狂わぬ照準で熱線を幾重にも叩き込む。
熱線を受けたアドルファスは機腕を構えながら、突進して距離を詰める。
「これくらいどうという事は無い!」
熱線が触れる度光纏を散らすアドルファス。
その視線に宿る勝利への渇望は陰り無く滾る。
「懐がガラ空きだ!」
機腕に握られた二振りの剣が、リイトの銃剣に止められる。
「こちらも肉弾戦は得意なんでね!」
打合い爆ぜる光纏に、『お前にだけは負けない』と執念が叫びと重なって響く。
広い闘場の何処かで敗者は1人、また1人と去って行く。
それは、伸ばすこの手が『星』にまたひとつ近付いたのだと、伸ばした手を握り実感する。
激戦が混戦を極める最中を、見渡せる場所に在る2人――V・Cのアッシュとフローリアだ。
「フローリア。あんたのおかげで俺はここにいる」
手甲『天狼』を打ち合わせる、欠陥のある身で最高の舞台に立てる。
それは今、彼女の傍らで咲けるからこそだ。
「それはこちらの台詞だよ、アッシュ」
普段のスタイルを変え、フローリアはアッシュの肩に乗った。
迫り来る敵を排し、守る為に。
「私は貴方と食べるご飯が好きで、キスが好きで……貴方が好きだ」
微笑む先で『天眼』が戦場を視る。
フローリアの言葉に、アッシュは途方も知れない力が、内から湧き上がる事を感じる。
「このバトルが終わったら、フローリアの望む事を全部しよう」
信じて疑わない、2人だから掴める答えを得る為に戦禍へと身を投じ。
そして邂逅する。
フローリアからの狙撃、S・EのAste-rion/に迫り来る光弾の前に同じくS・Eの選手である/Da:tuRaが盾を以って入る。
盾が光弾を弾き、光纏が散って後方に霧散する。
「おいていかないで下さいね、一緒にって言ったのは貴方です」
散る光が、頬を照らす――戦いの高揚感とはまた違う感情を胸に。
/Da:tuRaのそんな表情を見ながら、眼前の対戦相手にAste-rion/は目を向けた。
「遅れを取るなよ――と返せと言われたのだが、わざわざお前に明言する事でもないと思わんか?」
両手の得物を構え、Aste-rion/は姿勢を緩やかに落とす。
「僕が咲くなら、アステリオンさんの傍が良い」
盾と剣を構えた/Da:tuRaが、その死角に注意を向ける。
「なら、僕は群れる他の草の根を刈り取るまでだ」
機身体での高速移動を始めるAste-rion/に、アッシュが臨戦態勢を取った。
両者が邂逅した時、V・Cに狙いを定めていた選手が動き出す。
HCCの『双極』EdelweißとRenmazuoの2人だ。
その外見からどちらが、どちらかを初見で見分ける事は難しいだろう。
「レン、背中は任せたよ」
「エルこそ俺様の足を引っ張るなよ」
合わせ鏡を見て居るように。
「俺達は二人で一つの選手なんだ。今までも、これからも」
浮鏡機が舞う。
「ショータイムだ! 楔も絆も、貫き通しゃ俺達の勝ちだぜッ!」
機腕から放たれた無数の光の禊が華のように咲き。
浮鏡機に軌道を与えられ――闘場を穿ち爆ぜる。
別の場所――闘場に音楽が響く。
「よし、今日も何も問題なし。後はいつも通りに戦うだけだね」
S・EのC-K.265その指先が踊る度に奏でる音色、共に放たれる光弾が無数に舞い降り注ぐ。
その光弾を回避した横から同じくS・Eのα-rd/Hyaが、その動きを予見して引き金を引く。
ポロンポロンと電板鍵と共に音の星紡ぐ導き手――奏者が謳う。
(さて、コイツを抜く程の相手がいるか――)
間奏のようにα-rd/Hyaが、C-K.265の弾幕に生じる隙間を穿ち乱戦を制して行く。
恋人同士である2人のタッグ、その連携の密度がその存在感を闘場に齎す。
無数の光弾が縦横無尽に飛び交う、他を巻き込む舞台に於いて嵐の無風地帯のように役者と操者が邂逅を果たす。
S・EのCoHα*が歌劇のように夕光を撒く。
混戦の中で、その輝きを見紛う事無く。
「ここまで残ったことは褒めてやるよ」
不敵な笑みを浮かべるV・CのDr.K7がその前に立つ。
弟子の成長に、喜びを感じながら。
その声に、CoHα*の蜜色の瞳は一瞬、大きく見開き、流れるように表情は憂いて――瞬く間に、出迎えの微笑みに変わる。
「ふふっ貴方に鍛えられたんだもの。さぁ、最終章の幕開けよ」
葉が翻るように表情を変え、女優は役を成す。
流れ弾が、CoHα*の微笑みを照らす。
光纏が宙に咲き、舞う花弁のようにあたりに散った。
Dr.K7の繰る糸が、CoHα*の周囲を隔絶するように広がり、Dr.K7に迫った敵がCoHα*の放つ緋色に二の足を踏んだ。
互いが唯一の空間を、両者は整える。
整った舞台の華やかさに、目を惹かれる者も居ただろう。
「行きますよぉぉ!」
そんな空気とは一線を画す雄叫びが、闘場に響く。
HCCの選手、李蓮が跳躍とともに戦棍を叩き付ける。
「くっ」
後跳で回避したS・EのS1880が距離を取り銃を構える。
(俺はきっと……この瞬間を、ずっと待ち望んでいたっ!)
完全に不意を突いた一撃を、難なく躱した相手。
李蓮は己の中の昂りに、求め続けた闘場に凶暴な笑みを向けて踏み込む。
「……!」
S1880は歴戦の猛者の1人だ、微笑みを絶やさずに冷静に狙い引き金を引く。
奔る光弾を、突撃しながら掻い潜る獣に、S1880が後跳を考えた時だ。
ゴンと響く重音。
巨大な戦斧に乗った重量が、直進する李蓮を真横から襲う。
「ぐっ!」
戦棍で受ける李蓮――勢いに抗わずに、飛び退く事でダメージを減らす。
指先と戦棍が地を削るように退いて止まる。
李蓮は顔を上げた、目に付く揺れる白い裾に白い花飾り――新たな強敵に踊る心が止まらない。
「S1880、共に戦わないか?」
「死天使!」
死天使と呼ばれるS・Eの選手が、S1880と李蓮の間に立つ。
「あぁ、先ずはこの場を切り抜こう」
S1880の狙いは、遠距離型の標的だ。
「いいだろう、手伝おう」
(ここで勝てば、きっと妹は私に気づいてくれるはずだ……。私は必ず勝つ!)
死天使が戦斧を、李蓮へ向ける。
「楽しくなって来ましたぁ!」
李蓮が駆け出し、死天使が踏み出す。
「今日こそ撃ち落とすぞ、魔王」
S・Eのアーヴァインの手にした二丁の大型銃剣が銃声と発火炎を咲かせる。
銃弾に対しV・Cのладанがその射撃を避け、機械腕で弾く。
「俺を倒して箔をつけたいって?」
不敵に笑うладанが二丁の銃を抜いた。
「やれるものならやってみな」
両者はそれぞれに二丁銃を構えると相手に銃口を向けて横走りに引き金を引く。
火薬と共に、独特の香りが漂う。
響く銃声。
両者の身体から光纏が散り、実弾を受けたかの如き衝撃が身体を叩く。
(――!)
一瞬、ладанが流れ弾に姿勢を崩した、その隙にアーヴァインはその懐に迫って銃剣での剣戟を叩き込む。
「ぐっ――」
切り付けられたладанの手から銃が一丁落ちた。
否、手放した。
肉を切らせて骨を切るように、ладанの機械腕がアーヴァインの顔に触れる。
「お前さんからは視覚を戴こうか」
それだけでладанの機械腕はアーヴァインから奪った。
「ちっ、目が……視覚を奪ったぐらいでいい気になるな!」
その能力で視覚を奪われたアーヴァインは、視覚以外の感覚を機官で高める――その闘志は一点の曇りも無い。
(今だアドルファス! 撃て!)
ладанがアーヴァインから後跳で距離を取ると同時に、合図が送られる。
引き金を引く者は、その合図を見逃さ無い。
「――!」
アーヴァインは鋭くなった感覚を用いて直撃を逃れた。
(直撃はしなかったか)
二射目に備え身を潜めて居たのはV・Cの選手、アドルファスだ。
「ладанはやらせない」
恋い慕う相棒の勝利の為、長距離からの狙撃を担う。
スコープを除き、敵へ狙いを付ける。
視覚を奪われたアーヴァインは、銃剣での攻撃に主軸を置きладанとの距離を詰めた白兵戦を行っていた。
鋭くなった感覚で、既にアドルファスの射線も加味されている。
「チッ……ладанに当てる訳には行かない」
この距離と位置ではладанの援護が出来ないと判断したアドルファスは、遠距離射撃を止めладанの元へ駆け出した。
極限に至る闘志持つ者達が、ぶつかり合い弾け散る闘場。
5社5色の様相は、次第に勢いを3社3色へと強めて行く。
「ルアンナ……ルアンナァ――!」
マルグリットの機傘が、ルアンナの銃撃を防ぎながら無数に、殺到する。
「くっ!」
ルアンナは迎撃した。両手の銃で撃ち落とす、撃って、撃って、蹴り――吠える。
乱れ撃ち、蹴り砕く狂戦士の如き奮戦を見せるルアンナが吠える。
「あぁぁぁ!」
その身体へ無数に機傘が群がる。
「ルアンナァァ!」
ルアンナは渾身の蹴りで機傘を払い、抉じ開けた射線から光弾をマルグリットへ向けて放った。
かに見えた光弾が、マルグリットを守る機傘に止められる。
「――っ!」
ルアンナの視界を遮った無数の機傘が轟音を伴い爆ぜる。
「……ぁ」
リミットの尽きたルアンナが膝を付いた。
S・Eルアンナ、Retire――敗者を告げる音声が響く。
アドルファスの剣が、リイトの銃剣がぶつかり火花が散る。
肉を切らせ、返し刃が深く断ち。
切っ先から伸びた熱線が、忘れたかと撃ち抜いて行く。
「ッ……負けて、たまるか!」
リイトの銃剣での突撃に、アドルファスは両手の片手剣で反射的に応じ。
一振りを弾かれる。
ズンと、大量の光纏が宙に散る。
揺らぐ。
アドルファスは本能で残った剣を振り下ろす。
「っ……一歩届かなかったか」
アドルファスは片手に残した剣で斬撃を叩き込んだ。
「良い試合だった。次があれば負けないがな」
S・Eアドルファス――V・Cリイト、Retire。
音声が告げる敗者の名。
「相打ち……後一歩が足りなかった、帰ってまたトレーニングだな」
僅差で尽きたリミットを悔しそうにリイトは見つめた。
ズサァと凄まじい音の後に。
V・Cマルグリット、Retire。
遅れて流れる音声。無数にその身を守っていた機傘は、ルアンナの猛攻で数を減らしていた。
機脚が煙を吐く、他社技術すらも自社製品の様に扱い戦うHCCの十八番を纏ったエトス・ルーフェイドが手堅く拾った勝ち星に電磁刀を振るう。
振り返るその青眼には、膝を付いたV・Cの選手が見え。
「ここが正念場だな。俺の限界……それがどこまで通用するか腕試しだ」
次なる標的へ向けて足を向ける。
入り混じる戦況で、最も厄介になったのは彼等だろう。
闘場を行くHCCの選手、ザカリ―・ブラックドッグが不意に現れた光刀を目の当たりにする。
「なっ」
光学迷彩の外套で姿を潜ませていたV・Cの選手、R1-CTの攻撃を受けたのだ。
「――!」
構えた両手の光子鎌が、ザカリ―の幅拾い剣を叩き火花が散った。
「兄さんに負けてられないな」
その近くでは、HCCのAcalanātha-Vajraが金剛杵型の双光剣を手に闘場で戦って居る。
Acalanātha-Vajraの戦う姿をR1-CTは目で追っていた。ザカリ―との戦いでよそ見をするR1-CTの隙を。
「……!」
ザカリ―は見逃さなかった。
鍔迫り合いの最中、ザカリ―は機腕の機能を稼働させる。
ガクンと、R1-CTの身体が揺れる。
(なに!?)
ザカリ―の剣を持たぬ方の片腕が宙を舞い、奇襲を仕掛けたR1-CTに向かって拳が伸びる。
「ぐっ――!?」
R1-CTが、ザカリ―の機腕による遠間の攻撃に意表を突かれた。
「まだだ!」
伸びたアームの指先が動き、R1-CTの胸倉を掴む。
ザカリ―は鍔迫り合いを腕力で制すと、アームの先に居るR1-CTを遠心力で持ち上げ地面へと叩き付けた。
「ぐぁっ」
(何やってんだあいつ……)
S・EのNH117-SH-INが物陰からその様子を観察していた。
身を隠しながら遠距離攻撃で何とか勝ち抜いていたNH117-SH-INは、同期のVajraとR1-CTが共に行動している事に気付く。
味方が近くにいると思って油断していれば襲われる。
そんな状況を上手く使って居たのかも知れない。
「……はあ」
SH-INは溜め息を吐いた、この戦いが終わったら引退しようと考える程に疲れを感じている。
勝敗に対しての意欲は薄くなったが、生真面目な性格が2人の行動に手にしたコンパウンドボウを向けさせた。
「兄さん!!」
R1-CTにそう呼ばれ、Vajraが反射的にその場から後跳で下がった。
一瞬遅れて、足元に光矢が突き刺さるのと視界が爆ぜるのはほぼ同時だ。
「この攻撃は――!」
Vajraが飛来した光矢の方を睨むのと、ザカリ―へ向けた視線を隠れた標的へ視線を流す。
いいや、迷う事は無かった。
デビューした頃からの因縁のある相手が、そこに居るハズだ。
「行くぞ! R1-CT」
「あぁ、兄さん!」
目標を修正した2人が、駆け出して行く。
「……何だったんだ」
ザカリ―は離れて行く厄介者の背をしばし見詰め、次の戦場へ向かう。
「おぉぉぉ!」
アッシュの『天狼』が加速して迫った、Aste-rion/を迎え打つ。
激しく打ち合う拳と刃。
(もしかして、僕はダチュラにいい所を見せたいのか……?)
Aste-rion/が手にした二刀をアッシュに叩き込んだ、その二撃の重さに想いの強さを感じる。
フローリアの『天眼』が上空からの攻撃を察知し、アッシュの名を叫ぶ。
「行くぜ、エルッ!」
Renmazuoの左機腕から放たれた、複数の光の楔が飛来する。
射線を素早く予測したフローリアに対し、Edelweiß浮鏡機がそれらの軌道を歪める。
HCC双子選手の最たる大技、『双極輪舞』が闘場を薙ぎ、光が幾重にも降り注いだ。
その激しい光撃が、ぶつかり合う選手達の視界を覆う。
Aste-rion/に迫った光の一撃を、駆け付けた/Da:tuRaが盾で防ぐ。
「ふふ、僕にとっての一番星は貴方。……僕も負けてはいられませんね」
無傷では無い。
闘場を薙ぐ一撃は続く。
Renmazuoの攻撃は高い威力を誇っていた。
そんな場を狩場と見定めた者が、静かにスコープを覗き引き金を引くV・Cの、ライヴァだ。
「ぐっ――!?」
飛来した光弾が、その光の輪舞を突き抜けてEdelweißの肩を捉え操る浮鏡機の動きが――淀む。
「どんな相手でも恐れない、かつ侮らない。良く観察すれば勝ち筋は自ずと見える」
同じV・Cの援護射撃だ。
「やらせるか!」
撃たれたEdelweißの姿を見て、Renmazuoの左機腕から光の禊をライヴァへ放った。
次弾を構えるライヴァは、その射線が自身には当たらないと冷静に分析し。
「僕の銃撃からは逃げられない」
引き金を引く。
その射撃はRenmazuoの胸部を捉え、光纏が大きく散った。
ライヴァは着弾を確認、素早く次弾を装填しスコープへ視線を落とそうとした時。
不意に耳に音楽が響き、射撃体勢だったライヴァは咄嗟にその身を引いた。
一瞬であっても、冷静に射線を見切る無駄の少ない動作だ。
「――っ!」
降り注ぐ光幕の奥に、こちらを狙う狙撃手の姿が眼に入る。
腹部を焼くような熱を感じながら、反撃で撃ち込んだ射撃を音楽が降らせる光弾が弾き掻き消していく。
「――やれやれ、厄介ですね」
「ほう、アレを避けるか」
ライフルを構えるα-rd/Hya、まだ腰の剣を抜く相手は見えない。
「じゃぁ、次の曲を奏でようか」
C-K.265の演奏と共に光弾が再び降り注ぐ。
流れ弾を覆う糸が弾き、夕焼色が銃弾を掻き消せずに途絶える。
(もう、十分だろ)
Dr.K7の糸は、そのままCoHα*を絡めとると引き寄せた。
「……っ」
CoHα*はその糸に手繰られ、吐息と鼓動が伝わる距離に――Dr.K7の腕にその身を囚われる。
「俺が近いと心拍数が更に早いな? 女優様」
耳元でそう呟く声音に、補助心臓の脈が大きく跳ねる。
「……狡いの」
小さく呟いた唇――その後に続く言葉。
S・ECoHα*、Retire。
「はぁぁ!」
「っ!」
李蓮の戦棍と死天使の戦斧が轟音を響かせる。
「……!」
後方から射線を取ろうとするS1880は、その激突の激しさを肌で感じる。
李蓮の身体が、死天使から離れた瞬間に指を動かした時だ。
「っ!?」
巨大な鳥の爪がその銃を構えたS1880の身体を弾く。
HCCの選手、トトコ=ヘンペルが両腕の翼を羽搏かせる。
「S1880!」
「お前の相手は俺ですよ!」
振り返る死天使に、李蓮が食らい付く。
「……」
トトコが旋回と急降下を繰り返し、S1880の身体は次第にその機脚に余裕を奪われて行く。
S1880はそれでも落ち着いて、上空に居るトトコへ銃撃を行う。
だが上空の、狙いを定め難い相手にS1880はじわじわと追い込まれつつあった。
(取った!)
トトコが大きく羽ばたき、S1880に向けて大きくその機脚を振り上げる。
その間に死天使が入り戦斧を叩きんだ。
「死天使!?」
HCC李蓮、Retire。
振り返った瞬間で、音声が響く。
「恩に着る……!」
「気にするな、企業対抗ならばS・E同士で協力するのは当然だ」
S1880の言葉に死天使が戦斧を振るって答える。
「……」
倒れた李蓮の、満足そうな顔がトトコの灰眼に入る。
「お前……お前えぇぇ!!」
激情に羽搏く翼が、鉤爪がその猛威を振るう。
翼から放たれたワイヤーが死天使の戦斧を絡めとり、飛翔による力技でその身体をS1880へと叩き付ける。
「お前達を倒して……私は……!」
アタシは――勝ち残る。
妄執にすら映る、勝利への渇望が叫びとなって響いた。
続く激戦。
戦場は次第に狭く、閉じて行く。
飛翔するトトコの翼を、フローリアの狙撃が撃ち落とす。
翼に空いた穴に構わず、狙撃手へ飛翔して向かって来るトトコに、アッシュが『天狼』を構えて迎撃した。
(……ここまでか!)
狙撃手の攻撃を前に、エトスは追い詰められて居た――圧倒的な射程差、速力を活かせても射線を遮れる遮蔽物も無い戦場。
XIIIの刃がPeri.ハヤブサの拳とぶつかる。
その様子がエトスの視界に入った。
(タダではやられない)
戦う2人の足元には、設置していたエトスの電磁刀がOFFの状態で地に刺してあった――そして、ONとなり発生した刃が両者を貫いた。
それはライヴァの狙撃に、エトスが撃ち抜かれた時の事だ。
また1人。
また1人と激戦の中に、その闘志の全てを燃やして行く。
そんな中で、Dr.K7はCoHα*を抱えると静かに自ら降参した――戦う理由を終えたからだろう。
局所的な戦いが、戦いを読んで入り混じる。
ザカリ―の放った機腕がC-K.265を下し、対峙したα-rd/Hyaが静かに剣を抜いた。
光銃が飛び交い、刃と刃が火花を散らす。
ладанを庇ったアドルファスが倒れ、アーヴァインがその銃剣をладанへと向けた。
RenmazuoとEdelweißは機装での戦闘は継続できなくなったが、その拳法で善戦する。
が、/Da:tuRaとAste-rion/の2人の前に惜しくも敗れ去った。
音声がRetireを告げて行く。
VajraとR1-CTのペアは、NH117-SH-INを追い詰めるが――合流した同じS・EのS1880と死天使と戦う。
2社異色のコンビネーションを前にS・EのS1880は先の戦いの消耗もあってRetireし。
その後、VajraとR1-CTは膝を折って倒れた。
戦いの熱は狂乱するように、見る者を戦う者を駆り立て――少しずつ確実に終幕へと近付いて行く。
【執筆:一乃口】
――五社対抗電脳大戦は、愈々もって佳境を迎える。
リアルな殺し合いを模した、過激な映像処理の施された配信。画面の中、向かい合う二人もまた、その気配を確かに感じ取っていた。
「ずっとこうしていたかったが……仕方がない」
苦笑しながら半歩引いて、F-Quartzは他社の相棒と相対する。隠しようのない名残惜しさを滲ませて。
「最後まで気が合うなー、オレたち。でも――」
そろそろ決着をつけなくちゃな、と。
同じく半歩引いたWalkerが、傷だらけのライフルを持ち上げる。
呼応したF-Quartzの手中から、光鞭が鎌首を擡げた。
「いくぞ――」
「――こい!」
数多の夢と野望、その軌跡を積み上げて、戦局は窮極へと加速する……!
鮮やかに咲く二輪の薔薇が、強烈な殺気を孕んで睨み合っていた。
「……この刻をどれほど待ち侘びたか――今度こそ圧し折ってやる、造花……!」
鮮血に塗れた大剣を突き付けて、傷薔薇が口火を切る。
「吠えてなさい、狂犬。その下品な舌、三枚に下ろしてあげる……!」
対峙するルビィは佇まいこそ優雅であったが、その切っ先に隠しきれない焦りが、僅かなブレとして現れていた。さもありなん、先般『常勝無敗』の名に傷をつけたのは、他でもない眼前の傷薔薇である。
「……悪いけど、二度と負けるわけにはいかないの。赤薔薇がルビィである以上……!」
「お前が赤薔薇を語るな――!!」
激昂と共に傷薔薇の足下が爆ぜる。唸りを上げる大剣、迎え撃つレイピアの閃きが、紅い軌跡を刻んで――
「――ルビィ!」
「アンタの相手はこっちですよ」
極彩色の精神干渉プログラムに行く手を阻まれ、スフェーン・ケラヴノスは歯噛みしながら振り返る。
「敵に背を向けるとは余裕ですねぇ……流石は雷嵐騎士、僕みたいな三下は眼中にありませんか」
「孔雀石……!」
そう呼ばれた少年は、憎悪も顕わに唇を引き攣らせて嗤う。
「決着がつくまで行かせやしません。丁度いい、ずっとぶっ潰したかったんですよ」
浮かび上がる無数の使い魔を前に、スフェーンが静かに光刃を展開する。
「押し通る……!」
「やってみろよ、王子サマ……!」
眼を灼く閃光が、戦場に迸った。
「よそ見してる場合かァ!?」
閃光に目を細めたその直後、X.Y.Z.の鼻先を灼熱の電刃が掠めた。
距離を取るX.Y.Z.に喰らいつく様に、Ioは獣の如き体捌きで剣戟を見舞う。
「悪ィが、俺のギアはまだまだ上がるぜ!」
「そうか――」
火花散らす猛攻に、X.Y.Z.は短くそう返した。
「――精々、焦付かないよう励む事だ」
刹那、X.Y.Z.の周囲で転輪する無数の刃が、肉薄するIoへと一斉に牙を剥く。
「ハハッ、そうこなくっちゃなァ!」
殺到する白刃。
心底愉しそうに呵いながら、獣は全方位から飛来する死の雨に踊る――と。
「X.Y.Z.――っ!」
場違いに天真爛漫な声が、ミサイルばりの勢いで突っ込んできた。
「……またお前か、ドルフィ」
攻撃の手は緩めずに、空いた手でX.Y.Z.は飛来物を受け止める。
DollFin.――X.Y.Z.とは企業の枠を越えた戦友(?)である。
「ドルフィもここまで勝ち上がったのよ!」
「正直予想外だ」
「ひどーい!」
「――片手間に相手するたァ、少しナメ過ぎじゃねェか?」
次の瞬間。奔った膨大な雷光に、引き裂かれた大気が悲鳴を上げた。
「呆れた素早さだな――凡百の戦士なら、首が百度落ちてもお釣りがくるぞ!」
二本の鞭剣を縦横無尽に振り回し、八重椿は凄絶に哂う。
常人では捉え得ぬ高速戦闘、しかして感覚器官を強化した彼女の眼には、火花散らす影の姿が克明に映っていた。
忍――V.C所属のNINJAである。
斬撃の嵐を暗器で捌きつつ、飛影は眼にも止まらぬ速さで攻勢をかけていた。
「――自陣前進、攻性防禦続行」
刹那、龍の如き頭部が、戦場を征く自陣へと視線を向ける。
忍の任務は、埒外の高速戦闘による八重椿の封殺。故に――
「ひゃはっ――その首もーらい!」
忍本人に対する奇襲は、甚だ予想外であった。
凶刃による高速の不意打ちに、あっさりと龍頭が転げ落ちる。
降り立ったのは、ジノ:2196-a――悪名高きR.Tの狩猟者であった。
「……水を差してくれたな、ロビンの凶獣」
「恨むんなら猛獣に目をつけられた子羊を恨みな、翡翠の首狩り」
隙だらけなのが悪ぃんだぜ、と嘯いて、ジノは八重椿と相対する。
瞬間。
「――あぁ、そうだな。隙を見せる方が悪い」
突如降り注いだ幾条もの光線が、戦場を完膚なきまでに蹂躙した。
「三社纏めて一網打尽と思ったが――存外しぶといな」
立ち昇る粉塵を腕の一振りでいなし、覇王がその姿を顕す。
「Dear.……!」
再びの乱入者に、八重椿が目を細める。
「面白くなってきやがった!」
八重歯を剥いて嗤うジノの背後で――ムクリと。首のない影が身を起こした。
断末魔にも似た軋みを上げて、重武装型のデュープが装甲ごと真っ二つに引き千切られる。
降り注ぐ鮮血を頭から浴びて、ANONIMOは雄叫びと共に残骸を握り潰した。
「上手にお片付けできましたね――えらい子ですね、サフィ」
「ウ! えいお、あ゛!」
巨大な両腕を打ち鳴らすANONIMOの頭に手を伸ばし、Ech1-d7Aは愛おしげな表情でその髪を撫ぜる。
戦闘力は高いが制御不能のANONIMOと、技術は確かながら精神の不安定なエキドナ。所属は違えど、唯一無二の補完性からマッチアップを黙認されている、特異な二人であった。
「あらサフィ、ほっぺたに傷が――」
「ウあ゛……!」
エキドナが彼の頬に触れるのと、その身体ごと抱えてANONIMOが後方に大きく飛んだのは、殆ど同時だった。
激震。
今しがた二人が立っていた場所が、クレーターじみた焦土と化していた。
「……次は、あなた達ですか?」
硬い足音と共に、乱入者が姿を顕す。
――シュヴァーンの魔剣、ヴィルヘルミナ。
新たな強敵を前に、ANONIMOの咆哮が轟いた。
「――オラオラどうした、そんなモンじゃねぇだろうがよ!」
鋼鉄と鋼鉄のぶつかる無骨な音が、火花を散らして鳴り響く。
挑発交じりに鷹爪を模した右腕を振りかぶりながら、DwNE2dleは内心舌を巻いていた。
殴り合っている眼前の男が、あっさりライフルを手放した事に――ではない。
距離を詰めるだけ詰めたら、相手が倒れるまで黙々と拳を振るい続ける――その気魄と愚直さに、評判以上の迫力を見たからであった。
「これがV.Cの暴走機関車、S6-Åか――」
悪くねぇ……!
口の端に鋭い笑みを浮かべて、DwNE2dleは勢いよく鷹爪を振り下ろす。
「大層な仏頂面だな。俺との殴り合いはつまんねぇか?」
「さてな」
左腕で鷹爪を受け止めたS6-Åが、右拳をすかさず叩き込む。
狙いは肺臓、速度・威力共に申し分ない一撃。その鉄拳を――
「――悪役面してる場合ですか、先輩!」
間一髪、放たれた銃弾が、直撃軌道上から逸らしてみせた。
DwNE2dleの後方、義眼に青い光を点したCrownL'eが、銃を構えて視線を交わす。
――勝つんでしょ、と。
その瞳に頷いた――次の瞬間、四方八方から立て続けに放たれた弾丸が、DwNE2dleの全身を穿った。
「ガハッ……!?」
「先輩!?」
血煙を切り裂いて、板バネじみた両脚の少女が戦場に降り立つ。
「――助太刀しますよ、S6-Åさん!」
「……勝手にしろ」
V.C所属のスナイパー――ЯIAの溌溂とした申し出に、S6-Åは朴訥と応えた。
真紅の閃光が奔る度、花弁のように鮮血が舞い踊る。
「――鞭を手放したのは悪手だったわね、駄犬」
「殺、ス……ッ!」
血の泡を飛ばし、尚も前進を続ける狂戦士。HPは最早風前の灯であった。
「見苦しい……こんな、出来損ないの紛い物がスフェーンを――」
「紛い物は――っ」
「もう結構よ」
ドスリ、と。真紅の一閃が、傷薔薇の胸を貫いていた。
「ぁ……」
「泥棒猫も負け犬も、どちらも下卑た獣だったわね」
そう呟いて、赤薔薇がレイピアを引き抜こうとした――その瞬間。
「ぁ――ぁぁあああ!!」
胸部を貫かれたまま、傷薔薇が荒々しく踏み込んだ。天を斬り裂く大剣が、全身全霊を以て振り下ろされる。
目を見開いた赤薔薇が、袈裟がけの傷に膝をついた。
「堕ちろ、代用品……っ」
泥に塗れるのはお前の方だ――そう口にして、傷薔薇もまた俯せに倒れ込んだ。
「ルビィ!」
「スカーレッド!」
駆け寄る足音。
夥しい迄の状態異常に侵されながらも、騎士が力強く赤薔薇を抱き上げる。
「なん、で……紛い物ですらない、お前なんかに……!」
一方、慟哭する傷薔薇を抱く孔雀石は、全身の切創と火傷で息も絶え絶えであった。
「仕切り直しますよ」
「離せっ! スフェーン――スフェーン!」
傷薔薇の切なる声に、孔雀石が臍を噛む。
「僕じゃなくてなんでアンタなんだ……!」
「……っ」
交錯する情念、その一幕を下ろすように――爆炎が降り注いだ。
光線銃による絨毯爆撃を、八重椿の鞭剣乱舞が次々と弾き飛ばす。
弾切れの銃を放り捨て、Dear.は感心したように息を吐いた。
「凌ぎ切るか……我が渇きを満たす強者は――」
お前か、と。僅かに首を傾げたDear.の元へ、すかさず斬撃の嵐が吹き荒れる。
「さて、『永久凍土の覇者』のお眼鏡に適うかは知らんが――強いぞ、私は」
空間ごと斬り抉るが如き、高密度の超高速連続斬撃。それを――
「それは楽しみだ」
Dear.の右手から伸びた光槍が、片っ端から迎撃する。
息も吐かせぬ死の舞踏。その間隙を縫い――音速の住人もまた、鎬を削り合っていた。
「ひゃっはっは! 首を飛ばしてもついてくんのはお前が初めてだぜ、NINJA!」
『……』
首なしの暗器による連撃をダガーで捌き、凶獣が狂ったように哄笑を上げる。
瞬間最高時速八十キロを超えるその脚力に、忍は影のように追い縋っていた。
「……奇襲のいいトコは、何度でも殺り直しが効くトコだぜ?」
不敵な笑みで言い残し、獣は混迷する戦場へと姿を消す。
『……』
頭部を回収すると同時、光槍の一撃に後退した八重椿が、忍の隣で停止した。
「――アレを仕留めるまで一時休戦ってのはどうだ、忍」
皮肉気に嗤う視線の先、永久凍土の覇者は君臨する。
「……共闘受諾。任務続行」
カポリ、と軽い音を立てて、龍頭が首の上に乗った。
「お前――」
その姿を見て、覇王は――何故か懐かしそうに、口の端を緩めた。
焼け焦げた大気が、火花を散らして鳴き叫ぶ。
「オイオイ、二人がかりでその程度かァ!?」
右腕を解放したIoは、暴走状態で電刃を振るっていた。
「X.Y.Z.! この人、これだけ蹴り入れてるのにまだ倒れないよ……!?」
「ここまで勝ち残った強者だ、油断するなドルフィ」
「どの口で言いやがンだ、舐めプ野郎!」
三者三様に満身創痍――決着の刻であった。
「合わせろ、ドルフィ」
「うん、見ててねっ! ばっちり決めるから!」
「まだまだァ、ぶっ倒す――!」
電刃から天高く、雷光が迸る。
相対するは無尽の剣軍、不遜なる王は右腕を掲げ――
「跪いて赦しを乞え」
「上ッ等だ!」
一撃が交叉したその刹那、戦場から音が消失する。
視界を染める白い光――しかしてそれを蒼く切り裂いたのは、DollFin.の月刃脚であった。
「ハハッ――!」
悪くねェ。
HPが粉々に砕け散る。
斃れる事なく立ったまま、Ioは敗退を受け入れた。
「……さすがに、強かった、ね……!」
「……あぁ」
お前も強くなったな、と。飾り気のない称賛には、確かな温かみが籠っていた。
規格外の巨腕が、魔剣を大きく吹き飛ばす。
間髪入れず滑り込んだ電子の蛇が、その右腕に毒牙を突き立てた。
突撃型と妨害型の相乗効果が生み出す、悪夢の如き連携攻撃。
故に、そう――
「……損傷軽微。戦闘続行、ですね」
この二人をして止めきれぬ存在なぞ、真の悪夢と呼ぶ他あるまい。
魔剣が地を蹴る。
「い、いやっ――サフィ!」
「ウぁぁあ゛あ゛――!!」
エキドナの悲鳴に、咆哮を上げて突撃するANONIMO。
真正面から迎え撃つ魔剣の右手から唐突に、光剣が落ちて転がった。
「……?」
蛇毒による一時的麻痺。
致命的な隙。
迫り来る死の颶風を前に――刹那、右脚が鋭く跳ね上がった。
「ウ゛……!?」
強烈な後ろ回し蹴りに、巨体がふわりと宙に浮く。
すかさず蹴り上げた光剣を掴むや否や、過剰出力気味の刀身が迸った。
涙のように散る火花。
弧を描いた一閃は周囲をあらかた巻き込んで、二人のHPを消し飛ばしていた。
「サ、フィ……」
「えぃぉ、ぁ……」
伸ばした小指と小指が、そっと触れ合って――二人は同時に崩れ落ちた。
「……次」
感慨に囚われることもなく、魔剣は踵を返す。
これが戦場だと、言わんばかりに。
少女には、負けられない理由があった。
地味な狙撃手の印象を払拭せんとデビューしたは良い物の、勝率は今ひとつ。生来の油断癖も手伝ってか、失敗も多い。
そんな若輩者が――決戦に居る。
どこまでも真剣に、真っ直ぐに、彼女は頂点を目指していた。
「ここまで来たからには本気で……行かせて頂きます!」
少女には、負けられない理由があった。
決戦まで来ても、相棒にとって自分は未だ、守るべき存在なのだろう。
戦場に立つ限り、悪役に徹するつもりなのだろう。
本当は、誰より勝ちたいはずなのに。
もう残り少ないはずなのに。
嗚呼、ホントに、もう――
「偶には我を出して下さいよ、大馬鹿先輩……!」
状況はV.C対R.Tの様相を呈していた。
鉄拳と鉄拳が火花を散らす周囲で、弾丸と弾丸が衝突を繰り返す。
最早言葉を交わすこともなく、男たちは全身全霊で殴り合いを続けていた。
外装がひしゃげる。骨格が軋む。それでも尚、拳の応酬が止まる事は無い。
苛烈を究めた戦場に在って、誰も彼もが満身創痍であった。
故に消耗戦の命運を分けたのは、一発の銃弾。
演算し得ない角度から放たれたЯIAの弾丸に、DwNE2dleの膝が砕ける。
すかさず落ちる鉄拳。決着の一撃。その隙間――捻じ込まれたCrownL'eの銃弾が、崩れかけたDwNE2dleの右腕を上向きに打ち上げた。
鉄拳が交叉する。
「――悪くない死合いだった」
「……ありがとよ」
崩れ落ちる拳鬼の唇に、ほんの僅かな充足の彩。
勝利をもぎ取ったのは――R.Tの二人であった。
血の滴る音と、荒い息遣いだけが響く。
「お前、やっぱ強いよ。けど――」
俺は諦めねーぞ、と。震える膝に鞭打って、Walkerは立ち上がる。
「……まだ嬲られたりないのか?」
観衆の手前、女王様を徹底するF-Quartz。
しかしてその瞳には、もうやめろと懇願する色が、確かにあった。
「……別にマゾじゃねーけどさ。ここで白黒つけないと、本戦に響くだろ?」
「――馬鹿」
言葉の意味を理解して、F-Quartzは思わず素で笑う。
「――ってなわけだ、覚悟しろ!」
「仕方ない」
眼前のライフルに、鞭を鳴らして応えてみせる。
「かかってこい、女王様――!」
「可愛く鳴きな、子猫ちゃん――!」
銃弾と鞭が交叉する。
決着は――もう、すぐそこであった。
【執筆:小法師達磨】
●Old/Rookie
「ほう、貴様か。萎れたオレンジのように過ごしていたのかと思ったぞ」
「あはは、相変わらず手厳しいですね!」
カストの激しい斬込みを躱しながら、SONNEは笑顔で深い森を駆ける。
「これでも果物も好きだからな――その中身をこの場で切って試させろ」
だがカストの両脚は起伏のある悪路をものともせずSONNEを徐々に追い詰める。大物ロートルが何故ここにいるかは知らないが、この剣を鈍らせる理由にはならない。
「大量の"完熟"を持ってきたか?」
「無論、蔵出し秘蔵の特製オレンジをご賞味あれ!」
歴戦の経験は伊達では無い――SONNEの特製は変幻自在の合成爆弾/刹那、閃光花火が戦場を白く染めて、両目が捉えたカストの隙を突き両脚で飛び上がる――しかしSONNEはその先で待ち受ける敵の追撃を受けた。
「既知のデュープを確認、交戦開始」
それは光翼の天使――Lily.Ang。展開した機械翼を両腕へ戻し、Lilyは照明を背に高空より急降下。手にした可変武装、白鳥の騎士を双剣に切替えて自由落下するSONNEを強襲――それを遮る影が一つ、二人の間に割って入る。
「邪魔者は失せろ」
「何故、です? あなたは同じ所属……」
飛び掛かったカストの細剣が双剣の連撃を遮る。一振りなれど巧みな剣捌きを崩せないLilyは即座に武装切替――白鳥の騎士を双頭槍へと組替えて、味方である筈の男と改めて対峙した。
「企業の勝利は絶対。邪魔者はあなたです」
「新入りが手を出すな。このオレンジ全てを刈り取るのは私だ」
言葉を吐き捨て、SONNEを背にしたカストがLilyへ間合いを詰める/緊急回避、機械翼起動。再充填した六枚の機械翼を再び展開し、凄烈な一突きを躱して空を舞うLily――その背後に、ぬらりと紫の影が迫った。
「ではこちらの新鮮な果実は私が戴きましょう」
新人潰し――門番の主天使の背後に瞬く稲妻が、飛翔するLilyの翼へ蛇の様に絡みつく。それは主天使が手にした十字架の啓蒙の雷。途端、失速し墜落するLilyを目指し聖典を掲げた主天使が疾駆/同時に橙の火柱がその行く手を遮った。
「!?」
「熟した果実のおいしさは格別ですよ!」
Vモード切替/零距離放射――SONNEの手より放たれた破壊の炎が聖典を焼き尽くす。
「老いぼれに用はありません……とは、いかない様で」
煤けた得物を手で払い溜息を吐く主天使。噂通り他社の変わり者――これ程迄にやり辛いとは。ならば全力で絶対神の意向を知らしめる迄。新たな聖典を手に、十字架に祈りを捧げ、後頭部に後光と稲妻を纏い、主天使は再び地を駆ける。
「そういう事です。さあ、ドキドキワクワクするような楽しいバトルをしましょう!」
不意に視えた炎の記憶を振り払い、太陽の様な笑顔でSONNEが応える。刃を交えた二人はいつの間にか互いの背を護る様に、白と紫の脅威へ対峙した。これが最後なのだ……悔いは残さない、絶対に。
●Burst Rondo
「レイスはどのデュープを警戒してる?」
「いや声掛けるなって、隠れてんだぞオレは」
森林沿いの街道を歩くBFが胡乱な言葉を吐く。その声にゆらりと側が揺らめいて、溜め息交じりの言葉が返された。
「うん……例えばあのデュープ」
D・Wraithは――通称:死霊探偵は光学迷彩でここまでやり過ごしていたが、迂闊にも他社のBFに言葉を返して見つかった――電子風防が捉えた近場の敵の情報をBFに伝える。名前はFix4g5、これまで散々爆弾をばら撒いて生き延びた、最も危険な橙の爆弾魔がこの先の曲がり角に隠れている。
「かなり目立つし、勝てれば話題になる」
「よし逃げよう」
「何を日和っているのです? お祭りでしょうにッ!」
BFが逃走を決意した瞬間、Fix4g5が両腕で大地を叩き、爆発で大きく跳び上がる。距離を詰め空爆開始――しかし肝心の獲物が足りない。
「一人? 二人じゃないの?」
「――お困りの様だな」
不意にFix4g5の背後で声がした。それは空に揺蕩うphiの端末――電子戦の達人は球体の端末経由でFix4g5に敵の存在を教えていた。
「私達の目的はロビンの勝利。このまま手を組まないか? 手柄も譲ろう――例えば」
端末の眼が捉えた揺らぎ、Dが隠れた一点へphiは姿見の魔法を掛ける。
「彼のかくれんぼをご破算にしてやるなど」
「ECCMか、面倒な!」
「それは景気の良い事で!!」
途端、BFの背後で走った紫電と共に外套を纏ったDが現れ、苛烈な空爆が再開される。
「――どうだね?」
「オレは戦いたくないんだけど……」
ぼやくBF/隠蔽破りの電磁波はphiから直接照射された――電子風防でphiの位置を探るDの頬を冷や汗が伝う。
「冷たい事言わないでよ、ねえッ!!」
「危なッ――!?」
三度、強烈な火柱がDを襲った。敵は結果を待ちはしない――直上からの直接爆撃/衝撃を一点集中した、喰らえば一溜りも無い強烈な爆圧がDに迫る。
「……だから、戦いたくなかったんだ」
『ファイナルスキル・ソウルフレイム!』
それを遮るBFの一撃――販促で叫ぶ愛銃の渾身の一射はDへの直撃を避け、特大の爆圧を両脚で飛び上がったBFが受け止める。
「なんで庇うかな……もっと自分勝手に生きてくれよ」
無力化され舗装路に転がったBFを流し見て、Fix4g5が片手を突き出し直接爆撃の狙いをつけた。
「じゃあ送ってあげる、そいつン所へ」
「いや、お前が先だ」
電子風防に示された照準が赤く染まる。目標固定――撃つべきは今。
『燃やせ、魂の弾丸ッ!』
「おうよ」
それは知人――いや、友の声援か。突然の声と共に、見えざる砲火が音も無くFix4g5を飲み込む。
「こんな、所で……」
切札の光条はいとも容易くFix4g5を無力化した。残るは一人、その場所も分かっている。
「抜けよ、ビビってんのか?」
「冗談。これにて閉廷です――」
何が閉廷だ。終わらせるのはオレ――形見の大型拳銃を手に、Dは虚空へその照準を向けた。
●Colors Record
俺は翡翠の疾風。渾名は初見殺し。だからスター選手の登竜門みたいに言う奴らがいるけれど失礼な話だよほんと――廃墟を模した戦場を駆けながら、ジェイドは翡翠のジャケットを翻らせて一際派手な爆炎の中心に狙いをつける。
「これ見よがしかよ――クソッ!」
あの中の特大の獲物に、まるで掛かって来いと言われているようなもんだ。だから今日は俺の速さと強さを見せつけてやるぜ。左脚の戦刃に力を込めて――抜刀。遊んでくれよ怪物!
「ヒャッハー! お命頂戴ッ!!」
「……!」
共闘なんてまどろっこしい事はしない。決まれば一刀両断、袈裟懸けの一撃! 飛び掛かった影が重なり、火花を散らす鋼鉄の衝突が鈍い音を響かせて――爆炎の中よりアルセドの怪物がギロリと頭上のジェイドを睨む。
「って、掴むのかよこれを!」
「グオォォォォォッ!!」
炎の中より姿を見せた///が、咆哮と共にジェイドの戦刃ごと華奢な身体を投げ飛ばし無力化。会敵した相手を倒す/その為に闘いを繰り広げる/最後に立って居た者が勝者――本能に従いBixは次の獲物に狙いを定め、大地を割って跳躍した。
「一つ目は勝手にレア、次の指定はウェルダン……」
Bixの視線の先、獄炎猟兵が口端を歪ませて怪物を待ち受ける。気付いたな――廃墟の中の閉鎖空間。獄炎猟兵の火災旋風が本領を発揮する狩場に、奴を誘き寄せる為に。
「悪く思うな。焼却が小官の仕事故――」
刹那、獄炎猟兵の背後の壁に亀裂が走る――否、長距離狙撃支援。無数の火線が研ぎ澄まされた牙となり、壁を穿って迫る弾丸を間一髪で回避した獄炎猟兵を、続けて強烈な振動が襲う。
「ぬう……ここまでか」
弾丸は掠めた橙の耐熱スーツに死線の様な跡を残し、怪物の一撃が獄炎猟兵の隠れる廃墟をバラバラに破壊する。如何に鋼鉄の四肢と言えど圧殺必至――瓦礫に紛れて獄炎猟兵は姿を消した。
「……任務完了。次の狙撃ポイントへ移動」
反重力ボードに足を掛けたまま、HAUYは静かにその場を去る。義眼は獄炎猟兵の消失を確認。そしてBixさえ健在ならばこの戦いは幾らでも覆せる。故に自身はそのサポートを徹底――全ては我社の勝利の為に。
「させるかよ色男」
途端、彼方からの光条がアウイの頬を掠める。
「せっかちはモテねえぞ。こっち来いよ」
「断る」
毒婦の様な紫のVA/Ltversは手にした光線銃で猛烈な弾幕を張りながら、片手の鋼線を射出して廃墟の中を滑る様に加速――一気にアウイへと距離を詰める。
「じゃあ当ててみろ、出来ればなァッ!」
高速の楕円軌道で迫るアルトに照準を合わせる事は難しい。高度と速度、距離が目まぐるしく変わる中、稲妻めいた機動で引き撃ちを続けるアウイ/対するアルトは密かに小型光剣を逆手抜刀。零距離まであと僅か――!
「さっき逃げた白い奴の分も喰らっとけ!」
「――お前がな」
不意に狙撃銃を逆さまに持ったアウイが、無表情で思い切りそれを振り回す/互いの影が重なって、アウイのフルスイングが思い切りアルトの顔面に叩き込まれる。
「テメェ、そんなのアリかよ……」
リーチの差で吹っ飛ばされ、衝撃で頭を揺らされたアルトが意識を失う――その様を尻目にアウイは反重力ボードを加速。しかし。
「逃がす訳無ぇだろこのダボがぁッ!!」
続く咆哮――加速するアウイを追って、新手のデュープ――翡翠の銃拳が狂犬じみた叫びと共に、両腕の回転式連装砲を乱射した。
「……斥力上昇、対地迎撃」
「下りて来いやァ! やんぞオラァ!」
鬱陶しい弾幕を反重力ボードの斥力で逸らしつつ、アウイは眼下の銃拳目掛けて特大の斥力放射で迎え撃つ。その代償に自身の動きが制限されるが、飛べない相手を恐れる事は無い――筈だった。
「その角度が欲しかった」
瞬間、滑らかに伸びた金属帯――蛇腹剣の刃が反重力ボードを貫く――銃拳の弾幕を遮る様に斜めに傾いたアウイに向けて、翡翠の八重椿は瓦礫の隙間から蛇腹剣を抜き放ったのだ。連戦で僅かに緩んだ気の隙を狙い、強化感覚で見取った致命を一撃で終わらせる為に。これで銃拳の拘束は解かれた。
「厄介な支援は封じた。後は……」
跳躍と共に内蔵火薬の爆圧で加速した鉄拳が、落下するアウイの懐に叩き込まれる――そして。
「ありがとよ。後はぶっ倒れるまで喧嘩だ喧嘩だああ!!」
吹き飛び無力化されたアウイを尻目に、排莢しながら待望の本命目掛けて再び叫ぶ銃拳。裂けた瞼から流れる血を舐めて、視界に捉えるはBixの姿。
「ガアァァァァァッ!!」
限界に軋む身体を加速させて咆哮するBixは、相見えた銃拳に迫る。脚部の鋼刃に滾らせた青白い破壊の刃が舗装路に亀裂を走らせ、崩れた足場にたたらを踏んだ銃拳の側頭を刹那の交錯で蹴り飛ばす。
「はははは、いいぜえいいぜえ、もっと血がたぎるような喧嘩をおっぱじめようぜ!!!」
「無理はしないが、その首級が本命でね……!」
叩き付けられた瓦礫を足場代わりに再び跳躍する銃拳/二刀蛇腹剣を竜巻の様に回して隙を伺う八重椿――両者に挟まれ対峙したBixは両手の爪をギラリと伸ばし、獣じみた吐息と共に内なる獣性を炸裂させる。
「ゴァァァアアアアッ!!」
「狂い裂けろッ!!」
先に放たれたのは緩急自在の蛇腹剣――伸びる刃をBixは自らの片腕に食い込ませ巻き取って、八重椿ごと振り回し空中の銃拳にブチ当て叩き落す!
「って、この!?」
「ガァァァァッ!!」
そのまま飛翔し空中回転/轟音と共に眼下の二人を最大展張した鋼刃で無力化――粉々に砕けた舗装路がその威力を物語る。最早、Bixの暴力を止められる者はいない――。
「……」
「ヤー失礼」
途端、Bixの着地と共に凄まじい衝撃が大地を震わせ動きを封じた。それは白樺の超硬四肢が放つ必殺の蹴撃。
「卑怯ダネー。ソダヨー」
命こそ弾丸。脚こそ矛、手こそ盾! 連戦で疲弊したBixの脇腹を抉る様に、水平に伸びた柔軟な剛脚が拘束した両腕を振り回した反動で鋭い穂先と化す。
「でも、ワタシ勝たなきゃいけない」
その為に手段は選ばない。必要なのは我等の勝利――大地を揺らす程の重爆を一点集中/代償として自身は隙だらけ/だが敵が一人なら問題無い! くの字に折れたBixがその威力を物語る。刹那の邂逅は果たして、遂に恐るべき怪物を地に沈めたのだ。
「奇遇だな。小官も同じく――」
同時に特大の爆炎が白樺の、そして倒れたBixの全身を焼き焦がす――今、怪物に狙いを定めていたのは一人では無い。
「負けられないのである」
勝手に焦げ焦げ、ミティアム、そしてウェルダン――残りはレア、どれも焼き具合は十分だろう。眼下の焼け焦げた臭いを嗅いで、生きていた獄炎猟兵は鋼鉄の指で鼻をすすった。
●The Edge
「うわ、凄い弾幕! でも――」
廃墟の乱闘を回避して辿り着いたここに、まさか先約がいたとは――薄暗い空の下、青のジャケットを翻し、SE7ENは大型飛翔刃を盾代わりに苛烈な弾幕の中を駆け抜ける。
「全く、よく走る奴!」
その正面、橙のジャケットに身を包むk3i-ng-fireが巨大な回転機関砲を構え、乱れ咲く炎を挟んで対峙した。
「ここまで来たんだ。負けないぞ~!」
残骸を弾避けに距離を詰めるSE7ENは、櫓の上の敵を見上げ更に加速――我社は負け気味って噂だけど、あたしは負けない!
「まだまだ気を抜かないでいくよ~!!」
抜刀し飛び降りれば飛翔刃が飛んでくる事は明白。足を止めて連射してもジリ貧……ならば。電脳風防の会敵予測を流し見て舌打ちするk3i-ng-fireが、左手の回転鋸刀に火を入れる。
「この、ちょこまかと……」
「あたしについてこられるかなッ!」
瞬間、SE7ENの両脚が火を噴いて小柄な体躯が飛翔した。これで高度も取った――すかさず放たれた飛翔刃が、重力を伴った凄まじい速さでk3i-ng-fireの元へ!
「これでひっくり返す!」
「――そう来ると思った!」
刹那、回転機関砲の銃身で飛翔刃を叩き落とす/そのまま剛腕で投げ放った回転鋸刀がSE7ENの両脚を無力化!
「おの~れ~!」
「経験の差って奴よ……って」
追い打ちの機関砲でSE7ENを無力化――有線じゃ無くてもしばらく動くのよ――勝ち誇ったk3i-ng-fireは不意に、空に異変を感じ取る。
「何、あれ?」
いつの間にか、見上げた空が赤黒く燃えていた。
●Vendetta
「いいね、いいね! 永遠にやりたいものだ」
「鬱陶しいですよ、あなた――」
照明が輝く夕闇の競技場で火花を散らす青のランツと白のアキト――反重力ボードで自在に空を舞うランツに追われ、アキトはひたすらに地を駆ける。ランツの双剣を躱しつつ友の形見の尖片鋼線を振り回し、アウトレンジから逆襲の一撃を狙った刹那、ランツの仮面が異様な輝きに満たされた。
「止まったな! 光波重撃――仕舞いだッ!!」
鋼線に括りつけた尖端がランツに迫ると同時、仮面の光撃砲が極太の光条を放ってアキトを包み込む。しかし。
「テメェ、邪魔すんなァ!」
「障壁に異常確認、使えてあと1、2回。でも、あとはあなただけ……なるほど」
その一撃は割り込んだillusionの光波障壁に遮られた。先に会敵したVA/Ltversとの交戦で激しく消耗した代償か、ランツの一撃はillusionの障壁発生器へ甚大な被害を齎す。それでも。
「狩り切るには十分ですね」
「こっちのセリフだ……よッ!!」
不敵な笑みを溢すillusionに激高したランツの光波連撃が殺到する。ならば障壁を削り切るまで! 光条の連弾が激しくillusionを揺らした刹那――巨大な大熊猫がゆらりと戦場に現れた。
「何だぁおメェ?」
「自らに課せられた使命、すなわち勝利の為に――」
それはハッタ・ムラムラ。白が誇る精鋭、GP教の伝道者は錫杖を振るい一薙ぎにランツの光弾を掻き消した。そのまま大地を踏みしめ、ハッタは祈る様に両手を掲げる。
「全てを、破壊する」
瞬間、照明が落ちた競技場の上空に特大のプラズマ塊が出現した。
「等しく滅びよ、シュヴァーンの絶対勝利の為に――!」
「いけない!」
GPの赤黒い光が地を照らす様は正に地獄――否、これは創世の儀にして最終奥義。空中で弾けた輝きと灼熱が、数多の戦場に大いなる破壊を齎す。
「避けられ、ねェ……!」
「……終わりですか」
さながら噴火した火山弾の如き重爆が大地を抉り、先程まで刃を交えた二人が無力化される――しかし。
「……どうして」
倒れたアキトへ被さる様にillusionが最後の光波障壁を展開していた。自分一人でも生き残れたのに、何故そんな事を? 訝しむアキトにillusionはか細い声で答えた。
「一人でも残れば、我社の勝率は上が……」
そして、彼女は瞳を閉じる。残された大熊猫は虚ろな瞳で天を仰ぎ、ゆらりとアキトへ顔を向ける。
「無事、とはな。これも信仰の賜物か」
「信じたものは失いました。友も、何もかも」
再び自身に託された何かは、触れ得ざる悔恨の記憶。誰かを信じる事――その思いがアキトの肉体を凌駕して、腕部骨格に内蔵された赤い刃が姿を見せる。
「ねえ、あの時どうすればよかったのでしょう?」
自身の生命を代償に全力を使い果たした大熊猫に赤い刃が引導を渡す。生きる為に死なれるのはこれで終わり――爆縮されたプラズマが渦を巻いて天に昇り、終局の爆発が二人を包み込んだ。
●Ultimate Battle
「生きてる奴は返事しろー。俺が止め刺してやる」
崩壊した風景をN-06が練り歩く。担いだ巨大戦槌を揺らして、地獄の爪痕が残る橙のジャケットを開けた姿はどこか気怠げ――だが、耳にした聞き馴染みのある声にN-06はその眼を再び輝かせた。
「相変わらず楽しそうにやってるな。気が知れないね」
「よーう生きてたか! 嬉しいぜ――」
ゆらりと現れた翡翠のC-System――既に機械腕直結の左腕直剣を振り抜いて、ヨルは音より早く切り掛かる。
「まだ退場していなくてよかった。君を倒すのは俺だから」
「抜かせ。てか最後だから殺してもいいよなぁ!!」
鋼と鋼のぶつかり合いが火花を散らす。五秒先の未来はまた覆された――ヨルの予測能力が通じないN-06は矢張り手強い。戦槌の衝撃でたたらを踏んだヨルを追撃するN-06/膝を落とし横薙ぎの大振りを回避して、返す一閃がN-06の喉元に迫る。
「ちょっと困るんだよな。君とやり合うのだけは、結構楽しい」
「知ってるぜ、だってよ――」
すかさず戦槌の推進器を吹かし後退、柄を伸ばしたN-06の大上段の一撃がヨルを襲った。
「俺も楽しい!!」
「そうだな。だから――」
刹那の先読みでそれを躱すヨル――だがその一撃は大地を揺らし、僅かに体を崩した隙を戦槌の薙ぎ払いが襲う!
「君を殺すのは俺だ」
「お前を殺すのは俺だッ!」
瞬間、戦槌の頭を踏み越えヨルが飛び掛かる/戦槌から手を離したN-06が迎撃の拳を振り上げて/交錯し、崩れ落ちる影二つ――ああ、俺はお前に殺されたかった。
【執筆:ブラツ】
●
「わあ、すごいですねぇ~。今日はデュープさんがたくさん戦ってますぅ」
主戦場から離れた丘で、ノココは朗らかに言う。巨大な砲身を抱えたまま、いまだ一発の弾も放っていない彼女とは対照的に、戦闘の中心で凱歌を上げる集団が居た。
『強い、強すぎるゥ! バトルロイヤル形式ならば王者は彼らか! 『Aの童話』が撃破数を12に増やし、まだ躍進中! しかし、戦場に残る選手も少なくなって参りました――。ここからは、容易くはいかないかもしれません!』
「……ふふ、あのように言われておりますわよ?」
マイクを握るポムエルの語りを耳にして、アンヘルは無垢な微笑みを浮かべたまま、ちらりと横を見る。トントンと踵で小さくリズムを刻んでいた煙霧舞いは勝ち気な笑みを浮かべた。
「ならば魅せてやろう。語り継ぐべき真実を……、美しい物語を紡ぐのは、勝つのは俺たちだ!」
中継では煙霧舞いのドヤっとした表情が大写しになっているだろうと確信し、マッチ売りは苦笑する。あまり熱くなっては敵に付けいる隙を与えかねない。
「……?」
「いや、まだお前は温存だ。手札を切るタイミングは俺が判断する」
それならば、自分がと言うように小首を傾げた人魚姫へ、マッチ売りは首を振る。言葉が過ぎた、という彼の心中を察したわけではないだろうが、人魚姫は穏やかに頷いた。拘束具で押さえ込まれた状態で可能な限りの穏やかさではあるが。
「行くアル、人魚姫。また後で」
すっと夕鶴が周囲に溶け込むように姿を消した。高性能の光学迷彩スーツをまとう彼女にとっては、集団戦は得意な戦場だ。そんな『Aの童話』に対するだけの強者もまた、この乱戦を生き残っている。
「……集団戦に長けた相手へ、個々に挑むのは無益。こちらもこの場で味方を探すべきだろう」
「そうですね。同じくシュヴァーンの生き残りは……」
新人とは思えぬ安定した戦いぶりで、ここまで生き残ってきたナイトフォーゲルとGerdaだが、さすがに2名で『Aの童話』へ仕掛けるのは無謀と判断した。Gerdaの視線の先には、長身の流麗な男性と、彼に傅く獰猛な印象の肉感的な女性がいる。
「へぇ、アタシ達ほどじゃないにせよ、良いコンビじゃない?」
「うちの女王様のお眼鏡に叶うとは、貴方たちは運が良いですよ」
仕掛ける好機を伺っていたカラとリオナは、その視線に華やいだ笑みを返した。腕は立つし動きは良い。自分たちの脇を任せるには十分と見た。
「へぇ、シュヴァーンにもチームで生き残っているデュープがちらほらと……。これは興味深いな」
レオノルは意外げに言うも、共闘に関しては前向きだ。相手チームの方が数で勝っているのならば、否も応もない。むしろ協調性に欠ける味方のことが心配だが――。
「……珍しいな天狼。お前が突っ張らずに協調する日が来るとは、明日は雨か?」
「この戦場は普段とは異なる。合わせるのは得手ではないが、できないわけじゃない」
リーメスと天狼の会話を聞き、懸念が杞憂と知って安堵の笑みを浮かべた。
「イータ君も、行けるかな?」
「大丈夫です。まだ行けます」
レオノルの護衛として気を張っていたイータにも問題は無いようだ。
●
『おっと、『Aの童話』の快進撃を阻むように、シュヴァーンの闘士が立ちはだかります。登録チーム名『カラリオ』、『星光』と即席チームの2人のようですが、いずれも戦績は優秀。面白い対戦になりそうですよ!』
良い取り組みへの期待に、実況のポムエルの声も弾む。まず仕掛けたのはGerdaとナイトフォーゲル。迎え撃つはアラジンとライムテラー。
『なぁ、ライム。今日はおまえが好きなように戦ってみないか?』
『ありがとう、アラジン。わたし、今日はいっぱい輝ける気がするの。だから、わたしのことずっと見ていてね』
戦いの前の会話を思い出す。相棒の華やぐような笑顔も。
「先手はわたしが!」
「任せた」
切り込んできたGerdaの巨大なブレードを、同じく長大なハルバードでライムテラーが迎え撃つ。大物同士の衝突の脇をするりと抜けるナイトフォーゲルへ、アラジンのスペードの8が襲いかかった。ナイトフォーゲルがリム化した左眼で弧を描く軌道を見切り、長剣で両断する。
(今日の武器とは相性が悪い相手だな……!)
伏せたクラブの10の所在と効果も見抜かれているのか、爆風を利用して加速された。残るはスペードの4。突き出された銃身を蹴りで弾いたところへ、逆手の長剣が迫る。
『aaaa~♪』
「ぬっ!?」
叩き付けられた人魚姫の『歌』に頭蓋を揺さぶられ、切っ先が揺れた。
「助かった!」
窮地を脱したアラジンが爆転で距離を取る。アンヘルと煙霧舞いへは、『カラリオ』の女王と騎士が対した。残るシュヴァーン側は対決する前線を迂回して『Aの童話』後衛へ迫る。
「お行きなさい、七人の小人」
「手数が多いが、それだけではな」
血濡白雪の放った七基の浮遊砲台が釣瓶打ちで放火を放つ。先を走る天狼は左右にステップを踏み、その狙いを絞らせない。それでも躱しきれない攻撃はその身で受け、つんのめるように前転。
「やれ、リーメス!」
「心得た」
天狼が下げた頭の位置を、リーメスの放った『飛ぶ斬撃』が通過した。血濡白雪が手元に戻した七人の小人が盾状に展開し、ぶつかり合った衝撃が赤い閃光を放つ。損傷で二基を失いつつも、凌いだ五基が筒状に並びを変え、同調射撃。
「当たれば痛かろうが、銃口の向きが見えていれば当たらないな」
などと言いながら更に間合いを詰めようと疾駆する両名の、耳元でぞわりと声がした。
「でも、足元が見えていないアルね」
「死角から、来ます!」
後方から叫ぶイータの声に、二人が防御の構えを取る。光学迷彩スーツに身を包んだ夕鶴が、高硬度ワイヤーを射出。突出した二人の手足を切り裂く寸前で、見えない何かに衝突した。
「見えてないのは、そちらもだよね?」
「同類アルか? 小癪!」
レオノルが放ったデコイを破壊した夕鶴は、ワイヤーを巻き取りつつ折り鶴型の子機を放つ。攻勢ユニットの折り鶴がたちまちデコイを駆逐していくが、その僅かな時間にイータが走った。
「行ってくれるかい、イータちゃん」
「やれます!」
再び姿を消そうとする夕鶴へ、ブレードを振り抜く。光景に溶けゆくコートの端を引っかけ、光学迷彩が一瞬乱れた。構わず姿を消そうとする夕鶴へレオノルが対抗演算を行い、位置を絞り込んで仲間へ伝える。さすがにここまで残っているだけあり、一筋縄ではいかぬと双方が認識した。
「俺も出る。支援はお前の判断で寄越せ」
こくりと頷く人魚姫から視線を外し、狙撃形態から二丁拳銃へと変えたマッチ売りが前へ。その瞬間、戦況は大きく動いた。
●
グランドバトル開催前の戦況は、首位のヴァイオレットをシュヴァーンが追う形だった。故に、この両者を共に蹴落とさんとするのが三位以下の望み。
『ここでまさかのロビン! 本戦では最下位だったロビン・テクノロジーズの生き残りが最高のタイミングで! 横合いから! 首位決戦をぶん殴っていきます!』
実況の立場上、ポムエルは贔屓はしないが言葉が弾む所は仕方があるまい。新手の大男へ、カラが不機嫌そうに問う。
「楽しいダンスに無粋な乱入者……。名乗りくらいは聞いて差し上げましょう」
「Team【Silence】のヴェルディオ・ビーツ。今宵の優勝はロビン・テクノロジーズで確定だ。俺がいるからな」
右腕の盾はアンヘルの剣を、左腕の盾はカラのブレードを制止した姿勢で、ヴェルディオは大見得を切った。集団戦に介入しようという以上、単独行動ではない。しかし、シュヴァーンほどに統制が取れた行動というわけでもない。
「これより援護射撃を行う。生き残っているロビン所属のデュープは積極的に攻めろ」
ヴェルディオの相棒、R・Dの檄にまず応じたのは、ランブル・ビイ。身体の線が露わな小柄な体躯に、不釣り合いな巨大な両腕を思い切り振り下ろす。
「栄えあるロビンの『鉄拳蜂』、ランブル・ビイとはこの私!」
「チッ、火事場泥棒の癖に偉そうに!」
「卑怯な、とは言いませんが。女王様を怒らせた以上、貴方の退場は確定です」
忌々しげに言う煙霧舞いと、笑顔の中に怒気の露わなリオナ。小柄軽装という所は煙霧舞いに似ているものの、戦い方はおそらくリオナに近い。一撃貰えば終わりの気の抜けない相手だ。そして、この場の4名が奇襲に対処できたのは、ここまで慎重に相手の出方を見ていたのが大きい。全力でぶつかり合っていた側は、そうはいかなかった。
「何だ? これは」
「高エネルギー反応……!? Gerda、避けろ!」
相性の悪い相手に奮戦していたアラジン、音響攻撃の妨害に対抗することに忙殺されていたナイトフォーゲルの動きが止まる。気の抜けぬ鍔迫り合いに火花を散らしていたGerdaとライムテラーを、エネルギーの奔流が飲み込んだ。
「……あの、言われた通りに撃ったんですけど……。その、なんだか、ごめんなさい~?」
へらりと笑うノココは、開始時点から現在まで砲身にエネルギーを充填し続けていたらしい。爆心地には焦げた小柄な体躯が一つ。
「Gerda、すまん」
「いえ……、ナイトフォーゲル様の、声。間に合い、ました」
自身もHPバーを吹き飛ばされたナイトフォーゲルが倒れたまま言えば、Gerdaは小さく笑って崩れ落ちる。回避は叶わぬと知った彼女は、最後の一瞬に好敵手をその身で庇った。庇われたライムテラーが全身から火花を散らしながら流星の如く駆ける。
「も、もしかしてわたし、悪役ポジションですかぁ~? 無実、無実ですよ!」
ノココが目を丸くしつつも、次弾を放った。迫る光線へハルバードを投げつけ、ライムテラーは構わずノココへと突っ込む。アラジンは途切れそうな意識を繋ぎ止め、ライムテラーの最後の閃光を見届けた。
●
激戦の平地から僅かにそれた森林でも、静かな戦いが行われていた。木々の間を縫って銃弾が飛び、静かに周囲を伺っていたn/aが剣を一閃させて打ち落とす。飛んでくる弾丸も一種類では無く、方向も一所に限られない。やりにくい相手であった。
「ほう、まだ生き残っているデュープが居たか。しかし同じシュヴァーン」
その物音を聞きつけ、ガサリと枝を分けて現れたENZAIはがっかりした様子で唇を曲げた。この老人も、n/aと同じく狙撃に悩まされている口だ。偵察能力の低い近接屋にとって、狙撃手は相性が悪い。
「守りはわしが代わってやろう。考える方は任せた」
「……攻撃パターンを演算。敵は二名と推定。次は実弾、その次は光弾……」
ENZAIは無手。身を翻して拳で弾を弾く。n/aは姿を見せぬ相手の推測を重ねた。片方の攻撃には遊びがあるが、一方はパターンが見える。
「あら、あちらも二人に増えたようですね。さて、どう動きましょうか」
スコープ越しに眺めていたTansyが小首を傾げる。この森にはもう一人、お互い顔も知らぬ狙撃手がいた。共闘では無く互いを利用する程度の関係だ。
「……こちらも見つかるかもしれませんが、どうでもいいでしょう」
投げやりな口調と共に光弾を放ち、タイディ・キャットは光学迷彩で姿を隠して別の狙撃点へ。淡々とセオリーをなぞっているだけで熱がないその動きを、ここまでの間にn/aは見切っていた。見極めたかったのはもう一人の位置だ。
「確度82%、そこか」
「まさか、こっちが先に見つかっちゃうの?」
自分へ向け、地を蹴って走り出したn/aにTansyは目を丸くしてから、楽しげに笑った。手強い狩人との対面に、n/aの口元に本人も気づかぬ微笑が浮かぶ。狙撃銃を背に回し、ナイフを抜くTansyは迎撃の構え。
「来ておるな。何者だ?」
(僕の事か? いや、違う)
ENZAIはその場から動こうとはしない。タイディ・キャットは、この場合のセオリー通りに狙撃の機会を伺おうとして、乱入者に気がついた。道中の木々を吹っ飛ばして一直線に進む様は、森林戦闘のセオリーには無い。そちらへENZAIが走り出すのを見てから、視線をTansyとn/aへ戻す。
「お姉さんを満足させられるかしら?」
「努力しよう」
Tansyはナイフを投擲、n/aは左の小剣で打ち落とし、右手の長剣を振るった。間合いの外、と判断したTansyの目は正しく、しかしn/aは光線剣の刃を斬撃の最中に伸ばす。読み違えに舌打ちしつつ、逆手のナイフで受けようとした所に、光弾が弾けた。
「……そりゃあ、味方、って訳じゃ無かった、わよねえ」
「もう一人の狙撃者、か」
倒せる相手から射つというセオリー通りに行動したタイディ・キャットを、踵を返したn/aの視線が捉えている。追うn/aとタイディ・キャットは、共に森林地域を出て平地の戦場へ向かった。後に残るはENZAIともう一人。
「うわ、お仲間の救出に間に合わなくって、面倒なのに目をつけられるとか……」
Tansyと同じくロビン所属の暴嵐嬢は、彼女の離脱を支援しようと駆けつけたのだが、途中でENZAIに捕捉されていた。踏んだり蹴ったりとはこのことだが、暴嵐嬢は意識を切り替える。
「ええい、嵐のようにやってきて、嵐のように去って行く、それがあたしよ!」
手にしたハルバードで大木をえぐり追っ手の方へと倒す。ENZAIは大地を踏み抜く勢いで踏み込み、その勢いのままに拳を突き上げた。どのような衝撃を受けたのか、微塵に砕けた木切れの向こうでニタリと笑う。
「まずはこの場の決着をつけていくといい」
「面倒……」
老人の笑みを見た暴嵐嬢はげんなりした表情を見せたが、意識を切り替える。何も相手に付き合ってやる必要は無い。鬼ごっこなら得意なのだ。
「嵐の一字を冠しているのは伊達じゃないよ。ついてこれる? お爺ちゃん♪」
まずはハルバードをフック代わりに樹上へ駆け上り、枝から枝へと飛び移る。立体的な動きを得手とする彼女にとって、森林は都合の良いフィールドだった。
●
「あらあら。なんだか楽しそうなことになってるじゃない? 今動かないでいつ動くのよ」
「……なるほど。僕達ロビンの状況を考えれば、悪い手じゃないね」
事態を見守っていた『AF』からミゼリコーディアが飛び出し、ここまで仲間を引き留め温存していたヘズも一拍置いてから頷いた。演算結果から見ても今が好機。
「こっからロビン優勢に持ってくなんざ、無茶だと思ったが。ま、やるだけやっかねえ」
「はぁ? ちょっ、動くなら先に言えよ!」
喋っている間にも飛び出したバルドルへ、閃光が文句を言いつつ援護射撃を開始した。『Aの童話』の後衛と『星光』がぶつかる戦場へ、更に後ろから食らいつく。形としては、『星光』と挟み撃ちにする形となった。
「後ろか!?」
今まさに同数の難敵との交戦中、マッチ売りが奇襲に気づいたところで背後の抑えに向かう余裕は無い。が、その声を受けて単身、迎え撃つは血濡白雪。
「あはっ、ここが私の正念場ね!」
ここまでで数を減らした浮遊砲台を牽制に、迫るミゼリコーディアへ自ら間合いを詰めた。輝く笑顔と共に放った精神波攻撃が、ミゼリコーディアの思考に半瞬の空白を差し込む。奇襲には奇襲、これで一機、と思いきや。
「良い攻撃だけど……、悪いね。ボクがいる」
血濡白雪の抜き手が刺さる直前にヘズが狙撃で弾き、ミゼリコーディアが一瞬の自失から帰ってきた。
「……素敵な技、覚悟。満足したわ。さようなら、貴女」
パワードスーツで強化された豪腕が血濡白雪の身体をくの字に曲げ、その勢いのまま振り抜く。ここまで、数瞬。
「夕鶴、頼む。立て直したい」
「……任されるアル」
血濡白雪の抗戦で稼いだ僅かな時間に、マッチ売りが踵を返した。夕鶴がチャフをばら撒き、『星光』のツートップの視界を一瞬遮る。
「レオノルさん?」
「大丈夫だよ、問題ない」
イータに答える間に、レオノルが空間把握を完了。伝えられた情報を元に、リーメスが居合いを放つ。置き土産のワイヤーと爆薬が纏めて断ち切られ、爆風を突っ切って天狼が躍り出た。その双剣を更に繰り出したワイヤーが弾く。
「……これ以上守れないのは、嫌アルよ」
『ァァァァッ♪』
歌声が衝撃となって押し寄せ、天狼が構わず前へ出たところを風切る拳が遮った。拘束具をパージした人魚姫が反撃に加わったのだ。空間ごと音波を絶とうとしたリーメスが、同じく攻めかかる『AF』を巻き込み掛けて躊躇する。
「最後に立っている者が勝者だというのは、シンプルだが……」
「協力できるならした方がいい。企業利益のためにもね。けど……」
迷いを口にしたのは天狼と閃光。理屈から言えば、『Aの童話』にトドメを刺してから雌雄を決すべき。しかし、デュープバトルの本質はショーであり、タレントである彼らには美学もある。双方が判断を迷った一瞬に、人魚姫と夕鶴、マッチ売りは後退した。
「今更様子見しても仕方が無い。いけるかな? 皆」
「ここ一番で、スポットを浴びないとロビンに勝機は無いしね。選択の余地は、もともとないか」
『星光』と『AF』は互いを敵と認知した。こここそが最終局面、一時の優位の為に手を組むなどグランドバトルに望まれる勝者の振る舞いではあるまい。
「やるってことね? はいはい、行くよ」
双方の敵意が高まった瞬間、閃光が無造作に機関銃を掃射した。デコイによる偽装を施された所在は既に見抜いている。その理由は――。
「……レオノルさん!」
「へぇ、よく気づいたな」
指揮官を狙ったバルドルのククリナイフを、護衛についていたイータがぎりぎりで弾いた。『星光』よりも後に『Aの童話』へ仕掛けた分だけ、『AF』には戦場の全体像が見えている。それ故に、厄介なレオノルの所在を抑えに動いていた。
「閃光、バルドルでその二人を制圧してくれ。ミゼリコーディアは援護するから3分持たせて」
「無茶言ってくれるわねぇ」
ミゼリコーディアが嬉しそうに笑う。ヘズが情報戦の片手間にする射撃では、リーメスと天狼は止まるまい。察した閃光が、自身の空中機雷を交戦エリアに散らした。
「コーディ、普見者を置いておくから使って良いよ」
「2分で良いよ。何とかするさ」
「甘く見られたものですね。俺だって、あの2人にここを任されたんだ。……やってやる」
閃光とバルドルがそう言えば、イータが光剣を握る手に力を込める。
「どうやら、まだこちらにも勝ち目があるようだ。やれ、人魚姫」
『aaa――♪』
人魚姫の音響を隠れ蓑に、夕鶴が再び姿を隠した。敵の目と耳が潰し合いに忙しい間に有利な状況を作ろうと動き出す。彼らの戦いはまだこれからだ。
●
ランブル・ビイにとって、勝っても良い戦いは滅多にない。小柄な彼女が健気に戦いつつも力及ばず倒される、そんな映像を欲する者がそれなりに居るのだ。しかし、今日は一切の枷が無い。
「こ、こいつ……、止まらないっ」
煙霧舞いはランブル・ビイよりも身軽に飛び回り、無数の手傷を与えたが勢いが止まらない。リオナの斧を右の豪腕で弾き、さらに左の豪腕で打ち落とす。
「リオナ?」
「よそ見をしている暇はないだろう、この俺を相手にして!
騎士の苦戦に、女王の気が揺れたが、双盾で割り込むヴェルディオが連携を許さない。が、奇襲したロビンも一方的に押し切れている訳ではなかった。
「手数が多い……。近接戦型というわけでは無かったか」
「そちらこそ、そんな旧式の銃一つで割り込んでこられるなんて、命知らずにも程がありますよ」
翼からレーザーを撒き散らしつつ、アンヘルがR・Dへの間合いを詰める。連射で応じつつ、構えた盾から電撃を放って接近を阻止。銃の先端のブレードを横薙ぎに振るう。
「近づいたら勝てると思ったか? そんな古い考えでよく生き残れたものだ」
「近づいても勝てる、ですわ」
翼を本来の用途で使って急制動したアンヘルが、両手の剣で左右から斬りかかった。盾と銃剣で凌ぐR・Dに、前線へ支援射撃を送る余裕はない。ランブル・ビイの両腕と、リオナの大斧が数度目の激突を果たした。
「私を力で押すとは、とんだ伏兵ですね……! ですが、私とて女王様の騎士!」
無理矢理腕の力で大斧を切り返す。
「――鋼よりも堅く、黄金よりも尊く! 不壊! 金剛!」
「っ、まだ隠し武器を……! 腕の、ブースター、ですかっ」
「戦潜硬度10! 『ダイヤモンド・スティング』、受けてみろぉっ!」
ランブル・ビイの両腕に上半身を持って行かれつつも回し蹴りを置き土産に、リオナがついに地に沈む。
「かっ……、私、勝った……」
勝ち名乗りを上げた直後、ランブル・ビイも前のめりに倒れた。
「勝手に盛り上がって、勝手に終わるとか、馬鹿じゃないの? ……チッ」
豪腕対決に取り残された煙霧舞いが憎まれ口を叩いてから、舌打ち一つ。この場の攪乱をアンヘルに委ね、マッチ売り達に合流する事を選ぶ。
「見捨てられたようだ」
「いえ、周りに味方がいない方が……、私の得意な戦いができますから」
R・Dが煽るも、アンヘルは動じず。交戦中のヴェルディオとカラの位置まで巻き込んでレーザーの雨を降らせた。ダメージは軽微だが、見た目が派手な攻撃は観衆の受けが良い。R・Dとヴェルディオが阿吽の呼吸で相手を切り替えた。
「派手な装備では成り立たない、実直……お前達で言う古臭い戦術ってのを教えてやる」
「まあ、楽しみですわ」
光線主体のアンヘルに、無骨な鉄杭を示したヴェルディオが。
「途中で相手に逃げられるのは楽しくないわね」
「スイッチは立派な戦術だろう? もっとも、パートナーを先に失ったあんたには取れない選択だがな」
「……アンタ、潰すわ」
倒れた相棒と同色の爪を振るうカラに、R・Dが対する。
『めまぐるしく変わる中央の戦場、最後に笑うのはヴァイオレットかシュヴァーンか、それともロビンか――!』
ポムエルの声が合図のように、闘士達は激突した。
【執筆:紀藤トキ】
■エピローグ
派手なエフェクトとともに、ヴァイオレット・コンピューティング所属のデュープが吹き飛ぶ。
「やった……!」
光線銃のスコープから視線を外し、ナギ・ヒビヤは思わず声を上げた。
近年のデュープバトルでヴァイオレット・コンピューティングにリードされ続けてきたが、しかし異例の開催となったグランドデュープバトルでは、ヒビヤが所属するシュヴァーン・エレクトロニクスが大きくポイントを稼いでいる。
「これは、逆転いけるかもしれませんよ!」
ヒビヤが気勢を上げれば、バトルフィールドに残った白い装備のシュヴァーン所属デュープたちが応えた。
●
しかし、勝負は無情である。
フィールド中央に据えられたタイムキーパーがゼロ4つを示すと、広大なフィールド全体にブザーが鳴り響く。
『これにて閉廷とする!』
ジャッジAIの合成音声が響き渡った。フィールドに施されたARが端から消滅して、グリッドがあらわになっていく。
フィールドは死屍累々というありさまだった。HPゲージを吹き飛ばされて戦闘不能状態となったデュープがそこここに転がっている。
その中でもまだ健在なデュープたちが、一斉に上空のポイント表示を見上げた――
●
「あーん、ここまで頑張ったのに!」
悔しげに床を蹴っているのは、アルセド所属の期待の新星re:Naだ。
かつてはスピード型のデュープを多く擁してランキングを席巻したこともあったのだが、最近の不振をこのグランドデュープバトルで覆すことはできなかった。
ナギ・ヒビヤもポイントを見上げ、茫然としている。
「グ、グランドデュープバトルだけだったら、シュヴァーンの勝利ですよね!? ねっ!」
隣のre:Naに訴えかけるが、もちろん彼女はそんな無茶な主張を聞く余裕はなかった。
とはいえ、同情の余地はなくもない。なにしろシュヴァーン・エレクトロニクスは本大会で大躍進を見せた。この大会のみで言うなら、間違いなくファイブ・シスターズ全企業の中でトップだったのだ。しかし。
「すまないが、これまでの蓄積の勝利だ」
ほとんど戦闘不能に近い状態だったアナンディーンが立ち上がり、マントを払う。裏地の紫が――ヴァイオレット・コンピューティングを象徴する色が、敗者たちの目に痛い。
上空に表示されるポイントは、これまでの全バトルの合計値。
グランドデュープバトルの結果は、シーズンランキングを覆すには至らなかった。もちろん、ヴァイオレット・コンピューティングのデュープたちが本大会でも油断なく全力で戦った結果であるが。
「我々翡翠の力をもってすれば、ひっくり返せると思ったのですが……」
単分子ワイヤーをグローブへ収納しながら、月鈴が肩を落とす。翡翠電脳公社もグランドデュープバトルで健闘しダークホースぶりが光っていたが、結果は受け入れねばならない。
「やれやれ。やっぱり、これが地力の差なのかね」
一方のo2-1-seは落ち着いた様子だった。
「ま、この機会にロビン上層部には反省してもらわねえとな」
近年すっかり下位がしみついてしまったロビン・テクノロジーズ。デュープのスカウトや育成の方針を見直す動きも出てきているという。
勝負は常に水もの。長らくデュープバトルに身をおいている大ベテランにとっては、現状もまた過ぎゆくひとつの場面にすぎないのかもしれない。
そのときである――フィールドに、聞き慣れない音声が響いたのは。
●
『デュープバトルに参戦の皆さん』
合成音声だった。
ジャッジAIなどの声は老若男女さまざまなタイプのものが設定されているが、その声は性別も年齢もさだかでなく、それどころか人の声としての自然さを捨て去ったような機械的な硬さが、奇妙な感覚を呼び起こす。
音声は続ける。
『そして、観戦中の皆さん、運営に当たった皆さん。お疲れさまでした。私たちハイアーAIが、皆さんの健闘を称えます』
ナギ・ヒビヤが「ハイアーAI……?」とつぶやいた。
「ハイアーAI? なんですか、それ?」
首をかしげたのはre:Naである。o2-1-seが肩をすくめた。
「お嬢ちゃんは知らんか。まあ、普通は知らねえだろうな」
「私も噂でしか知りません。実在していたんですか?」
ヒビヤが問う。それに答えたのは、o2-1-seではない。
「ファイブ・シスターズの企業運営がコーポレートAIのサポートを受けている……実質はAIによって運営されていることは、ご存知でしょう」
ブーツのヒールをコツコツと鳴らして近づいてきた月鈴が言った。
「ハイアーAIは、かつて人類がひとつの政治体だったころに機能していた高度なAIだ」
彼女の言葉を引き取ったのはアナンディーンだ。
「戦乱期に失われたと言われていたが、ファイブ・シスターズによって共同管理されているストレージの中にデータが残っているという噂が、長らく存在していた」
『ようこそ、デュープバトルの勝者たち。ヴァイオレット・コンピューティングの皆さん、私たちはあなた方を歓迎します』
未だ誰もが現状を理解し得ないまま、合成音声が語る。
『人類は充分に進化しました。デュープバトルという安全に争乱を解決する手段を編み出したことは、称賛に値します。これほどの規模の大会を事故なく開催し得たという結果を受け、私たちは人類への評価を更新しました。よって、私たちは新たな世界を開きます』
その言葉を耳にして、o2-1-seの眉根が寄った。
「まさか、シャングリラ移住計画まで実在してたってんじゃあねえだろうな……」
「ファイブ・シスターズのうち最も優れた一社が、新天地の開発権を得るという話だったな。ハイアーAIが稼働しているのなら、"計画"も本当だったとしても今さら驚くには値しない」
アナンディーンが古い強敵に答える。
しかし合成音声が告げた内容は、デュープたちを、そして配信を閲覧していたすべての人類をざわめかせるのに充分すぎた。
『長らく閉鎖されていた地下シェルターを開放し、人類の活動圏を拡大します』
「なんだって!?」
「本当に?」
「この狭いドームから出られるの?」
『ヴァイオレット・コンピューティングの皆さん、あなた方は地下世界の最初の開拓者となるのです――ただし』
このアナウンスが本当にハイアーAIのものであるのなら、感情は備えていないはずだ。AIは入力された状況に従い、高度な演算処理を経て結果を出力するだけの存在のはずだ。
しかし合成音声はまるで人類のどよめきをじっくり味わうかのように、沈黙を挟んだ。
『1年後、他の人類も地下シェルターへの立ち入りが可能になります。これは、ヴァイオレット・コンピューティングによる開発の進捗状況を問いません』
その意味を人類が理解するのに、数秒の時間を要した。合成音声は再び間を取ってから、次のアナウンスを発する。
『先行者の有利はとても大きいものだということは、皆さんよくご存知でしょう。そして、革新的な発見があれば、それが覆されるということも』
顔は見えない。姿も見えない。そもそも存在しない。
それでもナギ・ヒビヤは、そのときのハイアーAIの言葉に、ほくそ笑んでこちらを見下ろしてくるツギハギだらけの何者かの存在を感じた。
『競争こそ、人類の原動力。皆さんには、これからも期待しています』
●
競争によって人類は進化を続けてきた。それは事実だ。弱肉強食、適者生存は自然界の摂理でもある。
一方、生物が同一種の中で多様な個性を持つのは、環境が激変した際にも種が存続する可能性を上げるためという説がある。ハンディキャップに見えるような特性であっても、あくまでそれは現在の環境においてであって、環境が変われば有利に働く可能性があるのだという。
デュープバトルという仮想の戦い。
クローンによる戦争。
実質、AIによって運営される社会。
かつてのありさまから大きく変化したまま、人類の活動圏は、地下へと向かう――
【執筆:狸穴醒】